奇しくも人間ですからね。

秋音なお

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言い訳すんなよ

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 小さな幸せなんてひとつひとつ書き留めていたらきりがないし、重くてめんどくさい彼氏みたいで嫌だけど、今日くらいは書かせてよ。ねぇ、今日くらいはいいでしょ。こんな女々しいこと、死ぬまでもうしないって約束するから。

 もう何回目だっけな。
 君を俺の家に招くようになったのは。
 風呂上がりの深夜に映画をだらだらと見るのは。
 君が俺の着古した白シャツを着るようになったのは。
 君を後ろから抱くようにベッドに腰かけるのは。
 大した進展もなく朝を迎えるのは。

 正直ダサいよな。別にセックスだけが愛じゃないけどさ、でもやっぱ俺も男なわけだし、もうちょっと君のことを奪うくらいやってやりたいんだよ。このまま重力に身を任せて横に倒れこんでしまえばそれから先の展開なんて簡単で、きっと君も抵抗まがいの紅潮しか見せないはずなのに、だけどどうしてか手を出しきれなくて。精々、君から香るお揃いのシャンプーに頬を寄せるしかできなくて、笑う君の「くすぐったいよ、もう」って言葉に曖昧な返事で誤魔化すだけ。素直に本音なんて言えるかよ。

 まぁ、セックスなんて正味どうでもいいし。
 いうて俺そんな変態じゃないし。
 別に抱かなくたってそれはそれで幸せだし。

 ……あ、やっぱ嘘、めっちゃしたいよやっぱ。

 めちゃくちゃにしてやりたいよ。一回果てたら終わりなんてわけわかんないよ。一緒に濡れたまま意味のわからない愛でも吐いていてよ。愛も劣もどっちでもいいから言い訳みたく情で流しちゃってさ。君も知らないような君だけを見たいだけ。このワンルームだって君の吐息だけで飽和させたいんだよ。ねぇ、これもひとつの愛って呼んでいいでしょ。君だけは否定しないでよ、お願いだから。そいつが怖くて俺は拗らせてんだから。笑えるよな、ほんと。

 下心で買ったセミダブルベッド。
 使ったことない暖色の間接照明。
 雑誌に載っていたディフューザー。
 通販で安かったマッサージオイル。

 結局全部買って終わりなんだよな。君を思って、ってこんな時に言い訳のような言い方をしてる俺にも嫌気がさすけど、でもやっぱ君との夜のことをずっと考えていたんだよ。快楽が欲しいだけでしょ、って言われたって弁解できないけれど、でもほんとの俺はそこで終わらない二人の繋がりが欲しいだけで。服を脱がないとわからない、裸の心ってやつがそこにはあると信じていてさ。まぁ、これこそ言い訳なんだろうけど。笑っちまうくらいに清々しい言い訳。俺の本心は一体なんなんだろうね。いっそ、劣情ひとつであってくれよ。そしたらこんなに女々しくならずに済むからさ。

 愛愛劣愛愛。

 とか、一番つまんないよ。だったらそんな劣情、オセロの要領で愛に変えておけよ。ほんとつまんないからさ。いつまでその小さい体を抱きしめるためだけに君を呼んでんだよ。

「……映画、終わったよ?」
「……あ、ほんとだ」
「……どうしたの? 映画、あんまり好みじゃなかった?」
「……いや、別に」

 正直映画なんて見てもなかった。それも毎回。映画なんて所詮なんだっていいよ。見るつもりなんか更々なくて、君を抱きしめるための準備にすぎなくて。こうやって映画を見てる間なら君を抱きしめていいってわかっているから、これもやっぱりただの言い訳なんだよ。ほんと、言い訳ばっかりで嫌になっちゃうね。

「……コーヒー、淹れてくる」

 あんなに大切にしていた君を放して俺はキッチンに逃げた。こんな素性が知られたのなら死ねる。つまんないし、なによりかっこわるいじゃん、男として。インスタントコーヒーも今夜はもう四杯目。飲む気なんて最初からないよ。どうせ後でシンクに捨てるに決まってる。だってこれも言い訳なんだから。
「私にもちょーだい」
 コーヒーの匂いが立ったぐらい、君がそばに来た。
「なにか飲む?」
「ううん、これでいい」
「コーヒー苦手だろ、ブラックは」
「いいの。これでいいから」
 君は俺が口をつける前のマグカップを目の前で呷った。一口分、一回喉が動くとすぐに口を離す。べーっと小さな舌が出た。
「苦いね」
「そりゃブラックだし」
「そうなんだけど」
 君はため息をひとつ、淹れたばかりのコーヒーをシンクへと流し捨てた。あ、なんて被害者ぶった声だけが漏れる。
「君の気持ちがわかんないや」
 マグカップから君へと視線を移す中、僕はずっと内心凍えているような気分だった。こんな時すら、つまらない自己中心的なプライドのことばかり考えている。
「ずっとおかしいよ。面白いシーンなのに顔色ひとつ変えないし、君の呼吸がずっと映画のリズムからズレているの。ワンテンポ遅れてるって感じ」
 君の表情は甘党らしいカフェラテのように見えた。俺を知ろうとして汚れたミルク。それがこの曇った二重なんだと思った。
「……もう帰るね」
 服、借りるね。と君は呟くと小さなバッグひとつだけ持って家を出た。止められたはずなのに動けなくて、やっぱり変なプライドばかり抱えていた。ポケットにはスマホが入っているのに手が伸びない。謝罪の言葉なんて見つかるかよ。こちとら遊びじゃねぇから逆にわかんねぇんだよ。大切って言葉を知っていても、大事って意味がわかっていても、俺を流す情はやっぱ愛って呼ぶしかねぇの。手を出すなんてエゴに振り切れないの、君だってわかってたでしょ。馬鹿なのは一体どっちだよ。そうだよ全部俺だよ。
 五杯目のコーヒーを淹れて一気に飲んだ。さっきのは口をつけていないからこれが四杯目なのかもしれないけど、そんなのどうでもいいか。俺のくだらない言い訳ほどじゃないけど、結構つまらないよ、これも。
 さっきまで君の座っていたベッドに腰かけて、抱かれていた君の姿を思い出す。形だけの寄り合いで生まれた温もりに包まれていた君の寂しさを。君はそれを一体どんな情で流していたんだろうな。きっともう愛じゃなかったんだろうな。つまんなかったよな、やっぱ。もっと向き合うべきだったよ、馬鹿だね。
 スマホを取り出して「ごめん」とだけ送る。多分、もう手遅れだとわかっていながらメッセージを送るあたりが女々しいんだろうね。でもやっぱ形だけでも謝るしかないって思うからさ、そういうことにしといてよ。
 俺、まだ返事待ってるからさ。
 ほんと、もう言い訳しないからって。
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