継母と妹に家を乗っ取られたので、魔法都市で新しい人生始めます!

桜あげは

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1巻

1-2

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   ※


 冬が過ぎ春が来て、とうとう私とサリーの入学時期が訪れてしまった。
 あれから、なんの対策もできないまま、私は王都行きの馬車に揺られている。
 地方には、移動に便利な魔法道具が普及していないので、馬車に乗ることが多い。
 向かいに座るはずだったサリーは、御者の少年と仲良くなったらしく、なぜか御者台から戻ってこない。あれだけ「寂しい」と口にしていた割に、私を放置している。やはり、あれは方便だったのだ。特に話題もないからいいのだけれど、なんかこう……モヤモヤしてしまう。
 私が住む地方都市グロッタは、周囲を岩山に囲まれた大きめの街だ。魔法道具作りに必要な原材料を加工するなど、製造業が盛んである。
 王都までは、二日の距離。馬車のままだと遠いけれど、グロッタから一番近い地方都市レルクに、王都の学園へ飛ぶ魔法陣があるらしい。
 父が生きている間はろくに家から出されず、亡くなってからは物置生活を続けていた私は、グロッタ以外の街を知らない。窓の外に広がる景色は初めてのものだった。
 岩山を越え、小さな森沿いの街道を通り、手配された宿に一泊する。
 サリーは広くて綺麗な部屋、私はボロくて安そうな部屋だった。
 待遇の差は慣れているから構わない。物置とは違い、ベッドが置いてあるだけで万々歳だ。
 特に問題が起こることなく、翌日に一行はレルクの街へたどり着いた。

「レルクは、湖のほとりにある大きな街です。グロッタで加工された原材料を使い、魔法道具のパーツを作っているのですよ。近頃は外国から製品を買い付けに来る客もおります」

 使者がサリーに説明している。
 彼女の周りは、使者や御者や、物珍しさに集まってきた街の人々で溢れていた。

「見て、あれが噂のメルヴィーン商会の娘よ。国王陛下が直々に『ヨーカー魔法学園へ入学するように』と使者を派遣されたのですって」
「新聞に書かれていたとおりだわ。美人な上に、たぐまれな才能の持ち主だなんて。すごいわよねえ。もう一人の子は……使用人かしら?」

 サリーの噂はレルクでも広まっており、街の人々はサリーを歓迎した。
 対する私は一人でぽつんと放置。慣れているから平気だ。
 この旅の唯一良いところは、使者からお小遣いがもらえること。
 屋敷では自由に使えるお金がなく、物置にある品を勝手に街で売り、わずかな小遣いを稼いでいた。商会の娘らしくないからか、すんなりと換金できたけれど、ドリーにばれないかといつもヒヤヒヤしていたっけ。

「ああ、お肉を食べたの、久しぶり」

 露店で販売されている串刺し肉を頬張りながら、私は一人で人生初の観光を楽しんだ。
 観光地というわけではないが、グロッタとは異なる雰囲気で面白い。
 残りの小遣いは、もしものときのためにとっておく。
 いつものことだが、ドリーは私に一切の旅費および生活費をくれない。
 学費は免除されるが、制服や授業で使う道具などは、全部自分で買わなければならないはずだ。
 食費を削り、家を出る日を夢見て物置にため込んでいた全財産と小遣いだけで足りるかどうか……不安で仕方がなかった。



   二 魔法学園入学と運命の出会い


 レルクの街を観光したあと、私たちは湖沿いにある円筒状の建物へ入った。
 ヨーカー魔法学園が所持する建物の一つで、中央に転移の魔法陣が設置されている。ここから、魔法学園へ行くことができるのだ。
 塔の中は広く静かで、話し声がよく通る。

