ステラチック・クロックワイズ

秋音なお

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9話①

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「そう言えば、少年はちゃんと運動しているのかい?」
「……俺がしていると思うか?」
「思わないから聞いているんだよ」
「じゃあ最初から聞くなよ」
 冬休みも終わり、しばらくが経った一月の某日。変人は窓の外を見ながら、気まぐれのように俺に問いかける。彼の視線の先にはグラウンドがあり、そこでは準備体操をする生徒がちらほらといた。
「少年は最近になって授業に顔を出す頻度が増えたけど、体育の授業だけは絶対に参加しないよね。運動音痴だったっけ?」
「どうして勝手に俺は運動神経が悪いことになってんだ」
 いや、良くはないけどさ。
 言うとそれはそれで変人がめんどくさい絡みをしてきそうなので否定しておく。
「……単純に、一人でできるもんじゃないからだな」
「あぁ、なるほど」
 体育の実技はその他座学とは違い、基本一人で授業が成り立つものではない。大体が球技であり、団体戦。個人戦だとしても、相手が必要になる。人との絡みを避けていた俺からすると、参加することは酷だった。
「相変わらず君は人嫌いだね」
「簡単に治るもんじゃないだろ」
「まぁ、そう言われたらそうだけど」
「……治せるなら治したいとは思うが」
 そもそも友人と呼んでよさそうなクラスメイトもいないんだよな、という我ながら虚しい響きをした言葉を吐く。人との関わりを最小限に減らし続けた結果、距離の詰め方も忘れかけていた。
「……妹は、少しずつ克服できているみたいだけど、ね」
「……あ?」
「ほら、あそこ見てごらん」
 俺は彼が指さすグラウンドの西側に視線を向けると、そこには運動用のジャージ姿のステラがいた。クラスメイトとペアになり、サッカーボールのパスをしあっている。ペアの女の子とは打ち解けているのか、表情には笑みも見えた。
 俺の知らないステラがいた。
 過去を過去と受け止め、その上で歩き出している。克服し始めている。いつもそうだ。ステラは俺の先を行く。俺よりも先に、進んで行く。そんな姿は、嬉しいようで悔しくもあった。喜んであげるべきだろうが、そんな綺麗な気持ちだけでは眺めることができない。
 つーか、妹のこと見すぎだろ、シスコン。
 ……俺も、あまり人のことを言えないかもしれないが。
「……シスコンかよ」
「そう言えば誤魔化せると思ったかい?」
 彼は俺の言葉の裏を見透かしたように言葉を続ける。
「……妹は。少しずつ、クラスに馴染むことができているようだね」
「……そうみたいだな」
「楽しそうだね」
「そうだな」
 変人はそんなステラの様子に満足そうに口角を上げた。
「少年、妹のことをあんまり見ちゃダメだよ。と言うか、視線がえっちだ」
「言いがかりはやめろ」
 そんな疚しい感情は一切持ち合わせていない。
「いくら相手が君とは言えど、僕は許容できないからね?」
「だから違うって言ってるよな⁉」
 さすがに冤罪だと思い、とっさに声を上げる。
 これはあんまりだろ。
「……君はこのままでいいのかい」
「……なんのことだ」
「わかっているのに聞き返すのはどうかと思うよ、少年」
 彼は少し呆れたように、俺とステラを比べた。
「妹は前を向いた。確かに君も同じように前は向いているかもしれない。……でも、妹は行動に移したよ。意志で留めず、行動と言う目に見えるものに表して戦っている。クラスメイトとだって、あんなふうに溶け込めようとしている。なのに君は、それを見ているだけでなにもしないままでいいのかい?」
 見えないように唇を噛む。
 わかっていることを言われるのは反論ができない分、芯に響いた。
 八つ当たりに分類されるような感情がふつふつと浮上する。
「……一回くらい挑戦してみるのも、僕は良いと思うんだ」
「……それが言いたかったんだな」
 あんたは毎回、外堀を埋めるように話を展開していくよな。
 さっきの質問も、この話をするための逆算のように思った。
「確か、次の授業は君も体育だっただろう?」
「……そうだな。生憎、俺はジャージを持ってきていないが」
 そもそも参加するつもりなどなかったのだから、荷物になるジャージは最初から持ってきていなかった。なんなら家のクローゼットの奥にしばらく眠っている気がする。
「そう言うと思ったよ、少年。だが、安心したまえ」
「……あ?」
「僕が用意しておいた」
「……………………は?」
 彼は近くの棚からなにかを手に取ると、俺に半ば強引に手渡す。
 それは中に体操着の入った紙袋だった。
「……まさか、本気で言ってんのか」
「もちろん。本気だとも」
 頑張っておいで、と彼は俺に向かって手を振る。
 その顔には相変わらず、にやにやと悪巧みが映っていた。


