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今日は、朝から雨が降っていた。
折角授業が休みの日だというのに、ついていない……なーんて、私は思わない。
今日は、学園の温室に植えられている魔法薬の材料を取りに行くのだ。
この学園では、生徒が自由に勉強に使えるようにと、魔法植物の植えられている温室が開放されている。
普通に暮らしていたら入手しにくい材料も、ここでは簡単に手に入るのだ。
それを生かさない手はない。
新しい魔法薬を開発すべく、今日は、雨の日にしか咲かない花を取りに行く。
トパージェリア仕様の薄着では少し肌寒いので、私は、上に淡い水色のショールを羽織って温室へと向かった。
勿論、全身に雨除けの魔法を施して。
降りしきる雨の中、四方を透明な壁で囲われている温室へと辿り着いた私は、雨除けの魔法を解除する。
普段はあまり人の訪れない温室に、今日は先客がいた。
銀色の長い髪を三つ編みにした、色白で背の高い……背広のような服を着た教師風の男性だ。
「学園長?」
確か……入学式で段上にいた人物だ。
この学園の学園長は、優れた魔法使いであるのと同時に、引き蘢り体質らしい。
「うわぁっ! あ、あ、君は……」
「えーと、驚かせてごめんなさい。実験に使う植物を取りに来ただけなので、お構いなく」
学園長は、引き蘢りの人間によくある、コミュニケーションの苦手な人みたいだ。
だとすると、そっとしておいてあげた方が良いだろう。
雨音が、温室の内部まで響いている。
こうして見ると、この場所だけ別世界のようだ。
そんな事を考えていると、学園長がじっとこちらへ目を向けて来た。
「君は、なんの実験を……?」
「魔力を完全回復させる薬と、魔力を増幅させる薬です。今まで何度も挑戦しているんですけど、上手く行かなくて」
この世界で売られている魔法回復薬は、とても効果が弱い。
職業魔法使い達は、仕事上で魔力枯渇とは無縁ではいられないため、魔力を完全回復で着る薬を渇望していた。
私も、そのうちの一人だ。
そして、魔力を増幅させる薬は存在しない。
けれど、あれば便利だと思う。
「カミーユ・ロードライト……君は、トパージェリアの第二王子と婚約しているんですよね? 何故、今更魔法実験などを?」
「趣味です!」
学園長は、私の顔と名前を知っているようだ。
やはり、トライアの婚約者だからだろうな……裏口入学している生徒だし。
そんな事を考えながら学園長を見ていると、彼がまた私に質問してきた。
「それで、今日は何の植物を取りに来たのですか?」
「雨の日にしか咲かない花を」
わざわざ、こんな天気の日に温室まで来たのはそのためだ。
私がそう言うと、学園長は白く細い指で温室内の植物を指し示しながら口を開いた。
「ついでに、あそこのピンク色で小さい花と、空色の植物の葉を持って帰ると良いですよ。ガーネット国内では、ここにしかない花ですから」
「……ありがとうございます。そうします」
ここにしかない花という言葉に興味を引かれた私は、早速その二種類の花を採取した。
学園長にお礼を言って、温室を後にする。
この後は、学園内にある実験室を使用させてもらう予定だ。
予め、学園の事務室に申請は出してある。
実験室は、申請を出しさえすれば生徒が自由に使う事が出来る施設なのだ。
これも温室と同様に、学問に打ち込む生徒を応援する仕組みの一つだとか。
私は、雨の中を校舎に向かって歩き出した。
魔法薬用の実験室は、学園の外れにある。
万が一実験中に爆発などの事故が起こっても、周囲に被害が行かないようにするためだ。
学園の裏庭を通って近道をし、私は実験室へと急いだ。
しかし……
雨の中を一人歩く私の前に、灰色のフードを被った複数の怪しい人間が姿を現した。
全員で六人程だ。
顔は見えないが、身長や体格などから全員男性だと推測する。
「誰、あなた達」
私が話しかけると、そのうちの一人が低い声で返事をした。
やはり、男のようだ。
「カミーユ様……我々と一緒に来て頂きたい」
男は恭しく頭を下げているが、彼の仲間達が問答無用とばかりに私を取り囲んでいる。
敬意も何もあったもんじゃない。
これは、誘拐……になるのだろうか?
