実力主義に拾われた鑑定士 奴隷扱いだった母国を捨てて、敵国の英雄はじめました

薄味メロン

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3巻

3-1




 プロローグ リリたちの里帰り


 帝都全体が魔物に襲われる事件に巻き込まれた日から六日が過ぎた。
 俺、アルトとその部下であるリリ、フィオラン、マルリア、マイロくんは、魔物の親玉である狼の魔物を倒した褒美ほうびとして七日間の休暇をもらった。
 その最終日である今日は訓練校内にある孤児院を訪ねている。俺以外は、みんなこの孤児院の出身だから、恩返しがしたいそうだ。

「えっとえっと、今はお勉強の時間なので、こっちですね!」

 大きな袋を抱えたリリの背中を見ながら、誰もいない長い廊下を進んでいく。
 ちなみに俺も、隣にいるマルリアも、マイロくんも、リリと同じように大きな袋を抱えている。
 ただその中でも、マルリアの荷物は段違いに多い。心配で様子を見ていると、彼女はこちらをちらりと見てから口を開いた。

「ねぇ。今更だけど、本当にあんたも来るの? 面倒なだけで、利益なんてないわよ?」

 心底不思議そうな顔をするマルリアに、俺は笑ってみせる。

「分かっているよ。保護施設がどんな感じなのか見てみたいだけだからさ。みんなの邪魔をする気もないし」
「……あんたって、本当に物好きよね」

 マルリアは軽く肩をすくめてから、いつまで抱え続けられるか分からないほど大きな袋を背負い直した。
 そんな袋が、両手に二つ、肩にも二つ。
 大量の荷物を抱えているせいで、足元がずいぶんとフラフラしているように見える。

「そんなことより、大丈夫なのか?」

 思わず口をついて出た言葉に、マルリアは鼻を鳴らした。

「あんたが何について聞いているのか知らないけど、大丈夫に決まっているじゃない!」
「……そう、だな」

 どれか一つだけでも持とうか? 無理をしすぎだと思うぞ?
 そう声をかけたくなるが、マルリアも強情ごうじょうだからな。手助けしたいと言ったところで、すげなく断られるのがオチだ。
 仕方なくそのまま歩き続けていると、先頭を進んでいたリリが、『教室』と書かれたドアの前で足を止める。そしてのぞき窓越しに中を見ると、嬉しそうに振り返った。

「アルト様! みんないるみたいです!」

 そう言いながらリリがゆっくりと扉を開くと、中には書き物をするたくさんの子供たちと、それを見守る女性の先生がいた。
 授業中だったのか……マズかったか?
 しかし、こちらを向いた先生は驚いた顔をしてリリを見つめる。

「……リリさん?」
「はい! 食材を買いすぎちゃったので、よければもらってください!」

 持ってきた袋を揺らしながら、リリは嬉しそうに笑ってみせた。
 今日は、リリたちの里帰りを兼ねた、差し入れの日。持ち込んだ大きな袋の中には、お菓子や食材が詰まっている。
 それを見た先生は優しく目を細めてうなずき、子供たちに向き直った。

「みんなー‼ お姉さんたちが、お土産を持ってきてくれました! ありがとうはー?」
「「「おねえさん、おにいさん、ありがとー!」」」

 下は三歳から、上は六歳まで。幼い子供たちが、目を輝かせている。
 お礼を言いながらも、その視線はお菓子に釘付け。子供らしい素直な反応だな。
 リリは子供たちを見て嬉しそうに微笑んでから、口を開いた。

「先生、これはどこに置けばいいですか?」
「んー、そうね。食材は一旦そこに置いてもらうとして……お菓子はできれば、直接配ってもらえないかしら?」
「え? いいんですか?」
「もちろん。その方が、この子たちも喜ぶもの」
「えーっと……」

 困り顔のリリが、俺の方に視線を向けてくる。
 何を悩んでいるのか分からないが、反対する理由はない。
 俺が頷くと、リリの表情がぱーっと華やいだ。

「分かりました! アルト様、よろしくお願いします!」

 そう言って、俺に抱えていたお菓子の袋を渡そうとするが、それはさすがに違うだろ。

「リリたちが配ってきたらいいよ」

 俺の言葉に、リリは首を傾げる。

「え……? いいんですか?」
「もちろん」

 むしろ、どうして俺が配るんだ? って話だ。
 縁もゆかりもない俺より、リリたちが配った方がいいに決まっている。

『試験に合格して、優しい顔でお菓子を持ってきてくれる。そんな先輩たちに、ずっと憧れていたんです』

 今回の里帰りが決まった際に、そう嬉しそうに語っていたしな。
 言葉にこそしていないが、マルリアもマイロくんも誇らしげだ。
 直接配る演出も、言ってしまえば凱旋がいせんパレードのようなもの。
 そう思っていたのだが、何故かマルリアの口から大きな溜め息が漏れ聞こえた。

