ツンデレからデレを引いたような女のせいで、高校生活が憂鬱なんだが

逸真芙蘭

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天に向かって唾を吐く

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「よお、花丸。昨日マネージャーと言い争いしてたろ。よくやるよな。俺でも怖いのに。というか三年のマネージャーが一番怖い」
 翌日、教室で、友達である机くんと仲良くしていた俺に、サッカー部の某君が話しかけてきた。
「引き受けた仕事だから仕方ない」
「その心意気には感服するが、ちと目立ちすぎたな。目つけられたぜ」
「……エース様にか?」
「いんや、キャプテンだよ。放課後、教室に残ってろだってさ」

 
 上級生に呼び出されることほど、恐ろしいことはない。流石に殴られるようなことはないだろうが、花丸元気の高校生活が非常に不安定な物になっていることは確かだ。
 友達のいない俺から、これ以上何を奪うというのだろう。

「花丸くん。散骨は何処にすればいいかしら?」
 話を聞いていたのだろうか、橘が近づいてきた。
「俺死ぬ前提なの?」
「冗談よ。まあ、社会的にはすでに瀕死状態かもしれないけれど」
「それは冗談ではないな」

   *

 いったい何を言われるのだろうと、半ば上の空で、授業を受けた。先生の言葉も耳に入らず、
「ちょっと、花丸くん。目開いたまま寝てるの? 生きてる?」
 と言われ、気の動転した俺は、橘に言われたものだと思って、
「今は授業中なんだから、話しかけてくるなよ、橘」
 と返した。
 二、三秒間が空いてから、くすくすと忍び笑いが漏れてきた。

「先生が質問したんだけど……。橘さんと仲がいいのはわかるけど、授業には集中しましょうか」
「あ、すみません」

 恐る恐る橘の方を見てみたら、案の定顔を真っ赤にしていた。うわ、激おこだよ。
 ……後でなじられるだろうな。
 
 ホームルームが終了して、本来であれば、放送室に行って、下校時刻まで時間をつぶすところなのだが、今日は会ったこともない先輩から、待て、と命令がかかっている。
 逃げるわけにも行かないので、放送室に行くことはせず、教室で待っていた。

「放送部いるか?」
 野太い声が、俺たちのクラスに響いた。
 授業から開放され、賑わいでいた教室がしんとなる。引き締まった顔つきからして、上級生であることは察せられたようだ。
 ちょっと怖気づいてきた……。
「……俺ですけど」
 そうしたら、キャプテンは手招きした。廊下まで出てこいということか。
 橘も席を立って、様子を見届けるつもりらしい。
「サッカー部主将の、堂本だ」
「放送部の花丸です」
「橘です」

 堂本先輩は、前置きも、なければ当然アイスブレイクをすることもなく、いきなり、
「お願いがあるんだが」
「なんですか?」
 大方手を引けとでも言いに来たのだろう。
 だが、堂本先輩の発言は、予想から大きく外れたものだった。

「安曇を退部するよう説得してほしい」
 はい?
「どうしてですか?」
 女子マネージャーたちはまだしも、少なくともこの人が、安曇に悪感情を抱くような理由は見当たらない。
「史上初の、インターハイ出場だぞ。一人の女のために、あいつの神経を鈍らすようなことはしたくないんだ」
「あいつとは?」
「金本だよ。うちのエースストライカーだ」
 ああ、噂のエース様か。
「金本が、安曇に惚れてから、サッカーが下手になったよ。ボーっとすることも多くなったし、振られてからは、目も当てられないような状態だった」
「……安曇から言い寄ったわけじゃないって知ってたんですか?」
 この人は知ってて、真実を誰にも告げなかったんだ。そのせいで安曇は……。
「友人のことくらい、把握している。女子たちは騒いでたみたいだが、すぐに収まるもんだと思っていた。まあ、サッカー部にいるのが嫌になって、やめてくれるなら、それはそれでいいと思ったし。
 あいつは天才だよ。今年のメンバーは本当に腕のあるやつがそろってるんだ。全国でもいいところまで行けるかもしれない。俺たちは今年で終わりだし、これを逃したら、こんな幸運は、もううちの高校には巡ってこない。それを一年の女子何かのためにめちゃめちゃにされたくない。だから説得して辞めさせてくれ」
 そういって、堂本先輩は頭を下げた。

 身勝手だ。
 確かに俺たちも安曇にサッカー部を辞めるよう、勧めたが、キャプテンのその発言には怒りを禁じ得なかった。
 狂っている。
 能力があれば、何をしてもいいのか? 弱い立場の人間を傷つけてもいいのか?

