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10話①
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「先輩、それなに書いてるんですか?」
「これ? ……あぁ、近いうちに出さないといけない進路のやつ」
俺は散々出すのを渋っていた進路希望票を書いていた。今回のものはもうすぐ三年生に進級するというものも兼ねて、具体的な大学名や学部まで記載するようになっている。まだ二月が始まったばかりとはいえ、教師はみんな熱が入っており、中には「今は高校三年生のゼロ学期なんだぞ」と不思議な持論を展開する者までいた。俺も担任や学級委員に急かされ、ようやく書き始めている。
「見てもいいですか?」
「全部はまだ埋めてないが、それでもいいなら」
それには進路を第三希望まで書かなくてはならず、俺はまだ国立と私立の一つずつ、計二つまでしか書けていなかった。それでもまだ、俺にしては前進だと自負していた。
「……人間科学部、ですか」
「あぁ」
「聞いてもピンと来ない学部ですね。ここって何を勉強する学部なんですか?」
ステラはプリントを覗き見するも頭に「?」を浮かべていた。
「なんて言うんだろな。俺もあまり詳しく知ってるわけじゃないが、どうも人間とはなにか、という本質に迫った学問を学ぶものらしい」
「……なんだか難しそうなところですね」
「俺もあまりわかっていないくらいだからな」
「でも、なんか意外です。先輩が人間についての学問を志望するなんて」
「……まぁ、ステラもそう思うよな」
少し自嘲気味な言葉が口から漏れてしまうが、それを訂正するように俺は感情の底にて煮詰めていた思いを紐解くように口から吐き出した。
「……もう少し、人と向き合おうと思うんだ」
それは、覚悟のような誠意だった。
「俺は今更になって、遅すぎるかもしれないが、それでも今になってやっと、他者との関わりや人の温もりに意味を見出せるようになった。でも、まだわからないことだらけだ。過去の克服はまだ完全にできないし、割り切ることもまだできない。これからも長い付き合いになると思う。だから、まずはちゃんと色んな方向から人間という生き物と向き合ってみようと思うんだ」
小説じゃわからない世界がある。
触れてみないとわからないことがある。
ならば触れてみるしかない、前に踏み出してみなくてはならない。
失敗も間違いも犯すかもしれない。
でも俺たちは今を生きる生き物だ。
前に進むには未踏の地は不安も恐怖ももちろん潜んでいる。
それでも進むしかない。
それを教えてくれたのが、目の前にいるステラなのだから。
次は俺が、先輩として前を走らなくては、格好つけなくては。
いつまでも、後追いばかりじゃ悔しいじゃないか。
……なぁ、そうだろう?
「……先輩は、本当に変わったと思います」
「変わるきっかけがあったからな」
だって、俺は一人じゃなかったから。
「……でも先輩。この大学って、たしか県外じゃないですか?」
「あぁ、隣の県だったな」
「家から通うのって正直厳しくないですか?」
「まぁ、そこが悩んでいるんだよな。一人暮らしは俺にとってハードルが高い」
「そうですか?」
「慣れない土地って苦手で」
「それは同感です」
「そうなると自宅から通える範囲が理想ではあるが、その中で希望の学部となると難しいんだよな」
「進路のあるあるですよね」
せっかく自分の中で興味の湧いた学部があるのだから、できればそこを専攻したいもののそうなると自宅通いが困難になる。困難とまではいわないが、要する時間が大幅に増えてしまうのだ。そうなると一人暮らしか寮生活となるが、今の俺に寮生活は少し荷が重い。では一人暮らしを選ぶかといえば、慣れない土地で一人暮らすことへの不安は大きかった。ゆえに今、こうして悩んでいる。
「でも先輩は偉いです。こうして将来のことを見据えていて」
「いやいや、もう受験生なんだしこれくらいは」
「私が出会った頃の先輩は将来のことなんて考えられなかったと思いますが」
「……それに関しては、否定できん」
「でしょ?」
少なくとも、自覚するくらいには前を向こうとする姿勢ができたと思っている。
それもこれも、ステラがきっかけ、だが。
