上高地で出会った金髪美少女は北アイルランド人だった

逸真芙蘭

文字の大きさ
7 / 11

蜻蛉を英語でいうと、格好いい?

しおりを挟む
 まずくもないが、うまくもない紅茶をすすりながら、下品な衣装をしている店員のほうを見ないように、窓の外を眺めていた。もうそろそろ、文化祭二日目も終了するなあと思っていた時に、キティは口を開いた。
「私、火は怖いんですよね」
 急に何を言い出すんだと思ったが、話題に合わせる。
「……俺も好きではないが、使わざるを得ないだろ」
 暖かいご飯と、風呂は人類に与えられた最上の喜びであると俺は思っている。

「それはそうなんですが。……美山さんって私の国のことどれくらい知っていますか?」
「UKの国の一つってことぐらいかな」
「ですよね……。こっちに来てから、日本がとても平和であることがとても羨ましく思っています」
「お前の国だって十分平和だろう」
「……やっぱりご存じないですか。今私の国はとても平和であるとは言えない状況です。各地で爆発テロが頻発し、多くの市民が犠牲となっています」
 俺は突然の話題に、言葉を失った。キティの国がそんな状況にあることを知らなかったのだ。
「なんで、そんなことが」

 そういってから、北アイルランドがどういう国であったかを思い出した。
 連合王国に支配され、その後に独立を果たしたアイルランド南部と連合王国に止まることにした北アイルランド。北が連合王国に帰属する決意をしたのはそもそも北部にはブリテン島の人間が多かったからだ。
 現在まで少数派であるカトリック系の元アイルランド人は差別的な扱いを受けている。
 目の前にいる少女が、俺が日本で過ごしてきた日々ほど弛緩しかんした日常を送ってきたはずがないのだ。
「私の国では、アイルランド共和軍、IRAがプロテスタント系の私兵団と政府とを相手取り、闘争とうそうを仕掛けています。美山さんは銃声を聞いたことがありますか」
「テレビでしかないな」
「あれってかなり大きな音なんですよ」
 そういうキティの声は震えていて、とても儚く聞こえた。
 俺の想像する以上にキティは辛いものを見てきたのかもしれない。

 最終日の体育祭をもって平日五日間連続で行われた学校祭は終わりを迎え、学校祭終了から一週間が経過し、熱狂も冷める頃になったとき、夜の山から夜景を見ようという話が部内で持ち上がった。
「どうやって登るんだよ」
「私の姉が、車を出してくれることになってるんです」
 綿貫が言った。
「お姉さんって、大学生の萌さん?」
 あの人は綿貫と違ってきつい感じがして少し苦手なんだよな。
「はい。キティさんも是非」
 綿貫はキティのほうを向き直って言った。
「私も行っていいんですか?」
「もちろんですよ」

 目的地は岐阜県の池田山。去年登っているが、夜の池田山から見る岐阜の街はきれいらしいというのを聞きつけて、夜行登山をしようということになったのだ。さすがに暗闇の中をヘッドライトの明かりで登るのは危険だと判断して、綿貫の姉である萌さんに協力を依頼するという形で話がまとまった。

 決行は金曜の夜。明日は第二土曜日であるので、学校は休みである。
 萌さんの車に乗って池田山の頂上へと向かった。他の客もちらほらと見える。
 その日は快晴で、岐阜の街がよく見えた。
「きれいですね」
 キティがうっとりとした声で言う。
「そうだな」
 夜景に加えて、街を外れたところにあるので、星も名古屋の空より多く見えた。
 登山というより、ドライブであったが、まあこれも悪くない。
 持ってきたコンロで、お湯を沸かし、紅茶を飲みながら、岐阜の夜景と遠くに見える名古屋の街、そして秋の夜空に映える星を眺めながら、楽しいひと時を過ごすことが出来た。

