ある日、ぶりっ子悪役令嬢になりまして(トライア編)

桜あげは

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 真っ白な鍋に、黄金色の液体が煮立っている。
 私は、その中にピンク色の花を鍋に流し込み、上から水色の葉っぱをちぎって放り入れた。
 甘い匂いが、周囲に漂う。

「これで、よし!」

 授業が終わった放課後、私は実験室を訪れて魔法薬の試作品を作っていた。
 効き目の強い魔力回復薬だ。
 今までもこの実験を続けていたが、毎回良いところまで進んでいるものの、そこまで強力な効果は得られないままなのだ。

「でも、今日は上手くいきそうな気がする」

 鍋の中身が、オーロラ色に変化し始めた。レアな薬が出来そうな気配を感じる。
 後は、魔力で液体の成分を調整しながら数分煮込むだけだ。
 トライアには一人で出歩かないよう注意されているが、ここは学園の中。
 私が襲われた際、トライアが学園側に警備のユルさについて苦情を言ってくれたみたいだし大丈夫。
 仮に、敵が来ても返り討ちにする自信はある。

 しばらくすると、煮立っていた鍋の中身が落ち着いた。
 鍋の中身を大きなスプーンで掬い、持参した五つの薬瓶に移す。
 薬瓶は、魔法薬のお礼にと先日フィオルに貰ったものだ。
 
 かなり質の良い材料で作られている壊れにくい瓶で、蓋には薔薇形の飾りが付いている。
 瓶に移した薬を冷却魔法で冷まし、蓋を閉めて、持って来た鞄に詰める。
 味と効果を簡単に確認するため、鍋に残った薬を指に取って少しだけ嘗めてみた。

「おお!」

 薬を作るのに使っていた魔力が、完全回復した。
 これは、成功品かもしれない……!

「きちんと効果を確認するのは後日にして、そろそろ寮に帰った方がいいよね」

 あまり遅くなると、トライアが心配するだろう。
 実験道具を片付けて、私は部屋を後にする。

「あれ、カミーユ様?」

 実験室の扉から出ると、ちょうど廊下を通っていたアシルに出会った。

「アシル、入学式ぶり。今日は、ロイス様と一緒じゃないの?」
「殿下は、一足先に護衛と一緒に寮へ戻りましたよ。俺……僕は、さっきまで教師に呼び出されていて」

 相変わらず、アシルは私に敬語を使う。

「あのさ、二人きりなんだし敬語はいらないよ?」
「どこで誰が聞いているか分かりませんので。今から寮へ戻るところですか?」
「うん、そうだよ。アシルも寮へ戻るの?」
「はい。ハート寮とダイヤ寮は同じ方角ですし、途中までご一緒しても?」
「いいけど?」

 この学園には、四つのクラスがあり、クラスごとに専用の寮がある。
 ハート寮とダイヤ寮は、比較的近くに建っているのだ。
 学園に入学したというのに、アシルは相変わらず、私に対して友好的な姿勢を崩さない。態度が嘘くさくはないし、罠というわけでもないようだけれど。
 疑問に思いながら廊下を歩いていると、突然外から巨大な爆発音が響いてきた。

「何の音?」

 見ると、ハート寮の裏庭辺りから、モクモクと煙が上がっている。

「まさか、殿下の身に何かあったんじゃ……」

 隣にいるアシルが、ポーカーフェイスが崩れる程に不安そうな顔をしていた。

「アシル、心配なら様子を見に行く?」

 私は、鞄から羽ペンを取り出して巨大化させた。
 この羽ペンは、職業魔法使いが箒の代わりに利用する乗り物である。
 考案者は私で、箒と違って持ち運べると魔法使い達から好評だ。
 
 羽ペンに跨がり、アシルに後ろへ乗るよう指示する。
 アシルとは、幼い頃に一緒に箒で空を飛んだ経験があった。
 彼は、迷いなく私の後ろに飛び乗る。

 私は、羽ペンを急発進させ、ハート寮の裏へと急いだ。

 ※

  ハート寮の裏庭は、酷い有様だった。
 焼けこげたテーブルやベンチが辺りに転がり、芝生は深く抉れていて、この場所で激しい戦闘があったことを思わせる。

「殿下!」

 そんな庭の隅に、倒れている覆面の男達と護衛、蹲るロイス様の姿があった。
 周囲には、他の人間はいない。
 ハートクラスの生徒達も、まだ寮には戻っていないようだ。

「ろ、ロイス様!? 大丈夫ですか!」

 羽ペンから飛び降りたアシルが、ロイス様に駆け寄る。
 私も羽ペンを戻して、彼の後を追った。

「アシルにカミーユ……僕なら平気だよ。護衛はやられちゃったけど、敵は撃退出来た」

 二人を安心させるような笑みを浮かべながら、ロイス様が言った。
 しかし、彼は地面に蹲ったままぐったりしている。

「魔力枯渇ですね。待っていてください、今、回復薬を」

 魔力枯渇とは、文字通り魔力が枯渇して動けなくなる症状を指す。
 魔法使いにとって、深刻な状態の一つだ。
 それだけならまだ良いが、最悪の場合は、体まで弱って死に至ることもある。
 ロイス様の症状は重く、早急な処置が必要だった。