「帝国ではこういう時、階級が高い人が配るのが当たり前。だから、普通はあんたが配るのよ?」

 リリも続けて言う。

「マルリアさんの言う通りです! 将来、アルト様の部下になる子が、この中にいるかもしれません。私たちが配るのは、やっぱり変です」
「いや、そうは言ってもなぁ……」

 今日はリリたちが主役で、俺はただの荷物持ちだ。これ以上、部下を増やす予定もないし……

「やっぱり俺は、端の方で見ているよ。あとはよろしく」

 俺は二人にお菓子の袋を押しつけて、代わりに食材の袋を預かった。
 そんな俺の行動に三人は顔を見合わせて、肩をすくめる。
 そしてマルリアが溜め息をつきながら子供たちの方を向いた。

「仕方ないわね。これ以上待たせても可哀想だから、始めるわよ?」

 互いに顔を見合わせて頷き、三人は準備を進めていく。ものを配るのは初めてだろうが、もらう側はこれまでに何度も経験しているからか、その手つきはよどみない。
 机に並べられたのはクッキーに芋けんぴ、わたあめ……抹茶風味の甘納豆を選んだのは、マイロくんだったか?

「それじゃあ、始めるわ! 三列に並びなさい! いいわね?」
「「「はーい!」」」

 マルリアの声に子供たちは元気に返事をして一斉に席を立ち、走り出す。

「すげー、しろエビのおかき――城エビビーバーがある!」
「ずるい! それぼくの!」

 きゃっきゃと笑いながら、押し合いし合い。
 大量のお菓子が並んでいることもあって、子供たちは本当に楽しそうだ。
 俺がこの子たちくらいの頃は、食べられそうなものを探すために路上でゴミをあさっていたか、血反吐ちへどを吐きながら鑑定魔法を覚えさせられていたかのどっちかだった。
 そう考えると、ここは本当に幸せな国だよな。

「おねーさん! それください!」
「えっとえっと、これ、かな? はい、どうぞ」
「ありがとー!」

 リリが小さなプリンを渡すと、女の子は嬉しそうにはにかむ。

「ぼくそれー! おねえさん、ちょうだい!」
「いいけど、毎日頑張ってるの?」
「うん! 勉強もお手伝いも、すっごく頑張ってる!」
「ならいいわ。今後も頑張りなさい」
「うん!」

 マルリアから恐竜型のチョコレートをもらった男の子は、宝物のように掲げて見ている。
 教室の中にいる子供たちは、総勢四十人。
 しかしそれだけではなく、別の部屋で授業を受けていた子供たちも、楽しそうな声を聞きつけて次々と集まってくる。

「おねえさん! ぼくたちもほしーです!」
「しょうがないわね。早く入ってきなさい」
「やったー!」

 マルリアが言うと、彼らはキャッキャと喜んだ。
 しかしその横で、男の子と女の子がお菓子の取り合いを始めてしまう。

「それぼくの! 返して!」
「違うもん! 私のだもん!」

 このままじゃマズいか?
 そう思い立ち上がりかけたところでマルリアが二人の間に割って入る。

「あーもー! 喧嘩けんかしないの! 今のは君が悪いわよ? 分かった?」
「……うん。ごめんなさい」
「分かればいいのよ。しょうがないわね、これをあげるわ。次はないんだからね?」

 謝る男の子の頭を撫でながら、マルリアは優しい声で言った。
 よかった。うまく収めてくれたな。
 一方、リリはすみの方で遠慮している子供たちに声をかけていた。

あめは好きかな? チョコレートの方が好き?」
「えっとね、えっとね。どっちも……」
「それじゃあ、小さい飴と小さいチョコレートのセットをあげるね」
「うん!」

 お菓子をもらった子は、待ちきれないとばかりに食べ始める。
 そしてマイロくんも、体が丈夫ではないのに休むことなくお菓子を配り続けている。
 列が減るにつれて、楽しそうな笑い声が増えていく。
 ここは、本当に幸せな国だ。ドラムド王国と帝国。隣り合う国でどうしてここまで違うのだろう。
 そんなことをただぼんやりと思い浮かべていると――

