和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第三章 妖刀と姉と弟

黒岩タクトの妄想とそれをぶち壊す小悪魔

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「殺~~すっ! お前は、私が、捻り潰して、殺すっ!!」

 人間魚雷と化したタクトを追って姿を現した栞桜は、完全なる修羅と化していた。
 怒りに身を任せ、悪鬼と見紛うほどの凶悪な表情を浮かべながらタクトにトドメを刺そうとする彼女のことを、蒼が必死になって静止する。

「お、落ち着いて、栞桜さん! 何があったかはわからないけど、これ以上は本当にまずいって!!」

「知るかっ! そいつだけは許さん! 何が何でも叩き潰して殺してやるっ!!」

「タクトっ! 起きなさいっ!! あんた、いったい何したのよ!?」

「うぅぅぅぅぅん……」

 背後から栞桜を羽交い絞めにして突撃を止めようとする蒼だが、元々が馬鹿力な上に怒り狂っている彼女の暴走はたった一人だけでは止められそうにない。
 何が彼女をここまで激高させたのか?
 その答えを探るべくタクトを目覚めさせようとする冬美が、気絶している彼の肩を何度も揺さぶっていると――

「うぅん……むにゃっ!」

「なぁっ!?」

 体を揺さぶられる動きに合わせて前後に振られていたタクトの顔が、不自然なまでに大きく前方へと倒れ込んだ。
 そのまま目の前にいる冬美の胸元へと顔面をダイブさせ、慎ましやかな彼女の胸の膨らみの感触を顔で感じながら、目を覚ましたタクトがわざとらしく言葉を漏らす。

「うぅん……前も後ろも、壁だらけじゃないか……あいたたた、あちらこちらが痛む、ぶべぇっ!?」

 女性の胸元に顔を突っ込んだ挙句にこの言い様、もはや慈悲はない。
 冷え切った極寒の視線でタクトを睨んだ冬美は彼の顔面を思い切り張り倒すと、怒り心頭で彼を成敗しようとしている栞桜の方向へと吹き飛ばしてやった。

「……ごめんなさいね。その馬鹿のことは煮るなり焼くなり好きにしていいわ。原型がなくなるまで叩きのめしても構わないわよ」

「蒼、聞いたか!? 向こうから許可が下りた! あの女の敵を抹殺するぞ! 構わんな!?」

「構いますっ!! ああもう! 頼むから落ち着いてよ!!」

 わあぎゃあと騒ぐ栞桜を何とか宥めようとする蒼と、そんな二人の様子に大きな溜息を吐くやよい。
 このままでは一向に話が進まないと判断した彼女は、唯一栞桜の手綱を握れる存在として、自分の役目を果たすことにしたようだ。

「はいはい、栞桜ちゃんは取り合えず落ち着こうね~。まあ、大体なにがあったかは理解したからさ、余計な騒ぎを巻き起こすことだけはやめようよ」

「ぐぬぬぬぬぬっ!! 信じられるか、やよい!? あの男、両手で鷲掴みだぞ!? 私の胸を、こう、がっっと!! 思い切り飛び込んできて、両手でがっしりと揉みよってからに!!」

「あはははは、ごめんごめん。わざとじゃないんだよ、偶然偶然! ついうっかり躓いちゃって、偶々目の前に君がいてさ。思いっきり胸を揉んじゃったことは悪いと思ってるけど、ただのラッキースケベなんだって!」

「何が偶然だ、この阿呆!! 躓いただけであんな一直線に勢いよく突っ込んで来る奴が何処にいる!? そもそも、あそこには躓くような段差も石も無かっただろうが!!」

「いや~、でも本当なんだよ。僕って、そういう星の下に生まれてきた男っていうかさ。主人公補正っていうものが効いちゃってるんだろうな~、やっぱり!」

「……やよい、あの態度を見ても私に我慢しろと言うか? あいつは一度、本気で根性を叩き直さないと駄目な人間だ!」

「気持ちはわかるけどさ、栞桜ちゃんが本気で怒ったら、根性を叩き直すどころか叩き潰しちゃうじゃん。ああいう手合いは無視が一番だよ、無視無視!」

 全く悪びれる様子のないタクトは、自分の変態行為を全て偶然の産物と言い張っている。
 本人としては非情に爽やかで悪意のない笑みを浮かべているつもりなのだろうが、その笑みは誰の目にも非常に粘着質で気味の悪いものとしか映っていない。

