ステラチック・クロックワイズ

秋音なお

文字の大きさ
16 / 29

6話①

しおりを挟む
「先輩、今日は午後も勉強するんですね」
「まぁ、来週から期末始まるしな」
 もうすぐ十二月に差しかかろうとする十一月末。今日の俺は普段とは違い小説ではなく、参考書を開いていた。来週から始まる期末試験に備えてのテスト勉強だった。今回のテストで鬼門になりそうな数学を重点的にこなしていく。
「……テスト、嫌ですね」
「好きな奴はいないだろうな。いた場合、それはよっぽどの物好きか自信家、或いは自身を追い込むのが好きなドMだろう」
「でも、先輩はまだいいじゃないですか。前回だって平均以上取って学年でも上位だったし、羨ましいです」
「……別に俺は言うほど頭がいいわけじゃないが」
 苦手なものはもちろん苦手だし、躓くことだってある。今だって数学の微分積分に詰まり、絶賛思考が迷走中だった。
「私は必死こいて勉強しても、やっとこさ平均超えるか超えないかなんです」
 ステラはむっすぅ~と表情を曇らせると向かいの席から俺の手元、方程式の並ぶノートを覗き込む。
「先輩って意外と字が綺麗ですよね」
「意外と、ってなんだ」
「そういう意味じゃないです。なんか、私の勝手なイメージにはなるんですけど、男の人の文字って角張って勢いのあるものが多いじゃないですか。先輩の字は、そういうのじゃなくてどこか柔らかいなぁって」
「女々しい文字してるって?」
「だ、か、ら。違いますー。……もう、どうしてそうやって偏屈なんですか。先輩のばか」
 拗ねたのか、べ~っと舌を出される。
 いや、まぁ、偏屈なのは前からだしそれはなんとも言えないけどさぁ。
 そんなステラを横目に、俺は自分のノートの文字を改めて見てみる。そこには、ステラの言う通り、角の取れたどこか丸い文字が並んでいた。完全に無意識である。もちろん、走り書きなどの急ぐ時はそれなりに文字も粗雑になるが、そうだとしても思った以上に自分の文字は改めて見てみると面白い。
「少年がこんななのは僕と出会った時からだからねぇ」
「悪かったな、こんななので」
 話に参加してきた変人に対して悪態をつく。
 どうしてあんたはいつも余計なことを言うんだ。
「僕としてはもう少し丸くなってほしいんだけどねぇ。字だけじゃなくて」
「おい、それは完全にディスってるだろ」
「でも、それに関しては私も兄さんと同意見です」
「……ステラもかよ」
 もったいないよねぇ、と呟く変人とそれに頷くステラから視線を逸らし、俺は次の問題を解き始める。
 そんなこと言われたってそんな簡単に直せるかよ、と思った。そんな風に言ってもらえるのはありがたいことなんだろうが、こちらもこちらで長年連れ添ってきた俺なんだ。長い時間をかけて作られた俺の一部。だからそんなに期待しないでくれという弱音が浮かんだ。なにせ、自分がいくら気をつけていても口からこぼれてしまうんだから。
「……んんん、んん」
「……どうした」
「頭に入らないです」
「科目は?」
「社会、です。全然覚えられなくて。覚える単語は多いし、カタカナも漢字もややこしいし似てるしでピンチです」
「そんなにか」
「今回は大ピンチです。……赤点になるかもしれません」
 ステラは社会の教科書を開いたまま、どこか棒読みで弱音を吐いた。
 現実逃避のようにも見えた。
 花緑青の瞳が渦巻いている。
「あ、なら少年、君が教えてあげたらいいじゃん」
「……え、俺?」
 なぜか俺に白羽の矢が立った。
「先輩、ですか?」
「あぁ。少年は社会が得意科目だし、大丈夫でしょ」
「……まぁ、それはそう、だが」
 そうは言っても人に教えるのはわけが違う。
「僕は生憎社会なんて苦手だし、もう昔の勉強のことなんて忘れちゃったからね。それにステラだって教わるなら僕よりも少年の方がいいだろう?」
「私も、兄さんより先輩に教えてもらいたいです」
「……まぁ、ステラが、そう言うなら」
「ありがとうございます。兄さんだと変な下心がありそうなので」
「あれ? なんか僕、あらぬ疑いをかけられていないかい?」
「当然の報いだろ」
「……まぁいいや。ってことで少年、妹を頼んだよ」
「聞かなかったことにしたな。……まぁ、わかった」
