上高地で出会った金髪美少女は北アイルランド人だった

逸真芙蘭

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金髪美少女と仲良くなる方法

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 次の日の朝、開店の準備をしていたところ、店長が俺の事を呼んだ。
「美山君。お客さんだよ」
 こんなところに、朝早くから誰が来るのだろうと、首を傾げながら、表に出ると、昨日の少女が立っていた。ジェームズも横にいる。
「美山さん、おはようございます。昨日は、助けて頂き、どうもありがとうございました」
 そう言って深々と頭を下げる。それから、少女はジェームズの方に目をやって、何かを促す。
 ジェームズはしぶしぶといった様子であったが、
「昨日は、無礼を働いて申し訳ない。お嬢様がいなくなって気が立っていたもので」
 あれほど怖い思いをすることはなかなかないのだが、俺は根に持つ方ではない。
「いや、いいんです。気にしないでください」
 今度は少女が話をする。
「昨日の御礼です。私の国の特産品です。受け取ってください」
 そう言いながら、少女は小包を俺に渡した。
「見てもいいか?」
「ええ」
 見ると、中にはチョコレートが入っていた。パッケージは英語で書かれてある。
「そういえば、名前をまだ聞いていなかったんだが」
 チョコレートの箱を袋に戻しながら、俺は少女に向かって聞いた。
「これは失礼しました。わたし、キャサリン・マーフィーと言います。キティと呼んでください」
「イギリス出身なのか?」
「いいえ、北アイルランドです」
 北アイルランド? 俺はヨーロッパの地図を頭に思い浮かべる。北アイルランドは確か、大西洋にある島で……。
「北アイルランドもイギリスだろう」
 首をひねってそういう。
「いいえ違いますよ」
 俺は首をかしげた。
 記憶が確かならば、北アイルランドはイギリスに含まれている。イギリスから独立したという話も聞かない。もしや、このキャサリンは俺の事をからかっているのか、と思い、顔をうかがってみるが、ふざけている様子も見られない。まさか本国の人間が自分の国の事を把握していないということもないだろう。
 俺はこの謎についてしばらく考えてみた。
 頭が混乱しそうになる。イギリス人であるのに、イギリス人ではないとはどういうことか。
 俺がうんうんうなっていると、キティが言った。
「私はイングリッシュではないということですよ」
 ようやく、キティが何を言いたがっているのか分かった気がした。
 一つの予想が思いついたので口にしてみる。
「もしかして、ブリテンと言わなきゃだめか?」
「んー、私はブリトンの人とも違いますね」
 そうか、そういえば北アイルランドはブリテン島と陸続きではない。
「いいたいことはわかったよ」
「そうですか」
 要は、イギリスは、イングランドの事を指しているので、北アイルランド出身の彼女はイングランド人と混合されるのを嫌っているということだ。ブリテンと言ってもダメなのは、北アイルランドが、グレートブリテン島の一部ではなく、別の島に属するからということなのだろう。
「じゃあ、UKと言えばいいか?」
「そうですね。その方がいいです」
 向こうの人間は、どうやらこのことを気にするらしい。今度イギリス出身の人間にあっても、むやみにイギリス人と呼ばない事にしよう。
「それで、昨日はどうして一人で歩いていたんだ? 河童橋かっぱばしを見に行こうとしていたのか?」
「実は、槍ヶ岳やりがたけを見たいと思いまして。ホテルからだと見えませんから」
 ヨーロッパには、本物のアルプスがあると言うのに、わざわざ日本の山を見に来るとは変わっている。そうは思ったが、彼女が昨日一人で、遊歩道を歩いていた理由も分かった。
「ホテルからだと穂高ほたかの後ろに隠れるからなあ。槍を見ようと思ったら、かなり歩かないと駄目だぞ。とりあえずそんな恰好かっこうじゃ無理だ」
 キティは昨日と同じような、ワンピースを着て、サンダルをはいている。
「そうですか……」
 キティはひどく落ち込んだ様子で行った。
「どうして槍ヶ岳が見たいんだ。スイスのマッターホルンに比べればちんけなもんだと思うんだが」
「父が好きだったんです。だから私も見ておこうと思いまして」
 なるほどねえ。とするとキティの親父さんは日本になじみ深い人間なのだろう。
「どのくらい滞在する予定なんだ?」
「夏の間はここにいます」
 ヨーロッパの金持ちは、やることが豪快である。例のホテルの宿泊費は決して安くはない。そこに一か月近く泊まるのだとしたら、相当な金がかかるはずだ。
 住む世界が違う彼女を前にして、卑屈ひくつな気分になってもおかしくはなかったが、なんだか彼女に対しては親しみを感じていたので、機会があるのならばもっと話がしたいと思った。外国の人間と話をする機会というのはなかなか貴重なものであるし。
「俺はあと二週間したらいなくなるけど、それまでにまた用があったら来てくれ」
「そうですね。本当にありがとうございました」
 そう言って、キティとジェームズは去って行った。

 上高地での生活も最終日を迎え、俺は家に帰る準備をしていた。
 今は目に焼きついた、穂高連峰ほたかれんぽうと梓川の景色がしばらく見られなくなると思うと少し寂寥せきりょうの念を感じる。

 帰る際に、キティの泊っているホテルに寄って挨拶をすることにした。

 用があったらと言ったのだが、あれから、キティはほぼ毎日、店に来て、昼食を食べたり、俺と少し話をしたりした(横でジェームズが構えていたのには辟易したが)。俺に助けられた恩を感じていたせいかもしれない。
 キティの父親は外交官で、昔家族で日本に住んでいたこと、それで日本語が上手なのだということ、カトリックの家柄だが神様はあまり信じていないのだということ、夏休みが終わったら、二ヶ月程日本の学校で勉強していくのだということなど、この二週間の間でキティについて様々な事を知った。
 そんなわけで、少しとは言えないくらい、俺たちは仲良くなっていたのだ。

 ホテルのエントランスに入ると、ちょうどキティがバルコニーで朝食をとっているのが見えた。
「よお、キティ。今から帰るところだ」
「そうですか。寂しくなりますね」
 しんみりした雰囲気になる。考えてみればここで別れてしまえば、一生会うことはないのかもしれない。
「また日本に来たら教えてくれよ」
「私はまだ少しいますけどね」
「そうだったな」
 それから、二人して黙り込んでしまう。別れのシチュエーションはどうも苦手だ。
 だが、敢えて陽気に振る舞うことにした。
「また会えるさ。See you againだ」
「そうですね。今度会う時は、お酒が飲めるようになっているでしょうね」
「お前、酒癖悪そうだけどな」
「ひどいですよ」
 とは言いつつも彼女の目元は微笑んでいる。
 そんな軽口ももう叩けなくなる。そう思うとやはり寂しかった。
 名残なごり惜しい気持ちを感じつつ、別れの挨拶をし、俺は上高地を後にした。。
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