「またいつか来ましょうね。皆で」
 綿貫が帰りの車の中で言った。
「今度来るときは自分たちで運転してよ」
 綿貫の姉の萌さんがそういう。
「いつかか」
 果たしていつかはやってくるのだろうか。気づけば、キティの滞在期間もあと二週間となっていた。北アイルランドに帰れば、容易にはあえなくなってしまう。
 俺の言葉の意味に、その場にいた全員が気づき、しんみりした雰囲気になってしまった。
「大丈夫です。私は日本に絶対また来ますし、よろしかったら皆さんも北アイルランドに来てください。北アイルランドで見る星空は格別ですよ」
「私、行ってみたいかもです」
 綿貫がそういった。
「星空見るなら、日本アルプスから見るのも最高だぞ。キティは結局槍ヶ岳見てないよな」
「あっ、そうでした。そうですね、今度日本に来るときは自分の足で山にも登ってみたいですね」
「俺が連れて行ってやるよ」
「楽しみにしています」
 あんた、何かっこつけてんのよと、鈴木は野次を飛ばしたが、さして気にならなかった。
 
 車内で、お喋りに興じていたところ、綿貫があるクイズを出した。
「実は、私には妹がいるんですが、名前をユミといいます。それではユミとはどのような漢字を書くのでしょうか?」
 ある意味難問である。由美、裕美、祐実、優美……書き出せばきりがないだろう。
「わかんないな。ヒント頂戴」
 と鈴木が言った。
「そうですね。姉と私の、妹というのが、一つのヒントです」
 それはヒントと言えるのか甚だ疑問である。当然誰も答えられるはずもない。誰も何も言わないので、綿貫は第二のヒントを出した。
「姉は、四月生まれで、私は七月生まれで、ユミは十月生まれです」
 季節に関係した名前ということなのだろうか。綿貫は続けて、三つ目のヒントを出した。
「私の名前は、ひらがなで書きますが、漢字を当てようと思ったら、蒴果さくかと書きます。萩原朔太郎はぎわらさくたろうの朔に草冠を付けて、果実の果で蒴果です。『さくか』が『さっか』になって、『さっか』が『さやか』になったんです」
 俺はてっきりもっと別な漢字を想像していたんだが。
「清らかのさやかじゃないんだな」
「そういう意味もかけてありますよ。さすが美山さんです」
 お褒めに与り恐悦至極。

 ヒントは以上ですが、と綿貫は言った。これで当てるなど、ほとんど、運の領域じゃないかと思う。
「駄目、私全然わかんない」
 鈴木は、早々にリタイアした。
「私漢字はあまり得意じゃなくて」
 外国人であるキティは少々、分が悪い。
「僕も漢字は苦手だな」
 くだらない雑学をため込む、雄大はもっと日本人としての素養を身につけてほしい。

 というわけで、皆、俺の顔を覗き込む。
 自信はなかったが、俺は答えを口にした。
「実を結ぶと書いて、結実じゃないか」
「美山さん正解です。お見事」
 と綿貫が言うと、鈴木は随分と悔しそうに、なんであんたに分かるのよ、と言った。
「美山さん、どういうことですか?」
 キティは俺がどうしてわかったのか知りたがった。

 綿貫がヒントと言って出したのだから、考える材料はそれしかない。一つ目の、萌さんと綿貫、の妹が結実である、というヒントは、とりあえず置いておこう。二つ目、萌が四月生まれで、さやかは七月生まれ、そして結実が十月生まれ。最初に予想したように、彼女らの名前は季節に関連付けられて命名されたものだ。そして三つ目のヒント、さやかを漢字で書くとしたら『蒴果さくか』と書くという。蒴果とは綿の実のことである。
 以上のことから、結実が二人の妹であるということを付け加えて考えてみると、春に綿の芽が『萌』えて、夏に、子房である『蒴果』ができて、そして秋に、収穫、つまり『実を結ぶ』というように、彼女らの苗字に関連深い、綿の一年を三姉妹で表現した形になる。

