ステラチック・クロックワイズ

秋音なお

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6話①

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「先輩、今日は午後も勉強するんですね」
「まぁ、来週から期末始まるしな」
 もうすぐ十二月に差しかかろうとする十一月末。今日の俺は普段とは違い小説ではなく、参考書を開いていた。来週から始まる期末試験に備えてのテスト勉強だった。今回のテストで鬼門になりそうな数学を重点的にこなしていく。
「……テスト、嫌ですね」
「好きな奴はいないだろうな。いた場合、それはよっぽどの物好きか自信家、或いは自身を追い込むのが好きなドMだろう」
「でも、先輩はまだいいじゃないですか。前回だって平均以上取って学年でも上位だったし、羨ましいです」
「……別に俺は言うほど頭がいいわけじゃないが」
 苦手なものはもちろん苦手だし、躓くことだってある。今だって数学の微分積分に詰まり、絶賛思考が迷走中だった。
「私は必死こいて勉強しても、やっとこさ平均超えるか超えないかなんです」
 ステラはむっすぅ~と表情を曇らせると向かいの席から俺の手元、方程式の並ぶノートを覗き込む。
「先輩って意外と字が綺麗ですよね」
「意外と、ってなんだ」
「そういう意味じゃないです。なんか、私の勝手なイメージにはなるんですけど、男の人の文字って角張って勢いのあるものが多いじゃないですか。先輩の字は、そういうのじゃなくてどこか柔らかいなぁって」
「女々しい文字してるって?」
「だ、か、ら。違いますー。……もう、どうしてそうやって偏屈なんですか。先輩のばか」
 拗ねたのか、べ~っと舌を出される。
 いや、まぁ、偏屈なのは前からだしそれはなんとも言えないけどさぁ。
 そんなステラを横目に、俺は自分のノートの文字を改めて見てみる。そこには、ステラの言う通り、角の取れたどこか丸い文字が並んでいた。完全に無意識である。もちろん、走り書きなどの急ぐ時はそれなりに文字も粗雑になるが、そうだとしても思った以上に自分の文字は改めて見てみると面白い。
「少年がこんななのは僕と出会った時からだからねぇ」
「悪かったな、こんななので」
 話に参加してきた変人に対して悪態をつく。
 どうしてあんたはいつも余計なことを言うんだ。
「僕としてはもう少し丸くなってほしいんだけどねぇ。字だけじゃなくて」
「おい、それは完全にディスってるだろ」
「でも、それに関しては私も兄さんと同意見です」
「……ステラもかよ」
 もったいないよねぇ、と呟く変人とそれに頷くステラから視線を逸らし、俺は次の問題を解き始める。
 そんなこと言われたってそんな簡単に直せるかよ、と思った。そんな風に言ってもらえるのはありがたいことなんだろうが、こちらもこちらで長年連れ添ってきた俺なんだ。長い時間をかけて作られた俺の一部。だからそんなに期待しないでくれという弱音が浮かんだ。なにせ、自分がいくら気をつけていても口からこぼれてしまうんだから。
「……んんん、んん」
「……どうした」
「頭に入らないです」
「科目は?」
「社会、です。全然覚えられなくて。覚える単語は多いし、カタカナも漢字もややこしいし似てるしでピンチです」
「そんなにか」
「今回は大ピンチです。……赤点になるかもしれません」
 ステラは社会の教科書を開いたまま、どこか棒読みで弱音を吐いた。
 現実逃避のようにも見えた。
 花緑青の瞳が渦巻いている。
「あ、なら少年、君が教えてあげたらいいじゃん」
「……え、俺?」
 なぜか俺に白羽の矢が立った。
「先輩、ですか?」
「あぁ。少年は社会が得意科目だし、大丈夫でしょ」
「……まぁ、それはそう、だが」
 そうは言っても人に教えるのはわけが違う。
「僕は生憎社会なんて苦手だし、もう昔の勉強のことなんて忘れちゃったからね。それにステラだって教わるなら僕よりも少年の方がいいだろう?」
「私も、兄さんより先輩に教えてもらいたいです」
「……まぁ、ステラが、そう言うなら」
「ありがとうございます。兄さんだと変な下心がありそうなので」
「あれ? なんか僕、あらぬ疑いをかけられていないかい?」
「当然の報いだろ」
「……まぁいいや。ってことで少年、妹を頼んだよ」
「聞かなかったことにしたな。……まぁ、わかった」
 ……俺の分は、まぁ、家に帰ってすればいいか。
「よ、よろしくお願いします」
 俺は一度、自分のノートなどを片付けると、一言添えてステラの隣のパイプ椅子に座る。
「と、となっ……!?」
「……どうした?」
「なっ、なんでも、……ないです」
「そうか。なら、いいんだが」
 俺が隣に来るや、ステラがぴくっと驚いたように肩を揺らした。心なしか顔もどこか赤くなったように見える。違和感を覚えたが、気のせいだろうと気に留めないことにした。
 ……俺のせいじゃ、ないよな?
 部屋の隅ではあの変人が楽しそうにこちらを見ながらニヤついていた。もしや本当に俺が何かしたのではないかと焦ったが、よくよく考えてみれば彼はどんな状態であろうと大抵の反応がこれだった。なんのヒントにもならない。
 ……つーか、ニヤつくなよ、おい。
「それで、どこがわからないんだ?」
「え?」
「ほら、苦手なところとかあるだろ? どこらへんが苦手なのかと思って」
「あ、あの、その……」
「……ん?」
 てっきり俺は部分的なものを指すと思っていたが、彼女が指さしたのは教科書でも問題集でもなく、一枚のプリントだった。そこには今回の期末試験のテスト範囲が各教科ごとに表としてまとめられている。いわゆるテスト範囲表と呼ばれるものだった。ステラはそのプリントの『社会』と分類されたところを指さしている。
「……全部、です」
「……え?」
「先輩助けてください、本当にわからないんです」
 明らかに冗談とは思えない声色に言葉を失う。
 ステラの顔からは色が抜け、明らかに表情死んでいた。
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