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棚ぼた勇者
小さな村で
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クロエが食い倒れツアーを開始する5日前。
森を切り開いてつくられた小さな村の小さな集会場では、20人近くの住民達が思い思いに質素な食事を楽しんでいた。
外は地面がぬかるむほどの土砂降りで、木の板が打ち付けられただけの屋根は、サーっという雨音を住民達に聞かせている。
だが、誰1人として、その音に注意を向けるものなどいなかった。
集会場に集まった全員が、集会場の中央に設置された2メートルほどの置物に目を奪われている。その表情は、久しぶりに恋人と再会したかのようであった。
「さぁ、どうだい?
自分でも中々良く出来たと思うんだよ」
「うーむ、たしかにすばらしい。
勇者様のお隣に置いたならば、どちらが本物か見分けが付かないかもしれないな」
「ふはは、それはさすがに褒めすぎですぞ村長」
「そうかのぉ? まぁ、見分けが付かないは言い過ぎにしても、勇者様本人に差し上げても良いくらいの出来じゃな」
そんな村長の言葉に、会場全体が頷く。
中央にあるのは、等身大の勇者の像。
周囲の森から切り出した丸太を斧やナイフなどを彫ったのだが、3Dプリンターもかぐやという出来だった。
すべての生き物を抱きしめるかのように手を大きく広げていた勇者の象は、すべての人々を慈悲の心で迎え入れているかのように見える。
「ありがたやありがたや」
「荒れるこの国をお救いください」
「我々に加護をお与えください」
等身大勇者像の御披露目の日と言うこともあり、像を取り囲んだ人々は自然と勇者の像に向かって祈りを捧げ始めた。
「勇者様は必ずや、この国を正しく導いてくださる。私はそう信じております」
20人近くの大人が怪しげな木彫りの像を前に膝を折って頭を下げる姿は、誰がどう見ても新手の儀式か怪しい宗教だろう。
逆に言えば、ただの木彫りが宗教染みた熱を帯びてしまうほど、この国は王位を巡った争いで疲弊しているとも言えた。
「アビル。今回もすばらしい出来だった。
私が貰った物も良かったが、この像はそれ以上だな。勇者様の自愛の心が全面に現されているように感じるぞ」
「そうですね。勇者様の像は、作ればつくるほど、自分の中の勇者様の熱があふれ出して来ますから。
今でも、勇者様の姿を拝見したのが昨日のことのように思い出せますよ」
「そうか……。出来るならば、私もこの目で勇者様のお姿を拝んでみたいものだな」
第2王子が先導した勇者の討伐は、この村からも大勢の男達が借り出された。そしてその中には、この象の制作者……アビルも含まれていた。
彼は、討伐を通して勇者を目撃し、熱狂した。
そして村に帰ってからは林業の傍ら、勇者様の像を作りだしてしまったのだった。
「アビルや、これと同じ物をわしの家にもつくってくれないかのぉ?
同じ重さの米と交換でどうだ?」
「えぇ、私としては御作りしてもかまわないのですかねぇ?
また奥方様に怒られるのではないですか?
前回も置く場所がないと怒られていたではありませんか」
「うーむ。そうなのだがな。
勇者様を少しでも身近に感じたいではないか」
「そのお気持ちは良くわかります。
そうですね。等身大はさすがに奥様が怖いので、この半分の大きさにしておきましょうか?」
「おぉ、そうだな。それならば妻も許してくれるだろう」
どうやら新たな勇者像の作成と、近い将来の夫婦喧嘩が決定したらしい。
「いやー、それにしても、あの時の演説は心が振るえあがったねー」
「んだんだ。勇者様のお話は、一言一言、魂が篭っておったからのぉ」
そして人々の話題が像のすばらしさから勇者本人のすばらしさに移行し、勇者様バンザイなどと、会場の雰囲気もヒートアップしていた最中、不意に集会場の扉が開かれた。
「注目せよ!!