「アルト・スネリアナ准尉じゅんい、ですよね?」

 不意に、俺の名前を呼ぶ声がした。
 視線を向けた先にいたのは、リリと先ほどまで楽しそうに話をしていた先生だった。

「そうですけど……確かあなたはここの責任者のタレット先生でしたよね?」
「ええ、その通りです。ですが、責任者という地位はリリさんたちのおかげで得られたものなので、気軽に接してください」

 そうか。リリたちはこの先生に教わっていたから、彼女たちの評価が上がったことで先生の地位も上がったんだな。
 とはいえ、そんなことを言うなら俺だって准尉と言ってうやまってもらうほど、できた人間じゃない。むしろ、大人数の子供たちと日々接している先生の方が、よっぽど賞賛されるべきだろう。俺なら体力が持たずに、一日でぶっ倒れる自信がある。とはいえ、立場上そう答えることが、かえって相手を恐縮させてしまうこともこれまでの生活で学んできた。
 俺は軽く頭を下げながら口を開く。

「本日は、突然の訪問にもかかわらず、受け入れてくださり、ありがとうございます」

 子供たちを思っての差し入れではあるが、何せ突然の訪問だ。こうして先生に受け入れてもらえていなかったら、そもそも成立していない。
 これはリリたちの楽しい凱旋でもある。そういう意味では俺たちの方が幸せをもらっているとすら言えるからな。
 そんなことを考えていると、先生は口元を押さえて、「ふふっ」と噴き出した。

「ごめんなさい、聞いていた通りの方で、少し驚きました」
「……えーっと?」

 聞いていた通りというのは? 俺、何か笑われるようなことをしたか?
 正直な話、心当たりが多すぎて、絞り込めない。

「困惑させてしまってすみません。『あの子たちは、すごい人の部下になって、充実した日々を過ごしている』と、人伝ひとづてにそう聞きまして」

 ……えーっと? 俺の認識と掛け離れた言葉が聞こえたぞ?
 とりあえず、悪い意味で笑われたんじゃないって思っていいんだよな?

「アルト准尉には、本当に感謝しています」
「感謝、ですか?」
「はい。私では帝都どころか、地方の訓練校にすらリリを合格させてあげられなかったでしょう」

 先生は、優しい表情でリリを流し見る。

「ずっと自信のない顔をしていたあの子が、今ではすっかり、お姉さんの顔になってくれました」

 先生の視線の先では、柱の陰に隠れていた少女を見つけたリリが、その小さな手にチョコレートをのせていた。
 少女は、渡されたチョコレートを見下ろして、大きく目を開く。
 そしてリリとチョコレートを交互に見てから、何故かぷいっと目をそむけた。

「いり、ません……」

 今にも消えてしまいそうな、小さな声。

「サクラは、おちこぼれだから、いらないの……」

 大きな瞳は、チョコレートにもリリにも向けられずに、ぎゅっと閉じられてしまった。
 野次馬やじうまと思われる子供が周りにいないところを見ると、誰かに言わされているわけではないのだろう。自分は、お菓子をもらえるような人間じゃない。そう思い込んでしまっているようだ。
 そんな少女の手に、リリがそっと触れる。

「落ちこぼれなら、私と一緒だね」
「……ぇ?」
「私も、ずっと落ちこぼれだったんだよ?」
「……おねえさんが、おちこぼれ?」

 少女はゆっくりと目を開き、信じられないものを見るような視線をリリに向けた。そして、ほんの少しだけ、視線を落とす。

「でもそのふく、ここのぐんじんさんのだもん」

 少女は俺の方を見て、またうつむいてしまう。
 俺が着ている服は幹部用の軍服だ。幹部の部下であるリリが落ちこぼれだったなんて、普通だったら信じがたいことだろう。しかし――
 リリは、緩やかに首を横に振りながら、優しい笑みを浮かべた。

「先生に聞いたら教えてくれると思うけど、私は何をしてもずっと最下位だったんだ」
「ぜんぶ、さいかい? それって、サクラとおんなじ」

 目をパチパチさせた少女は、もう一度リリを見上げて、またゆっくりと下を向いた。

「……おねえさん、すごくかっこいい。サクラと、ぜんぜんちがう」

 少女はそれだけ言うと、リリが持つ袋にチョコレートを戻して、柱の陰に回り込んだ。

「サクラはだいじょうぶです。しょうらいせいのある人に、あげてください」

 落ちこぼれである自分を受け入れている。いや、諦めているのだろう。
 リリに背を向ける少女の姿が、進むべき道が見えず、貴族の言いなりだった頃の自分と重なって見えた。
 リリは、そんな少女に近付いて、もう一度チョコレートを握らせる。

