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しおりを挟む一 ある日、継母と妹に家を乗っ取られまして
茶色い岩山に囲まれた地方都市――その中央に建つ広大な屋敷は、思い出の詰まった私の大事な生家だ。
けれど、それは過去のこと。
濃紅色の秋薔薇が咲き誇る広い庭の一角で、すり切れたワンピースに身を包んだ私――アメリー・メルヴィーンは、両手を強く握りしめていた。
栄養不足でひび割れた皮膚に、汚れた薄い爪が食い込む。
目の前に立つのは、血のように真っ赤な口紅を引き、一目で高級とわかるドレスを纏った緑髪の妖艶な美女。そして、彼女と同じく綺麗なドレスを着込んだ美少女。
私の継母、ドリー・メルヴィーンと、彼女の実子のサリー・メルヴィーン。
二人は、二年前の同じ日に、この屋敷へやって来た。
「アメリー、ヴルスレ商会のご子息から、婚約破棄の連絡が届いたわ。理由は、『婚約者は妹だと思っていたのに、姉だなんて聞いていない』からだそうよ。『姉の方なら、お断りだ』ですって。これで、何人目かしらねえ?」
うなだれる私を見下ろすドリーの前に、白いレースの塊が飛び出す。
「お母様、私、知っているわ。五人目よ」
ふわふわしたスカートをつまみ上げ、上目遣いで答えるのは妹のサリーだった。
無邪気な緑色の瞳が、得意げに母親へ向けられている。とんだ茶番だ。
「まあ、サリーは、どこぞの愚図と違って賢いわねぇ」
チラリとこちらに鋭い視線を送るドリー。言うまでもなく「どこぞの愚図」とは私のこと。
「普通にしていれば、婚約破棄なんてされないはずなのに。アメリーは器量も頭も悪いし、全てにおいてサリーの足下にも及ばない」
「……っ」
理不尽な内容でけなされ、悔しさから唇を噛んだ。口答えをしても話が長引くだけなので、ここは黙っているに限る。
私の婚約者をいつも勝手に決めるのはドリーだ。
彼女は、サリーに好意を寄せている男性ばかりを選んで、私と婚約させる。
ことあるごとに、ドリーは、「前妻の子」である私を、自分の鬱憤晴らしに利用していた。まるで、亡き母への恨みをぶつけるかのように。
逃げ出したい、けれど逃げられない。だって、私はまだ十二歳だ。
外に出たところで、子供一人が生活する手段なんてなく、路頭に迷うのが目に見えている。
沈黙を貫いていると、この状況に飽きたらしいサリーが、ドリーをなだめにかかった。
「まあまあ、お母様。そんなに責めたら、お姉様が可哀想だわ」
「サリーは優しいわね。こんな低魔力の失敗作を庇うなんて」
暴言の嵐に耐えつつ、私はドリーの説教から解放されるときを待つのだった。
私には日本人だった前世の記憶が少しだけある。詳しくは覚えていないが、たしか高校生くらいだったと思う。そんな私が生まれ変わり、今現在暮らしているのは森林小国エメランディア。大陸の南端に位置する緑豊かな国だ。
人々は皆魔力を持ち、それを自在に扱うことができる。保有する魔力の総量に個人差はあるものの、血液と同じく、目に見えない力が体内を流れているのだ。
とはいえ、厳密には誰もが魔法を使えるわけではない。
エメランディアで魔法を扱えるのは、魔法学校へ通える特権階級の王侯貴族と、魔法に精通した家庭教師を雇える超富裕層のみ。
普通の平民は私を含め、魔法道具に魔力を流すことはできるが、魔法自体は扱えない。
魔力を持っていても、使い方がわからないのでは宝の持ち腐れだった。「学のない平民が、魔法を暴発させてはいけない」という、お上の配慮らしい。