「お断りだよ、私はこれから実験をしに行くんだから。雨の日じゃないと、この花が枯れちゃうの!」
次の雨がいつ降るかも分からないし、その雨が休日に降ってくれるとも限らない。
私は、今日というチャンスを逃したくはなかった。
「強情な……」
そう言うと、男は強引に私の手を掴んだ。
が、魔法刺青によってすぐに弾かれる。
「痛っ! 何だ!?」
続いて別の男が私に手を伸ばしたが、これも呆気なく弾かれて終わった。
その次も、その次も……一通り男達の手を弾き返すと、彼等は困惑した声を私に向けた。
「一体、どうなっているんだ!?」
フードの奥の表情は見えないが、その声には僅かに怯えが混じっている。
突然の事態に、対処しかねている様子だ。
「ねえ、私をどこへ連れて行きたかったの? あなた達は誰……というか、誰の差し金? 正直に答えるのなら、痛い目に遭わせたりしないけど?」
私も、一応魔法棟長官の娘だ。
過去には、誘拐まがいの事件に巻き込まれたり命を狙われた事もある。
仕事でモンスター退治に出始めてからは、そうそう危害を加えられなくなったけれど。
今回は、トライア関連だろうか。それとも……
しばし頭を悩ませていると、男達が次の行動に移った。
懐から、魔法アイテムらしき掌サイズの球を取り出すと、私に向かって一斉に投げつけてきた。
またしても、刺青がそれらを弾いたが、地面に落ちたボールから、謎の煙が吹き出す。
「何これ、吸っちゃダメな感じ?」
とりあえず、私は煙を吸ったり煙に触れたりしないように、透明な壁を出して自分の周囲を囲った。
「くそっ! 聞いていないぞ……この女、ただの侯爵令嬢じゃなかったのか!?」
男の一人が、不機嫌な声を上げる。
今の台詞からすると……どうやら、男達はガーネットの人間ではないらしい。
この国の人間ならば、私の噂は聞いているだろうから。
という事は、トライア関連だ。
第二王子の婚約者……理由は分からないけれど、狙われてもおかしくない立場ではある。
「あーあ、六人も運ぶのは面倒だなぁ」
私は、男達の隙をついて全員に拘束魔法を掛ける。
拘束魔法とは、相手の一切の動きを封じる魔法だ。
主に、王族の警護を担当する魔法使い達が使用している。
「うわっ!」
「何だ、体が動かない!?」
トパージェリアでは、メジャーな魔法ではないようだ。
男達には、面白い程魔法の耐性がない。
雨で泥濘んでいる地面に、灰色のフード男達が一斉に転がった。
「さて、どうやって運ぼうか……」
男六人を運ぶのは流石に厳しいし、早く実験がしたい。
「カミーユ!」
「ん……?」
名前を呼ばれたので、そちらを振り返ると……
雨の中をトライアが走って来ていた。
普段、ヘラヘラしている彼からは想像もつかないような険しい表情で。
彼の後を、ベアトリクスを初めとする護衛の人達が必死の形相で追い掛けている。
「トライア、丁度いいところに。実は、この人達を運ぼうと……うぉわっ!?」
「っ……大丈夫!? 怪我は!? 何されたの!?」
トライアに抱き締められ、矢継ぎ早に質問される。
「いや、私は大丈夫。何もされていないよ? それよりも、この人達を運びたいんだけど……どうして私を狙ったのか聞きたいし」
「……本当に?」
「うん。これでも、一応戦闘職だったし……モンスターに比べれば、可愛いものだよ? ほぼ刺青で対処出来た」
「君って人は……」
一瞬もの言いたげな視線を私に向けたトライアだが、結局何も言わず、部下達にフード男達の回収を指示する。
