ある日、ぶりっ子悪役令嬢になりまして(トライア編)

桜あげは

文字の大きさ
1 / 15

しおりを挟む
 ある日、私は乙女ゲームの世界の悪役令嬢のカミーユ・ロードライトになっていた。
 このゲームでは、悪役令嬢の最後は悲惨なものになっている……
 攻略対象の王太子、ロイス・ガーネットに懸想して暴走したカミーユは、彼の側近のアシル・ジェイドによってえげつないお仕置き(社会的破滅)をされてしまうのである。

 身の破滅を迎えることに恐怖を覚えた私は、ロイス様やアシルと適度な距離を保つことにした。
 あの二人とは、たまに城で顔を会わす程度だ。

(ロイス様に恋をしたって無駄だし、アシルは怖いものね)

 二人と関わらないに越したことはない。
 カミーユの父親は、城で働く魔法使いたちのトップである魔法棟長官だ。
 そんな父の伝手で、私は「赤」の魔法使いとして真面目に城に勤務しつつ、侯爵令嬢としての生活を続けている。

 「赤」の魔法使いは、外に遠征することが多いから、あまり城にはいない。
 ハート陣営の二人とは、顔を合わせずに済むので助かっている。

「カミーユ、近々、城で開催される舞踏会に出席することになったぞ」

 ある日、屋敷へ帰って来た父が、私を見てそう言った。

「舞踏会って、妙齢の男女が踊り狂って恋の鞘当てをすると言う?」
「……カミーユ、お前はどこからそんな情報を仕入れて来たのだ」

 父は、眉間を抑えて項垂れている。
 おかしいな、私の大好きだった乙女ゲームでは、お約束の展開だったのだけれど……

「ともかく、これがお前の舞踏会デビューになる。当日は私がエスコートするが、仕事上付きっきりになることはできない」
「分かっているよ。お父様がお仕事している間は、大人しくデザートでも物色しているから大丈夫」

 私は父を安心させる為に笑いかけたが、効果はなかった。

(信用がないな……)

 彼だって、人のことは言えないと思うのだけれど。
 どうせ、いつものように社交の会話の途中から魔法談義になって、相手を困惑させるに決まっている。
 父も私も、似た者親子なのだから。



 一ヶ月後……
 城の大広間で、大規模な舞踏会が開催された。
 隣国であるトパージェリアの王子が来るので、歓迎の意味を込めた舞踏会らしい。

 トパージェリアは、魔法アイテム大国だ。
 豊富な魔法資源の取れる国で、それを活かした商売で儲けている超お金持ちの国である。
 一度でいいから、行ってみたいものだ。

 今日の私は、エメに用意してもらった、淡い水色のドレスを身に纏っている。
 デザインは、私の好みを反映したシンプルなものだ。それを着て、父と一緒に、会場内を回る。
 国王様とロイス様に挨拶をして、ソレイユとアシルとも軽く会話した。

 攻略対象のロイス様は、相変わらずキラキラしていて格好良い。大勢の人に囲まれて忙しそうだ。
 アシルはそつなく会話を終了させると、会場の奥へと消えて行った。
 消えたと言っても、女性陣に囲まれているのですぐに分かるのだけれど……
 二人とも、今のところは私に憎しみを抱いていないようで、なによりだ。
 そのまま、一生遠ざかっておいて欲しい。

「カミーユ、私はこれから仕事があるので、少しの間お前を一人にしてしまうが……」

 途中で、父が申し訳なさそうに切り出した。

「大丈夫だってば。子供じゃないんだから」
「いや、でも、お前は十四歳……」
「平気、平気。デザート食べて待っているから」

 普通は知り合いの女性に娘を預けたりするものかもしれないけれど……
 魔法一辺倒の父は、その辺りに気が回らないのだ。なんせ、幼いカミーユの乳母を置き忘れたくらいだ。
 私も彼の行動パターンには、馴れっこだった。

「お父様、行ってらっしゃーい」
「あ、ああ。行って来る……」

 父は心配そうに私を振り返りつつ、人ごみの中に溶け込んで行った。

「さてと、暇だな……」

 私は、キョロキョロと周囲を見回す。
 ずっと魔法棟で勤務していたせいで、私には年の近い令嬢友達がいない。
 数少ない知り合いである魔法棟勤務の貴族を探す。

「うーん、誰も見つからないなあ」

 この大人数の中、知り合いを捜すのは難しそうだ。私は、早々に諦めた。

(デザートでも食べようっと)

 会場の隅へ行き、カラフルなスイーツを物色する。
 一人での食事は、つまらなかった。

 デザートも食べ終えて暇になったので、そのまま中庭へ移動する。
 静かな中庭にいると、人だらけの会場に戻るのが億劫になってきた。
 噴水に腰掛けて、夜空を眺める。

 大広間からは、楽団が奏でる三拍子の音楽が流れてきた。貴族達があちらこちらでダンスを踊っている。

(ロイス様やアシルは、令嬢の相手で忙しいのだろうな)