 こんなことは、ひらめきによるところが大きいし、綿貫家が繊維産業で興隆し、そして、綿貫の父親が言葉遊びが好きなんだという、事実を知らない(俺は綿貫の父親に会ったことがあった)、キティ並びに、鈴木と雄大にはちょっと難しい問題だったろう。
 キティは話を聞くと、至極感心したようだった。俺はなんだか照れくさくなって、「たまたまだ」と言った。

 山道をくだって、田んぼ道に差し掛かったところ、キティが何かに気づいたように小さく声を上げた。
「あっ」
「どうした」
「何か光るものが飛んでいました」
「火の玉?」
「なんだか、虫のような」
 キティは雄大のボケを華麗にスルーする。
「遅れ蛍じゃないか」
「ほんとですか!お姉ちゃん車止めて」
 綿貫がそういって、萌さんは車を止める。
 俺たちは車から、下りて、よく目を凝らしてみた。近くには小川が流れているらしく水の音が聞こえる。

「あっ、いた」
 雄大が声を上げた。
 たしかに、蛍が何匹も宙を舞っていた。遅れボタルがこんなにいるとは珍しい。
 雄大はもっと近づこうと思ったらしく沢に降りて行った。
「お前よく、車の中から見つけられたな」
 キティに向かってそういった。キティはふふふっと笑って返す。

 その時である。大きな水の音がした。
「ちょっと雄君何やってんの!」
 鈴木が悲鳴に近い声を上げる。
 どうやら、雄大が沢に落ちたらしい。虫を追って川に落ちるとは、小学生かよ。すると横で、キティが笑っているのが聞こえた。
「ちょっと、キティちゃん笑わないでよ」
 雄大が情けない声を上げる。
「いえすみません」

 何がそんなにおかしいのだろうか。
「どうしたんだ」
「いえ、昔のことを思い出したんです。私もああやって、虫を追いかけて川に落ちたことがあって」
「へえ、お前もそんなことしてたんだな」
「ええ、家の近くの公園で、そこは中央を大きめの川が流れているんですけど、教会の鐘が鳴るまでよく遊んでいました。確かドラゴンフライを追いかけて川に落ちたんだと思います。そこを石橋の上を通りかかったジェームズが川に飛び込んで助けてくれたんです」
「ジェームズって」
「その時はまだ、家で雇ってはいませんでした。父がそのことに感激して、職を探していた彼に、私のボディガードをするよう頼んだのです」
 その話を聞いてあのいかつい大男を少し好きになった気がした。
 
 びしょ濡れになった雄大を見た萌さんの顔は、暗くてよくわからなかったがおそらく、不愉快な顔をしていたはずである。タオルを投げつけ、早く拭けといい、それでも湿っていた雄大の体をバスタオルでぐるぐる巻きにしてから、愛知へと戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

元恋人と、今日から同僚です

紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。 仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。 「今日から、この部署に配属になった」 そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。 かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。 仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。 恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。 仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。 元恋人と同僚になった二人。 仕事から始まる新しい恋の物語。

【完結/番外追加】サリシャの光 〜憧れの先へ〜

ねるねわかば
恋愛
彼女は進む。過去に囚われた者たちを残して── 大商会の娘サーシャ。 子どもの頃から家業に関わる彼女は、従妹のメリンダと共に商会の看板娘として注目を集めていた。 華々しい活躍の裏で、着実に努力を重ねて夢へと向かうサーシャ。しかし時には心ないことを言う者もいた。 そんな彼女が初めて抱いた淡い恋。 けれどその想いは、メリンダの涙と少年の軽率な一言であっさり踏みにじられてしまう。 サーシャはメリンダたちとは距離をおき、商会の仕事からも離れる。 新たな場所で任される仕事、そして新たな出会い。どこにあっても、彼女が夢を諦めることはない。 一方、光に囚われた者たちは後悔と執着を募らせていき── 夢を諦めない少女が、もがきながら光を紡いでいく軌跡。 ※前作「ルースの祈り」と同じ世界観で登場人物も一部かぶりますが、単体でお読みいただけます。 ※作中の仕事や制作物、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

処理中です...