辿り着けない世界

和之

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祖父利恒の意義2

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 藩は此の大野丸を使って、蝦夷地の海産物と内地の物品との交易を通じて、藩の財政難にも一役買った。
 そこで藩主利忠が樺太開拓でおこなった業績を坂部は初めて知った。
「此の大野藩の樺太開拓では、うちの先祖は大いに貢献したんだ。それで明治になって廃藩置県で越前大野藩は幕府から認められて開拓した樺太の領地を新政府に返上した。その折に藩から樺太開拓に尽力した高村家に報いるために、希望した藩主の名前を名乗る事を許されたって訳だ」
「それが、今から百五十年前の覚え書きか」
「おじいちゃんからの又聞きで覚え書きじたいは見ていない。が、だいたいそんな風な約束事が記されているはずだ」
「身分制度が厳しい封建社会の当時としては、藩主の名を頂くことがどんなものにも代え難いものだと思うが……」
 と坂部は価値観が多様化している現代社会では、受け容れがたい問題だと認識したが、これに振り回された典子さんはどうだろう。彼女はまだ業績が記された案内板の前に立ちすくんでいる。これに坂部も高村も掛ける言葉がないが、いつまでも此処に立ち尽くすわけにはいかない。高村が黙っていれば坂部が言うしかない。
「典子さん、どうだろう。そろそろ此処を出て天守へ上がって気分転換しませんか」
 彼女は坂部の声にようやく利忠の経歴が掲げられた案内板から目を落として振り向いてくれた。
「あたしの人生って、このために費やされたんですか」
 典子さんは高村に思いの丈を打っ付けた。
「ウ~ン」
 と唸ったきり、高村は瞑想するように腕組みしてもう一度、利忠の記録を今度は己に言い聞かすように読んだ。
「今一度、聴いて一つの不安が払拭されました。もう此処を出ましょう」
 と典子さんに伝える何とも形容しがたい坂部の声に「歴史その物が不安なんだ」と無粋に独り言を云う高村にも、坂部は此処を出るように促した。






 
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