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3話①
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「なぁ、少年。君に少し頼みたいことがあるんだ」
まだ少し暑さの感じられる十月某日。ステラが授業に出席している間を見計らったかのように声をかけられた。俺は開いていた本を閉じる。
「今日の放課後、いつもみたいにちょっと買い出しに行ってもらえないかな」
「別に、それくらいなら」
「いつも君に頼んでしまってすまないね。どうしても今日は手が外せなくてさ」
「いいって、そんなの」
いつものことだろ、と気にも留めず返事を返す。
この司書室で過ごすようになってから、俺は学校の図書委員などが使う備品の買い出しを手伝うようになっていた。彼はもちろん、俺のプライベートを尊重してくれたし、都合がつかない時は彼自身が後日買い出しをすることもあった。だが、俺も彼に対し、恩もあればそれなりの付き合いもある。余程外せない予定ではない限り、代わりに行っていた。
「物、渡すのは明日でいいよな」
「あぁ、明日持って来てくれたら大丈夫だよ」
「おっけい。じゃあ放課後までにリストとか頼んだ」
「任せてくれよ、少年」
「ん」
俺は手元の本を開こうとする、が。
「……まだ話は終わってないんだけどね」
彼は少し困ったように言葉を付け加えた。
「実は、その買い出しなんだけど」
「……言っとくがあんたの私用のおつかいはしないからな」
「…………君は僕のことをなんだと思っているんだい?」
彼はまったく、と頭を抱える。
いや、あんた今までの行動を見てみろよ。妹狂いみたいになってんぞ。
「……その、買い出しに妹を連れて行ってほしいんだ」
「……ステラを?」
「あぁ。ダメ、だろうか」
「……それは」
思わず言葉が詰まる。別に、ステラと一緒に行くのが嫌だとかそういうことではない。現に今の俺たちは、互いにやることがなければ多少の会話を交わす程度の仲になっていた。それこそ、あの空間の中であったからこそ、先輩と後輩という隔てりの中で絡むことができていた。だが、それほど奥の部分へ踏み込むことも無かった。
だからこそ、返答に困る。
今の関係値であるからこそ、一定の距離、学校のみの関係だからこその居心地の良さがあると思っていた。それに第一、買い出しなんて俺と行ったところでステラは何も楽しくもないだろうに。
「君がどうしても、と断るのであれば僕も無理強いはしないよ。一人で行ってもらって構わないし、なんならこの買い出し自体を辞退してもらったっていい。君には君の考え方があるだろうし、そもそもこの買い出し自体も僕のわがままだからね」
「……まぁ」
「ただ少年、あとここにはいないけども妹も。二人は今のまま、このままじゃいけないと思っているはずだ。君たち二人は、理由こそ違えど人間関係を築くのが得意じゃないだろう? 自覚だってあるとは思うけど」
「そりゃ、まぁ……」
「だろう? だからだよ。別に変な人間でもなければ、君たちは最低限、相手の苦手や弱点を理解しあっている。まずはそうやって理解のある者同士、仲を深めるのもいいんじゃないかなと思ってね」
「……さぁ、一理あるかもな」
痛いところを突かれたと思った。そしてそれは、自身もどこかで思っていることだった。いい加減、ここから卒業することも視野に入れなくてはいけないと思っている。こうやって自由な籠の中にいられるのも有限。
高校を卒業したら?
その後の将来は?
歳を重ねるということは、それだけ差し伸べられる手が減り、責任という荷物が反対に増えていく。目を向けたくなくとも、向けなくてはならない現実だった。
ここに来たあの日から、俺はまだなに一つ成長していない。
「……ステラが良いって言う、なら」
これが何かのきっかけになればと思った。
「助かるよ。君は口が悪いけど根はいいからね。口は悪いけれど」
「誉めるか貶すかどっちかにしろ」
つーか誉めてないだろ。二回も言ってんじゃん。
「ははは、誉めているよ。多分」
「その多分ってやつが一番信用できないんだよ」
「あ、そうだ少年、これ」
「おい、話逸らすな……って」
彼は三枚の千円札を差し出してきた。買い出し用のお金かと思ったが、ふと違和感を感じた。彼はいつも買い出し用のお金は、後でお釣りや領収書を保管しやすいようにと茶封筒に入れている。このように裸で渡すことは無かった。変人な彼には珍しく、そういうところはちゃんとしていた。
「……買い出しのお金?」
「まさか、それはちゃんといつも通り茶封筒に入れて渡すさ。これは追加オプション代」
「……は?」
その変な言い回しからは、なにか嫌な予感がした。
「あれ、少年は知らないのかい? もしかしてギャルゲーしたことない?」
「どうしてあると思ったんだ」
経験者の方が少数派だと思うが。
俺はもちろん、その少数派ではない。
「しょうがないな、そんな無知な少年のためにギャルゲーマスターである僕が詳しく教えてあげよう。ギャルゲーにおいて放課後デートは一大イベントなんだよ、少年。選択肢ひとつで好感度に多大なる影響が出てくるんだ」
「あんたは一体どんだけ頭ん中ピンクにしたら気が済むんだよ……」
やっぱりろくでもないことだった。あとデートじゃなくて買い出し、な。
そんなんだから妹から距離置かれるんじゃないの?