「それでは、順番に魔法陣の方へ」

 使者に言われるまま靴音の響く固い床を進み、紫の光を放つ陣へ足を踏み入れる。
 すると、まばゆい光に全身が包まれ、一瞬あとには見知らぬ場所に移動していた。

「ここが、ヨーカー魔法学園?」

 目の前には、先ほどの建物より、さらに広く大きな空間が広がっている。
 ガラスの天井から光が降り注ぎ明るい。壁にはつたい、床には木が植えられている。変な場所だ……


 静謐せいひつな空気に包まれた部屋の中で立っていると、ピピピ、チチチと小鳥の鳴く声がした。

「さあ、サリー様。到着しましたよ! ヨーカー魔法学園の内部です。ひとまず、ここの代表に挨拶をしましょう」
「ふぅん? わかったわ」

 時刻は昼過ぎ――
 使者に案内された私たちは、学園の責任者――分校長に会いに行く。
 ヨーカー魔法学園は他国に本部を置く特殊な魔法学校で、エメランディアにあるのは分校だ。
 本校が置かれている国は魔法大国ガーネットと呼ばれ、エメランディアとは比べものにならないほど、魔法が発展しているらしい。
 ヨーカー魔法学園本校の責任者は「本校長」、世界各国にある分校の責任者は「分校長」と呼ばれている。その上にいるのが、全てをまとめる「学園長」だ。
 一同は廊下を進み、「分校長室」と、プレートのかかった銀の扉を開く。
 部屋の奥、中央の椅子に分校長は座っていた。ふくよかな中年女性だ。
 椅子に座った分校長は、いかにもな教育者というよりは、お金持ちのマダムのような見た目。
 チェーンつきで目尻側がとがった銀縁眼鏡に、たくさんの石がついた指輪。ひっつめにしてシニヨンに結った茶色の髪が特徴的で、ぽっちゃりした体には、魔法使いらしい薄紫色のマントを羽織っている。
 そして、部屋の中には、分校長以外の人間も待機していた。
 私とサリー以外の平民特別枠の生徒だ。
 青色の髪を立てて黒いバンダナを鉢巻き風に巻いた、なかなかロックな出で立ちの少年である。
 難関試験を通り抜けた平民生徒なら、私とは違い、とても優秀に違いない。
 前に進み出た使者が、私やサリーを分校長に紹介する。

「分校長、彼女が例のたぐまれなる魔力と、『癒やし』の才能を持つ少女、サリー・メルヴィーン様です」
「あらまあ、二人いるけれど……どちらが?」
「緑髪の方がサリー様で、黒髪の方はその姉に当たります。今回、サリー様が『一人では心細い』と言われましたので、特別枠を使って彼女の入学を許可しました」

 使者が説明した途端、隣からビシバシと鋭い視線が飛んできた。
 見ると、バンダナ少年が私ににらみをきかせている。彼からは明確な敵意が感じられた。
 ……そりゃあ、面白くないよね。
 実力もないのに妹に便乗して裏口入学だなんて、恨まれても仕方がない。
 平民特別枠は、魔法の潜在的な才能やある程度の教養がないと得られないのだ。
 それだって、他の子供との枠の奪い合い。
 早くも罪悪感でキリキリと胃が痛くなってきた。
 でも、私だって生活がかかっている。
 魔法学園への裏口入学が正式に決定したあと、冷静になって考えた。
 家の物置で、ドリーと二人の暮らしで、果たして生きていくことが可能なのだろうかと。
 物置生活は、一年程度だからなんとかなった。でも、この先は……?
 身の回りに、売れるものはなくなった。
 厨房の監視が厳しくなり、食べ物を持ち出しにくくなった。
 結婚に逃げる方法も模索したけれど、継母が私に良い縁談を持ってくるなんてあり得ない。嫌がらせ以外は期待できない。結婚して実家を出て、幸せに暮らすのは不可能だ。
 この一年で嫌というほど学んだ。
 私が大人になるまで過ごすのに、衣食住が整った魔法学園は格好の場所……
 たとえ、全く歓迎されていなくても。ここでなら、生きていける。
 自身に言い聞かせていると、分校長が愛想のいい声を上げた。

