ツンデレからデレを引いたような女のせいで、高校生活が憂鬱なんだが

逸真芙蘭

文字の大きさ
6 / 43

悪かったって言ってるだろ

しおりを挟む
 放送室に鍵をかけて、昇降口へと向かった。

 俺はどうしていいかわからなかった。
 今まで生きてきて、誰かを傷つけたことなんて一度もなかった。……当たり前か。誰かと真剣に渡り合ったことがそもそもなかったのだから。
 橘美幸は、いったい何を望んでいるというのか。
 あいつは俺のことが心底嫌いだ。俺を攻撃し、貶めることで、喜びを得ようとしている。だが、彼女は俺に噛まれるとは、こっれっぽっちも考えていなかったのだろうか。

「……俺は悪くない」

 家についてから、ソファに座ってボーっとしていた。何をする気も起きなかった。胸のあたりにむかむかとしたものがあるような気がして、どうにもならなかった。

 ガチャリと戸が開く。不出来な兄とは違って、友達がたくさんのリア充ライフを送っている、妹の穂波が帰って来たらしい。

「ただいまあ、ってどうしたのお兄ちゃん。いつもの腐ったお兄ちゃんが、熱くなってるよ。腐敗して熱が出てるんじゃないの。元気出せ元気もとき

「人の熱が出るメカニズムは、そんなものじゃない。そもそも熱なんか出てないし」
「でも、イライラしてる」
 何を言うか。
「この、花丸元気もときさまがイライラするわけないだろうが。昔からよく、女子に仏様みたいと言われてきた俺だぞ」
「……それ、年中ボッチで、全くしゃべらないお兄ちゃんを揶揄した言葉でしょう」
 ……うん、なんとなく知ってた。

「とにかくだ。俺はちょっとやそっとのことじゃ、怒りはしないんだ。そもそも、人との交流がないから、傷つくこともない。そのうち、『ぼっちのすすめ』でも書いてみようと思う」
 ベストセラー間違いない。
「……やっぱなんか変だよ。いつもならそんなこと言わないもん。なんか、空元気。普通はもっと淀んでるよ。話してみてよ。話したら楽になるから」
 ……人とのかかわり方など、穂波の方が俺より得意なのは、言うべくもない。
 妹に相談事など、情けないこと、この上ないが、

「……ちょっとな――」

 今日何があったのかを、すべて妹に話した。

   *

「うーん。ちょっと一言いいですか?」
 俺の話を聞きおいて、眉間を指で押さえながら、穂波は言った。

「なんだよ」
「お兄ちゃんは馬鹿なの?」
「あーん? 俺はどちらかというと、頭のいい部類に入る。世間一般で見ても」
 そういったら、穂波は分かりやすくため息をつく。
「はー。そういうところだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは勉強ができて、いろんなこと知ってるけど、人の気持ちが全然わからないの。単純じゃないのよ、人の感情は」
「だったら、橘が何を考えているのか、お兄ちゃんに教えてくれよ」
「ほら、そうやってすぐ答えを知ろうとする。あのね、お兄ちゃん。話して話して、何度話し合いをしても、わからないことってあるの。家族でさえそうなんだから。でもね、わからないからと言って、何もしないでいいということにはならないのよ。お兄ちゃんは、その橘さんって人が、何を考えているのか、知ろうと努力しなきゃいけないのよ。とりあえず、お兄ちゃんがすべきことは、謝罪よ」
「俺は悪くない」
「そう思っていたとしても、謝りなさい。女の人泣かせたら負けなのよ」
「うわ。でたよ。俺は真の男女平等論者だから、女が泣こうがわめこうが、容赦するつもりはない」
 そもそも、あいつは泣いてないし。
「あ?」
「――とか言わないけど。……とりあえず謝る」
「うん。お兄ちゃんはやればできる子なんだから。頑張ってよね。じゃあ、私宿題やるから」
 そういって、穂波は二階に上がって行った。
 

 翌朝、教室に着いたところで、わざわざ橘のところに行って話をするというのも、なんだかおかしい気がして、言い出せないでいた。

 昼休み、先生と約束したように、部活の仕事はこなさなければならない。機器の操作に慣れるまでは、昼の放送はやらなくていいそうだが、とりあえず、待機だけはしておく。

 教室を出たとき、すでに橘の姿は見えなかった。先に行ったのだろうか。鍵を借りに行って、顔を合わせるのも気まずかったので、自販機で飲み物を買って、適当に時間をつぶした。

 放送室に入る。
 扉を開けて入ったところで、橘が中にいるのは分かったのだが、彼女は俺が入ってきたというのに、こちらを見向きもしなかった。

「あの……」
 なんだか急に怖くなって声が出なくなってしまった。
 
 とりあえず席に着くことにした。 
 橘と対角線の席に座る。俺が来たことに絶対気が付いているはずなのに、まるで俺のことを空気のように扱っている。それこそクラスの連中のように。そうか、橘もクラスの連中並みに俺のことを扱えるようになったのか。……。

 そうか、あれをすればいいんだ。
 俺はできる限りの笑顔を作って、言った。
「こんにちは、橘様。今日もお美しいですね」
 …………。

 その昼、放送室で再び、音が出ることはなかった。

   *

 さて、放課後だ。ゲームを始めようか。

 昼休みは失敗だった。どんなゲームも作戦を立てないことには始まらない。昨日妹から、何か、マニュアルのようなものを聞いていなかったか?
 
