ある日、ぶりっ子悪役令嬢になりまして(トライア編)

桜あげは

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 学園での授業が始まった。
 今日の午前中は、魔法薬の授業だ。
 私はダイヤクラスで、トライアやベアトリクス、フィオルと一緒に実験をしている。
 フラウだけは別で、クローバークラスだった。

「では、カモミーアとバービナの花に、スペィアの葉、空蛇の毒、聖水を鍋に掛けて混ぜて……」

 教師の指示で、私達は魔法薬の材料を混ぜていく。

「これ知ってる。効き目の薄い睡眠薬でしょう?」

 昔々、子供の頃に作った覚えがある。
 薬に詳しいトライアも、この成分に覚えがあったようだ。

「そうそう、初歩の初歩だよね~。僕としては、もっと空蛇の毒の割合を増やして、ラピス鉱石を混ぜたいところだね」
「効果が上がるの?」
「うん、図体のデカいサイクロプスという魔物を、一瞬で眠らせる代物になるよ」
「……劇薬だね」

 一つ目巨人を捕えて、効果を試したのだろうか。
 砂漠に出る人食いモンスターを生け捕りにするのは、ちょっと大変そうだと思った。

 トライアは、一般に出回っている薬の効果を最大限まで引き出す方法をよく知っている。
 彼の実験室にあった資料も、そういうものが多かった。
 回復薬よりは、毒薬や劇薬を作る実験の方が好きみたいなのだ。

「カミーユなら、ここから、どういった薬に変える?」
「そうだねえ、私なら、カモミーアとスペィアの方を増やすかな。聖水の他に、聖花の蜜とマンドラ茸の傘を混ぜて、質の高い睡眠と疲労回復、気力と体力と魔力の完全回復……鉱石でなく、魔力で適当に成分を弄って効果を上げるかなぁ。ガーネットでは、鉱石は手に入りにくかったから」
「魔力でって……職人技だね。でも、カミーユらしい薬だよ。今度、僕に作ってくれる?」
「いいよ。睡眠不足なの?」
「まあね~。色々あるんだよ」

 そんな事を話しながら作業をする私とトライアの薬は、いつの間にか全く別の代物へと進化を遂げていた。

「カミーユの薬……害のないものだし、売り出してみよっか?」

 ふと、そんな事を口に出したトライアに、私は仰天する。

「えっ? これ、売れるの?」

 私の趣味の産物なのに?
 一応、効果の検証はしているけれど、人様に売り出して良いものだろうかと躊躇ってしまう。

「良い商品になると思うよ~。まずは、貴族客との取引から始めてみて……効果が出れば、範囲を拡大させてみるのもいいかもしれない。カミーユが、トパージェリアのご婦人方と話をする際に良いネタになるしね~」

 今まで、自分の実験によって生まれた産物を周囲の人に分け与える事はあっても、売り出そうなんて考えた事はなかった。
 商売よりも実験の方が楽しいし。父もそんなスタンスだったし。
 トライアは……流石、商業の盛んなトパージェリアの出だ。

「いいですわねぇ! ぜひ、わたくしも参加させてくださいな♪」

 少し離れた場所で実験していたフィオルも、横から顔を出した。
 そういえば、彼は、世界を股にかける大商人の息子だ。
 彼も、こういう話が好きなのかもしれない。

「これは、兵士の間でも売れるかもしれないな。こういうものがあると、私も助かります。カミーユ様、是非商品化してみては?」

 隣で、必死に薬を作っていたベアトリクスも会話に入ってきた。
 彼女は、実験と称するもの全般が苦手みたいだ。
 鍋の中身が、もの凄い色に変色している……これは、ぜったいに睡眠薬ではないだろう。
 異臭がするし……

「カミーユ様が魔法で色々弄っているみたいだから、量産は難しいかもしれませんが……レシピさえあれば、シントロン家の職人達でも生産が可能かもしれませわねぇ。うふふふふ、ぜひぜひ、シントロン家で独占的に販売させてくださいませぇ♪」
「そうだね~え、カミーユ、どうする? 売り出してもいい?」
「トライア達が、それで良いのなら……私も、魔法薬で役に立てるのなら嬉しいし。色々考えてくれてありがとう!」

 私が異国に馴染みやすいようにと、トライアが気を配ってくれたのが、何よりも嬉しかった。
 彼は、最初の言葉の通り、私を魔法に関わらせ続けてくれている。
 トライアに関しては、まだ分からない部分も多いけれど、トパージェリアに嫁いだ事に関する私の後悔の念は薄れつつあった。



 魔法学園には、生徒達が自由に利用出来る食堂がある。
 この食堂は、主にクローバークラスの生徒達が利用していて、貴族達は、ほぼ立ち入らない。
 学園長の意向でメニューが庶民的だし、貴族は平民との過度な接触を嫌う者が多いからだ。
 平民の中にも、厄介事に巻き込まれたくないという考えから、貴族を避けたがる者は少なからず存在する。