「ようこそ、サリー・メルヴィーン。あなたを待っていたわ」

 椅子から立ち上がった分校長はほがらかな笑みを浮かべ、サリーに近寄り彼女をハグする。
 私ともう一人は置いてけぼりだ。

「あなたたち二人は、行っていいわよ。授業に必要なものは、今から渡す紙に書いてあるわ。入学式は明日だから、今日は客室に泊まってちょうだい。平民特別枠以外の生徒は、王都に宿を取っているか、自宅から来るから明日会えるわ」

 分校長がポンポンと二回手を叩くと、二匹の大きな猫が現れた。
 普通の猫の三倍はある茶色と灰色の猫で、口にはそれぞれ手紙をくわえている。
 茶色猫がバンダナ少年に、灰色猫が私に近づいてきた。

「ミャーン!」

 足下に手紙をポトリと落とした猫たちは、ついて来いと言わんばかりに歩きだす。
 手紙を拾った私は、慌てて灰色猫のあとを追った。
 二匹の行き先は途中まで同じのようで、少年と並んで歩くのが気まずい。
 もらった手紙を読みながら進むことにした。
 壁に取り付けられている魔法道具のランプが、ぼんやりと廊下を照らしている。
 ランプだけではない。この学園、魔法道具だらけだ。
 勝手に文字を表示する案内板や、持ち手がいないのに掃除をするほうき
 魔法を使える人間でも、日常生活では魔法道具に頼ることが多いようだ。魔法が使えなくても大丈夫な仕様だと安堵する。
 なんせ、私の魔力は少ないし性質も平凡だ。授業を受けたところで、できることは限られる。
 なるべく考えないようにしていたけれど、将来だって不安だらけだ。
 魔力や才能重視の戦闘職には就けないだろうし、細かい魔法制御や上質の魔力が必要とされる医療職も無理。
 エメランディアの魔法使いが就く医療職は、サリーの得意とする「癒やし」の魔法を使えない。その代わり「切断」や「縫合」の魔法を使っての手術や、「魔法薬」で回復力を高める治療を行う。頭も良くないとなれない専門職だ。
 魔法道具職人は代々続く家業という場合が多く、よそ者は入りにくい業界らしい。
 全部、使者の人が言っていた。
 他にも様々な職種があるだろうが、魔法ド素人で世間にうとい私には想像がつかない。
 もらった手紙に目を通していると、さっそく見慣れない言葉が目に飛び込んできた。


〈入学までに、揃えるもの〉

 ・魔法学園指定:制服
 ・魔法学園指定:かばん
 ・魔法学園指定:浮遊靴
 ・魔法学園指定:教科書セット
 ・魔法式羽ペン:自動筆記型
 ・魔法紙ノート:魔法防御つき
 ・魔法媒体(任意)
 ・魔法鍋(任意)
 ・使い魔(任意)
 ・ボード


 任意のものは省くとして、授業開始までに必要なのは、学園指定の諸々に特殊な文房具類。
 そして、ボードだけれど……ボードとはなんのことだろう?
 説明はどこにも書かれていないし、想像もつかない。
 私はチラリと隣を見た。相変わらず仏頂面ぶっちょうづらの少年が黙々と歩いている。
 勇気を出して、声をかけてみよう。深呼吸をした私はバンダナ少年へ近づき、話しかけた。

「こんにちは。私、アメリーというの。よろしくね」
「……ふん」

 挨拶の返事が「ふん」とは斬新だ。けれど、この程度で引いてなるものか。
 気を取り直し、会話を続ける。

「ところで、手紙に書かれてあるボードって何か知ってる?」

 質問に対して、彼はあからさまに顔をしかめた。

「そんなことも知らないで入学したのか。信じられない。それで、よく魔法学園に行こうと思ったな。俺のように平民特別枠を狙う奴らは、情報や知識がない中でも自分なりに必死に学園や王都の魔法について調べているのに」

 彼の目が鋭く私を見据える。

「今年は平民特別枠が二つも潰れた。サリー・メルヴィーンの方はまだわかる。国に必要とされる特別な才能の持ち主なんだろ。でも、お前はなんなんだ? 身内のコネを利用して枠を潰して一人の平民の可能性を消した。実力もやる気もないくせに、不正に便乗入学をして恥ずかしくないのか?」
「……それは」