本当に暴発を心配しているなら、基本的な扱い方を最低限国民に示すべきだ。
そうとは知らず、平民が魔法事故を起こす例もあるのだから。
とはいえ、最近では裕福な平民宅で「個人で家庭教師を雇い、魔法の勉強をする」という例も増えつつある。
そして、少し前に、国王から新しいお触れが出た。
内容は、王族や貴族が通う魔法学校に「平民特別枠」が設けられ、「才能溢れる平民」の入学が許可されるというもの。
これにより、国に「将来役に立つ」と目をつけられたり、「指定された難関試験を突破」したりした少数の平民は、魔法学校で学ぶことを許されるのだ。
時代の流れというより、単に魔法使いが不足しているのだと思う。
いずれにせよ、魔力がほとんどない私には無関係の話。
でも、日常生活が不便だとは感じない。魔法道具を使えば、料理はできるし風呂にも入れる。
私の実家――メルヴィーン家は、エメランディア国内で知らぬ者はいないと言われるほど大きな商会を営んでいる。
もとは小さな薬問屋から始まり、徐々に規模を拡大して、今では薬全般を扱う一大勢力となり、国からも支持されていた。
トップは、ライザー・メルヴィーン。厳しく寡黙な、私の父だ。
ただ、母を亡くしてから、彼は何を思ったのか、家に愛人とその娘を呼び寄せてしまった。
二年前の今日、自宅の玄関に見知らぬ母子が現れた日のことを私は忘れない。
広いホールにたたずむ、大きな鞄を抱えた美女と私と同じ年頃の美少女。さらさらと流れる絹のような、二人の淡い緑色の髪と瞳が印象的だった。
つり目がちな女性は、上気した顔で屋敷内を見回し、少女はそんな母親にぴったりとくっついている。そして、ときおり、父に甘えるような視線を向けた。
あの子、何をしているの……? お父様も微笑んでいるし、どうなっているの?
彼女たちに接する父の態度は、私に対するより優しく気安く――二人を前にしてざわざわと胸が騒いだのは、本能的に危機を感じ取っていたからかもしれない。
だから、私は父に尋ねたのだ。
「お父様、この方たちは誰?」
馴れ馴れしい二人を庇うように立つ彼は、驚くべき答えを返した。
「お前の新しい母親のドリーと、妹のサリーだ。今日からこの家で暮らす」
「えっ?」
聞いた瞬間、私は思わず自分の耳を疑った。
母が亡くなって約一年、私は一度たりとも父以外の家族が欲しいなどと口に出していない。
そのような存在は不要だし、他人を家に入れたくない気持ちが強かった。
「アメリーもまだ子供。母親が必要だろう。サリーとは半分血が繋がっているし、仲良くしなさい」
私は父を二度見した。ちょっと、待って欲しい。
サリーと半分血が繋がっているのが事実なら、父とドリーは、そういう間柄だったということ。しかも、サリーと私の年齢は同じくらい。
それはつまり、父が母と結婚し、私が生まれてすぐ、あるいは生まれる前から、二人の間に関係があったということだ。
衝撃の事実を知り、父に嫌悪感を抱いた私は、彼にすり寄るドリーやサリーと、それを受け入れる父にさらなる不安を覚えた。自分への態度と、あまりにも違いすぎる。
父が、私に優しく微笑んでくれた記憶なんてない。彼は私に対して、いつも厳格だったのだ。
メルヴィーン商会の娘に必要な教育なのだと、私はどんな理不尽も甘んじて受け入れた。聞き分けも良く、父の望むように行動してきたつもりだ。
けれど、どんなに努力しても、彼は私を認めてくれなかった。
それなのに……どうして、あの子には優しく接するの?
