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序文
序文
しおりを挟むきぃ、きぃとぶらんこが揺れ軋む。
晩秋の京都。茜さす公園。この季節の冷えは、日暮れと共に深さを増す。
また、その性質は、冬のそれとは少し違う。
それは、人間の皮膚の薄皮一枚の下へ図々しく、そして緩やかに忍び込むのだ。そうして、ゆっくりと命と血液を冷やす。
はらり、もみじが一葉地面に散り落ちた。
ああ、寒い。そして、明るいのか、昏いのか。
つかみどころがない――おうまがどき、か。
大禍時だ。
はらり、はらはら、もみじが、紅葉がいくつもいくつも散り落ちて、情けなど微塵もなく地面を覆ってゆく。
息苦しくなる程折り重なって。
赤に茶に、枯れて割れて、壊れて消えて。
風風吹くなと願っても、命は、死ぬ。
錦繍に包まれた公園は、赤と黄と茶の壁によって隔たれているのかも知れぬ。
――何から?
赤いのは紅葉だけではない。
夕陽もだ。
赤い赤い夕焼けは、天と灰雲だけでなし、砂場にしゃがみ込み嗚咽を堪える一人の少女の背中をも染めている。同年の幼子の輪からはじき出された哀しみ悔しみに泣くのを、誰にも見られたくなくてうずくまるのだ。
やがてその背に、墨と橙朱を溶かした水がごとき色彩が、乗った。少女の背だけでなし。じゅわり、公園のうちを染めていた赤は、そちこちより滲むようにして、墨橙に浸食されてゆく。
ああ、色が、混じる。
ふ、とどこかで音がしたような。
「――……。」
無言のまま、少女は泣きぬれた面を上げる。
整った面立ちだ。美麗と言うよりは、大人びて上品な造作の顔と言えるだろうか。射干玉の黒髪は長く、うなじでひとつ、丁寧にまとめられていた。きょときょとと辺りを見回す。墨橙の帳が、家々の壁の上に、樹々の枝葉の先端に、図々しく、ぬめりながら降りていた。
からん。からん。
音がする。
ああ、母だ。母がくる。
少女は涙を袖口で拭いながら、ゆっくりと立ち上がる。
そろそろ母が来る刻限だ。母が仲間達を引き連れてリンドウを迎えにくるのだ。ここより先、リンドウはあの仲間達の領域へ入る。人になずむ事は難しくとも、あの母の仲間達といれば大きく息が吸える。ありのままの己でいられる。
嬉しくなって振り向いた。
のに、
「――あなた、誰」
そこに佇んでいたのは、母達ではなかった。
一人の男だった。
白磁のような肌に、すらりとした高長身。黒髪は短く刈り上げている。鋭い眼は瞳の奥に炎の揺らぎを湛え、白目はまるで悟りを開いた仏のように澄んでいる。それをうっかり見詰めていると、何時の間にやら、その存在そのものに吸い込まれてしまうかのような心地になった。
訝しむ少女の前に、しゅう、と硫黄臭い空気が流れる。
(――こんなところに隠されていたのか)
その声は、何故だろうか。
とても懐かしくて、苦しくて、哀しくて。
ほろり、少女の頬に降りた涙がひとつ。
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