上高地で出会った金髪美少女は北アイルランド人だった

逸真芙蘭

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お前知っていたのかよ

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 家に戻り、日常の足音がひたひたと近づいてくるのを感じながら、残っている宿題をやっつけ、また一息ついた所で、二学期が始まった。
 殺人的な長さの始業式を、汗をだらだらと流しながら耐え、生徒に対する嫌がらせとしか思えないような、休み明けのテストを受け終えるころには、夏休みの気分はとうになくなっていた。

 テストを終えた次の日の朝、全くやる気のない教室の扇風機を恨めしく思いながら、真っ黒に焼けた、友人である山岸雄大やまぎしゆうだいの夏の思い出を適当に聞いていた。
「ああ、なんで夏休みはこんなに短いんだ。ようやく釣りの面白さを知り始めたころに終わってしまうなんて」
「しらねえよ。釣りなら休日にできるだろ」
「宿に泊って、朝早くに海にでかけるってのがいいんだ。それで、昼間は海に入って、夜は温泉。で今度は夜釣り」
 この遊び人は何がしたいんだか。
「お前、海の家にバイトしに行ったんじゃないのか」
「バイトもしたさ。でも楽しみだって重要だよ」
「山岳部員が海にうつつを抜かすとは、遺憾いかんだな」
「いいじゃないか、釣りくらい。さとしは山にこもっていたんだっけ?仙人にでもなるつもりかい?」
「ほっとけ」
「山にいたって、出会いがないじゃないか。海はいいよ。水着美女が毎日やってくる」
 この軟派男が。俺はお前が想像する以上に刺激的な体験をしてきたというのに。

「まあそれより、聞いたかい?今日留学生が来るらしいよ」
 雄清は話を変えた。
 話題の転換が著しく速いのは、昔から変わらない。
「ふーん」
 俺は興味がなかったので、興味なさそうに反応した。
「興味なさそうだね」
「そいつが、関わるに値する人間かまだ明らかでないからな」
 たかが外国から生徒が来るぐらいで、キャッキャうふふ騒いでいる周りの人間を、少し疎ましく思っていたが故の発言だった。
 それを自分の悪い癖だと自覚してはいるのだが、どうにも、人の性格というものは治すものが難しいらしい。
「うわっ、なんか嫌な感じがにじみ出ているよ。そのセリフ」
 自分でもよくわかっているから、余計にむっとした。
 お前だって、すべての人間と平等に交際しているわけじゃなかろうと言おうとしたところ、担任が教室に入ってきて、着席を促した。 
「今日は留学生を紹介する。えーっとイギリスから来たそうだ。入って」
 俺は、担任に言われ、教室へと入ってきたその留学生の顔を見たとき、驚きを隠せなかった。
 われわれ日本人では体現しえないような、すっとした体つきに、透き通るような白い肌、まるで、キラキラと宝玉ほうぎょくのように輝く青いひとみ、そして、彼女の美しさをより際立たせている、純粋に金色をした髪の毛。
「はじめまして。キャサリン・マーフィーです。キティって呼んでください」
 そこに立っていたのは、上高地で会った、あのキティだった。
 
   *

「お前、知っていたのかよ。お前の留学先が俺の学校だったって」
 放課後の部室で俺はキティに詰め寄るようにして尋ねた。
 キティは俺にどこの学校に通っているのかと、上高地で尋ね、俺の答えを聞いた時は、何も言っていなかった。
「驚かせようと思ったんですよ」
 今生こんじょうの別れと思っていた身としては、何だか照れくさいというか、恥ずかしいというか、とにかくそんな自分が滑稽こっけいであった。
 キティは俺の部活がどういうものか知りたいと言ったので、部室に来ていた。
 部活仲間である、山岸雄大と綿貫わたぬきさやかと、鈴木瑠奈すずきるなは珍しい物を見るような顔でいた。
 実際、キティは珍しい存在ではあったが。