「大丈夫。サクラちゃんは、落ちこぼれじゃないよ。って言っても、私も助けられてばかりだから偉そうなことは言えないけどね。どうやって私が自信を持てるようになったか、知りたくない?」

 リリの言葉に、少女は大きく目を見開いて、頷いた。


「しりたい、です……どうやって、おちこぼれじゃなくなったんですか?」
「えっとね。私は、ある人にアドバイスをもらって、自分ができることを見つけたの」
「あどばいす? できること?」
「うん。私にとってそのできることは、試したことのない支援魔法だった」

 リリにしては珍しく、得意げに笑っている。
 確かに、変化のきっかけは、俺のアドバイスだった。だが、実際に変われたのは、リリが努力したおかげだ。それを彼女も分かっているから、支援魔法に関しては胸を張れるのだろう。
 リリは少女の手を優しく持ち上げた。

「色々とチャレンジしてみることが大事なの。そうしたら、サクラちゃんの得意なことが、きっと見つかると思うよ?」
「サクラが、とくいな、こと……」

 思わずといった様子で、少女が自分の手を見下ろす。
 その手をリリが優しく包み込んだ。

「自分がダメなんじゃなくて、今の環境が合っていないだけ。そう思って、いろんなことをやってみる。それが、落ちこぼれだった先輩からのアドバイスかな」
「……うん。ありがとう、おねえさん」

 リリの言葉がどれほど響いたのかは分からない。だが、ほんの少しだけ、少女の表情が明るくなった気がした。
 俺の隣でその様子を見ていた先生も、口元をほころばせる。

「リリさんも、マルリアさんも、マイロくんも。本当にみんな、お姉さんやお兄さんになってくれました」
「……確かに、その通りかもしれませんね」

 パッと見ただけでは、わんぱくな子供たちに振り回されて、彼女たちの方が遊ばれているようにも見える。だが、子供たちからしてみれば、憧れのお兄さん、お姉さんだ。
 三人とも、初めて会った時とは比べものにならないほど、強くなってくれた。

「私が言えた義理ではないのですが、あの子たちをお願いします」
「ええ。任せてください」

 俺の方が助けられてばかりだが、一緒にいて、成長を見守ることはできる。
 彼女たちがよりよい未来を掴めるように、全力を注ぐ。それが俺の仕事だ。
 俺は、さっきの少女に向かって鑑定魔法を向けた。
 名前はサクラ。年齢は八歳。才能は……

「整備士と罠士わなしか。女の子は、興味を持ちにくい分野かもな」
「えーっと……? なんのお話でしょうか?」
「いえ、独り言です」

 ちなみにだが、どちらもAランク。彼女は決して、落ちこぼれなんかじゃない。

「まあ、あれです。サクラちゃんに、その二冊の本を薦めてみてください」

 俺は教室の後方にある本棚から、ある二冊の本――「整備士入門」と「罠士入門」を抜き散り、先生に渡す。
 そして、俺はひと足先に、子供たちの笑い声が飛び交う部屋をあとにした。



 1 報告会


 翌日。
 いつもの通り訓練校へ行こうと支度をしていると、元落ちこぼれ冒険者で今は俺の部下であるフィオランが、目尻に大粒の涙を浮かべながら、むすーっと頬を膨らませていた。

「どうして⁉ どうして、お姉さんも連れていってくれなかったの⁉」
「いや、それはだな……」

 リリたちと一緒に施設に行き、子供たちにお菓子を配ってきた。そんな話をどこかから聞きつけたらしい。
 フィオランを連れていかなかった理由は……正直な話、面倒事になる気がしたからだ。
 自称お姉さんを子供たちの中に入れるとどうなるのか。想像するだけで頭が痛い。

「行きたかった、行きたかった、行きたかったーーー‼」

 仰向けで、手足をバタバタさせる姿は、どう見てもお姉さんではない。
 控えめに言って、三歳児。いや、それ以下か?