現在、我が主である第2王子様が雨よけの場所を求めて居られる。
即刻、ここを明け渡せ!!」
そんな言葉と共に現れたのは、全身を甲冑で覆った2人の男。その手には高そうな剣が握られている。
どうやら、第2王子に仕える騎士のようだ。
「ほら、ぼさっとしてないで、さっさと出て行け」
そして、有無を言わさず住民が追い出され、入れ替わるように王子とその側近達が集会場へと姿を見せた。
「いやー、疲れたー。まさかいきなり雨が降ってくるなんて思わなかったよ。
帰ったらあの占い師は処刑だね」
「畏まりました。手配しておきます」
王子が不穏な言葉を発するものの、自分には直接の被害はないと、屋根の下へと入った全員が、すこしばかり気を緩める。
雨から逃れられたことに加え、王子の機嫌が良くなったことで、若干のゆとりが出たようだ。
そんな雰囲気の中、たった1人だけが、ピリピリとした空気で目を見開き、眉間にしわをよせる。
「っ!!! アルフレッド王子、近衛兵をお側に!!」
まるで緊急事態でも起きたかのように声を荒げた男の鋭い視線は、部屋の中央、勇者像へと向けられていた。
その像に王子を害する罠でも仕掛けられているかのような雰囲気だ。
「……ベル。その像がどうかしたのか?」
「はい、そこにある像は、おそらく偽勇者を模したものだと思われます。
逃亡者サラの行方を探していた折に見かけた男にそっくりなので、間違いないと断言できます」
「なに!? ……王子、どうやら反逆の恐れがあるようです」
「うーん、そうだね。任せるよ」
「畏まりました」
この村の不運は、土砂降りのせいで第2王子が雨避けを求めて立ち寄ったこと。
そして、側近の1人に勇者の顔を知る者がいたこと。
その後、王子の兵が各家々を回り、同じように勇者を崇めるようなものがないか見て回ると、半数近くの家から、木彫りの像や絵が見つかり、村人の半数が処刑された。
残った人々は、一人一人が集会場へと連れ出され、王子に忠義を誓えるならばこの像を切れ、と命じられるものの、誰1人としてその命令を実行することが出来なかった。
「……飽きた。帰る」
「畏まりました」
「氾濫分子の割り出しよろしく」
「承知いたしました」
雨が上がった小さな村には、小鳥の鳴き声だけが響いていた。
森を切り開いてつくられた小さな村の小さな集会場では、20人近くの住民達が思い思いに質素な食事を楽しんでいた。
外は地面がぬかるむほどの土砂降りで、木の板が打ち付けられただけの屋根は、サーっという雨音を住民達に聞かせている。
だが、誰1人として、その音に注意を向けるものなどいなかった。
集会場に集まった全員が、集会場の中央に設置された2メートルほどの置物に目を奪われている。その表情は、久しぶりに恋人と再会したかのようであった。
「さぁ、どうだい?
自分でも中々良く出来たと思うんだよ」
「うーむ、たしかにすばらしい。
勇者様のお隣に置いたならば、どちらが本物か見分けが付かないかもしれないな」
「ふはは、それはさすがに褒めすぎですぞ村長」
「そうかのぉ? まぁ、見分けが付かないは言い過ぎにしても、勇者様本人に差し上げても良いくらいの出来じゃな」
そんな村長の言葉に、会場全体が頷く。
中央にあるのは、等身大の勇者の像。
周囲の森から切り出した丸太を斧やナイフなどを彫ったのだが、3Dプリンターもかぐやという出来だった。
すべての生き物を抱きしめるかのように手を大きく広げていた勇者の象は、すべての人々を慈悲の心で迎え入れているかのように見える。
「ありがたやありがたや」
「荒れるこの国をお救いください」
「我々に加護をお与えください」
等身大勇者像の御披露目の日と言うこともあり、像を取り囲んだ人々は自然と勇者の像に向かって祈りを捧げ始めた。
「勇者様は必ずや、この国を正しく導いてくださる。私はそう信じております」
20人近くの大人が怪しげな木彫りの像を前に膝を折って頭を下げる姿は、誰がどう見ても新手の儀式か怪しい宗教だろう。
逆に言えば、ただの木彫りが宗教染みた熱を帯びてしまうほど、この国は王位を巡った争いで疲弊しているとも言えた。
「アビル。今回もすばらしい出来だった。
私が貰った物も良かったが、この像はそれ以上だな。勇者様の自愛の心が全面に現されているように感じるぞ」
「そうですね。勇者様の像は、作ればつくるほど、自分の中の勇者様の熱があふれ出して来ますから。
今でも、勇者様の姿を拝見したのが昨日のことのように思い出せますよ」
「そうか……。出来るならば、私もこの目で勇者様のお姿を拝んでみたいものだな」
第2王子が先導した勇者の討伐は、この村からも大勢の男達が借り出された。そしてその中には、この象の制作者……アビルも含まれていた。
彼は、討伐を通して勇者を目撃し、熱狂した。
そして村に帰ってからは林業の傍ら、勇者様の像を作りだしてしまったのだった。
「アビルや、これと同じ物をわしの家にもつくってくれないかのぉ?