部下達は、地面に転がった泥まみれの男達を無言で引き立てた。
「後で話を聞きたいから、生かしたまま寮に繋いでおいて。学園内の警備に対しての苦情も必要だね……カミーユ、部屋に帰るよ?」
部下達に指示を出し終えたトライアが、私の手を握る。
「いや、あ、でも、私、実験……」
「……カミーユ?」
金色の瞳で、じっと顔を覗き込まれた私は、諦めの溜息を吐いた。
思ったよりも大事になってしまっているし、今日のところは実験は諦めた方が良いだろう。
きっと、雨の日にしか咲かない花は枯れてしまうけれど……
この雨の中、私を捜してくれていたのだろうか。
トライアの髪はびっしょりと濡れており、髪の先から雫が滴っている。
「トライア、あの、どうしてここに?」
「ちょっとね。敵に妙な動きがあると、報告を受けたものだから」
「敵って?」
「ふふふ、カミーユの心配する事じゃないよ。今日は、怖い目に遭わせてごめん、もう二度とこんな事は起こさせないから」
トライアの手が後頭部に添えられ、優しく撫でられる。
彼は、何かと秘密主義だ。
「あの人達……私を殺すというよりも、連れ去りたいみたいだった」
「ああ、うん、そうだよね。君を殺してしまったら、意味がないからね。それよりも、早く帰ろう?」
「……」
まるで、あの男達が何者なのかを知っているような口ぶりだ。
納得いかない思いを抱えながらも、私はトライアに繋がれた手を握り返したのだった。
※
寮に戻った私は、トライアの濡れた衣類を魔法で乾かして、心配して来てくれた事に対するお礼を言った。
「すっごいねぇ、一瞬で乾いた。カミーユは、全然濡れていないし」
「雨除けの魔法を使ったんだ。それより、私もあのフードの男達に話を聞きたいんだけど……」
「……尋問に付き合いたいの~? あまり、オススメは出来ないよ? カミーユには見せたくないなあ」
一体、何をする気なのだ、この男は。
「カミーユ、今後は一人で出歩く事は控えて」
「……私なら平気なのに」
「君が強いのは知っているよ。けれど、今度の相手はモンスターと違って卑怯な手を平気で使ってくるような奴だ。その辺り、カミーユは抜けていそうだから……」
「トライア、私を狙っている相手って誰? 当事者である私には、知る権利があると思うんだけど」
「たぶん、兄上殿だよ~。カミーユの事、気に入っていたみたいだから。僕から奪って、自分のものにしてしまおうと考えたんじゃないかな。僕らはまだ正式な夫婦ではなく、婚約者という関係にすぎない。もし、結婚までに……あ~」
何故か、トライアは途中で言葉を濁す。
「続きは?」
「あんまり言いたくないけど……兄が君に手を出して、二人がそういう関係になってしまったら……僕との結婚が覆るかもしれない。きっと、兄はそれを狙っているんだと思う」
そう言う関係とは……?
よく分からないけれど、良くない事だろうという部分だけは理解出来る。
私は、黙ってトライアの言葉に頷いた。
「心配しないで。僕が、絶対にそんなことにはさせないから」
「……うん。色々教えてくれてありがとう。バシリオ様には、気をつけるよ」
「是非、そうしてよね」
トライアは一旦言葉を区切ると、小さな声で私に向けて言葉を紡いだ。
「実はね、僕は三人兄弟の末っ子だったんだ」
「……えっ!?」
「僕の上に、もう一人兄がいた。幼い頃に亡くなったけれど……優しい兄だったよ。僕は、彼が好きだった」
ゲームには、出て来なかった設定だ。
実際には、そんな事になっていたのか?
