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夢見る少女 後編
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「今日から体験に入りました綾瀬穂波です! よろしくお願いします!」
ラーメン屋の店主から紹介されたのは聞いたことのないプロダクションの聞いたことのないアイドルだった。
案内された少しボロいビルに入るとすぐにマネージャーを名乗る男性に連れられて六畳ほどの狭い楽屋に案内された。楽屋は雑誌や飲みかけのペットボトルが散乱していてとても綺麗な状態とら言えなかったが、大きな声で挨拶した。
しかし、皆ジロリと一瞬私の方を向いただけで、すぐにスマホに視線を戻してしまった。
「はい、こちら体験に入った綾瀬さんね! 仲良くしてやって」とマネージャーは言い残すとさっさと楽屋から出て行ってしまう。
「ちょっ……」
私は咄嗟にマネージャーを引き止めようとしたが、止めた。私はアイドルになるためにここにきたんだ。拳を強く握った。
私は、椅子に腰掛けながらスマホをいじるリーダー格の子に声をかけることにした。
「始めまして、綾瀬穂波です! 今日から少しの間ですがよろしくお願いします!」
今度はこちらには一瞥もしないでキラキラしているネイルを見ながら言った。
「なんでアイドルなんか目指してるワケ?」
「は、はい、私ずっとアイドルに憧れていたんです! アイドルになるために今まで練習とか頑張ってきたんです!」
「そ、じゃあとっとと帰りな」
「え……どうしてですか?」
「向いてないって言ってんのっ!」
いきなり大きな声で怒鳴られたのでびくりと肩が跳ねてしまう。怖い。
「ちょっと、愛理言い過ぎ」
隣に座っていた緑のカチューシャを付けた子が仲裁に入ってくれた。
「朋の言う通りだよ。ごめんね穂波ちゃん、愛理はちょっと気が立ってるみたい」と青のシュシュをつけた子も愛理と呼ばれた赤のリボンで髪を結んだ子を宥めた。後で聞いた話だが、彼女の名前は未来だった。
「ごめん、ちょっと風に当たってくる」と愛理は朋の手を振り払って楽屋から出て行ってしまった。
「きっとすぐに戻ってくるわ、とりあえずアイドルの1日を教えてあげるからついてきて」とその時は、ダンススタジオへ案内されるがままついて行った。
しかし愛理はすぐに戻ってくるという予想を裏切り、私が朋ちゃんと未来ちゃんとダンスレッスン、歌の練習、ビラを配ったりSNSを更新したりする売名活動を終えた後も姿を見せることは無かった。
「愛理ちゃん大丈夫かな?」
練習が一通り終わった休憩時間、タオルで垂れてくる汗を拭いながら私は言った。
「あんな酷いこと言われたのに気にかけてあげるんだ。嫌いじゃないの?」
「私の先輩になるかもしれないですから」と私が言うと2人とも笑ってくれた。
「穂波ちゃんは歌もダンスも上手いし本当にアイドル向いてるかもね」
「本当ですか!?」
「そういえば、穂波ちゃんは憧れたからアイドルになりたいって言ったよね?」
「はい、私もいつか憧れられる人になりたいです」
「なんだか昔を見てるみたい。あなたを見ているとなんだか初心に帰れるわ」
「今は違うんですか?」そう私が言うと今度は2人とも少し暗い顔をした。慌てて話題を変えようとしたところで未来ちゃんがボソリと言った。
「私たちは今やお金のためにやってんの」
「どんなに大きな夢を抱いていてもお金が無ければそれは頓挫してしまう」朋ちゃんが髪をいじりながら続けた。
「最近なんてアイドルなのかボランティア集団なのか分からないもんね」となんとも言えない笑みを浮かべた。
「だから愛理ちゃんは機嫌が悪かったのですか……」
「あの子は私たちの中でも1番アイドルに夢見てたの。他人のために歌を歌いたくても結局は今日の自分のご飯のために歌うそんな生活に絶望しかけているのかもね」
「アイドルもいつまでも若いわけじゃ無いんだから花火みたいに常に命を燃やしているみたいなもんよ」
「私っ! 愛理ちゃんを探してきますっ!」そう言って私は楽屋を飛び出した。朋ちゃんや未来ちゃんの話を聞いてはっとした。愛理ちゃんはきっと私におんなじ思いをしてほしく無かったのだ。大好きなアイドルを嫌いになってほしく無かった。だからわざと冷たい言い方をしたのだと。
方向もろくにわからないまま走り続けた。足がもつれても、息が苦しくなっても。しかし、河川敷まで来たところでついに息が切れて足が止まった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
ふと橋の下を見ると、そこに彼女の姿があった。私はしばらくその姿に見惚れ動けなかった。
彼女は踊っていた。その姿は正しく昔私がなりたいと思った、キラキラしてかっこよくて可愛いアイドルそのものだった。彼女は今も諦めていなかった。今この瞬間だけに全力を出し切るその姿に私は心を撃ち抜かれたのだ。
ーーー
「あ、綾瀬ちゃん! 久しぶり、アイドル活動はどう?」あの日から約一週間が経った後、私は再びあの屋台に訪れていた。今日の店主は何故か赤いドレスを着ながらお好み焼きを焼いていた。
「私、アイドル辞めることにしました」
「え? そうなんだ」
店主は少し驚いた表情を見せた。
「私がなりたかったのはアイドルじゃなくて夢見る私なんだって気が付いたんです。別にそれがアイドルじゃなくたってよかったんです。ただ、私だけにある何かが欲しかったんだと思います。他の人とは違う人になりたかっただけなんです」
「そう。でももういいの?」
「私、先生になります。誰かの夢を一緒に見られるような、支えてあげられるような。そんな先生に。だから大学に行きます」