 そんな、貴族アウェイな場所である食堂なのだが……
 この日の私達は、トライアの「学食というものを食べてみたい!」という発言により、そこに集合していた。
 平民の生徒達は、遠巻きに私達を眺めている。
 平穏なランチタイムを邪魔して、申し訳ない……

「私は、Aランチを頂きます」

 ベアトリクスが、さくっとメニューを決めて注文する。
 流石、元大学生。伯爵令嬢らしからぬ手際の良さである。

「ええっ、ベアちんはAかぁ~、カミーユは?」

 トライアに尋ねられた私は、メニュー表を見た。定番メニューの他に、日替わりのA、B、Cランチがある。
 Aランチは肉中心のメニュー、Bランチは魚中心のメニュー、Cランチは野菜中心のメニューだ。
 ちなみにCのデザートは、紅茶プディング……

「えーっと、私はCランチかなぁ。フィオルは?」
「では、わたくしは、定番メニューのイーグル丼を。トライア様ぁ、早く決めてくださいませ~」
「このメニューを、全部食べてみたいんだけどさ~……端から全部注文しちゃあダメかな」

 流石、金持ち大国の王子は言うことが違う。
 フィオルとベアトリクスが、同時にトライアに向き直った。

「んもーぅ。駄目ですよぉ、学園ではお行儀良くと陛下に言われていますでしょ~ぉ? 毎日一品ずつ頼めば良いじゃないですかぁ~」
「そうですよ、若様。ここは城ではありません、共同生活の場なのです。勝手な行動は、ご自分の評価を下げる事になりますよ?」

 二人に嗜められたトライアは、仕方なくBランチを注文していた。

 食堂には、生徒達が交流しやすいようにと様々な形態の席が用意されている。
 普通の長机に簡易的な木の椅子だったり、ソファー席だったり、テラス席だったり、カップル用シートまである。
 私達は、テラス席で食事をすることにした。

 テラス席からは、学園の中庭を見渡す事が出来る。
 空は晴れており、春の風が心地良い。
 年中暑いトパージェリアでは、感じられない気候だ。

「そうそう。カミーユ様の薬の件ですが、頂いたレシピを元に、早速試作品を作らせてみましたよぉ。カミーユ様のお手製のものよりも効果は少し落ちますが、商品化出来そうですわ~」
「そうなんだ。ありがとう、フィオル」

 和やかな雰囲気で、食事が進む。
 それにしても、不思議なメンバーだ。
 まさか、ダイヤ陣営と仲良くなるだなんて思っても見なかったな……

「あのさ~。僕、カミーユの魔法刺青も、流行ると思うんだよね」

 魔法薬の話が一段落した頃、不意にトライアがとんでもない事を言い出した。
 驚いた私は、自分の腕に描かれている模様を見る。

「ええっ? これが!? それはないよ。ガーネットでは、超不評なんだよ?」
「そんなことないよ。トパージェリアでは、ウケるって。もともとウチの国は肌を見せる文化だし、お洒落感覚で実用的な魔法刺青は、需要があると思うんだよね」

 トライアの言葉に、またもやフィオルが顔を輝かせる。

「素敵ですわ! 魔法刺青ブームを作るのですねぇっ!」
「そうそう、見て見て♪ カミーユに教えてもらった魔法刺青。こっそり描いてみたんだぁ~」

 そう言って服をはだけさせたトライアの胸元には、私の教えた蔦の模様が描かれていた。
 魔法消費を抑える効果のある刺青だ。

「便利なのに、補助魔法以下の扱いをされているなんて、勿体無いよね」
「そういうもの?」
「ガーネット国は、そっち方面興味ないみたいだけれど。トパージェリアからすれば、とても貴重な眠れる資源だと思うよ~。ガーネットの魔法知識は、ウチの国にとっては魅力的だからね~」
「ふぅん? ガーネットから見れば、トパージェリアの資源の豊富さや魔法アイテムの種類の多さが羨ましいけどなぁ……激レアアイテムって、大抵トパージェリア経由じゃないと入手出来ないし、お高いし」
「まあ、それで成り立っている国だからね」

 トライアは、私の腕の刺青を眺めながら目を細めた。

「私の知っている範囲で良いのなら、伝える事は出来るけど?」

 私自身やガーネットの脅威にならない範囲で、だけどさ。
 ガーネットとトパージェリアの関係は複雑だ。
 表面上は友好的な国だけれど……トパージェリアは、何かあればガーネットを傘下に収めようと狙っている。
 領土も金もトパージェリアの方が多く持っているので厄介だ。

 私は隣国に嫁いだけれど……こちらの世界での父や魔法棟の仲間など、ガーネットにも大事な人がいるのでそこは譲れないのである。
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