 予想はしていたけれど、周りの目に私は、ただの「不正裏口入学者」だと映っている。
 悲しいけれど、事実だ。
 サリーへの使者が来るまで、私は魔法に全く興味がなかった。もともと才能がないこともあり、自分には一生縁のない世界だと思っていたのだ。
 本当に、バンダナ少年の言うとおり。
 けれど、ここで辞退はできない。私にはもう、ここ以外に居場所がないのだから。
 あの家には戻れない。自立しようにも、私はまだ十三歳。いくら王都とはいえ、子供に就けるまっとうな職はそうないはずだ。
 私が生活していくためには、学園の世話になるのが一番いい。
 ここで少しでも手に職をつければ、仕事を得られる可能性が増える。
 文句を言われようと、さげすまれようと、ここで魔法を学ぶしか私に生きる道はない。
 ……今はそれくらいしか思いつかない。
 自分の命が惜しい私は、何があっても魔法学園にしがみつこうと覚悟を決めた。
 バンダナ少年は、私を無視してスタスタと先に歩いていってしまう。とりあえず、めちゃくちゃ嫌われているということがはっきりした。
 落ち込んでいると、灰色の猫が早くしろと言わんばかりに「ミャーン」と鳴く。

「あっ、ごめんね。今行くね」

 ボードについて尋ねるのは一旦諦め、私は大人しく猫についていくことにした。
 複雑に入り組んだ廊下を進み、こぢんまりとした庭を優雅に横切る猫。
 見失わないよう、早足で追いかけた。

「ま、待って……」

 渡り廊下の白い柱はつる植物の葉に覆われており、ところどころ赤い花が咲いている。
 地面は歩きやすいよう、石畳で舗装ほそうされていて、黄金の実がなる不思議な植物が植えられていた。芝生に覆われた庭の隅にはベンチが置かれ、細い水路に澄んだ水が流れている。
 渡り廊下の先には横長の建物があり、壁面に木製の扉がたくさん並んでいた。
 そのうちの一つの前で、灰色猫が足を止める。
 猫は、扉の横にあるクリーム色の板を見上げて鳴いた。

「ミャー!」
「え、板がどうかした?」

 不思議に思いながら触ってみると、板が白い光を放つ。
 続いてガチャッと音が鳴り、勝手に扉が開いた。魔法なのだろう……
 とりあえず部屋の中に入り、ベッドの隅に腰掛ける。

「ふぅ。やっと、落ち着ける」

 持ってきた荷物は、驚くほど少ない。というより、私の持ち物自体がほとんどないのである。
 着古した長袖の服が二着と、小物類。
 必要最低限の生活用品は、使者に渡されたお小遣いで、道中に購入した。
 次は、もらった手紙に書かれていたものを揃えなければならない。
 少ないけれど、自分でも、こつこつお金を貯めてきて良かった。暗くなるまで時間はあるし、入学式までに買っておこう。そこまで考え、私は重大なことに気づいた。

「でも……これって、どこに売っているんだろう? 学校の外かな?」

 手紙を読みながらうなっていると、再び猫が「ミャー!」と鳴く。
 先ほどと同じで、またついて来いと言っているようだ。
 外へ出ると、猫がてくてくと先導してくれる。

「今度は、どこへ行くの?」

 尻尾をピンと立て、来たときとは違う道を進んでいく猫。
 くねくねとした銀のつたう小道を抜け、ひときわ大きな白い建物の前へ出る。
 中に足を踏み入れ、タイルの貼られたホールを進むと、正面に「購買」と書かれた木の札があった。