 ……俺の分は、まぁ、家に帰ってすればいいか。
「よ、よろしくお願いします」
 俺は一度、自分のノートなどを片付けると、一言添えてステラの隣のパイプ椅子に座る。
「と、となっ……!?」
「……どうした?」
「なっ、なんでも、……ないです」
「そうか。なら、いいんだが」
 俺が隣に来るや、ステラがぴくっと驚いたように肩を揺らした。心なしか顔もどこか赤くなったように見える。違和感を覚えたが、気のせいだろうと気に留めないことにした。
 ……俺のせいじゃ、ないよな?
 部屋の隅ではあの変人が楽しそうにこちらを見ながらニヤついていた。もしや本当に俺が何かしたのではないかと焦ったが、よくよく考えてみれば彼はどんな状態であろうと大抵の反応がこれだった。なんのヒントにもならない。
 ……つーか、ニヤつくなよ、おい。
「それで、どこがわからないんだ?」
「え?」
「ほら、苦手なところとかあるだろ? どこらへんが苦手なのかと思って」
「あ、あの、その……」
「……ん?」
 てっきり俺は部分的なものを指すと思っていたが、彼女が指さしたのは教科書でも問題集でもなく、一枚のプリントだった。そこには今回の期末試験のテスト範囲が各教科ごとに表としてまとめられている。いわゆるテスト範囲表と呼ばれるものだった。ステラはそのプリントの『社会』と分類されたところを指さしている。
「……全部、です」
「……え?」
「先輩助けてください、本当にわからないんです」
 明らかに冗談とは思えない声色に言葉を失う。
 ステラの顔からは色が抜け、明らかに表情死んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな
恋愛
「覚醒しなければ、生きられない———       しかし、覚醒すれば滅びの呪いが発動する」 100年前、ヴァンパイアの王家は滅び、純血種は絶えたはずだった。 しかし、その血を引く最後の姫ルナフィエラは古城の影で静かに息を潜めていた。 戦う術を持たぬ彼女は紅き月の夜に覚醒しなければ命を落とすという宿命を背負っていた。 しかし、覚醒すれば王族を滅ぼした「呪い」が発動するかもしれない———。 そんな彼女の前に現れたのは4人の騎士たち。 「100年間、貴女を探し続けていた——— もう二度と離れない」 ヴィクトル・エーベルヴァイン(ヴァンパイア) ——忠誠と本能の狭間で揺れる、王家の騎士。 「君が目覚めたとき、世界はどう変わるのか......僕はそれを見届けたい」 ユリウス・フォン・エルム(エルフ) ——知的な観察者として接近し、次第に執着を深めていく魔法騎士。 「お前は弱い。だから、俺が守る」 シグ・ヴァルガス(魔族) ——かつてルナフィエラに助けられた恩を返すため、寡黙に寄り添う戦士。 「君が苦しむくらいなら、僕が全部引き受ける」 フィン・ローゼン(人間) ——人間社会を捨てて、彼女のそばにいることを選んだ治癒魔法使い。 それぞれの想いを抱えてルナフィエラの騎士となる彼ら。 忠誠か、執着か。 守護か、支配か。 愛か、呪いか——。 運命の紅き月の夜、ルナフィエラは「覚醒」か「死」かの選択を迫られる。 その先に待つのは、破滅か、それとも奇跡か———。 ——紅き誓いが交わされるとき、彼らの運命は交差する。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

悪魔な義理弟《ボディーガード》~ヤンキー校最凶犬男子の独占欲が強過ぎる~

Kore
恋愛
「余計なこと考えさせないくらい愛せば、男として見てくれる?」そう囁く義弟の愛は重くて、危険で、究極に甘い。 ———勉強が大の苦手であり、巷で有名なヤンキー高校しか入れなかった宇佐美莉子。そんな義理姉のボディーガードになるため、後追いで入学してきた偏差値70以上の義理弟、宇佐美櫂理。しかし、ボディーガードどころか、櫂理があまりにも最強過ぎて、誰も莉子に近寄ることが出来ず。まるで極妻的存在で扱われる中、今日も義理弟の重い愛が炸裂する。———

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

処理中です...