「おそらく、それも兄上殿とその母親の差し金。僕らは、母親が違うからね……僕の母である正妃は、物心ついた頃には他界していたから良く知らないけれど、二人の兄のそれぞれの母親はそれはもう仲が悪かったよ」
「……ドロドロだね」
「で、早くも権力を争うレースから脱落した後ろ盾のない僕は放置されて……二人の兄同士で争った結果、一番上の兄が権力争いに勝った。双方の母親も、この争いで死んでいる。互いに送り合った毒でね」
酷い話だ。
けれど、そんな話をトライアはへらへらと笑いながら続ける。
まるで、他人事のように。
全く平気そうに見える彼の姿が、却って傷の深さを物語っているようで……なんだか痛々しく思えた。
彼は放置されていたと言うが、そんな筈はない。
むしろ、後ろ盾のいない王子なんて格好の的だと思う。
「だから、カミーユも、僕の兄には気をつけておいて欲しいんだ。勿論、何かあっても守るつもりではいるけれど……」
「トライア」
「ん、なぁに?」
「あなたが、今まで無事に生きてこられて良かったなと思って」
「へ?」
トライアが、キョトンとした顔で私を見つめる。
「ガーネットでも、陰謀によって不慮の死を遂げた貴族の子供は少なからずいるよ……こうして、元気なトライアに出会えて良かった。一緒に話す事も出来るし、一緒に魔法薬の実験をするのも楽しいし。幼い日のあなたに何かあったら、こうして出会う事も出来なかったものね」
「……カミーユ!?」
急に彼の髪を撫で出した私に、トライアは驚いて身動きを止めた。
彼が動揺する姿を見るのは、珍しい。
当時のトライアの境遇を思うと、色々考えずにはいられなくて、つい頭を撫でると言う行動に移ってしまったのだけれど。駄目だっただろうか。
恐る恐るトライアの方を見ると、琥珀色の肌がほんのりと紅く色づいていた。
「トライア?」
「なんでもない。とにかく、そんな訳だからカミーユも身辺には気をつけてねっ……ところで、その籠の中身は?」
「えーと」
トライアに、急に話をそらされたような気がする。
しかし、魔法薬に関わる事でもあるのだ。
彼にも薬の材料を取りに行った事を告げておいた方が良いだろう。
「学園に植えられている魔法直物だよ。魔法薬の材料……こっちの花は、雨の日にしか咲かないんだ」
「ああ。それで、焦って実験したがっていたんだ」
もう、雨は止んだのだろう。籠の中の花が枯れている。
実験は、次の雨の日まで持ち越しだ。
学園長にお勧めされて摘んで来たに種類の植物は無事なので、明日にでもこの二種類を使ってで実験する事にした。
「今日のような事が、また起きたら危険だね。寮内を改装して、実験室を作ろうかな」
「ええっ!? そんなこと、しなくていいよ。今日だって、私は何ともなかったんだし」
「何ともなくはないでしょう~? 君は強いけれど、間接的な陰謀を使われるともの凄く弱そうだ」
「そんな事ないよ」
反論する私を見つめながら、トライアは口の端を少し持ち上げて笑った。
折角授業が休みの日だというのに、ついていない……なーんて、私は思わない。
今日は、学園の温室に植えられている魔法薬の材料を取りに行くのだ。
この学園では、生徒が自由に勉強に使えるようにと、魔法植物の植えられている温室が開放されている。
普通に暮らしていたら入手しにくい材料も、ここでは簡単に手に入るのだ。
それを生かさない手はない。
新しい魔法薬を開発すべく、今日は、雨の日にしか咲かない花を取りに行く。
トパージェリア仕様の薄着では少し肌寒いので、私は、上に淡い水色のショールを羽織って温室へと向かった。
勿論、全身に雨除けの魔法を施して。
降りしきる雨の中、四方を透明な壁で囲われている温室へと辿り着いた私は、雨除けの魔法を解除する。
普段はあまり人の訪れない温室に、今日は先客がいた。
銀色の長い髪を三つ編みにした、色白で背の高い……背広のような服を着た教師風の男性だ。
「学園長?」
確か……入学式で段上にいた人物だ。
この学園の学園長は、優れた魔法使いであるのと同時に、引き蘢り体質らしい。
「うわぁっ! あ、あ、君は……」
「えーと、驚かせてごめんなさい。実験に使う植物を取りに来ただけなので、お構いなく」
学園長は、引き蘢りの人間によくある、コミュニケーションの苦手な人みたいだ。
だとすると、そっとしておいてあげた方が良いだろう。
雨音が、温室の内部まで響いている。
こうして見ると、この場所だけ別世界のようだ。
そんな事を考えていると、学園長がじっとこちらへ目を向けて来た。
