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〈37〉弟を迎えに 2

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 リリの柔らかな髪を指先に感じながら、メアリがホッと吐息を漏らす。

 浅かった呼吸も今は十二分に落ち着いていて、体内を巡る魔力も安定しているように見えていた。

「殻は、無事に破れたみたいね」

 ちょっと強引だったけど、ここに連れてきて良かった。

 透き通る瞳で見上げるリリを眺めていると、心の底からそんな思いが溢れてくる。 

 助けた双子の王子と、“賢者の実”  の影響が合わさって、彼女は着実に強くなっている。

「体調は? もう平気?」

「はい! なんだか、すごく良くなりました!」

「そう、それは良かった」

 リリはやっぱり、素直で良い子ね。

 当初の予定にはなかったけど、彼女を引き入れて良かった。

 1人より、2人の方が楽しいもの。

 そんな思いを胸に秘めながら、軽く膝を折って小さく微笑むと、リリが首をコテリと傾げて見せる。

「それで、メアリ様。殻って何の話しですか?」

 つぶやくような小さな声だったけど、聞こえていたらしい。

 聴力も強くなったのだろうか?

「そうね。卵、かしら?」

「へ……?」

 ふふふ、と笑いながら、リリの髪をグシャグシャと撫でる。

「わっ、ちょっと! やめてくださいよ。頑張ってセットしてきたのに!」

「大丈夫よ。私のメイドは、髪型が乱れていた方が可愛いもの」

「いやいやいやいや! どういう意味ですか!? 特殊な趣味!?」

「そんな訳ないでしょ?」

 もちろん、深い意味なんてない。
 適当な事を言っただけだ。

 サラサラな髪を手櫛で整えながら、魔力を外に出していく。

「マッシュ。微調整を頼めるかしら?」

「「「きゅ!」」」

「彼女のポテンシャルを最大限に引き出すの。出来るわね?」

「キュァ!!」

 護衛とは別のマッシュたちが魔法陣の中から飛び出して、リリの周囲に集まって行く。

 櫛やアイロン、ヘアゴム、ノコギリ。

 様々な道具を傘の中から取り出していた。

「ノコギリ!? メアリ様! 変な子混じってますけど!! そっちの子は、釘と金槌!! 髪型のセットですよね!???」

 リリの言葉通りに様々な物を持ったマッシュたちが、フンス、と気合いを入れてリリに近付いていく。

「大丈夫よ。マッシュたちを信じなさい」

「え? 信じて大丈夫なんですか!? 本当に!? メアリ様ぁ!!」

「大丈夫よ。マッシュですもの」

 そう言葉にしたメアリが、涙目になるリリに背を向けた。

 姫カットの神髄を目指すのか、ショートボブの至高に向かうのか。

 意見が割れ始めたらしいマッシュたちの鳴き声を背中に聞きながら、行く先へと視線を向ける。

「寝ているのかしら?」

 ゆっくりと目を閉じて、魔力の気配を探って見るが、目当ての者は確かにこの先にいるらしい。

 苛立つ気配も感じない。

「大丈夫そうね」

 護衛のマッシュたちに目配せをして、進路をあけてもらう。

 樹齢何千年もありそうな木々を1本、2本と通り抜けて、目的の場所を見上げた。

「メアリ様、終わりましたよ! 置いて行くなんて酷くないですか!?」

 背後から声をかけられて振り向いた先に見えたのは、髪の片側に黒い花を飾り付けたリリの姿。

「やっぱりこの子たちって凄いんですね! 可愛くしてもらいました!」

 嬉しそうにはにかんだリリが、黒い花を見せ付けるように、クルリと回って見せた。

 聞けば、ノコギリを持ったマッシュが黒い木の表皮を剥いで、代わる代わる作り上げてくれたらしい。

「釘で模様を彫り込むどころなんて、早技過ぎて見えませんでしたよ」

 そういって、リリが笑って見せる。

 髪型はあまり変わっていないのだけど、その髪飾りが彼女の魅力を十二分に引き出していた。

「あら、似合っているじゃない。そうね。仕事中はずっと着けてもらえるかしら? 寝ている時も、出来るだけ近くに持っていた方がいいわ」

「?? 寝ている時も、ですか?」

「ええ、それはマッシュと私からのプレゼントだもの。大切にね」

「はい! もちろんです!!」

 両手を大きく広げたリリが、もう一度ふわりと回って見せた。

 出会ってから今日までの時間の中で、一番幸せそうな笑みが華やいでいる。

 だけどその笑顔も、数分で消え去って行った。

「それじゃぁ、行くわよ」

「はい! どこへでもおとも……」

 隣に並んだリリが、ぼんやりと上を見上げる。

 視線がゆっくりと戻ってくる。
 
「メアリ様……。行くって、この崖を登る、とか言いませんよね……?」

「あら、よくわかったわね。登った先が目的地なの」

「……いやいやいやいや! 目的地なの、じゃないですよ! 高すぎますよ! 何十メートルあるんですか! 頂上なんて見えませんよ!!」

 何メートル?

 リリと比較して、約50人分くらいだから。

「70メートルくらいかしら?」

「うん、よし! 聞いても意味の解らない距離と言うことだけはわかりました!」

 どう考えても無理ですよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

 なんて叫び声が、崖の上に向かって飛んでいった。
 
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