 ☆ ☆ ☆ ☆


「お前、それ寒くねぇの?」
「……これしかなかったんだよ」
 ……あの変人の馬鹿野郎、本当に許さない。
 クラスメイトの言葉に俺は苦虫を噛むように言葉を返す。
 水も凍るような真冬に、周りはジャージだというのに、俺は半袖シャツにハーフパンツという季節外れの格好をしていた。
 くそっ、なにがこれしか用意できなかった、だ。普通、生徒に授業へ行くよう促すのであればちゃんと抜かりなく用意するのが教師の務めなんじゃないのか。これじゃなにかの罰ゲームみたいになるだろ。おかげで表皮には鳥肌が立っているし、言うまでもなく体がガタガタと震えている。そもそも普段授業に参加していない生徒が参加している時点で目を引くというのにこれはないだろ。クラスメイトからの視線がもう既に痛い。視線の雨に打たれて死ぬかもしれないと思った。
 あの変人は俺にトラウマを植えつけたいのか。
 おかげで体育の担当教諭からも「正気なのか?」と聞かれた。
 そりゃそうだよな。普段休んでた生徒がある日突然、気候に適さない服装だというのに参加を申し出てくれば俺が教師でも全く同じ言葉を口にしただろう。
「なんか、どんまい、だな……」
「そう思うならその上着、貸してくれないか」
「それとこれは話が別だろ」
「……だよな」
「……にしても、休むって選択肢はなかったんだな」
「……まぁ」
 俺ばかり置いて行かれるのも嫌だからな。
「いつも来ないし、それがいつの間にかあたりまえになっていたから今日も来ないと思っていた。それなのに参加とは意外だな。しかもそんな寒そうな格好にもかかわらず参加なんて、一体どういう風の吹き回しだ?」
「……色々、あってな」
「そうか」
 彼は体育委員が用意した籠の中に入ったグローブをひとつ、俺に向かって投げる。
「深堀するつもりはないけどさ、良いことなんじゃないか?」
 彼は俺がそのグローブをキャッチしたことを確認すると、そう言葉を続けた。
 今日の体育はソフトボール。彼に誘われるがまま、グラウンドの西側へ移動し、互いにボールを投げ合う。ウォーミングアップがてらのキャッチボールだった。
「お前さ、これからどうすんの」
 ボールと共に芯を揺らす言葉がやって来た。球を受け止めたグローブからはパンッという乾いた音が鳴る。衝撃が体に響いた。
 彼は俺のクラスの学級委員であり、俺が唯一まともに話せる相手だった。話すとは言っても雑談というよりは授業やテスト、提出物等といったものばかりだった。俺が受業に顔を出す時にほんの数分、立ち話をする程度。彼は学級委員であるという責任感からか、或いは俺の過去を少し知っているからか、適度な距離感を保ったまま接してくれていた。今日も、参加するのであれば組まないか、と提案してくれたのが彼だった。
「どうする、ってなんだよ」
 俺はその言葉の意味をわかっていたのにも関わらず、わからないふりをした。投げたボールは軌道がおぼつかなく、不格好なアーチを描きながら彼の手元に吸い込まれる。
「嘘が下手だな」
 彼はボールを投げ返す。運動部ではないというのに、彼のボールは綺麗な軌道を描いていく、俺とは違って。
「本当は、わかってんじゃないのか」
 ボールは俺のグローブのど真ん中にクリティカルヒットした。
「だから、今日だってここに来たんじゃねぇの。今までのお前なら、そんな寒い恰好をしてまでここに来ねぇよ」
 息一つ乱さず、彼は涼しい顔をしていた。
 なにを知ったような口ぶりで、と思ったが、それが事実だった。
「……今更、戻っても許されると思うか」
 感情の乗ったボールは思った以上のスピードが出た。
 受け止めた彼のグローブが大きな音を響かせる。
「都合がいいだろ。好きなだけ自分に甘えて、怠惰に身を委ねて、気が済んだタイミングでただいま、なんて」
 それが本音だ。
「……別に、都合よくたっていいんじゃねぇの」
「それは少数派」
「全員に好かれるほうが無理だろ」
「でも、俺はどちらにしろ好かれる方じゃない」
「捻くれてんな」
「そんなのとっくに知ってるだろ」
「そうだったな」
 ラスト、と彼は宣言と共にボールを思い切り投げた。今までで一番速い球を俺はなんとか受け止める。勢いのせいで左手がじんと痺れた。
「俺はお前がこれからもお前らしくいられるのであれば、これまでの選択肢も正解だったんだと思う」
「……自己中だろ、そんなのは」
「今まで散々閉じこもってきたのにそれを言うか」
「……まぁ、今更か」
「今更、だな」
 俺もラスト、と彼を模した宣言と共にボールを投げ返す。今までで一番下手くそだった。中途半端なアーチを描いたかと思えば、彼の手元まで届かず、ぼとぼとと静かに彼の足元に転がる。
「……なにかあれば言ってくれよ」
「……すまん」
「なんもしていないのに謝んな」
「…………すまん」
「悪循環じゃねぇか」
 彼ははぁ、とため息をこぼすと転がったボールを拾った。
「またしようぜ。キャッチボール」
「……あぁ」
「気が向いた時でいいからさ。たまにはこういうのだって悪くねぇだろ?」
「……そうかもな」
 俺はそんな彼の爽やかな表情を横目に見る。
 どうしてか、俺の心までもが澄んだように思えた。
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