 幸いなことに、私は魔法に傾倒しているせいで男性受けが悪い。
 婿養子狙いの貴族の次男以降からの縁談が減るのは有り難いので、そのまま放置している。
 だが、そんな私に珍しく声をかける人物が現れた。

「君は、踊らないの?」

 不意に近くから聞こえた声に、私は驚いて振り返る。
 すると、長い髪に異国風の衣装を着た少年が、首を傾げながら私を見ていた。
 彼の身に付けているジャラジャラとした装飾類は、ガーネットでは見ない物だ。
 隣国の関係者だろうか……

「……えーと、ああいう賑やかなのは好きじゃないので」

 丁寧な口調で当たり障りのない返答をすると、少年は面白そうに目を細めた。

「珍しいね、貴族令嬢なのに舞踏会に興味がないなんて。将来の相手を探す絶好の機会だろうに」
「うちは娘一人なので、躍起になって未来の結婚相手を捜さなくてもいいんです。そのうち、父が適当に良い相手を見繕ってくれる筈ですから」
「へーえ? 達観しているねえ」
「魔法に関する仕事を続けさせてくれるのなら、ぶっちゃけ誰が相手でもいいです。好きなことが続けられるのなら、それで充分」
「そうなんだ。一人娘で、魔法に関する仕事に就いているということは……君は、ロードライト侯爵のところの娘さん?」
「……!?」

 何故、分かったのだろう。
 隣国関係者が、ただの侯爵令嬢のことを一々覚えているなんて……意外だ。

「ふふっ、驚いているね。お隣の国の貴族関連のアレコレは、全部頭に入っているんだよ」
「……すごい」

 私なんて、未だにあやふやなのに。

「ねえ、折角だから……僕と踊らない? ダンスは得意?」
「……可もなく不可もなくです。一応、一通りは踊れますが」

 貴族令嬢生活で、ダンスや音楽や刺繍などは嫌でも身に付いた。
 マナーなども、表面上取り繕うくらいは問題ない。
 何でもソコソコ上手くやれる要領の良さは、この世界でも健在だ。

「なら、問題はないね。行こう」

 少年は、私の手を取ると大広間に向かって進んで行く。

「え、ちょっと? あ、あの?」

 私は、混乱したまま広間の中央へと導かれた。
 何故か、周囲の貴族達がどよめいている。

(魔法オタクにダンスのお相手がいて、驚いているの? 失礼な人達だな)

 しかし、ダンスをするとは言ったものの……よりにもよって、中央とは!

(こんな目立つ位置は嫌だー!)

 だが、私の心に反して無情にも新しい音楽が奏でられる。

「さあ、カミーユ。踊ろう?」
「え、あ、私の名前?」

 この人、カミーユって名前まで知っているの!?

(まさか、全ての貴族の名前までもが、頭にインプットされているのだろうか……! すごい、すごすぎる!)

 少年は、私をリードしながら、軽やかに踊る。
 ものすごく踊りやすい。彼は、かなりのダンスの腕前だった。

「可愛いね。こんな美人とお近づきになれるなんて、僕は幸せ者だな」
「ぐっ!? え、あ?」

 次々に少年の口から紡がれる甘い言葉に、そんなものに縁のなかった私は取り乱すばかりだ。

(今時の子供って、マセているんだなあ……)

 普段、魔法棟勤めの少年少女達以外との接点のない私は、彼の態度にひたすら感心していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

嫁ぎ先は悪役令嬢推しの転生者一家でした〜攻略対象者のはずの夫がヒロインそっちのけで溺愛してくるのですが、私が悪役令嬢って本当ですか?〜

As-me.com
恋愛
 事業の失敗により借金で没落寸前のルーゼルク侯爵家。その侯爵家の一人娘であるエトランゼは侯爵家を救うお金の為に格下のセノーデン伯爵家に嫁入りすることになってしまった。  金で買われた花嫁。政略結婚は貴族の常とはいえ、侯爵令嬢が伯爵家に買われた事実はすぐに社交界にも知れ渡ってしまう。 「きっと、辛い生活が待っているわ」  これまでルーゼルク侯爵家は周りの下位貴族にかなりの尊大な態度をとってきた。もちろん、自分たちより下であるセノーデン伯爵にもだ。そんな伯爵家がわざわざ借金の肩代わりを申し出てまでエトランゼの嫁入りを望むなんて、裏があるに決まっている。エトランゼは、覚悟を決めて伯爵家にやってきたのだが────。 義母「まぁぁあ!やっぱり本物は違うわぁ!」 義妹「素敵、素敵、素敵!!最推しが生きて動いてるなんてぇっ!美しすぎて眼福ものですわぁ!」 義父「アクスタを集めるためにコンビニをはしごしたのが昨日のことのようだ……!(感涙)」  なぜか私を大歓喜で迎え入れてくれる伯爵家の面々。混乱する私に優しく微笑んだのは夫となる人物だった。 「うちの家族は、みんな君の大ファンなんです。悪役令嬢エトランゼのね────」  実はこの世界が乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢ですって?!  ────えーと、まず、悪役令嬢ってなんなんですか……?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

処理中です...