 当然ではあるが、彼の一連の行動は全て彼自身の意志の下に行われたものであり、完全に確信犯だ。
 何故タクトがそんな馬鹿な真似をしたのかと聞かれれば、愛読していた小説の主人公たちがそうしていたからと答える他ない。

 大概の場合、物語の主人公はラッキースケベからヒロインとの関係性を作るもの。
 最初はいけ好かない奴だと思わせておいて、その後に強くて頼りになる一面を見せることによって、好感度を丸々反転させるための(彼流の)恋愛テクニックだ。

 この大和国でハーレムを作り出そうとしている彼が、街中で見かけた栞桜という美少女を放置しておくはずがない。
 早速唾をつけ、お近づきになるべく、こうして変態的なアプローチを仕掛けたというわけだ。

(ぐふふ……! クール系銀髪碧眼美少女の涼音ちゃんに、ツンデレ系強気巨乳美少女の栞桜ちゃん! まさかいっぺんに僕のハーレムにうってつけの女の子と出会えるなんて、やっぱり僕って神様に愛されてるぅ!!)

 やはり自分には主人公補正が働いている。こんな辺境の町で、とびっきりの美少女剣士二人と出会うことが出来たのだから、間違いない。

 人斬りが跋扈する磐木の町で出会ったハーレム要員たちとこの後どうなるか? それもまた、彼の頭の中では完璧にシミュレートされている。

 ここはやはり、王道的な展開でいくべきだろう。
 辻斬りと相対した栞桜と涼音だが、圧倒的な敵の力に苦戦を強いられ、成す術もなくやられる寸前まで追い込まれてしまう。
 彼女たちが最早これまでか、と死を覚悟した時、颯爽と救世主が現れるのだ。

 それこそが異世界からの転移者にして、この世界でも希少な雷の属性の気力と常人を遥かに超えるステータスを持つ男、黒岩タクト。
 その力で辻斬りを難なく撃破し、二人の危機を救ったタクトに対して、美少女たちは一気に好感度を上限まで振り切らせ、熱烈なアプローチを開始する。

『なんて、強い……! これが、選ばれし英雄の力……!』

『ひ、昼間は悪かった! お前のことを見くびっていたようだ! その強さに惚れたっ! 私をお前のお嫁さんにしてくれっ! 胸だって、いくらでも揉んで構わないぞっ!』

『わ、私も……! 胸は小さいけど、もっと凄いこと、してもいいから……!!』

「ぐへ、ぐへへへへ……! そんなに迫られると、困っちゃうな~! ぐへへへへへへへ……!!」

 ……とまあ、自分に都合の良すぎる妄想を繰り広げ、自分だけの世界に突入してしまったタクトは、妄想の中であられもない格好になって迫り来る栞桜と涼音の姿にだらしなく鼻の下を伸ばしていた。
 その様子を一言でいうならば、悪趣味の極み。
 怒り狂っていた栞桜も、そんな彼女を必死になって静止している蒼も、同じ世界出身の冬美でさえも、完全にドン引いてしまっている。

「た、確かにやよいの言う通りだ。あいつのことは、無視した方が良さそうだな……」

「ど、どうしてかな? 彼を見ていると、鳥肌が立ってくるんだけど……!?」

「ああ、気持ち悪い! タクト! しっかりなさい! 妙な妄想に浸ってるんじゃないわよ!」

「むえっ!? あ、ああ、ごめん……ちっ、人がいい気分でいたってのに、余計なことを……! これだから学校の連中は嫌いなんだ」

 一応は仲間であるタクトが奇異の目で見られている状況に耐えられず、彼を救う意味でも気持ちの悪い妄想を繰り広げているタクトを現実へと引き戻した冬美であったが、そんな彼女に対してタクトは小声で不満をありありと覗かせる呟きを漏らす。