「ここで買えってこと?」
「ミャーン!」
「ありがとう、人の言葉がわかるなんてすごいね。ヨーカー魔法学園の猫は、皆そうなのかな?」
「ミャー!」

 猫は「早く行け」と言うように、タシッと尻尾を床へたたきつける。
 くすっと笑った私は、小さく頷き、店の中へ入った。
 購買の机には文房具や魔法道具が、棚には薬の材料や謎の石などが置かれている。
 奥の壁には、楕円だえんけいに加工された木の板が立てかけられていた。
 学校指定の教科書と文房具を手にした私は、店の奥にいる女性を呼ぶ。恰幅かっぷくの良い、紫髪の中年女性だ。

「あの、すみません」

 ゆっくり振り返った女性は、私を見て優しい表情を浮かべる。
 こんな風に、他人に受け入れられたのは久しぶりだ。

「新入生の子? 初々ういういしいねえ」
「この手紙に書かれてあるものを買いに来たのですが」

 緊張しながら尋ねると、女性は身を乗り出し文字を確認した。

「どれどれ。教科書や文房具は今持っているもので大丈夫だよ。ボードは街でも売っているけれど、購買で買うのかい?」
「ええと、ボードについて、お伺いしたいのですが……私、魔法にうとくて、ボードがなんなのかわからなくて」

 バンダナ少年の言葉が頭をよぎり、情けなくて声が震える。こんなことすらわからない私は、本当に平民特別枠に相応ふさわしくない人間だ。
 けれど、女性は笑顔を崩さなかった。

「そうだったのかい、心配しなくて大丈夫。ボードというのは『飛行ボード』の略で、壁に立てかけているあの板のことさ。授業で空を飛ぶのに使うんだよ」
「あの板は、空を飛ぶ魔法道具なのですか?」
「いいや、板自体に飛ぶ仕掛けはない。魔法道具ではなく魔法媒体なのさ。飛行の魔法を補助する板と言えばいいのかね。魔法で自分の体を浮かせるよりも、物体を操縦してその上に乗る方が安定して飛行できるんだ。国によって媒体に使う道具は違うけれど、エメランディアでは木でできたボードが主流」

 私は壁際に移動して木の板を確認した。
 デザインはいろいろで、板が反っているものや平面なもの、模様の描いてあるものなど、合計十枚ほどのボードが置かれている。長さや幅も違うようだ。

「足を前後に開いた状態より、少し長いくらいがいいよ。購買の商品は標準的なボードで種類も少ないから、生徒たちの多くは王都の飛行ボード専門店で買ってくる。自分ちで職人を雇って特注ボードをオーダーメイドする子もいるけれど……」

 さすが国一番の魔法学校。お金持ちの割合が大きいのだろう。
 購買に置いてあるボードは一番安い品でも二万メリィもする。
 メリィというのはこの国の通貨で、一般庶民の月給が十五万メリィほどと言えば、どれほど高額かわかるだろうか。
 ちなみに、私が使者からもらったお小遣いは合計五万メリィ。
 教科書や文房具を買ったら、残り二万八千メリィ。制服代も必要だった。
 サリーはドリーに用意してもらったようだけれど、私は買ってもらえなかった。嫌がらせの延長だ。
 入学式までに自分で制服を揃えなければならない。制服は購買にも売られているが、その金額を見て私は目をいた。
 上着だけで五万メリィ!
 とうてい払えない金額だ。お金持ち学校はこれだから困る……
 今から節約しても、どうにもならない。入学する前に終了のお知らせだ。一瞬で決意を打ち砕かれた。青い顔になった私に気づいた購買の女性が、心配そうに声をかけてくれる。

「あんた、どうしたんだい? 大丈夫かい?」

 私は、無理矢理笑みを浮かべて言葉を返した。

「はい、大丈夫です。ボードって、結構高価なんですね」
「まあね、それなりの値段はするよ。もしかして、お金が足りないのかい?」
「……実は」

 私は、自分のふところ事情や制服のことなどを女性に相談した。
 彼女が話しやすそうな空気を出しながら尋ねてきたので、つい答えてしまったのだ。
 私の話を聞いた女性は、一緒になって悩んでくれている。