 俺とキティが出会った経緯を彼らに話したところで、鈴木が妙な提案をした。
「せっかくだし、日本の街を見てもらいましょうよ」
 部活はどうするんだよと言ったところ、どうせ普段、てんでんばらばらなんだからいいじゃない。という返答が返ってきて、答えにきゅうしているうちに、キティは鈴木たちに連れ出されてしまった。仕方なく後を追う。
 
 外国人にとっては、日本に住んでいる俺たちにとっての日常が新鮮だということを、キティは教えてくれた。
 諸外国に比べ、日本は道端みちばたにゴミが少ないというのはよく聞く話であるが、特異なことはそれだけではないらしい。

 道で配達物の受け取りをみたキティが、
「家の人が、持っていた短い棒状のものは何ですか?」
 と言った時、はじめは何を言っているのか分からなかったが、それがハンコの事を言っているのだと気付いた時には少々驚いた。
「お前、昔日本に住んでいたんじゃないのか」
「でもハンコというのは目にしませんでしたね。いつもサインです」
 そういうものなのかと、納得しかけていたところ、直ぐに、たったったと、小走りして、道端にあるものをじっと眺めて、
「これは郵便ポストですね。私の国と同じで赤色です」
「多分、日本がまねたんだろう。それで何が気になるんだ」
「このマークはなんですか?」
 そういって、なじみ深い、Tの上に横棒を一本足したようなあの郵便記号を指している。こいつは本当に日本に住んでいたのか? と疑いたくなるが、
「郵便局のマークだ」
 と教えてやった。
 ところが、
「そんなことは知っていますよ」
 と一蹴いっしゅうされる。なぜか、鼻で笑われているような気がするんだが。
「全ての記号には意味があるはずです。このマークにも何か意味が」
 そんなことは考えたこともない。そんなこと別にいいじゃないかともいいたくなるが、また馬鹿にされそうだったので、何も言わなかった。すると雄大が、
「きっと、郵便局に関係あることだよね」
 まあ、そりゃそうだろうが。
 鈴木が、
「手紙の『テ』じゃない?」
 という。どうなんだろうか。
「郵便で運ばれるのは手紙だけじゃないぞ」
「そこ気にするとこ?」
 俺の言葉に鈴木はそういった。
 雄大が口を挟んで言うには、
「手紙のテかどうかは分からないけど、テから来ているのは多分あっていると思うよ」
 手紙しかなくない? と鈴木がぶつくさ言っているが、綿貫がおずおずとした口調で言った。
「もしかしたらと思うんですけど、郵便局の前身って確か逓信省ていしんしょうでしたよね」
 そうだっけか? と思ったが、自分の無知をさらす気にならなかったので、何も言わないでおいた。
「逓信省のテか。なんかそれっぽいね」雄大が賛成する。
 別に手紙でも良くない?と諦めの悪い、鈴木がいる。
 キティはそんな俺たちのやり取りを楽しそうに見て、俺にこうささやいた。
「立ち止まって街を見るって楽しいでしょう。こんなに会話が広がるんですよ」
 会話が広がったことには同意せざるを得なかった。
 
 とりあえず、大須の商店街に行こうということになり、キティにつられてちょくちょく寄り道しては、様々なものに関して、ああでもないこうでもないと議論を繰り返し、大須につくころには、それまで知らなかったことをいくつか頭に蓄えることができていた。

 そろそろ商店街に入る頃、という時にキティが興奮した様子で言った。
「見て下さい!」
 指差す先には、信号機が。ただの信号機だったのならば、こいつは何を言っているんだと思っただろうが、その信号は、東西南北の自動車用と歩行車用の信号が一体となったものだった。確かに珍しいと言えば珍しいが。
「場所が狭いから、合理的な作り方だと思うぞ」という俺。
「あの信号いつも思っていたんだけど、見にくいのよね」
 と言う鈴木。
「大須で信号なんて見ないからな、今気づいたよ」
 という問題発言の雄大。
「もうなれちゃいました」
 と言う綿貫。
「珍しい物を見ました。感動です」
 と嬉しそうな、キティである。

 奇妙な信号機を後にし、ようやく俺達は名古屋随一の商店街である大須商店街に足を踏み入れた。
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