「ま、という冗談はさておき」
「ほんとにか?」
「単純にお小遣いみたいなものだよ」
「……どういうことだ?」
正直、追加オプション代との違いがわからない。
「君には日頃、妹のことや買い出しなんかで随分と助けてもらっているからね。それで妹と買い出しの後に寄り道でもしたらいい」
「いや、さすがにそこまでは申し訳な……」
「あ、ちなみに妹はケーキよりもドーナツ派だよ。全体的に甘いものなら何でも食べるけれどドーナツが一番好き。あと、コーヒーは飲めないから代わりに紅茶、あ、でもアールグレイは苦手だからそれ以外で、あと……」
「もう行かせる気満々だな!? あとなんでそんなに細かく好み知ってんだよ、怖いわ」
あと急に早口になるなよ、置いていかれるかと思った。
「え? 兄妹ならこれくらい普通じゃないのかい?」
「それ、一人っ子の俺に聞くなよ」
もっと言えばあんたは一番、普通なんて言葉からかけ離れた兄なんだよ。
ごめんね~と、悪びれることなく言葉だけの謝罪を口にすると、彼はもう既に用意していたのか、茶封筒と四つ折りにされたメモ用紙を渡してくる。
「ってことで、今日は妹のこと頼んだよ」
「……なんだろうな、すっごくやる気を削がれた気もするが」
なんで彼はこうも元気なのだろうか。エンタメ性に溢れていると言えば聞こえがいいものの、蓋を開けてみればご覧のようなただの変人なのだが。
「あ、少年。言い忘れてた」
「……今度はなんだ」
「寄り道はしてもいいけど、くれぐれも不純異性交遊だけはしないでくれよ?」
「あんたは一回、病院に行け」
もう一度言う。
あんたは本当に一回病院に行け。
まだ少し暑さの感じられる十月某日。ステラが授業に出席している間を見計らったかのように声をかけられた。俺は開いていた本を閉じる。
「今日の放課後、いつもみたいにちょっと買い出しに行ってもらえないかな」
「別に、それくらいなら」
「いつも君に頼んでしまってすまないね。どうしても今日は手が外せなくてさ」
「いいって、そんなの」
いつものことだろ、と気にも留めず返事を返す。
この司書室で過ごすようになってから、俺は学校の図書委員などが使う備品の買い出しを手伝うようになっていた。彼はもちろん、俺のプライベートを尊重してくれたし、都合がつかない時は彼自身が後日買い出しをすることもあった。だが、俺も彼に対し、恩もあればそれなりの付き合いもある。余程外せない予定ではない限り、代わりに行っていた。
「物、渡すのは明日でいいよな」
「あぁ、明日持って来てくれたら大丈夫だよ」
「おっけい。じゃあ放課後までにリストとか頼んだ」
「任せてくれよ、少年」
「ん」
俺は手元の本を開こうとする、が。
「……まだ話は終わってないんだけどね」
彼は少し困ったように言葉を付け加えた。
「実は、その買い出しなんだけど」
「……言っとくがあんたの私用のおつかいはしないからな」
「…………君は僕のことをなんだと思っているんだい?」
彼はまったく、と頭を抱える。
いや、あんた今までの行動を見てみろよ。妹狂いみたいになってんぞ。
「……その、買い出しに妹を連れて行ってほしいんだ」
「……ステラを?」
「あぁ。ダメ、だろうか」
「……それは」
思わず言葉が詰まる。別に、ステラと一緒に行くのが嫌だとかそういうことではない。現に今の俺たちは、互いにやることがなければ多少の会話を交わす程度の仲になっていた。それこそ、あの空間の中であったからこそ、先輩と後輩という隔てりの中で絡むことができていた。だが、それほど奥の部分へ踏み込むことも無かった。
だからこそ、返答に困る。
今の関係値であるからこそ、一定の距離、学校のみの関係だからこその居心地の良さがあると思っていた。それに第一、買い出しなんて俺と行ったところでステラは何も楽しくもないだろうに。
「君がどうしても、と断るのであれば僕も無理強いはしないよ。一人で行ってもらって構わないし、なんならこの買い出し自体を辞退してもらったっていい。君には君の考え方があるだろうし、そもそもこの買い出し自体も僕のわがままだからね」
「……まぁ」
「ただ少年、あとここにはいないけども妹も。二人は今のまま、このままじゃいけないと思っているはずだ。君たち二人は、理由こそ違えど人間関係を築くのが得意じゃないだろう? 自覚だってあるとは思うけど」
「そりゃ、まぁ……」
「だろう? だからだよ。別に変な人間でもなければ、君たちは最低限、相手の苦手や弱点を理解しあっている。まずはそうやって理解のある者同士、仲を深めるのもいいんじゃないかなと思ってね」
「……さぁ、一理あるかもな」
痛いところを突かれたと思った。そしてそれは、自身もどこかで思っていることだった。いい加減、ここから卒業することも視野に入れなくてはいけないと思っている。こうやって自由な籠の中にいられるのも有限。
高校を卒業したら?
