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61:実家に帰ってきました

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 学園から転移魔方陣でレルクの街へ飛び、そこからグロッタに向かう。
 来たときと逆の行程を辿り、私はメルヴィーン商会に到着した。
 今回はカマル……と、その保護者のトールも一緒。彼らは名前を誤魔化し、平民のふりをしている。
 二人のおかげで、ボロくない部屋に泊まれた。
 カマルは大叔父と同室なのを嫌がっていたが、そういうお年頃なのだろう。
 
 彼らに言われたとおり、メルヴィーン商会には、事前にカマルが行くことを伝えていない。あとでトールも合流するのだけれど、それも黙ったままだ。
 サリーは別行動で、先に家へ帰ってきているようだった。
 私たちも、メルヴィーン商会へ向かうが、カマルはなぜか平民の格好を継続していた。
 お客さん連れなので、屋敷の正面入り口に回ると、困惑顔の警備員さんに止められる。

「東の裏口から入ってください、困ります」
 
 やはり、駄目だったようだ。
 やり取りを見ていたカマルが、不思議そうに首を傾げる。

「どうして、裏口に回るのかな?」
「私、継母に正面入り口からの出入りを禁止されているの。屋敷から出ること自体が、ほとんどなかったんだけど。ごめんね、カマルも平民の子供だと思われているみたい」
「気にしないで。黙っているようにお願いしたのは、僕のほうなんだから。それにしても、アメリーはどこへ向かっているのかな? どんどん庭の方へ進んでいるけど」
「私の部屋だよ」

 そう言って、私が指し示したのは物置小屋だ。狭いけれど、こまごまと改良したので、少しは人間が暮らせる状態だった。
 平民姿のカマルをドリーが受け入れるとは思えないので、呼ばれるまでここで彼に待ってもらうことにする。
 カマルは絶句しているけれど、部屋を拡張する魔法を使えば、彼にも入ってもらえるだろう。

「ごめんね。身分が内緒だと、継母が客間に案内してくれないと思うから。外よりも、こっちの方が日陰になるし」
 
 本当は、カマルは外国のすごい貴族なのだ。
 本人が詳しく教えてくれないので、それ以上はわからないけれど。
 魔法で部屋を大きくした私は、比較的きれいな木の椅子にカマルを誘導する。

「お茶も出せなくてごめん」
「魔法アイテムを持ってきたから大丈夫」

 カマルが取り出したのは、最近魔法都市で流行っている「いつでも冷たい紅茶が飲めるポット」だ。前世の魔法瓶みたいな形で、際限なく紅茶が出てくる。紅茶の他にハーブティーバージョンや水バージョンなどもあった。けっこういいお値段がする。

「えっと、今、ティーカップを……」
「それも、持ってきたよ」

 鞄の中を探ったカマルは、部屋の内装を変える種を取り出して、物置の中心に置いた。
 すると、部屋全体が落ち着いた高級カフェ風になる。棚には、ティーカップなどの食器類も揃っていた。

「すごいね」
「『部屋の種』は、何個か買っておいたんだ。模様替えも楽しみたいし」
 
 ボロい物置が、高級な空間に変わってしまった。
 私の部屋が、こんなことになっているなんて、ドリーもビックリだろう。
 
 カマルとお茶を飲んでいると、ドリーの使いだという使用人が私を呼びに来た。
 同行すると言って聞かないカマルも連れて行く。
 
「嫌な思いをするかもしれないし、ここで休んでいていいよ?」
「だからこそ、行くんだよ」
 
 使用人が特に注意しないので、私はカマルを連れて屋敷に足を踏み入れた。
 通されたのは一番狭い客室で、主に業者の人たち用の部屋だ。家族として扱われないのには慣れているので気にしないけれど、カマルに申し訳ない。
 やってきたドリーは私とカマルを見下しつつ、煙管に火をつけた。
 彼女の後ろから、サリーも入ってくる。
 