でも、我が家の絶対君主たる父の決定は、決して覆らないと知っている。反抗するだけ無駄だ。
私が父に失望している間に、ドリーとサリーはさっさと屋敷へ上がり込んでしまい、今は亡き母の部屋に住み着いた。
翌日から親子四人での生活が始まったけれど、それは予想通り私にとって辛いものだった。
ドリーはあからさまに私を邪魔者扱いし、父は彼女を注意しない。
両親の愛情を一身に受けるサリーは、天真爛漫な笑みでメルヴィーン家の中心的存在となっていた。
愛くるしい美少女は、家族だけではなく近所の住人や従業員にも大事にされている。
サリーは私に懐かず、従業員の子供や近所の子供と一緒に遊んでいた。不思議と、彼女の周囲には人が集まるのだ。
反対に、私の周りにいた人々は波が引くように減っていった。
無知なサリーはときに残酷で、「お父様は私を世界一可愛いと言ってくれたの」や「従業員の皆は、私が商会を継いだらいいって言ってくれたわ」などと言いふらす。
……私もメルヴィーン家の娘なんですけど。
彼女の悪気ない言葉に私は深く傷ついた。もう、自分が誰からも必要とされていないように感じられた。家族が揃っているはずなのに、孤独は増していく一方だ。
その間にも、サリーの奔放な発言はエスカレートしていくが、両親は彼女を放置した。「いいんだ、この子は特別な子だから」と。
徐々にそれが「サリーの持つ希少な能力」に起因するものだとわかってきた。
サリーは他人と比べて、魔力の総量が桁違いに多いのだ。
さらに魔力の質も珍しく、国内では幻と言われる「癒やし」に向いている種類なのだそう。
魔法を使う者は、魔力の質を重要視する。質によって魔法の得意分野が分かれるからだ。
苦手分野の魔法も使えないわけではないけれど、威力は低いし消費する魔力量は増えるので、普通は敢えて選ばない。
どうして、そんな話を私が知っているかというと、サリーが読んでいた本を盗み見たからだ。
父はサリーを甘やかし、様々なものを買い与えていた。
ちなみに、私の魔力は微々たる量で、ありふれた質。才能がなさすぎるので諦められ、魔法に関する教育は受けていない。
とにかく父曰く、サリーは将来、国を担う人材になる可能性が高いから、大事に扱えということだった。
父はサリーを使い、国の中枢と、より強固な繋がりを得たいのかもしれない。
美少女で明るく、特別な才能を持ち愛されて育ったサリーは、日に日に私の居場所を侵食していった。
一年後――父が過労で他界してから、状況はますます悪化する。
ドリーの完全独裁下に置かれた屋敷で、私は部屋を奪われ外へ追い出された。
新しい住み処は庭の隅に建つ物置小屋だ。食事も出されず、本格的なネグレクトが始まった。
物置には冷暖房の役割を果たす魔法道具がないため、夏と冬は輪をかけて厳しい生活になる。特に冬は、地獄の寒さだ。
水は散水用の魔法道具から汲み、トイレは庭師用のものを借りた。
ドリーはとにかく、私が屋敷に入るのを嫌い、許可なく立ち入ることを許さなかったのだ。
栄養失調から、私はだんだん痩せ細っていった。
あまりの扱いに耐えかね、商会の人間や使用人、街の人に助けを求めたことがある。
けれど、皆、父亡きあとの経営者であるドリーの機嫌ばかりを窺い、私の訴えを無視した。
気づいたときには手遅れだった。
狡猾なドリーは、毒を含んだその根を、そこら中に張り巡らせていたのだ。
状況を知っているであろうサリーも、私のためにわざわざ動こうとはしない。いつものことだ。
何かを買って食べることも考えたが、私が所持している現金は少ない。使い切ってしまえば、それで終わりだ。いざというときに備え、なるべく減らしたくない。