その後の将来は?
歳を重ねるということは、それだけ差し伸べられる手が減り、責任という荷物が反対に増えていく。目を向けたくなくとも、向けなくてはならない現実だった。
ここに来たあの日から、俺はまだなに一つ成長していない。
「……ステラが良いって言う、なら」
これが何かのきっかけになればと思った。
「助かるよ。君は口が悪いけど根はいいからね。口は悪いけれど」
「誉めるか貶すかどっちかにしろ」
つーか誉めてないだろ。二回も言ってんじゃん。
「ははは、誉めているよ。多分」
「その多分ってやつが一番信用できないんだよ」
「あ、そうだ少年、これ」
「おい、話逸らすな……って」
彼は三枚の千円札を差し出してきた。買い出し用のお金かと思ったが、ふと違和感を感じた。彼はいつも買い出し用のお金は、後でお釣りや領収書を保管しやすいようにと茶封筒に入れている。このように裸で渡すことは無かった。変人な彼には珍しく、そういうところはちゃんとしていた。
「……買い出しのお金?」
「まさか、それはちゃんといつも通り茶封筒に入れて渡すさ。これは追加オプション代」
「……は?」
その変な言い回しからは、なにか嫌な予感がした。
「あれ、少年は知らないのかい? もしかしてギャルゲーしたことない?」
「どうしてあると思ったんだ」
経験者の方が少数派だと思うが。
俺はもちろん、その少数派ではない。
「しょうがないな、そんな無知な少年のためにギャルゲーマスターである僕が詳しく教えてあげよう。ギャルゲーにおいて放課後デートは一大イベントなんだよ、少年。選択肢ひとつで好感度に多大なる影響が出てくるんだ」
「あんたは一体どんだけ頭ん中ピンクにしたら気が済むんだよ……」
やっぱりろくでもないことだった。あとデートじゃなくて買い出し、な。
そんなんだから妹から距離置かれるんじゃないの?
「ま、という冗談はさておき」
「ほんとにか?」
「単純にお小遣いみたいなものだよ」
「……どういうことだ?」
正直、追加オプション代との違いがわからない。
「君には日頃、妹のことや買い出しなんかで随分と助けてもらっているからね。それで妹と買い出しの後に寄り道でもしたらいい」
「いや、さすがにそこまでは申し訳な……」
「あ、ちなみに妹はケーキよりもドーナツ派だよ。全体的に甘いものなら何でも食べるけれどドーナツが一番好き。あと、コーヒーは飲めないから代わりに紅茶、あ、でもアールグレイは苦手だからそれ以外で、あと……」
「もう行かせる気満々だな!? あとなんでそんなに細かく好み知ってんだよ、怖いわ」
あと急に早口になるなよ、置いていかれるかと思った。
「え? 兄妹ならこれくらい普通じゃないのかい?」
「それ、一人っ子の俺に聞くなよ」
もっと言えばあんたは一番、普通なんて言葉からかけ離れた兄なんだよ。
ごめんね~と、悪びれることなく言葉だけの謝罪を口にすると、彼はもう既に用意していたのか、茶封筒と四つ折りにされたメモ用紙を渡してくる。
「ってことで、今日は妹のこと頼んだよ」
「……なんだろうな、すっごくやる気を削がれた気もするが」
なんで彼はこうも元気なのだろうか。エンタメ性に溢れていると言えば聞こえがいいものの、蓋を開けてみればご覧のようなただの変人なのだが。
「あ、少年。言い忘れてた」
「……今度はなんだ」
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