 冬美もまた栞桜たちに負けないレベルの美少女であるのに、どうしてその扱いにここまで差があるのか?
 その理由は単純で、彼女がタクトの黒歴史とでもいうべきいじめられっ子時代を知っている人間だからだ。

 今の黒岩タクトは、異世界から召喚されたこの大和国を救う英雄だ。
 決して、暗くて陰気で周囲の人間から嘲られていた弱々しい少年ではない。

 異世界召喚を経て、彼は自分の人生をリセットしたいと考えていた。
 自分の中に眠っていた才能を開花させた今こそが、真に自分の人生がスタートする瞬間だと思いたがっていた。

 だからこそ、タクトはかつての弱い自分を思い起こさせる存在には出来る限り近付かないようにしていたし、それを想起させられることを嫌う。
 自分と同等の実力を持ち、しかも自分の過去を知っている冬美は、彼にとって天敵の一人と呼べる存在なのだ。

 いくら可愛くて美人であろうとも、そんな女は自分のハーレムには要らない。
 タクトが求めているのは自分を持ち上げてくれる太鼓持ちであり、自分の強い面だけを見て好きになってくれる女性だ。
 元の世界からの付き合いのある女性は、自分の過去を知っている。その時点でもう、タクトが求める条件からは外れてしまう。

 だが、この大和国にいる女性ならば、自分の情けない過去を知らない。周囲から嗤われていた弱い自分のことを思い起こさせたりはしない。
 だからこそ、彼はこの世界で生きてきた女性のみを狙い、自分のハーレムを作ろうとしているのであった。

 恋愛ゲームのテクニックを使い、異世界転生小説の主人公の模倣をして、着実に好感度を稼いで、目を付けた美少女たちを我が物にしようと画策するタクト。
 その行動理由も、やり方も、何もかもが無茶苦茶でおかしいとしか言い様がないのだが……本人は大真面目にこれを行い、栞桜たちが自分のことを好きになってくれると思っているのだから恐ろしい。

 その原因は、学校内に出入りする巫女たちが、幕府からの命令で彼に甘い顔をしているからなのだが……彼女たちが自分に対してリップサービスを行っているだなんてことをまるで想像していないタクトは、創作上の物語の主人公のように強くなった自分は自動的にモテるようになったのだと盛大な勘違いをしてしまっていた。

(辻斬り事件を解決したら、女の子が二人も手に入る! 学校で待ってる巫女のみんながやきもち妬かないか心配だな~!)

 今、その巫女たちがタクトの相手をせずに済んでいることにせいせいしているとは露にも思わず、彼は無用の心配兼気持ちの悪い妄想を繰り広げる。
 そんな風に気力の悪い笑みを浮かべ、恍惚としていた彼であったが、とある一点を見つめた時、その心臓が大きく跳ね上がった。

「あはははははっ! 栞桜ちゃんがこんな顔するなんて! 面白~い!!」

「う、わあ……っ!!」

 からからと、無邪気に笑う可憐なその声。
 子供にも見紛う小柄な体と、それに相反して丸々と育った胸と尻。
 くりっとした可愛らしい瞳。元気いっぱいの動き。小さな手、暗いオレンジ色の髪、その他諸々……。

 ドンピシャだった。モロに、好みにドストライクだった。
 漫画やアニメの中でしか見たことのない、合法ロリ巨乳娘を発見したタクトは、心の中でその興奮を遠慮なく叫ぶ。

(メインヒロイン、キターーーッ!! あの娘が僕のメインヒロイン! ハーレムとは別の、本妻になる娘だ!! 間違いないっ!!)