「君は、なんの実験を……?」
「魔力を完全回復させる薬と、魔力を増幅させる薬です。今まで何度も挑戦しているんですけど、上手く行かなくて」
この世界で売られている魔法回復薬は、とても効果が弱い。
職業魔法使い達は、仕事上で魔力枯渇とは無縁ではいられないため、魔力を完全回復で着る薬を渇望していた。
私も、そのうちの一人だ。
そして、魔力を増幅させる薬は存在しない。
けれど、あれば便利だと思う。
「カミーユ・ロードライト……君は、トパージェリアの第二王子と婚約しているんですよね? 何故、今更魔法実験などを?」
「趣味です!」
学園長は、私の顔と名前を知っているようだ。
やはり、トライアの婚約者だからだろうな……裏口入学している生徒だし。
そんな事を考えながら学園長を見ていると、彼がまた私に質問してきた。
「それで、今日は何の植物を取りに来たのですか?」
「雨の日にしか咲かない花を」
わざわざ、こんな天気の日に温室まで来たのはそのためだ。
私がそう言うと、学園長は白く細い指で温室内の植物を指し示しながら口を開いた。
「ついでに、あそこのピンク色で小さい花と、空色の植物の葉を持って帰ると良いですよ。ガーネット国内では、ここにしかない花ですから」
「……ありがとうございます。そうします」
ここにしかない花という言葉に興味を引かれた私は、早速その二種類の花を採取した。
学園長にお礼を言って、温室を後にする。
この後は、学園内にある実験室を使用させてもらう予定だ。
予め、学園の事務室に申請は出してある。
実験室は、申請を出しさえすれば生徒が自由に使う事が出来る施設なのだ。
これも温室と同様に、学問に打ち込む生徒を応援する仕組みの一つだとか。
私は、雨の中を校舎に向かって歩き出した。
魔法薬用の実験室は、学園の外れにある。
万が一実験中に爆発などの事故が起こっても、周囲に被害が行かないようにするためだ。
学園の裏庭を通って近道をし、私は実験室へと急いだ。
しかし……
雨の中を一人歩く私の前に、灰色のフードを被った複数の怪しい人間が姿を現した。
全員で六人程だ。
顔は見えないが、身長や体格などから全員男性だと推測する。
「誰、あなた達」
私が話しかけると、そのうちの一人が低い声で返事をした。
やはり、男のようだ。
「カミーユ様……我々と一緒に来て頂きたい」
男は恭しく頭を下げているが、彼の仲間達が問答無用とばかりに私を取り囲んでいる。
敬意も何もあったもんじゃない。
これは、誘拐……になるのだろうか?
「お断りだよ、私はこれから実験をしに行くんだから。雨の日じゃないと、この花が枯れちゃうの!」
次の雨がいつ降るかも分からないし、その雨が休日に降ってくれるとも限らない。
私は、今日というチャンスを逃したくはなかった。
「強情な……」
そう言うと、男は強引に私の手を掴んだ。
が、魔法刺青によってすぐに弾かれる。
「痛っ! 何だ!?」
続いて別の男が私に手を伸ばしたが、これも呆気なく弾かれて終わった。
その次も、その次も……一通り男達の手を弾き返すと、彼等は困惑した声を私に向けた。
「一体、どうなっているんだ!?」
フードの奥の表情は見えないが、その声には僅かに怯えが混じっている。
突然の事態に、対処しかねている様子だ。
「ねえ、私をどこへ連れて行きたかったの? あなた達は誰……というか、誰の差し金? 正直に答えるのなら、痛い目に遭わせたりしないけど?」
私も、一応魔法棟長官の娘だ。
過去には、誘拐まがいの事件に巻き込まれたり命を狙われた事もある。
仕事でモンスター退治に出始めてからは、そうそう危害を加えられなくなったけれど。
今回は、トライア関連だろうか。それとも……
しばし頭を悩ませていると、男達が次の行動に移った。
懐から、魔法アイテムらしき掌サイズの球を取り出すと、私に向かって一斉に投げつけてきた。
またしても、刺青がそれらを弾いたが、地面に落ちたボールから、謎の煙が吹き出す。
「何これ、吸っちゃダメな感じ?」
とりあえず、私は煙を吸ったり煙に触れたりしないように、透明な壁を出して自分の周囲を囲った。
「くそっ! 聞いていないぞ……この女、ただの侯爵令嬢じゃなかったのか!?」
男の一人が、不機嫌な声を上げる。
今の台詞からすると……どうやら、男達はガーネットの人間ではないらしい。
この国の人間ならば、私の噂は聞いているだろうから。
という事は、トライア関連だ。
第二王子の婚約者……理由は分からないけれど、狙われてもおかしくない立場ではある。