「そうか」そう言って店主は嬉しそうに笑った。
ラーメン屋の店主から紹介されたのは聞いたことのないプロダクションの聞いたことのないアイドルだった。
案内された少しボロいビルに入るとすぐにマネージャーを名乗る男性に連れられて六畳ほどの狭い楽屋に案内された。楽屋は雑誌や飲みかけのペットボトルが散乱していてとても綺麗な状態とら言えなかったが、大きな声で挨拶した。
しかし、皆ジロリと一瞬私の方を向いただけで、すぐにスマホに視線を戻してしまった。
「はい、こちら体験に入った綾瀬さんね! 仲良くしてやって」とマネージャーは言い残すとさっさと楽屋から出て行ってしまう。
「ちょっ……」
私は咄嗟にマネージャーを引き止めようとしたが、止めた。私はアイドルになるためにここにきたんだ。拳を強く握った。
私は、椅子に腰掛けながらスマホをいじるリーダー格の子に声をかけることにした。
「始めまして、綾瀬穂波です! 今日から少しの間ですがよろしくお願いします!」
今度はこちらには一瞥もしないでキラキラしているネイルを見ながら言った。
「なんでアイドルなんか目指してるワケ?」
「は、はい、私ずっとアイドルに憧れていたんです! アイドルになるために今まで練習とか頑張ってきたんです!」
「そ、じゃあとっとと帰りな」
「え……どうしてですか?」
「向いてないって言ってんのっ!」
いきなり大きな声で怒鳴られたのでびくりと肩が跳ねてしまう。怖い。
「ちょっと、愛理言い過ぎ」
隣に座っていた緑のカチューシャを付けた子が仲裁に入ってくれた。
「朋の言う通りだよ。ごめんね穂波ちゃん、愛理はちょっと気が立ってるみたい」と青のシュシュをつけた子も愛理と呼ばれた赤のリボンで髪を結んだ子を宥めた。後で聞いた話だが、彼女の名前は未来だった。
「ごめん、ちょっと風に当たってくる」と愛理は朋の手を振り払って楽屋から出て行ってしまった。
「きっとすぐに戻ってくるわ、とりあえずアイドルの1日を教えてあげるからついてきて」とその時は、ダンススタジオへ案内されるがままついて行った。
しかし愛理はすぐに戻ってくるという予想を裏切り、私が朋ちゃんと未来ちゃんとダンスレッスン、歌の練習、ビラを配ったりSNSを更新したりする売名活動を終えた後も姿を見せることは無かった。
「愛理ちゃん大丈夫かな?」
練習が一通り終わった休憩時間、タオルで垂れてくる汗を拭いながら私は言った。
「あんな酷いこと言われたのに気にかけてあげるんだ。嫌いじゃないの?」
「私の先輩になるかもしれないですから」と私が言うと2人とも笑ってくれた。
「穂波ちゃんは歌もダンスも上手いし本当にアイドル向いてるかもね」
「本当ですか!?」
「そういえば、穂波ちゃんは憧れたからアイドルになりたいって言ったよね?」
「はい、私もいつか憧れられる人になりたいです」
「なんだか昔を見てるみたい。あなたを見ているとなんだか初心に帰れるわ」
「今は違うんですか?」そう私が言うと今度は2人とも少し暗い顔をした。慌てて話題を変えようとしたところで未来ちゃんがボソリと言った。
「私たちは今やお金のためにやってんの」
「どんなに大きな夢を抱いていてもお金が無ければそれは頓挫してしまう」朋ちゃんが髪をいじりながら続けた。
「最近なんてアイドルなのかボランティア集団なのか分からないもんね」となんとも言えない笑みを浮かべた。
「だから愛理ちゃんは機嫌が悪かったのですか……」
「あの子は私たちの中でも1番アイドルに夢見てたの。他人のために歌を歌いたくても結局は今日の自分のご飯のために歌うそんな生活に絶望しかけているのかもね」
「アイドルもいつまでも若いわけじゃ無いんだから花火みたいに常に命を燃やしているみたいなもんよ」
「私っ! 愛理ちゃんを探してきますっ!」そう言って私は楽屋を飛び出した。朋ちゃんや未来ちゃんの話を聞いてはっとした。愛理ちゃんはきっと私におんなじ思いをしてほしく無かったのだ。大好きなアイドルを嫌いになってほしく無かった。だからわざと冷たい言い方をしたのだと。
方向もろくにわからないまま走り続けた。足がもつれても、息が苦しくなっても。しかし、河川敷まで来たところでついに息が切れて足が止まった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
ふと橋の下を見ると、そこに彼女の姿があった。私はしばらくその姿に見惚れ動けなかった。
彼女は踊っていた。その姿は正しく昔私がなりたいと思った、キラキラしてかっこよくて可愛いアイドルそのものだった。彼女は今も諦めていなかった。今この瞬間だけに全力を出し切るその姿に私は心を撃ち抜かれたのだ。
ーーー
「あ、綾瀬ちゃん! 久しぶり、アイドル活動はどう?」あの日から約一週間が経った後、私は再びあの屋台に訪れていた。今日の店主は何故か赤いドレスを着ながらお好み焼きを焼いていた。
「私、アイドル辞めることにしました」
「え? そうなんだ」
店主は少し驚いた表情を見せた。
「私がなりたかったのはアイドルじゃなくて夢見る私なんだって気が付いたんです。別にそれがアイドルじゃなくたってよかったんです。ただ、私だけにある何かが欲しかったんだと思います。他の人とは違う人になりたかっただけなんです」
「そう。でももういいの?」
「私、先生になります。誰かの夢を一緒に見られるような、支えてあげられるような。そんな先生に。だから大学に行きます」
「そうか」そう言って店主は嬉しそうに笑った。
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