同じ重さの米と交換でどうだ?」
「えぇ、私としては御作りしてもかまわないのですかねぇ?
また奥方様に怒られるのではないですか?
前回も置く場所がないと怒られていたではありませんか」
「うーむ。そうなのだがな。
勇者様を少しでも身近に感じたいではないか」
「そのお気持ちは良くわかります。
そうですね。等身大はさすがに奥様が怖いので、この半分の大きさにしておきましょうか?」
「おぉ、そうだな。それならば妻も許してくれるだろう」
どうやら新たな勇者像の作成と、近い将来の夫婦喧嘩が決定したらしい。
「いやー、それにしても、あの時の演説は心が振るえあがったねー」
「んだんだ。勇者様のお話は、一言一言、魂が篭っておったからのぉ」
そして人々の話題が像のすばらしさから勇者本人のすばらしさに移行し、勇者様バンザイなどと、会場の雰囲気もヒートアップしていた最中、不意に集会場の扉が開かれた。
「注目せよ!!
現在、我が主である第2王子様が雨よけの場所を求めて居られる。
即刻、ここを明け渡せ!!」
そんな言葉と共に現れたのは、全身を甲冑で覆った2人の男。その手には高そうな剣が握られている。
どうやら、第2王子に仕える騎士のようだ。
「ほら、ぼさっとしてないで、さっさと出て行け」
そして、有無を言わさず住民が追い出され、入れ替わるように王子とその側近達が集会場へと姿を見せた。
「いやー、疲れたー。まさかいきなり雨が降ってくるなんて思わなかったよ。
帰ったらあの占い師は処刑だね」
「畏まりました。手配しておきます」
王子が不穏な言葉を発するものの、自分には直接の被害はないと、屋根の下へと入った全員が、すこしばかり気を緩める。
雨から逃れられたことに加え、王子の機嫌が良くなったことで、若干のゆとりが出たようだ。
そんな雰囲気の中、たった1人だけが、ピリピリとした空気で目を見開き、眉間にしわをよせる。
「っ!!! アルフレッド王子、近衛兵をお側に!!」
まるで緊急事態でも起きたかのように声を荒げた男の鋭い視線は、部屋の中央、勇者像へと向けられていた。
その像に王子を害する罠でも仕掛けられているかのような雰囲気だ。
「……ベル。その像がどうかしたのか?」
「はい、そこにある像は、おそらく偽勇者を模したものだと思われます。
逃亡者サラの行方を探していた折に見かけた男にそっくりなので、間違いないと断言できます」
「なに!? ……王子、どうやら反逆の恐れがあるようです」
「うーん、そうだね。任せるよ」
「畏まりました」
この村の不運は、土砂降りのせいで第2王子が雨避けを求めて立ち寄ったこと。
そして、側近の1人に勇者の顔を知る者がいたこと。
その後、王子の兵が各家々を回り、同じように勇者を崇めるようなものがないか見て回ると、半数近くの家から、木彫りの像や絵が見つかり、村人の半数が処刑された。
残った人々は、一人一人が集会場へと連れ出され、王子に忠義を誓えるならばこの像を切れ、と命じられるものの、誰1人としてその命令を実行することが出来なかった。
「……飽きた。帰る」
「畏まりました」
「氾濫分子の割り出しよろしく」
「承知いたしました」
雨が上がった小さな村には、小鳥の鳴き声だけが響いていた。
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