「待って、アシル!」

 寮へ急ぐアシルを、大きな声で止める。

「あの、これ……試作品だけれど、効果は普通の薬よりも強いから、使って?」

 先程、実験室で作った魔法薬の瓶を渡すと、アシルは不思議そうな表情でそれを見つめた。
 もしかして、信用されていないのだろうか。
 ロイス様を、毒殺なんてする気はないのだけれど。

「これは?」
「私の作った魔力回復薬だよ」

 アシルは私の言葉に頷くと、瓶を持ったままロイス様に近付く。

「殿下、カミーユ様の薬だそうですが……飲まれますか? 大丈夫だとは思いますが、心配なら、今から寮に戻って普通の魔法薬を取って来ます」
「貰うよ。カミーユが僕を害する理由なんてないし」

 ロイス様は、瓶の蓋を開けて一息に中身を煽る。

「甘いね。それに、花の香りがする」

 ほんの少し微笑を浮かべたロイス様は、しばらくするとアシルの手を返りてゆっくりと起き上がった。

「ロイス様、大丈夫ですか?」
「……うん、カミーユの薬のおかげだよ。凄い効果だ」

 しばらくすると、爆発騒ぎを聞きつけた学園の職員や、生徒達が集まって来た。
 ロイス様とアシルは、人目を避けるために寮の部屋へと撤退する。
 事件の後処理には、ロイス様の部下達が当たることになった。

「カミーユ様、ありがとうございます。今日のお礼は、後日……」
「アシル、薬なら気にしなくて良いよ~?」

 試作品を使って、王太子で人体実験をしてしまった後ろめたさもある。
 ロイス様とアシルは、そのまま建物の中へと去って行った。

「さてと……私も、ダイヤ寮に戻らないと」

 ハート寮での騒ぎで、時間を食ってしまった。急いだ方が良いだろう。
 辺りが、少し薄暗くなってきた。
 学園内の灯りが、淡い光を点して闇に浮かび上がり、幻想的な風景だ。
 ダイヤ寮の窓にも、オレンジ色の温かな光が見えた。

 隣国からの留学生の多いダイヤ寮は、全体的にアラビア風の建物だ。
 入り口付近の広いホールの中央には、魔法アイテムのエレベーターのような物が設置されている。
 魔方陣の上に乗ると、目的のフロアまで陣が上昇するというアイテムだ。
 
 綺麗に磨き上げられたツルツルの床をブーツで歩くと、カツカツと足音が響いた。
 中央の魔法アイテムの上へと移動し、私の部屋がある最上階へ向かうようにアイテムを操作する。
 私が乗ると、魔方陣がゆっくりと浮上した。

「おかえり、カミーユ」
「……!?」

 魔方陣に乗って、最上階まで移動した私の目の前に、ニコニコと笑うトライアが立っている。
 笑顔の筈なのに、今の彼には妙な威圧感があった。

「トライア、遅くなってごめん」
「無事で良かった。心配したんだよぉ? カミーユは、僕の気持ちなんて全然気にしていなさそうだけどね~」

 ジャラジャラと、身につけた大量のアクセサリを鳴らしながら、トライアが私との距離を詰める。
 彼は、少し屈んで私に目線をあわせると、迫力のある笑顔でとんでもない事を囁いた。

「浮気相手と一緒に、空の散歩だなんて。本当に罪な女の子だよねぇ、カミーユは」
「えっ……!?」

 空の散歩って……
 もしかして、アシルとハート寮へ向かっていた時のことだろうか。

「トライア、見ていたの?」
「うん。偶然、空を見上げたら……ね」

 トライアからの威圧感が、更に増した。
 これは、早く誤解を解かないとマズい事になりそうだ。

「違うよ! 空の散歩なんかじゃなくて、あれは!」
「あんなに密着しておいて、言い逃れする気なの?」

 密着は……していたかもしれないけれど、一つの羽ペンに二人乗りなので仕方がない。
 そうでもしないと、片方が振り落とされる事態に陥る。

「だから、違うんだってば! ハート寮に急ぎの用事があって、アシルを運んでいただけで」
「向こうは満更でもなさそうだけどね。元婚約者だし?」
「……? 元、婚約者?」

 私は、トライアの言葉に固まった。
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