「あーあ、六人も運ぶのは面倒だなぁ」
私は、男達の隙をついて全員に拘束魔法を掛ける。
拘束魔法とは、相手の一切の動きを封じる魔法だ。
主に、王族の警護を担当する魔法使い達が使用している。
「うわっ!」
「何だ、体が動かない!?」
トパージェリアでは、メジャーな魔法ではないようだ。
男達には、面白い程魔法の耐性がない。
雨で泥濘んでいる地面に、灰色のフード男達が一斉に転がった。
「さて、どうやって運ぼうか……」
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「カミーユ!」
「ん……?」
名前を呼ばれたので、そちらを振り返ると……
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普段、ヘラヘラしている彼からは想像もつかないような険しい表情で。
彼の後を、ベアトリクスを初めとする護衛の人達が必死の形相で追い掛けている。
「トライア、丁度いいところに。実は、この人達を運ぼうと……うぉわっ!?」
「っ……大丈夫!? 怪我は!? 何されたの!?」
トライアに抱き締められ、矢継ぎ早に質問される。
「いや、私は大丈夫。何もされていないよ? それよりも、この人達を運びたいんだけど……どうして私を狙ったのか聞きたいし」
「……本当に?」
「うん。これでも、一応戦闘職だったし……モンスターに比べれば、可愛いものだよ? ほぼ刺青で対処出来た」
「君って人は……」
一瞬もの言いたげな視線を私に向けたトライアだが、結局何も言わず、部下達にフード男達の回収を指示する。
部下達は、地面に転がった泥まみれの男達を無言で引き立てた。
「後で話を聞きたいから、生かしたまま寮に繋いでおいて。学園内の警備に対しての苦情も必要だね……カミーユ、部屋に帰るよ?」
部下達に指示を出し終えたトライアが、私の手を握る。
「いや、あ、でも、私、実験……」
「……カミーユ?」
金色の瞳で、じっと顔を覗き込まれた私は、諦めの溜息を吐いた。
思ったよりも大事になってしまっているし、今日のところは実験は諦めた方が良いだろう。
きっと、雨の日にしか咲かない花は枯れてしまうけれど……
この雨の中、私を捜してくれていたのだろうか。
トライアの髪はびっしょりと濡れており、髪の先から雫が滴っている。
「トライア、あの、どうしてここに?」
「ちょっとね。敵に妙な動きがあると、報告を受けたものだから」
「敵って?」
「ふふふ、カミーユの心配する事じゃないよ。今日は、怖い目に遭わせてごめん、もう二度とこんな事は起こさせないから」
トライアの手が後頭部に添えられ、優しく撫でられる。
彼は、何かと秘密主義だ。
「あの人達……私を殺すというよりも、連れ去りたいみたいだった」
「ああ、うん、そうだよね。君を殺してしまったら、意味がないからね。それよりも、早く帰ろう?」
「……」
まるで、あの男達が何者なのかを知っているような口ぶりだ。
納得いかない思いを抱えながらも、私はトライアに繋がれた手を握り返したのだった。
※
寮に戻った私は、トライアの濡れた衣類を魔法で乾かして、心配して来てくれた事に対するお礼を言った。
「すっごいねぇ、一瞬で乾いた。カミーユは、全然濡れていないし」
「雨除けの魔法を使ったんだ。それより、私もあのフードの男達に話を聞きたいんだけど……」
「……尋問に付き合いたいの~? あまり、オススメは出来ないよ? カミーユには見せたくないなあ」
一体、何をする気なのだ、この男は。
「カミーユ、今後は一人で出歩く事は控えて」
「……私なら平気なのに」
「君が強いのは知っているよ。けれど、今度の相手はモンスターと違って卑怯な手を平気で使ってくるような奴だ。その辺り、カミーユは抜けていそうだから……」
「トライア、私を狙っている相手って誰? 当事者である私には、知る権利があると思うんだけど」
「たぶん、兄上殿だよ~。カミーユの事、気に入っていたみたいだから。僕から奪って、自分のものにしてしまおうと考えたんじゃないかな。僕らはまだ正式な夫婦ではなく、婚約者という関係にすぎない。もし、結婚までに……あ~」
何故か、トライアは途中で言葉を濁す。
「続きは?」
「あんまり言いたくないけど……兄が君に手を出して、二人がそういう関係になってしまったら……僕との結婚が覆るかもしれない。きっと、兄はそれを狙っているんだと思う」
そう言う関係とは……?
