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第一章 うつろの気
八
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信秀は一命をとりとめ、徐々に回復の兆しを見せてはいたが、一度現れた病の影は、その心境に焦りを与えるに十分だった。
『小手先の流言で清洲衆を牽制したものの、それもいつまでも通用するようなものではない。現在の窮地を、できるかぎり払拭しておかなければ』
同天文十七年(一五四八年)三月、信秀は三河・安城城に入った。今川方に寝返った松平広忠の岡崎城を攻め落とすためである。
「松平家中は未だ一枚岩ではない。広忠を斬り、奴の本拠・岡崎城を落とせば、手中の竹千代を松平家の新たな当主とすることで、今度こそ松平を織田の麾下に加えられよう」
西進してくる今川に、松平を防波堤としてぶつけようというのである。
「今日こそは広忠の首を落としてくれる。今川の後詰がくる前に片をつけよ」
鬼気迫る信秀の激励に応え、総勢四千の兵が鬨の声を上げる。
しかし、その気概はむなしくも崩れさることとなった。
信秀の動きを察知した今川軍一万がおそるべき早さで岡崎城の後詰に現れたのである。両軍は小豆坂と呼ばれる丘陵地で遭遇し、大乱戦に陥った。
一度は攻勢を見せた織田勢だったが、今川の伏兵が側面より襲いかかると、瞬く間に総崩れとなった。兵力も、軍略も、今川がすべてにおいて勝っていた。
「次こそは、」
いつものように笑みを浮かべて帰途につく信秀だが、彼を見る家臣らの視線は悪気なくつめたい。馬に揺られながら尋常ではない汗を拭きだしている主君を見ると、
「果たして、次などあるのだろうか」
そう誰しもが考えずにいられなかったからだ。
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