仕方なく、叱責覚悟で屋敷の台所に侵入して食べ物を盗み、飢えをしのいだ。
私とは対照的に、ドリーやサリーは、豪奢なドレスを着込むようになり、商会主催や取引先の、ときには貴族のパーティーへ出かけていく。
この頃にはもう、メルヴィーン商会において、私はいないものとして扱われていた。
※
私の運命が変わったのは、澄んだ日差しが物置の窓から差し込む冬の――誰にも祝福されない誕生日の朝だった。
その日、メルヴィーン商会に、国からの使者がやって来たのだ。
もちろん、使者の目的は、私の誕生日を祝うことなどではなく、同い年の妹で才能溢れるサリーに会うことだった。
彼女の類い稀な力に興味を持った国王が、王都にある国内最高峰の魔法学校「ヨーカー魔法学園」への入学を打診したのだそう。
かつて父が口にしたとおり、サリーは国の将来を担う人材だと期待されている。
「そういうわけで、ぜひ、サリー様にヨーカー魔法学園へお越しいただきたいのですが!」
「あらあら! それは、なんと名誉なことでしょう! サリー、聞いた?」
玄関の前で高らかに話す使者の声、そしてはしゃぐドリーの声は、物置でうずくまる私の耳にまで届いた。このぶんだと、ご近所にも響いていそうだ。
「まあ、私には関係のないことだけれど……」
無駄な体力を使わないため、日中はじっとしている。それでもお腹は減るのだから、困ったものだ。
特権階級の子女は、十三歳になると本格的に魔法を学ぶため魔法学校へ通い始める。
外国に本部を持つ「ヨーカー魔法学園」は、国中でも魔力、家柄共にトップクラスである一握りの人間しか入学が許されない特別な場所だった。
幼少期から高度な教育を受け、入学時に魔法の基本内容をマスターしているようなエリート向けの学校だ。
いくらお金持ちで多少の影響力を持っていても、メルヴィーン家は地方の平民。
ドリーがサリーに一般教養と魔法の家庭教師を雇っているけれど、その質は王都の貴族たちとは比べものにならない。
使者から説明を受けたドリーは、大喜びでサリーの入学を即決した。
その後、使者たちは屋敷で歓迎され、祝いの席には私も参加させられる。
王都の使者の目を気にしたドリーが、物置から私を無理矢理呼び出したのだ。
豪奢な衣装を身に纏い、化粧を施したドリーやサリーに対し、いつもの古い服を着たまま、身だしなみを整える暇さえ与えられなかった私。これは酷い……!
この場で明らかに浮いているにもかかわらず、それを指摘する人間はいない。
気まずすぎて、使者に囲まれての食事は味がしなかった。
「それにしても、サリー様の才能は素晴らしい」
「でしょう、でしょう? 自慢の娘ですの! 魔法学校でも活躍すること間違いなしですわ!」
「はっはっは、それは楽しみですな」
使者とドリーは、話に花を咲かせている。しかし、当のサリーは顔を曇らせており、乗り気ではない様子。ややあって、彼女は迷うように桜色の唇を開いた。
「ごめんなさい。私、王都でやっていく自信がありません。家を出て一人だなんて、寂しいんですもの」
予想外の言葉に、使者もドリーも揃って慌てだす。
「サリー様、大丈夫ですよ。学校で新しいお友達ができます」
「そうよ、サリー。最高峰の魔法学校へ行くチャンスを蹴るものではないわ。普通なら、とっても難しい試験を受けないと入学できないのよ?」
必死に娘を説得するドリーだが、サリーは浮かない表情のままだ。
良い話なのに、何を迷っているのだろう。
サリー一人に、大人たちが振り回されている。
「で、でしたら、ご姉妹で一緒に入学されてはいかがですかな?」
慌てる使者の提案を聞いて、サリーは顔を上げた。
「あなたの姉である、アメリー様も一緒に入学すればいいのです。確か、二人の年齢は同じのはず」
