ある日、ぶりっ子悪役令嬢になりまして(トライア編)

桜あげは

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 目の前のトライアは、珍しくご機嫌斜めだ。
 テーブルの上に頬杖をつき、長い睫毛を伏せて物思いに耽っている。

 朝は彼とちょっと微妙な空気になり、昼はヒロインが彼の元を訪れていた筈だ。
 そして、今は夜である。

 トライアが私に対して何かを言うことはない。
 けれど、なんとなく彼の纏う空気がピリピリと荒れている気がする。
 今は、彼の部屋で、洒落た形の黒いテーブルを挟んで向かい合って座っている。

「フィオルとフラウに会ったんだって?」
「え、うん。昼前に、廊下で……」

 そう言うと、トライアは私をじっと観察しだした。
 なんだろう。
 彼が何を考えているのか、まるで分からない。

「カミーユ、大丈夫? 見た感じ、変化は見られないけれど。何もされなかった?」
「うん、少し話をしただけだよ。急いでいたみたいで、すぐにトライアを探しに行っちゃったし。ところで、変化って何?」
「……何もされていないなら、いいんだけど」

 そう言ったトライアは、私から目を逸らす。
 答えてくれる気はないようだ。

「フラウも、学園に入学したいんだってさ。僕に裏で手を回せって言いに来た。生意気だよね……」

 もしかして、トライアって……フラウのことが嫌いなのかな。
 フラウはフラウで、彼のことを馬鹿王子呼ばわりしていたし。
 ヒロインと攻略対象なのに、仲が悪いなんて意外だ。

「そうなんだ。裏口入学する人って多いんだね」

 あの子は、ヒロインだものね。
 魔法学園に入学してみたいという気持ちは、分からないでもない。
 彼女は、破滅する未来に怯えることなんてないのだから。

 ゲームでは、ヒロインは学園長にスカウトされて、二年目の途中で編入してくることになっていたけれど。
 彼女は、自ら学園に入学する気のようだ。シナリオを進めるのかな?
 まあ、なんにせよ、私には関係ない。私は平和に魔法を極めるのだ。

「カミーユと俺の入学は、決まったからね? ベアちんも、護衛としてついて来る」
「ベアトリクスまで巻き込んだの!?」

 マズいよ。彼女だって悪役令嬢だ。
 私と同様に、選択肢次第で破滅する未来が待っているというのに。

「だって、彼女は僕の護衛だもの。ああ、僕だけでなく、カミーユも守ってもらわなきゃね」
「私は良いよ。自分の身は自分で守れる」

 学園入学は覆せないようだ。
 ならば、出来るだけ攻略対象に近付かないようにするしかない。
 何も分かっていない目の前の困った婚約者に向かって、私はこれ見よがしな溜息をついたのだった。



 ついに、学園の入学式がやって来た。
 トパージェリアにもだいぶ慣れてきたというところで、またガーネットに戻ってしまったよ……

 婚約して数ヶ月経つが、トライアとの仲は相変わらずだ。特に進展もない。
 講堂での式が終わった後は、中庭で軽いパーティーが開かれた。
 生徒同士の交流を深める為の、懇親会らしい。

 緑の芝生に覆われた庭の上には、白くて丸いテーブルがたくさん並べられている。
 そのテーブルの上には、簡単な料理や菓子類、飲み物が置かれていた。

 トライアは、学園長に用事があるらしく、入学式が終わると同時にどこかへ行ってしまった。
 残された私の傍には、護衛役のベアトリクスが控えている。
 特にすることもなく菓子の山を眺めていると、後ろから声が掛かった。

「やあ、カミーユ! 久しぶりだね」

 げっ……!
 懇親会が始まったところに、なんとガーネット国の王太子であるロイス様が現れた。
 私に声を掛けて来るなんて、完全に予想外である。
 彼は、シナリオの通りに魔法学園へ入学したらしい。
 そして、ロイス様がいるということは……

「カミーユ! ……様じゃないですか。トパージェリアの生活はどうです? ご無理はされておりませんか?」

 やはり、アシルもいたか。
 幼い頃に砕けた口調で話していたせいか、彼は結構私に気安いところがある。
 しかし、立場上、敬語モードに切り替えたようだ。
 アシルは、相変わらずの甘い笑みを浮かべながら私を見つめていた。

 今のところ、彼等とは付かず離れず友好的な関係を築けている。
 アシルによって、今すぐに私が破滅させられるようなこともなさそうだ。

「元気だよ、文化が違って驚くことも多いけどね。ロイス様とアシルも元気そうで良かった」

 私がそう言うと、ロイス様もアシルも穏やかな表情で頷く。

「……しかし、意外でした。ご婚約されている身のカミーユ……様が、この学園に来るなんて」

 敬語モードのアシルがそう続ける。彼の言うことは尤もだった。
 どう考えても、この展開はおかしいものね。

「私もそう思うよ。トライアが「どうしてもこの学園に入学したい!」って言い出して……私も巻き込まれたの。あの、アシル。二人のときは敬語抜きで良いよ。急に畏まられると、ちょっとムズムズする」
「ここでは他の生徒の目もありますので、お許しください……それにしても、あの王子の噂は僕達も聞いていますよ」

 そう言って、アシルは同情するように目を伏せた。
 きっと、ろくな噂ではないのだろう。

「だ、大丈夫だよ。向こうでも魔法実験の施設を使わせてもらったり、色々な魔法アイテムを見せてもらったりしていて。皆、親切だし、私も割と楽しんでいるから」

 私の言葉に、ロイス様がやや安堵した表情を浮かべた。
 アシルの方は、訝しげに私を見ているけれど。

「それは良かった、と言うべきなのかな。国の都合で君を振り回して、本当に申し訳ないと思っている」
「いいえ、ロイス様。そんなことは……」

 ちょっとあるけれど、彼が謝ることではないと思う。
 彼にはまだ、国内のことに関する決定権はない。
 私の婚約の件に関わったのは、王様やその周囲の者達だろう。

 それにしても、意外だったな。
 この二人とは、幼少期に出会ったときから、そこまで親しい付き合いを続けて来たつもりはなかったのに……
 ここまで、私のことを心配してくれていたなんて。

 ゲームの設定を抜きに考えると、もう少し彼等とは仲良くなれたのかもしれない。
 今更ながらにそう思った。

 学園の中庭は、相変わらず生徒達で賑わっている。
 酔い潰れて保健室へ運ばれた者、酔って魔法を暴発させる者……って、こんなに酔っぱらい率が高くて大丈夫なのか、この学園は!
 この国では、十六歳は立派な成人なのだが、まだ酒を飲み慣れていない者が多いのだろう。

 しばらくの間、懐かしい二人と話をしていると……突如、背後から肩に腕を回された。
 ロイス様とアシルが、驚いた表情で私の後ろを見つめている。
 なんだろうと振り返った私の目に、鮮やかな銅色が飛び込んだ。

「……!?」
「ふふっ、やぁーっと見つけた。カミーユ♪」

 公共の場だというのに……
 人前で堂々と私を羽交い締めにするような恥ずかしいことをする奴は、知り合いに一人しかいない。

「トライア……」
「もう、向こうで待っていてって言っていたのに。すぐにウロウロするんだから」
「……どうでもいいけど、この腕、離してくれる?」
「嫌だよ~。仲良くしているところを見せて、ガーネットの王子達にも安心してもらわなきゃ、ね?」

 何が「ね?」だ。そんなデカいなりで可愛い子ぶられても、気色が悪いだけである。
 ロイス様とアシルの方を見ると、二人とも引きつった笑みで複雑な表情を浮かべていた。
 さもありなん。
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