「なるほど、そうだったのかい。特別な才能を持った妹さんについて、平民枠でね」
「やっぱり、私はここに来るべきじゃなかったんです。身の程がわかりましたし、街に降りて仕事を探してみます。十三歳でも王都なら働き口があるかもしれないし。話を聞いてくださり、ありがとうございました」

 きびすを返して去ろうとすると、女性が「ちょいと待った!」と引き止めてきた。
 驚いて振り返ると、彼女は店の奥からほこりをかぶった箱を持ってくる。

「あんたの事情は理解できたよ。これを持っていきな」

 ほこりまみれの箱を開けると、中から古びたボードが顔を出した。

「うちの息子が使っていたものさ。中古だし小さめのサイズだけれど、あんたなら大丈夫だろう」
「いいんですか?」
「どうせ、誰も使わないからね。ほこりをかぶっているよりも、お嬢ちゃんに使ってもらえる方がいいよ。それから……制服はこっち」

 再び店の奥に行った女性は、今度は袋を抱えてきた。

「こっちは卒業生が寄付してくれた制服だ。毎年制服を買えない生徒に貸し出しているんだよ」
「そんな仕組みがあったなんて、知りませんでした」
「あんた、何も説明されていないみたいだね。メルヴィーン商会のお嬢さんだから、省略されたのかもしれないけれど」

 女性に言われ、私はとっさに顔を伏せた。
 金持ちの家の娘なのに、たかっていると思われただろうか。嫌な記憶が頭の中を駆け巡る。
 メルヴィーン商会の――国内でも有数のお金持ちの娘が、制服を買えないなんて嘘だと思うよね。
 過去に、屋敷の人間やグロッタの街の人に自分の惨状を訴えたとき、彼らにも「冗談でしょう?」と、わらわれた。恥ずかしくて顔を上げられずにいると、肉付きの良い手が私の指を包む。

「夕飯はうちで食べていきな。学園の食堂の余り物で作るまかない食だけど」
「えっ?」
「お嬢ちゃん、あんたはせすぎだ。それに、言っちゃ悪いけど、身なりだってメルヴィーン商会の子には見えないよ」

 薄汚れてすり切れた、丈の足りない服に、くたびれてドロドロに汚れた靴。
 冷静に考えれば、彼女の言うとおりだ。

「子供が遠慮するんじゃない。その代わり、絶対に学園を辞めるんじゃないよ? 最初は辛いだろうが、この学園を卒業すれば仕事には困らないからね。どんな経緯だろうと、チャンスはチャンス。諦めなければ、必ず道は開けるはずだ」

 女性の言葉に、私は胸が熱くなった。

「……ありがとう、ございます」

 こうして、私は食事をごちそうしてもらうことになった。
 購買の閉店時間ギリギリだったようで、女性は手早く店じまいをする。私も少し手伝った。

「食堂へ移動するよ。荷物はあとで、部屋へ届けるからね」

 女性に手を引かれるまま、私は廊下を歩いていく。
 目的地は、校舎の中にある食堂だ。
 従業員入り口から中へ入り、厨房の隅に置かれたテーブルでまかないご飯をもらう。
 余った食材で作った、温かい野菜スープは、おいしい……
 一緒についてきた灰色猫は、蒸した鶏肉を食べていた。

「自己紹介がまだだったね。私は、マンダリン・アームズというんだ」
「アメリー・メルヴィーンです。あの、いろいろありがとうございました」

 購買部の責任者であるマンダリンさんは、食堂の管理も任されているのだそう。
 学園の外にも自分の店を持っており、手広く商売をやっているようだ。
 食堂内には、ちらほらと生徒の姿も見える。彼らは、私のいる従業員スペースではなく、本来の学生の食卓に座り、それぞれ食事を楽しんでいた。
 学園には、校舎内にあるこの食堂の他に、校庭の横に建てられたカフェ風の食堂、そして各寮に専用の食堂が設置されているらしい。場所によって、メニューが異なるそうだ。
 ただ、学園の食堂は安価だけれど、無料ではない。
 毎日支払っていれば、それなりの出費になる。


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