 穂波は俺になんて言ってた?
『とりあえず、お兄ちゃんがすべきことは、謝罪よ』
 そうだ、謝罪だ。悪いことをしたら謝る。悪いことをしていなくても謝る。とりあえず、先に謝っておけ。日本人の十八番ではないか。とりあえず、すみません。あっ、すみません。えっ、すみません。
 日本に来る外国人が覚えるべきフレーズ、ナンバーワン、「すみません」。
 とりあえずこれを覚えておけば、日常生活は何とかなる気がする。
 
 それはそれとして。

 折角のマニュアルがあったというのに、それをガン無視していたんじゃ、攻略できるものもできなくなってしまう。
 俺も男だ。潔く頭を下げてやる。

 意気込んで放送室の戸を開けた。昼と同様に、橘美幸はこちらを見ようとはしない。

 俺は咳払いをする。
「その、……なんだ。お前が放送部に入っていたのを迷っていたとか、そういうことも可能性としてはあったわけで、俺が入部したとか、そういうことは理由の要素とはなったかもしれないし、おしゃべりなお前が会話相手を探していたというのもあっただろうし、なかなか、素直になれなかったところで、いろいろと回りくどいことをしたのかもしれんが、……なんだ、その、……俺の言い方が悪かった」
「……扉を開け放していたせいで、羽虫が入ってきたようね。羽音がうるさくて、読書に集中できないわ。電子蚊取り器って、羽虫にも聞くのかしら。今度部費で買ってしまうというのも、いいわね」
「……橘、お前にとっちゃ軽く映るかもしれんが、こうして、謝罪してんだ。いい加減機嫌を直してくれないか。他人と二人で、無音の密室なんて、さすがの俺でも耐えかねる」
 橘は立ち上がって、俺の前にまでやって来た。

「あら、花丸君。頭を下げてどうかしたのかしら。私に無礼な口をきいた揚句、スカートの中まで覗こうとするなんて、あなたどれだけ、汚いのかしら」
「悪かったって、言ってるだろ」

「花丸君。あなたが住んでいる、治安の悪い地域では、それが謝罪になるのかもしれないけれど、一般の日本人は、誰かに謝るとき『申し訳ございませんでした』と言って、腹を割るところまでやって、初めて正式な謝罪として成立するのよ。あなたは友達がいないから、そういうこともわからないのでしょうけれど」
 この女、下手に出てりゃあ。いや……今は我慢だ。

「申し訳ございませんでした。何でもしますんで、割腹だけはご勘弁ください」
「……まあ、別にいいのだけれど。私にとってあなたなんて、羽虫以下の存在なのだから、どこをどう飛び回ろうが、私が怒るほどのことでもないのよ。あなたの蚊の鳴くような、言動で私が気分を害するなんて、大きな勘違いよ、花丸君。でも、あなたが私に謝罪をしたいというのなら、させてあげても構わないわ。……今度、名古屋で買い物をするから、荷物持ちをなさい。日時と場所は追って連絡するわ」
「……お許しいただきありがとうございます、橘様」
「お美しい橘様に、優しくして頂き、感動しました、が抜けているわよ」

「……おい、いい加減に」
「冗談よ。……早く座ったら。いつまでも間抜けみたいに、頭下げてないで」
 顔を上げて、彼女の顔を見たところ、いつもの人を小ばかにしたような笑みをしていた。

 まあ、多分ミッションは一応クリアだ。妹よ、お兄ちゃんやったぞ。
 

 




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。

東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」 ──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。 購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。 それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、 いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!? 否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。 気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。 ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ! 最後は笑って、ちょっと泣ける。 #誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎第3部より毎週月・木・土曜日の朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

『クラスで一番モテない男が、幼なじみと“仮恋人契約”したら、本物の恋に気づいてしまった件』~報酬はプリン100個。彼女が部屋でだけ甘えん坊

月下花音
恋愛
【完結済/ハッピーエンド保証】 「ねえ、私の彼氏になりなさいよ」 「……は?」 大学1年の春。クラスで一番モテない男・藤堂健は、幼なじみの白石玲奈からトンデモない提案を受ける。 彼女は容姿端麗、成績優秀、そして近寄る男を氷のような視線で排除する、通称“氷の女王”。 そんな彼女が差し出したのは、2週間の『仮恋人契約』だった。 条件:完璧な彼氏を演じること。 報酬:高級プリン100個。 「断ったら……どうなるか分かってるわよね?」 「よ、喜んで!」 プリンに釣られて(脅されて)始まった契約生活。 しかし、いざ始まってみると――。 「……健、手繋いでいい?」 「……演技だから、もっとくっついて」 「……帰りたくない。今日は泊まっていっていい?」 おい、ちょっと待て。 これ、本当に演技なのか? ただの幼なじみだったはずの彼女が、契約期間中だけ見せる無防備な顔、甘い声、そしてとろけるような笑顔。 これは演技なのか、それとも――? 「契約とか関係ない。俺は、お前が好きだ」 モテない男と氷の女王。 嘘から始まった恋が、世界で一番甘い「本物」に変わるまでの、2週間の奇跡。

陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!

みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!  杉藤千夏はツンデレ少女である。  そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。  千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。  徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い! ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。

クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。 ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。 無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。 クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。ノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 超高速展開、サクッと読めます。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

辺境伯令嬢が婚約破棄されたので、乳兄妹の守護騎士が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  王太子の婚約者で辺境伯令嬢のキャロラインは王都の屋敷から王宮に呼び出された。王太子との大切な結婚の話だと言われたら、呼び出しに応じないわけにはいかなかった。  だがそこには、王太子の側に侍るトライオン伯爵家のエミリアがいた。

処理中です...