「……そんなことが、できるのですか?」
きょとんと首を傾げたサリーは、何かを考えるそぶりを見せる。
「平民特別枠をご存じですか? 優れた才能を持ちながら、魔法教育を受けられない平民を救済する制度なのですが」
「ええ、知っています。平民でも魔法教育を許され、高額な学費が免除されるのですよね。でも、魔法学校によって、入学できる人数が決まっていると聞きました。ヨーカー魔法学園は、少なかったはず」
「おっしゃるとおりです。今年の『ヨーカー魔法学園』の平民特別枠は三人。サリー様とアメリー様は、その特別枠で入学すれば良いのです。本来であれば、サリー様のみの入学となるところですが、特別措置として姉君の入学も許可しましょう。サリー様は、未来のエメランディアに必要な方ですからな」
胸を張る使者の言葉に、目を輝かせるサリー。
しかし、ドリーは不機嫌なオーラを出している。それはそうだろう。
彼女は私が魔法学園に入学することが、面白くないはずだ。
「お言葉ですが、使者様、アメリーに魔法の才能はありませんわ。普通以下の魔力しか持たず、魔法知識もゼロ。こんな子が魔法学校へ行くなんて許されません」
継母の言うことはもっともで、私も彼女の意見に心の中で同意した。
全く魔法の才能がないのは事実。無理をして入学しても、授業についていけない。
「その上、アメリーは、性根が卑しく素行も悪い子で。恥ずかしくて、とても外へ出せませんわ。今日だって、使者の方が来るというのに、このような格好で……」
無理矢理連れてきたくせに、ドリーはめちゃくちゃなことを言う。
薄汚れた古い服しか持っていないが、私だって時間があれば着替えたかったし、髪も整えたかった。
「しかしですね、ドリー様。サリー様の才能は貴重なものなのです。何に代えても入学していただかなければ、我々が国王陛下からお叱りを受けてしまいます」
だから、才能がなく素行の悪い姉の裏口入学くらい問題ないと言いたいらしい。
誰も私の意見を聞いてくれない。辛い……
そもそも、私は魔法学校になんて行きたくないのだ。
他の生徒の入学枠を奪って学校に入っても、魔法が使えず肩身の狭い思いをするのは私だし、そのせいで実力を持ちながら入学できない生徒が出てしまう。
ズルをしての裏口入学、駄目絶対!
けれど、サリーは急に嬉しそうな表情を浮かべ始めた。
「まあ、お姉様が一緒なら、心強いですわ!」
なんで? どうしてそうなるの? 何が目的なの⁉
サリーと私は仲の良い姉妹ではないし、私が行ったところで寂しさは紛れないと思う。
むしろ、お荷物が増えて困るのではないだろうか。
しかし、彼女の言葉を聞いた使者は、私の意見を尋ねることなく喜びの声を上げる。
「ありがとうございます、サリー様! ご決断いただき、嬉しい限りです!」
それから、まるで汚いものを見るかのように私を一瞥した。
……実際に今の私は、浮浪児そのものの格好だけれどね。
「とはいえ、才能も持たず努力もしない人間には、退学処分が待っております。アメリー様には、頑張っていただかねばなりませんな」
そんなことを言われても、どうしようもない。
頑張ったところで、ヨーカー魔法学園に通う優秀な生徒に追いつくなんて無理だ。
青くなる私と同時に、使者の言葉を聞いたドリーの表情にも変化が表れる。真っ赤な唇が、何かを企むように、ゆっくりと弧を描いた。続いて、ドリーは猫なで声で話し始める。
「まあ、さすが使者様ですわ。学校で正当に評価をしていただけるのなら、問題ありませんわよねえ。アメリーの腐りきった性格も、治るかもしれません」
どう考えても、問題大ありだ。
退学の話が出た途端、ドリーの機嫌が良くなったのも怖い。絶対に、良からぬことを考えている!
