ステラチック・クロックワイズ

秋音なお

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5話③

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「先輩に聞きたいことがあります」
「ん?」
「先輩は私が来る前からあの司書室にいるんですよね?」
「あぁ、そうだな」
「どうして、先輩はあの部屋にいるんですか?」
 ミルクティーに口をつけたステラがそう尋ねる。俺とステラは前回のドーナツチェーン店とは違い、今日は少し洒落たカフェにいた。ステラがたまに通う、お気に入りのところらしい。ガトーショコラが甘さ控えめでおすすめだと言うので俺はコーヒーとそれを注文したが、ステラはミルクティーとドーナツを注文していた。
 いや、どんだけ好きなんだよ、ドーナツ。飽きないのか……?
「どうして、って、それはもちろん、俺もあの変人に声をかけられてそのままついて行って、って感じだけど」
「いえ、そうじゃなくて。どうして、先輩は兄さんに声をかけられたんですか」
 理由があるはずですよね、とステラは詰め寄ってくる。
「……そりゃ、まぁ、あるといえばあるけれど、どうした? 知ったところで面白い話でもないけどな」
「私だけ知らないのは、アンフェアだと思います」
 先輩は初日に私に聞いてきたのに、と言葉を続ける。
 俺は、人と関わる上であまり自身のことを語らなかった。ステラが俺の好みを知らないように、些細なことしか話さなかった。ステラが知っている俺というのは、粗雑に過ごす俺という人間と読んでいる本くらいだった。
 話すつもりがない、というわけでもないが、自身から話す必要はないと思っていた。聞かれれば答えるのだから、聞かれるまで待てばいいと思っていた。特に過去の話は尚更、聞かれるまでは話すつもりがなかった。
求められたとしても、相手によっては話さなかったと思うが。
「私には、わからなくて」
「わからない?」
「先輩が、なにを苦しんでいるのか、です。この前だって私は席を外したので、あの場でなにを話したのか知りません。あんな顔をしていたってことは面談の時に何かがあったってことはわかります。でも、だからわかんないんです。先輩は頭もよくて、人に恨まれるようなこともしていないのに、どうしてそんなに苦しまなくちゃいけないのか」
「……俺は、ステラが思っているようなそういう人じゃないよ」
 過大評価が心にじわりと滲みる。慣れない言葉。
「そういう人だと、私は思っています」
「それはきっと、都合のいい部分だけを見ているんだよ。綺麗な部分だけを、表の部分だけを見ている」
「……どうして、そういうことばかり言うんですか」
 ステラは不思議な顔をしていた。真っ直ぐとこちらを向いているというのに、視点は揺れて焦点が合わない。口の端をぎゅっとしぼっている。感情が読めない。
「……ごめん」
「……先輩の悪いところです。褒めても素直に受け止めてくれないところ。否定の言葉ばかり、探すところ」
「…………そう、かもな」
 言い返せなかった。それは一番自分自身がわかっていた。ごめんという言葉しか口からは出てこなかった。口にしたコーヒーの味がわからない。コーヒーは液体なのに、喉に詰まりそうになる。
「……褒められたりするの、あまり経験がないんだ」
「……誉められなかった、ってことですか?」
「……あぁ」
「でも、親とか……」
「うちは、そういう家庭じゃなかったんだ」
 母を亡くしていることも言おうかと思ったがやめた。ただの不幸自慢のようになるのは嫌だった。余計な不安や心配を煽るよりも、ただ事実と現状だけを伝えることができればいいと思った。
「放任主義、って言うんだろうか。生きる上で不自由なんてものは無かったけれど、でもいつも独りだった。保護者参観も学校行事も独りだったし、家族旅行なんてものもなかった。別に俺自身もそれが欲しいわけではなかった。寂しくないと言えば嘘かもしれないが、でもそれがあたりまえだった。俺の家族は、そういうものだった」
 家族と言葉を交わした記憶はあっても、なにを話したのかは思い出せない。きっと記憶されるほどに重要なものでもなくて、交わした回数だって数えるほどしかないのだろう。もしかすると、この記憶すら偽物なのかもしれない。
「でも、これが一般家庭と違うというのは中学生になる頃、明確に自覚した。明らかに俺の知っている家族像というものは少数派で、なにより虚しいものであった。俺は愛されていないんじゃないかとすら思った。邪魔なのではないか、と。親の仕事なんていう言葉じゃ到底埋めることのできない溝が、俺たち家族の中には存在していた。それから、俺は俺がわからなくなった。自分の価値が、わからかった。期末テストじゃ高得点を取り、学校行事の実行委員や生徒会だってした。誰かに評価される側の人間になった。それなりの結果だってちゃんと残した。でも、なにも変わらなかった。なにをしたって、自分の価値なんてものをわからない、判断できない。なにをしたって、家族との間に生じた溝は埋まりもしないのだから」
 全て空回りだった。どんなに模試で偏差値を上げようと、なんの言葉ももらえなかった。もちろん、誉められるためだけにしたわけではない。ちゃんとあの頃は将来のことだって考えられていた。でも、なにも報われない孤独のままだった。
「そして高校生になったある秋。すごく悲しいことが重なったんだ。一つは、俺の生き甲斐のようになっていた作家が自殺してしまったこと。そしてもう一つが、先日の面談相手でもあった担任にひどく失望してしまったこと」
 今思うとあの日は厄日だったんだろう。それは今、あの日のことを過去として思い返すほどの時間が経過したからだが、そうであっても今だって心は痛かった。
「担任も、最初はあんな人じゃなかった。俺が親との繋がりが薄く脆い人間であったことを知っていたからか、割と親身になって話を聞いてくれていた。梅垣は社会科目の担当だったし、俺も社会が得意分野というのもあって可愛がってもらっていた気がする。でも、それは違ったんだよな」
「違った……?」
「俺は、梅垣が俺のことを考えてくれてると思っていた。親の代わりとまでは言わないが、少なからず、俺本人のことを考えての発言だと思っていたんだ。話を聞いてくれたのも、将来の提案なんかもしてくれたのも、俺が幸せになれるようにって思ってのものだと思い込んでた。でも本当は梅垣という教師が、人間が誉められるため、社会的地位を得るためのものだった。俺がそのまま伸びて進学率につながればそれでいいって、本人に言われた時、言葉を失ったよな」
「……ひどい、です」
「でもまぁ、その気持ちもわかるんだ。あくまで学校だって進学率を欲しがるのも仕方ないことだとは思う。でもタイミングだよな。色々重なっている時のそれで全部疲れてどうでもいいやってなっちゃって。じゃあもう死んでしまおうかなって思って屋上に行ったんだ。そして、その時にあったのが、あの変人だった」
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