 やはり自分は神に愛されている。いや、これは運命で決められた出会いなのだ。
 英雄としてこの世界に召喚された自分の前に、自分を愛するために作り出されたような少女が現れた。

 これはきっと、今まで不遇な現実を耐え続けた神からのご褒美。
 この少女を自分の物とし、思う存分イチャイチャしろという、神の意志に違いない。

「ああああ、あのっ! き、君っ、な、名前は!?」

「ふぇ? あたし? あたしはやよい! 西園寺やよいだよ!!」

「そ、そっか。やよい、やよいだね……!」

 すんなりと名前を教えてもらい、満面の笑みでやよいに対応されたタクトは、既に彼女は自分に気を持ち始めていると勘違いしていた。
 やはり自分から発せられる只者ではないオーラが彼女を虜にしているのだろうと、この分ならばやよいの名字が黒岩になる日もそう遠くはないと、かなり気持ちの悪い妄想を繰り広げながらも、今回は栞桜にしたようなセクハラをタクトは行おうとはしない。

 理由は、彼がやよいのことをメインヒロインだと思っているからだ。
 有象無象のその他のヒロインではなく、やよいこそが自分の運命の相手であると思い込んでいるタクトは、彼女のことを丁寧に落とそうと決めていたのである。

(どうする? まずは自己紹介からだろ! 僕が異世界召喚された英雄だってことと、雷属性の気力持ちだってことを知れば、きっとその時点で好感度がかなり高くなる! この娘も武神刀持ち、強い相手には一目置くのが当然! 物珍しさと尊敬の気持ちが組み合わされば、僕のことを好きになるのも時間の問題! やった! 勝った! 第三部完ッ!!)

 脳内で早口言葉を繰り返しながら、随分と都合の良い妄想を繰り広げながら、タクトは自分の目の前でぱちくりと可愛らしい瞬きを繰り返すやよいのことをねっとりとした眼差しで見つめ続けていた。
 栞桜も冬美も、よくあの気持ちの悪い目線で見つめられて嫌な顔をしないなとある種の感心をやよいに抱くほどにタクトの反応は嫌悪感を催すものであったのだが、そんな雰囲気をまるで感じさせないまま、やよいは笑顔を浮かべ、彼へと質問を投げかけた。

「ねえねえ! もしかしてあなた、あたしのことを口説こうとしてる?」

「うえっ!? あ、そ、それは……」

 予想外のやよいの言葉に一瞬たじろぎ、思考を中断させられるタクト。
 まさか、向こうからそんな積極的な言葉を投げかけられるとは思わなかったが……もしかしたらこれは、チャンスなのではないだろうか?

 この質問に堂々とYESと答えれば、やよいも自分の男らしさに感心してくれるだろう。
 そうしたら、そのまま彼女とムフフな関係になれるかも……と、童貞の逞しい想像力でやよいのあられもない姿を想像して生唾を飲んだタクトであったが、その耳に残酷な言葉が響く。

「だとしたら、それは無理かな~! だってあたし、もう恋人いるもん!」

「……え?」

 ガツンと、ハンマーで頭を殴られたような衝撃が走る。
 やよいが口にした言葉を信じたくないとばかりに目を見開き、口をぱくぱくと開け閉めして金魚のように喘いでいたタクトは、自分の妄想がガラガラと音を立てて崩れていくことを感じていた。

「恋、人……? 誰? そいつは、どいつ……?」

「そそそそそ、そうだぞっ! やよいっ! お前いつのまにそんな関係の男が出来たんだっ!?」

 今までの勢いが嘘であるかのように呆然とするタクトと、やよいの言葉をまるっきり信じて動揺する栞桜。
 そんな二人の姿を見て、嫌な予感を感じながら堂々と嘘をついたやよいへと視線を向けた蒼の目には、彼女の可愛らしいお尻から生える小悪魔の尻尾が映っていた。

「……にししっ!!」

 声を殺して、自分にだけ伝わるように、視線を交わらせたやよいが悪戯っぽく笑ってみせる。
 次の瞬間、猫のようにしなやかで俊敏な動きを見せて蒼の背後まで移動した彼女は、彼の背に抱き着くとその頬に唇を落とし、自分を見つめる面々へと大声でこう言ってのけた。

「この人だよ! あたしの恋人!!」

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