「ふふふ、アメリー、真面目に学生生活を送るのよ? 何が起こっても、家に出戻ったりしないでちょうだいね。今でも問題児なのに、ご厚意で入学させていただいた学校まで退学になったら……いくら私でも手に負えない。メルヴィーン家に置いておけないわ」
いろいろ言っているけれど、要は「二度と家に戻ってくるな」ということである。
……これを機に私を追い出すつもりだな。
裏口入学の末に退学処分を受けたら私は、その後、どうやって生きていけばいいのだろうか。
学校にも家にも戻れないとなると、野垂れ死ぬ未来しか思い浮かばない。
このままではまずい。何がなんでも入学を阻止しなければと、私は使者に向き合った。
「申し訳ありませんが、私は入学を辞退します。私の魔力は低いですし、魔法に関する教育も受けておりません」
誰が考えても、私は国内最高峰と謳われるヨーカー魔法学園に相応しくない。
けれど、周囲の人々は私の発言に眉を顰めた。特に顕著なのがドリーだ。
「お黙りなさい、アメリー‼ 使者の方に意見するなんて、どこまで身の程知らずなの⁉ お前の意見なんて、誰も聞いていないのよ!」
「でも、私は……」
「一体、何が不満なの? なんの取り柄もない愚図が、一瞬でもヨーカー魔法学園に通えるだけでも、ありがたいと思いなさいよ!」
私の退学は、継母の中で決定事項のようだ。隣にいたドリーが、怒鳴るついでに私を押したため、椅子ごと床に倒れてしまう。私は固い木の床板に強く体を打ち付けた。
「……っ!」
私を見下ろしたドリーは、赤い唇をゆがめて嗤う。新たな嫌がらせを楽しんでいるようだった。
こんな状況だというのに、にこにこ微笑みながら椅子に座っているサリーは、何を考えているのか読めない。
わかっていたことだけれど、誰も私を助けなかった。
立ち上がって、倒れた椅子を起こしていると、使者が私に話しかける。
「こんな好待遇を断るなんて、変わった方ですね。サリー様のおかげで、あなたのような末端の凡人が、一生目にすることのない場所へ行けるのです。それを拒否するなんて、妹君が可愛くないのですかな?」
話している内容が、ことごとく失礼だ。
使者に同調したドリーも、一緒になって私を責め続ける。
「そのとおりよ! それとも、サリーに嫉妬しているのかしら? あなたは、何もかも、サリーより劣っているものね!」
ドリーの言葉を聞いたサリーは、涙ぐみ始めた。
「私、私、お姉様と一緒に魔法学園へ行きたいだけなのに。お姉様と仲良くしたかったのに」
え、私が悪者なの⁉
一体、どの口がそんなことを言うのか。
サリーは私がドリーに虐げられていても、周囲から酷い扱いを受けていても、一度もそれを気に留めなかった。
笑顔で、なぜ私が物置に居を移したのかさえ気にせず、スルーし続けてきたのだ。
半分血の繋がった姉のことなど、欠片も興味がなかったのだろう。いっそ、清々しいほどに。
私が空腹で苦しみ、サリーに助けを求めたとき、彼女は「そんなはずないわ」と首を傾げるばかりで食べ物を恵んですらくれなかった。
「とにかく、国のためには、一個人のくだらない嫉妬など考慮できない。あなたには、サリー様と一緒に学園へ通ってもらう!」
使者の一声で、私の魔法学園行きが決定した――裏口入学だ。
覆す術などない。発言力のない私が、いくら拒否したところで無視される。
――春になったら、強制的に王都行き。
その日のことを考えるだけで憂鬱だった。
もちろん、ドリーは「私が学園へ行くための家庭教師」などつけないし、入学しても実力不足で浮くこと間違いなしだ。
サリーの授業にも、一緒に参加させてもらえない。
一度侵入しようとしたが、あえなく見つかりドリーに家からたたき出された。
継母は、意地でも私を退学処分にしたいらしい。
自力で教師を探そうにも、私には伝手も、自由に使えるお金もない。近所に魔法使いもいない。ないないづくしだ。
地方で魔法を学ぶには、限界がある。
とりあえず、用済みになって捨てられたサリーのノートなどを物置に持ち帰り、独学で魔法を出すことに専念する。出る気配すらないけれど。
私の魔法学園行きの前には、大きすぎる暗雲がたれ込めているのだった。
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