「お姉さんも、お姉さんになって、お姉さんしたかったのにーーー‼」

 うん、この姿を見る限り、やはり連れていかなくて正解だった。心の底からそう思う。
 だけど、まあ、なんだ。お姉さんに対する憧れが強すぎるだけで、悪気があるわけじゃないからな。フォローくらいは入れておくか。
 そう思い口を開こうとしたその時、深い溜め息をついたマルリアが、ゴミでも見るような目をフィオランに向けながら言い放つ。

「ホコリが立つから止めなさいよね。そんなことして、恥ずかしいと思わないの?」
「……でもでも」

 目をうるませるフィオラン。しかしマルリアは容赦なく続ける。

「でもじゃないわよ。施設にいた子供たちの方が、まだ聞き分けがよかったわよ?」

 マルリアは同意を求めるように俺、リリ、マイロくんの順に視線を向ける。

「まあ、なんだ。みんないい子ばかりだったのは確かだな」
「はい! とっても素直な可愛い子たちでした!」
「そうですね。僕もそう思います」

 少なくとも、やだやだやだ! なんて言って騒ぐ子はいなかった。みんな、自称お姉さんよりお姉さんだったな。
 そう思っていると、フィオランは寂しそうな目を俺たちに向けて、ゆっくりと立ち上がった。
 無言のまま部屋の隅まで歩き、膝を抱えて座り込む。

「アルトくんたちが、お姉さんをいじめる……」

 床にのの字を書き、ちらちらと俺たちを見てくるフィオラン。
 どうやら、変なスイッチが入ってしまったらしい。
 まぁ、フィオランは時間が経てば機嫌を直してくれるだろうし、話題を変えるか。

「そういえば今日の授業は、十時からだったよな?」

 俺の質問に、リリが元気よく答える。

「はい! あと一時間くらいですね!」

 今日は休み前から引き続き、警邏隊けいらたいの見回りに参加させてもらう予定だ。
 ここから集合場所である喫茶店、『庶民派ひげおやじ』までは、ゆっくり歩いて十五分ほど。
 まだ時間はありそうだな。

「教官からもっと金を使えって言われているし、店や屋台を回ってから行くか! 前回の討伐でもらった報酬も、まだまだ残っていることだし」

 俺がそう言うと、いじけているフィオラン以外の三人が色めき立つ。
 金を使うのは、金が有る者の義務。金を使えば、その分だけ誰かが幸せになる――帝国にはそんな考え方が根付いている。教官からも常々言われているから、七連休中に、リリたちが食べにいきたい所を巡り歩いた。
 狼討伐でお世話になった訓練生のサーラも含めて、六人で合計10万エンほど使ったわけだが、それでもまだまだ余っている。
 未だに金を使うことに慣れていない俺は、リリに向かって尋ねる。

「リリ、どのくらい使えばいいと思う?」
「えっとえっと、一般的に、給与の六割くらいを使うのがこの国の常識なので、200万エンの六割で――」
「あー、うん。なんとなく分かった。ありがとう」

 どうやら俺たちは、さらに100万エンほど使う必要があるらしい。
 文字通り桁が違う。何を買えばいいんだよって話だ。
 今度、大金の使い方ってやつをルルベール教官に聞いてみるか? あの人は俺より上の位である少佐だし、びっくりするほど金をもらっているだろうからな。
 そう思っていると、マルリアが引きつった笑みを浮かべながら静かに肩を揺らしていた。

「お金が余って困るなんて、あんたの側にいると、ほんとに不思議な笑いが絶えないわよね」
「……いや、ちょっと待て。これも俺のせいなのか?」
「はあ? 何言ってんのよ。あんた以外に、原因があると思ってんの?」

 心底呆れたとばかりに、マルリアが大きな溜め息をつく。

「通り魔の逮捕。化物退治。王国貴族の返り討ち。テロリストの捕縛。息を吸うように、手柄をあげてきたわよね?」
「……そうなるな」

 事実だけを列挙すれば、確かにそうなる。だが、それらはたまたまというか、なんというか……

「あなたは異常なのよ。早く認めてしまいなさい。いいわね?」

 あんまりなぐさに、リリやマイロくんにちらりと視線を向けたが、二人とも、うんうん、と大きく頷いていた。部屋の隅にいるフィオランまでもが、頷いている。
 どうやらここに、俺の味方はいないらしい。

「とりあえず変態も連れて、さっさと外に行くわよ? お店巡りするんでしょ?」
「あー、まあ、そうだな。そうするか」

 どうにも釈然としないが、反論できないのだから仕方がない。
 俺たちは朝の街に繰り出した。


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