「あ、そういえば。全く話が変わるんですけど」
「ん?」
「先輩、甘いものって苦手でしたよね」
「まぁ、全く無理、とまではいかないが、自分から好んで口にすることはほとんどないな」
「……逆に、どういうものなら甘くても食べられるんですか?」
「……どういうもの、か」
甘くても食べられるもの、果たしてそんなものが俺にあっただろうか。甘いものを食べる際はほぼ必ず甘くない飲み物をセットにするくらいの俺が、飲み物なしでも単品で食べられるもの。
「……チョコレート、とか?」
「チョコレート? あれこそ甘いものだと思うんですが」
「あー違う。そうじゃなくて、ビターの方」
「ビター、ですか」
「そうそう、コンビニとかに置いてあるカカオ七十パーセントとかそういう感じのパッケージをしたやつ。あれなら食べられる。割と好き」
「たしかにありますね。……でも、あれって甘いもの、の管轄なんでしょうか。むしろ、苦いものって認識なんですけど」
「苦いからいいんだよ」
「それじゃあまり質問の答えになっていない気がしますが……」
「……たしかに言われてみればそうだな」
甘いものを聞かれていたのに、苦いから好むという答えではズレている。
「……ビターチョコで甘くないもの、になるなら………」
「どうした?」
「んぇ? あ、え、いやっ、なんでもっ!」
「ん? まぁ、それならいいんだが」
顔を赤くし言葉が痞えるステラを変な反応をしているな、と気にも留めず、俺は進路希望票へ視線を戻し、文字で埋める。
秘めた覚悟を指でなぞるように、確認するように。
止まった時間を進めるように。
それが正解なのに。
納得した選択だとわかっているのに。
……なのにどうして。
「……矛盾だな」
こんなにも、穴の開くような喪失感があるんだろうか。
「これ? ……あぁ、近いうちに出さないといけない進路のやつ」
俺は散々出すのを渋っていた進路希望票を書いていた。今回のものはもうすぐ三年生に進級するというものも兼ねて、具体的な大学名や学部まで記載するようになっている。まだ二月が始まったばかりとはいえ、教師はみんな熱が入っており、中には「今は高校三年生のゼロ学期なんだぞ」と不思議な持論を展開する者までいた。俺も担任や学級委員に急かされ、ようやく書き始めている。
「見てもいいですか?」
「全部はまだ埋めてないが、それでもいいなら」
それには進路を第三希望まで書かなくてはならず、俺はまだ国立と私立の一つずつ、計二つまでしか書けていなかった。それでもまだ、俺にしては前進だと自負していた。
「……人間科学部、ですか」
「あぁ」
「聞いてもピンと来ない学部ですね。ここって何を勉強する学部なんですか?」
ステラはプリントを覗き見するも頭に「?」を浮かべていた。
「なんて言うんだろな。俺もあまり詳しく知ってるわけじゃないが、どうも人間とはなにか、という本質に迫った学問を学ぶものらしい」
「……なんだか難しそうなところですね」
「俺もあまりわかっていないくらいだからな」
「でも、なんか意外です。先輩が人間についての学問を志望するなんて」
「……まぁ、ステラもそう思うよな」
少し自嘲気味な言葉が口から漏れてしまうが、それを訂正するように俺は感情の底にて煮詰めていた思いを紐解くように口から吐き出した。
「……もう少し、人と向き合おうと思うんだ」
それは、覚悟のような誠意だった。
「俺は今更になって、遅すぎるかもしれないが、それでも今になってやっと、他者との関わりや人の温もりに意味を見出せるようになった。でも、まだわからないことだらけだ。過去の克服はまだ完全にできないし、割り切ることもまだできない。これからも長い付き合いになると思う。だから、まずはちゃんと色んな方向から人間という生き物と向き合ってみようと思うんだ」
小説じゃわからない世界がある。
触れてみないとわからないことがある。
ならば触れてみるしかない、前に踏み出してみなくてはならない。
失敗も間違いも犯すかもしれない。
でも俺たちは今を生きる生き物だ。
前に進むには未踏の地は不安も恐怖ももちろん潜んでいる。
それでも進むしかない。
それを教えてくれたのが、目の前にいるステラなのだから。
次は俺が、先輩として前を走らなくては、格好つけなくては。
いつまでも、後追いばかりじゃ悔しいじゃないか。
……なぁ、そうだろう?