よく分からないけれど、良くない事だろうという部分だけは理解出来る。
私は、黙ってトライアの言葉に頷いた。
「心配しないで。僕が、絶対にそんなことにはさせないから」
「……うん。色々教えてくれてありがとう。バシリオ様には、気をつけるよ」
「是非、そうしてよね」
トライアは一旦言葉を区切ると、小さな声で私に向けて言葉を紡いだ。
「実はね、僕は三人兄弟の末っ子だったんだ」
「……えっ!?」
「僕の上に、もう一人兄がいた。幼い頃に亡くなったけれど……優しい兄だったよ。僕は、彼が好きだった」
ゲームには、出て来なかった設定だ。
実際には、そんな事になっていたのか?
「おそらく、それも兄上殿とその母親の差し金。僕らは、母親が違うからね……僕の母である正妃は、物心ついた頃には他界していたから良く知らないけれど、二人の兄のそれぞれの母親はそれはもう仲が悪かったよ」
「……ドロドロだね」
「で、早くも権力を争うレースから脱落した後ろ盾のない僕は放置されて……二人の兄同士で争った結果、一番上の兄が権力争いに勝った。双方の母親も、この争いで死んでいる。互いに送り合った毒でね」
酷い話だ。
けれど、そんな話をトライアはへらへらと笑いながら続ける。
まるで、他人事のように。
全く平気そうに見える彼の姿が、却って傷の深さを物語っているようで……なんだか痛々しく思えた。
彼は放置されていたと言うが、そんな筈はない。
むしろ、後ろ盾のいない王子なんて格好の的だと思う。
「だから、カミーユも、僕の兄には気をつけておいて欲しいんだ。勿論、何かあっても守るつもりではいるけれど……」
「トライア」
「ん、なぁに?」
「あなたが、今まで無事に生きてこられて良かったなと思って」
「へ?」
トライアが、キョトンとした顔で私を見つめる。
「ガーネットでも、陰謀によって不慮の死を遂げた貴族の子供は少なからずいるよ……こうして、元気なトライアに出会えて良かった。一緒に話す事も出来るし、一緒に魔法薬の実験をするのも楽しいし。幼い日のあなたに何かあったら、こうして出会う事も出来なかったものね」
「……カミーユ!?」
急に彼の髪を撫で出した私に、トライアは驚いて身動きを止めた。
彼が動揺する姿を見るのは、珍しい。
当時のトライアの境遇を思うと、色々考えずにはいられなくて、つい頭を撫でると言う行動に移ってしまったのだけれど。駄目だっただろうか。
恐る恐るトライアの方を見ると、琥珀色の肌がほんのりと紅く色づいていた。
「トライア?」
「なんでもない。とにかく、そんな訳だからカミーユも身辺には気をつけてねっ……ところで、その籠の中身は?」
「えーと」
トライアに、急に話をそらされたような気がする。
しかし、魔法薬に関わる事でもあるのだ。
彼にも薬の材料を取りに行った事を告げておいた方が良いだろう。
「学園に植えられている魔法直物だよ。魔法薬の材料……こっちの花は、雨の日にしか咲かないんだ」
「ああ。それで、焦って実験したがっていたんだ」
もう、雨は止んだのだろう。籠の中の花が枯れている。
実験は、次の雨の日まで持ち越しだ。
学園長にお勧めされて摘んで来たに種類の植物は無事なので、明日にでもこの二種類を使ってで実験する事にした。
「今日のような事が、また起きたら危険だね。寮内を改装して、実験室を作ろうかな」
「ええっ!? そんなこと、しなくていいよ。今日だって、私は何ともなかったんだし」
「何ともなくはないでしょう~? 君は強いけれど、間接的な陰謀を使われるともの凄く弱そうだ」
「そんな事ないよ」
反論する私を見つめながら、トライアは口の端を少し持ち上げて笑った。
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