ステラチック・クロックワイズ

秋音なお

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6話③

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 それから二週間ほど経った、ある放課後。
 俺は一人、いつもの司書室にいる。
 もう世界は師すらも走る十二月になっていた。
 肌を刺す空気すらもちゃんと冬らしく鋭くなっている。

 今年の終わりが見え始めた。
 あと少しになった今年。
 俺はなにか成し遂げられただろうか。
 ちゃんと前に進めているんだろうか。
 遅すぎたスタートは、ちゃんとスタートだったのだろうか。
 夢見た主人公でいられているだろうか。
 それはまだ、わからない。

「あ、先輩」
「ステラか」
 愛読書に目を通しているとドアが開き、慣れた声が聞こえる。
 ホームルームを終え、ここに戻ってきたステラだった。
「早かったんですね」
「まぁ、たまたまだな」
「……返ってきました?」
「……あぁ」
 探りを入れるような言葉に頷いてみせると、覚悟を決めたのか、ステラは俺にもわかるほどにごくっと唾を飲む。二人の間を緊張感が漂った。
「……じゃあ、結果発表、しましょうか」
「……そう、だな」
「……ちなみに、自信の方は?」
「苦手科目にしては、良いかもしれないな。……ステラは?」
「……奇遇ですね。こちらも、私にしては良かったと思います」
「……じゃあ、見せ合うか」
 互いに例の答案を用意し、せーの、の合図で見せ合う。

 俺の数学が七十三点。
 ステラの社会が五十四点。

 もう既に大きな差があり、勝負は大きく俺が有利だった。
「うぐ……」
「今のところは俺が有利、と」
「……悔しいですけどそのようですね。先輩のことなのである程度、点を稼いでくるとは思っていましたけど想像以上です」
 今回の勝負はあくまで平均点との差である。
 まだ喜ぶには早いが、正直俺は価値を確信していた。
「でも、私も負けません、から。先輩のテストの平均点は、何点だったんですか?」
「確か、六十点って言ってた気がするな」
 意外と平均よりは取れて安堵した記憶があった。
 現時点、俺の平均点との差は十三点。
 つまりステラが俺を超えるにはテストの平均点が四十点以下が条件になる。うちの高校の赤点の基準はちょうどその四十点。普通考えていくらなんでもそこまで平均点が低くなることもないだろう。
「それで、ステラの社会は平均は何点だったんだ?」
「……四十点、です」
「……は?」
「だから。平均点、四十点、でした」
 ステラはぼそりと、内容と釣り合わないような自信なさげな言い方だった。
「……え、冗談じゃなくて?」
「本当です。もう、なんで信じてくれないんですか」
 私はそんなズルをするような人じゃないです、と拗ねるステラをなだめつつ、俺はもう一度思考を巡らせた。もう一度言うが、四十点というのはうちの高校の赤点の基準である。平均がどうのこうのの前に、満たせなかった生徒は問答無用で補講の対象になる。
 ということは、クラスの半数ほどが赤点……?
「……もしかしてステラ、すごく頑張った?」
「自慢じゃないですけど、初めて徹夜して臨みました」
「そ、そうだったのか」
 結果として勝負はもちろん、俺の負けである。
 平均との差が大きいのはわずか一点の差にはなるが、勝者はステラだった。
「……でも、まさか、だったな」
 別に俺はステラを下に見ていたわけではないが、それでも俺が勝つと思い込んでいた。点数を見た時も、これなら勝てるだろうと高をくくりもした。でも結果として、負けたのは俺の方だった。事実は小説よりも奇なり、と言うがまさしくそうだと思った。頭の中に敷かれたレールなんてこのように簡単に外れてしまう。
 だが、それこそが生きた人間の元へと現れるエンターテインメントなのかもしれない。
「よく、頑張ったな」
「ん……」
 気づけば俺は手を伸ばし、その小さな頭を撫でていた。あの日とは逆に、今日は俺が撫でていた。とっさの行為だった。するつもりなんてなかった。
 ……でも、いつの間にかしていた。
 手のひらにさらりとした滑らかな銀髪の感触が広がる。シャンプーゆえなのかはわからないが、仄かにはちみつのような香りがした。
「……ありがとうございます」
 気持ちよさそうに目を細めて微笑む。
 顔を赤らめながらもそれを受け止める姿は子猫のように見えた。
「私の勝ちです」
「俺の負けだな」
 俺は一度、撫でていた手を頭から外す。
「それで、俺はどうしたらいいんだ?」
 勝者の賞品は、負けた方が勝った方の言うことを聞く、というものだった。ステラのことだ、あの変人が入れ知恵さえしなければ変なものはなさそうだが、逆になにを言い出すのかも想像がつかなかった。
「先輩たちも、二十四日って学校ですよね?」
「まぁ、課外があるからな。そういうステラもだろ?」
「はい。……あの、その日の放課後、ここに残れませんか?」
「放課後? 別にそれはいいが」
「実は、もう既に兄さんとは話を進めていたんですけど、二十四日ってクリスマスイブじゃないですか。ここでちょっとケーキ食べたりしたいなって。……そ、その、ケーキとは言っても、ちゃんと甘いの苦手な先輩のことも配慮します、のでっ……」
「なんだ、そんなこと。別に、普通に誘ってくれればいいものを」
「万が一のためでした」
「……なるほど?」
 クリスマスイブ、あまり縁のないものだと思っていた。
 物心がついた頃から母親のいない俺は、クリスマスというクリスマスをしたことがなかった。プレゼントはねだればねだったものを買い与えられたが、それ以上のものもなく、サンタさんという存在も幼くして作り話であると悟った。
 それこそ、最近はそれなりにチキンなんかも買って食べたりもしたが、それはそれで虚しくあまり楽しくなかった。一人分のケーキなんていかにもだし、甘党でもない俺にホールケーキなんてものは或る意味罰ゲームのようになる。
 誰かと過ごすクリスマスは、これが初めてだった。
 どんなものなのだろうか、とどこか期待で胸が弾む。
「で、どうすんの?」
「んぇ?」
「言うこと聞くってやつ。さすがにそのクリスマスのやつでっていうのもおかしいだろ。ノーカンでいいから、他になにかないのか?」
「ん、え、……いいですか?」
「……まぁ、そんななんでもはできないが」
「え、え、どうしよ……」
 本当にクリスマスのお誘いで言うことを消化するつもりだったのか、ステラはしばらく悩み、それから、あっ、と言葉を漏らした。
「……その、笑わないでください、ね?」
「一体なにを言うつもりなのかはわからないが、まぁ」
「……その、もっかい、頭撫でてください。頑張ったね、って」
 余程恥ずかしかったのか、頬を赤くしながら小さく呟いた。
「……そんなのでいいのか」
「……先輩のばか。そんなのじゃないです。だから、ください。さっきみたいに」
「わ、わかった」
 俺は言われるがまま、さっきと同じ要領でステラの頭を撫でる。
だが、拗ねているのか今度はこっちを向いてくれず、顔すら見せてはくれなかった。だがそれでよかったのかもしれない。
 俺の頬は、その赤が移ったようにほんのりと熱を帯びていた。
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