「まったく、この家の主たる私に許可も取らず、どこの誰ともしれない他人を家に上げるなんて、どういう教育を受けたらそうなるのかしらね。やっぱり、あなたを魔法学校に通わせても無駄だわ」
 
 フゥと煙を私に向かって吐き出しながら、ドリーは目を細めた。
 自分たちで勝手に私を学校へ行かせたくせに、酷い言い草だ。
 おかげで、得たものは多かったけれど。

「その子とはどこで知り合ったの? どうせ魔法都市でしょうけれど、学園外で不純異性交遊だなんて、さすがあの女の子供だわ」
 
 ドリーは、私を貶めてあざ笑う。まあ、いつものことだ。
 けれども、彼女の後ろにいたサリーはカマルを見て青ざめた。

「お、お母様……彼は……!」

 しかし、ドリーはサリーの言葉を気に留めず話を続ける。
 
「アメリーの結婚前に変な噂が立ったら困るのよ。どうせ変態に売り飛ばすから関係ないけど、メルヴィーン商会の恥になるのは嫌。アメリー、今後は家の外に出るのは禁止よ! 結婚まで、物置で大人しくしていなさい。心配しなくても、来週には迎えが来るわ」
 
 特大の嫌がらせが成功して気分がいいのか、煙管を吸うドリーは満足そうな表情で私を見た。

「そうそう、最後だから素敵な秘密を教えてあげる。実は、メルヴィーン商会は、先日までアメリーのものだったのよ? 法律を知らないあなたに言っても無駄でしょうけど、あの男は忌ま忌ましいことに、死に際にあなたへ商会を渡したの。だから、私へ権利を譲渡するように手続きして、先日ついにメルヴィーン商会は完全に私の持ち物になった。だから、あなたのものは、もう何もないの」
 
 ドリーは、野心に目をぎらつかせている。彼女の話は、カマルに知らされた内容と同じなので、驚かずにすんだ。

「長かったわ。ライザー・メルヴィーンは私を蚊帳の外に置いて、自分の実験ばかり……サリーを生んだのは私なのに! でも、ざまあないわね。あの男の持ち物は今、全部私が持っているの!」
 
 愉快でたまらないというように高笑いを続けるドリー。今の彼女の目には、可愛いサリーも映っていないようだ。
 だが、サリーも黙っていない。
 
「お母様、アメリーはともかく、彼に雑な対応をされては困るわ! 平民の格好をなさっていらっしゃるけど、この方は砂漠大国の王子なのよ! 同じヨーカー魔法学園の生徒なの! あそこは、うちの取引先でもあるでしょう?」
 
 サリーに言われて、ドリーは急に笑いを引っ込めた。
 
(というか、砂漠大国の王族って、どういうこと? カマルは外国出身の、ただの貴族だと思っていたのに)
 
 引きつった顔で、ドリーはサリーと会話している。

「まさか、そんな相手がアメリーなんかと一緒にいるわけがないわ」
「本当なのよ。ああ、カマル様、申し訳ありません……気の利かないお姉様が、事前に連絡してくださらないものだから」
 
 サリーの態度を見て、ドリーは自らの失態を悟ったようだ。慌てて煙管を置いて弁解した。

「申し訳ございません! 私ったら、なんて失礼な真似を。アメリーなんかと一緒におられるから、てっきり」
 
 そして、恥をかかせたと、私をにらみつけるのも忘れない。

「アメリー! お前という人間は、ここまで馬鹿だなんて! この方は砂漠大国の王族なのよ!? ろくに客の案内もできない、失敗作のお前なんかと一緒にいていい相手ではないの! 今すぐ離れなさい!」

 百八十度異なる笑みを浮かべ、カマルににじり寄るドリー。

「カマル様、一番よい部屋へご案内しますわ。無礼なアメリーには、あとでよく言って聞かせます。いくらでも罰していただいても構いませんわよ」

 かなり露骨だが、ドリーの行動なので今更気にしない。
 驚いたのはむしろ、いつも優しいカマルが、氷のように冷たい目でドリーとサリーを見ていることだった。
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