「……先輩は、本当に変わったと思います」
「変わるきっかけがあったからな」
だって、俺は一人じゃなかったから。
「……でも先輩。この大学って、たしか県外じゃないですか?」
「あぁ、隣の県だったな」
「家から通うのって正直厳しくないですか?」
「まぁ、そこが悩んでいるんだよな。一人暮らしは俺にとってハードルが高い」
「そうですか?」
「慣れない土地って苦手で」
「それは同感です」
「そうなると自宅から通える範囲が理想ではあるが、その中で希望の学部となると難しいんだよな」
「進路のあるあるですよね」
せっかく自分の中で興味の湧いた学部があるのだから、できればそこを専攻したいもののそうなると自宅通いが困難になる。困難とまではいわないが、要する時間が大幅に増えてしまうのだ。そうなると一人暮らしか寮生活となるが、今の俺に寮生活は少し荷が重い。では一人暮らしを選ぶかといえば、慣れない土地で一人暮らすことへの不安は大きかった。ゆえに今、こうして悩んでいる。
「でも先輩は偉いです。こうして将来のことを見据えていて」
「いやいや、もう受験生なんだしこれくらいは」
「私が出会った頃の先輩は将来のことなんて考えられなかったと思いますが」
「……それに関しては、否定できん」
「でしょ?」
少なくとも、自覚するくらいには前を向こうとする姿勢ができたと思っている。
それもこれも、ステラがきっかけ、だが。
「あ、そういえば。全く話が変わるんですけど」
「ん?」
「先輩、甘いものって苦手でしたよね」
「まぁ、全く無理、とまではいかないが、自分から好んで口にすることはほとんどないな」
「……逆に、どういうものなら甘くても食べられるんですか?」
「……どういうもの、か」
甘くても食べられるもの、果たしてそんなものが俺にあっただろうか。甘いものを食べる際はほぼ必ず甘くない飲み物をセットにするくらいの俺が、飲み物なしでも単品で食べられるもの。
「……チョコレート、とか?」
「チョコレート? あれこそ甘いものだと思うんですが」
「あー違う。そうじゃなくて、ビターの方」
「ビター、ですか」
「そうそう、コンビニとかに置いてあるカカオ七十パーセントとかそういう感じのパッケージをしたやつ。あれなら食べられる。割と好き」
「たしかにありますね。……でも、あれって甘いもの、の管轄なんでしょうか。むしろ、苦いものって認識なんですけど」
「苦いからいいんだよ」
「それじゃあまり質問の答えになっていない気がしますが……」
「……たしかに言われてみればそうだな」
甘いものを聞かれていたのに、苦いから好むという答えではズレている。
「……ビターチョコで甘くないもの、になるなら………」
「どうした?」
「んぇ? あ、え、いやっ、なんでもっ!」
「ん? まぁ、それならいいんだが」
顔を赤くし言葉が痞えるステラを変な反応をしているな、と気にも留めず、俺は進路希望票へ視線を戻し、文字で埋める。
秘めた覚悟を指でなぞるように、確認するように。
止まった時間を進めるように。
それが正解なのに。
納得した選択だとわかっているのに。
……なのにどうして。
「……矛盾だな」
こんなにも、穴の開くような喪失感があるんだろうか。
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