ステラチック・クロックワイズ

秋音なお

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6話②

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「お、終わったぁ……」
「お疲れ」

 壁にかかった時計はもうすぐ六時を過ぎようとしていた。
 空は暗くなり始め、藍と橙が半分ずつの割合で空を彩る。
 時間が経つにつれて藍の割合は増し、いずれは全てを塗りつぶされていく。
「わ、外が暗くなってる」
「集中してたもんな」
「え、待ってください。今って何時です……?」
「六時くらい、だな」
「そ、そんなに……。てっきり、まだ五時にはなっていないだろうと思っていました」
 あまりにも時間が経っていた現状に驚きを隠せないステラは目をぱちぱちとしていた。そうは言ったって、一回分のテスト範囲を一通り触れるのであればいかに広く浅くしようとも時間はかかる。俺としても想定内だった。
「こ、こんなに長い時間付き合わせてしまって、申し訳ないです」
「別に気になくていいが」
「でも、先輩だって自分の勉強がありますよね?」
「ん、まぁ、それくらいなんとでもなるだろうし、大丈夫だって」
「んん、すみません……」
「気にしなくていい。むしろ俺も手間取って悪かった。人に教えるなんて初めてで、わかりにくかったよな」
 今までステラとは向かい合うことはあっても隣り合うことなどなかったため、わずか数十センチの隙間というもののせいか、俺は通常運転ができなくなっていた。言葉は詰まり、目で追っていたはずの文章を見失うことさえあった。幸い、間違った知識を教えるようなことはなかったが、ひとつの物事を伝えるまでに要する語彙が迷走していた。
「そんなことないです。先輩のおかげで、今回のテストはなんとかなりそうです」
「それなら、いいが」
「ところで、兄さんは……?」
「あぁ、なんかさっき、ちょっと出るって言ったっきり帰ってきてないな」
「もうすぐ帰ってきますかね」
「……まぁ、多分」
 先に片付けておきましょうか、というステラの提案に同意し、各々私物を片付ける。バッグに私物を詰め込む中、俺は自分が変わったことを実感していた。俺はそもそも、自分の時間を邪魔されるのが苦手だった。これをする、と決めた時間は決めたことを何が何でも遂行したかった。そんな俺が一度行っていたものの手を止め、他人のためになにかをするというのは過去の自分からすると考えられないような行動だった。
 今日だって俺の時間はステラの時間になったわけだが、どういうわけかそれはそれで充実しているように思えた。誰かのために、という考え方なのかもしれない。どちらにしろ、今までの俺ならきっと感じもしないものだった。

 ……一体、教えてもらったのはどっちなんだろうな。
 俺はわかりきった答えを秘めたまま、隠すように頭を掻いた。

「寒くなってきましたね」
「……そうだな」
「もうすぐ冬、ですね」
「そのままあっという間に年を越すんだろうな」
「発言がおじいちゃんみたいですね、先輩」
「おかしいな、まだ十代のはずなんだけど」
「先輩がおじいちゃんなら私はおばあちゃんですかね」
 そうなるな、とくだらない会話を交わしながら空の藍を眺める。もう、ステラと出会って二ヶ月以上が経っていた。それすら早く、あっという間のことだった。よく、大人がいつの間にか年を取ってしまった、とぼやく姿を多く見聞きするが、俺のこれもそういうものなのかもしれない。諸行無常、時間は当たり前のように平等に残酷に、平然と流れていく。俺が進もうと立ち止まろうと、時間は、世界は、進んでいく。
 立ち止まれば置いて行かれる。
 そしていずれ、手を伸ばしても救えなくなる。
 だから、抗うように人は前を向くのだろうか。
「……先輩」
「ん?」
「私、頑張りますね」
「……あぁ」
 隣で同じように窓の外を眺めるステラに俺は頷く。
「今のまま頑張れば、平均くらいならきっと」
「……そうじゃなくて」
「え?」
「私、強くなりますね」
 ステラが俺の肩にとんとんと触れるから視線を向けると、既に相手は俺の目を見ていた。
「今日は私が先輩に頼ってしまったので」
「頼ることは別に悪いことじゃないだろ」
「それはそうです。でも、私が先輩に頼ってしまうと、先輩が私に頼ることができなくなってしまいますから」
 俺じゃ決して思いつかないであろう言葉に、思わず目が覚める。
 ステラは微かにはにかむと少しだけなにかを含ませるように口を動かした。
「私と、勝負しませんか」
「……勝負?」
「はい、勝負です」
 突然の提案に一瞬、固まる。
「……まぁ、いいだろう。それで、内容は?」
「テストの点数の勝負、です。先輩の一番苦手な科目ってなんですか?」
「……強いて言えば、数学、だろうか」
 そもそも得意科目はあっても苦手科目はなかった。だが、今回の数学のテスト範囲はどうも俺との相性が悪いのか、あまり頭に入ってこなかった。今回のテストで一番足を引っ張るとすればこいつだろう。
「じゃあわかりました。私の社会と先輩の数学、どちらの方が平均点よりも点数を取れるのか、勝負しませんか」
「その勝負は面白いな、乗った」
 なにより理に適っていると思った。互いの意欲に繋がるし、一石二鳥だと思った。丁度俺も数学に熱を入れなくてはと思っていたところだし。
「ところで、勝負ってことはなにかを賭けるっていうことだよな?」
「はい。勝負、なので」
「なにを賭けるつもりだ?」
「ベタなものですけど、負けた方が勝った方の言うことをなにかひとつ聞く、というのはどうでしょうか」
「本当にベタだな。……まぁいいだろう」
「……あ。忘れてました」
「ん?」
「先輩のことなのでわかっているとは思いますけど、一応。……もし、先輩が私に勝ったとしてもえっちなのはダメですからね?」
「おい待て一体どこの誰と勘違いしてんだ」
 俺はピンクに染めた長髪なんかしていなければ、白衣も着ていないしあんな能天気には生きていない。それにステラのことをそんな目で見たこともない、断じて。
「あれ? でも先輩って、私と初対面の時に妹とデートする変な本読んでいましたよね」
「あれは本当に事故で偶々だって言ったよな!?」
「えへへ、冗談です」
「頼む、心臓に悪い冗談は言わないでくれ……」
 そこだけ切り取ると俺は変な癖の持ち主みたいに聞こえるだろ。
 変な癖を持っているのはステラの兄だけで十分だ。
「……っていうことで、勝負です」
「おう。いいだろう」
「私、絶対負けませんから」
「望むところだな」
 負けないからな、と呟き、俺とステラは互いの握り拳を合わせる。まるで男同士がするような勝負の合図だが、それが一番この場に相応しい。
 そして、今はそれすらもひとつの温もりのように思えた。
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