「ふざっ……」
 不意に口を抑えられた。橘の手だ。
「やめなさい、花丸くん」
 橘は俺を抑え込んだまま、
「私達の方でも、すでに安曇さんには、転部を勧めています。あなたから言うのは、酷でしょうから、こちらで上手くやりますので、安心してください」
「よろしく頼む」
 
 そのまま、キャプテンは歩いて行ってしまった。

 ようやく手を離した橘に向かって、
「……なんでだよ。お前はおかしいと思わないのかよ」
「思うわ」
「ならなんで?」
「他にどうしようもないからよ。彼女に嫌がらせをした人間を全員辞めさせろとでもいうつもり? あの場所はもう安曇さんにとって、居心地の良い場所ではない。彼女を貶めようとする連中からは離すのが道理だわ」
「……くそっ」

 もやもやした、胸にわだかまったものは、簡単になくなるわけもなく、放送室に入ったあとも、俺は安曇とサッカー部のことを考えていた。
 人生が何でも思い通りになるとは思わない。現実は望まない結果になることが殆どで、みんな半ば諦めて毎日を過ごしているのかもしれない。
 分かっていても、俺は納得した気持ちにはなれなかった。
 
 戸を叩くものがあった。橘が入るように声を掛けると、中に安曇が入ってきた。
 先ほどの話をどう切り出したものかと、思いながら、腰かけるよう勧める。

「話があって来たんだけど」
 おずおずと安曇は口を開いた。
「何かしら?」
 気を落ち着かせるためか、口に出す勇気を持つためか、安曇は少し息を吸ってから、
「サッカー部辞めてきた」
 と言った。
 俺と橘は顔を見合わせた。
 サッカー部の主将が安曇を追い出したがっていたことを、告げる必要は端からなかったわけだが、これで不自然に安曇を退部に追い込む必要もなくなったわけだ。
「そう。辛かったかもしれないけれど、良い判断だと思うわ。顧問の先生はなんて?」
「そうかって、言って、頑張れよって言われた」
 随分あっさりしたものだ。インターハイに心を砕いているせいかもしれないが、教師なのだから、生徒のケアをしっかりしてほしいと思うのだが。
「それで、転部先は決めたの?」
「ここに入るよ」
「そう。歓迎するわ」
 そういって、橘はにっこりと微笑んだ。
 それから真顔に戻って、
「ごめんなさい、安曇さん。相談を受けたのに、あなたに辛い思いをさせてしまって」
「ううん。気にしないで。二人には本当に感謝してる。今考えたら、続けても絶対いいことなんてなかったし、やめられて清々してるよ。だからいいの。……まるモンもありがとね」
「……おう」
 
 本当にこれでよかったのだろうか。
 俺には、安曇が無理をして笑っているようにしか見えなかった。
 だからといって、何もできない自分を苦々しく思った。

   *

 放送部に入部した安曇に業務を一通り教えたころには、夏休みも間近に迫っていた。
 放送部に寄せられる相談の数は、お悩み相談室を始めてから、減ることはなく、放送室の前に設置した、相談箱の中には、見る度生徒たちの悩みが書かれた紙が入れられていた。
 安曇にも相談の返事をするよう言ったのだが、「私にはあんなのできない」と断られてしまっている。
「そうよ花丸君。あなたみたいに捻くれた回答なんて、誰にでもできるものではないのだから」
「俺じゃなくて、お前のトンデモ発言の事を言ってると思うぞ」
「……いや、二人ともなんだけど」

 そんな話をしていた時、放送室の内線が鳴った。
 橘が、出なさい、と目で合図をしてきたので、しぶしぶ受話器を取る。
「こちら放送室です」
「執行部の綿貫です。花丸君? お願いがあるんだけど」
 執行委員長、綿貫萌菜。風紀委員につかまった俺を、美化活動に駆り出した人だ。
「なんですか?」
「明日、十三時から応急救護の講習があるから、各部活の代表者は二名ずつ参加するよう昼の放送でアナウンスして欲しい」
「はあ。わかりました」
「じゃあ、よろしく」
 ぶつっと切れたのを確認して、受話器を置いた。

「誰かしら?」
 静かにしていた橘が俺に尋ねてくる。
「女傑様が、明日の放送で、応急救護講習のリマインドをしろだとよ」
「あら、あなた他の女の言うことは素直に聞くのね」
「なんだ? 嫉妬してんのか」
「どうして私が嫉妬する必要があるの? あなたが美人の年上の女の人の電話を受けて、にやにやしてたのが気持ち悪かっただけなのだけれど」
「んなことあるかよ」
「そうね。あなたが気持ち悪いのはいつもの事よね。特に私の事を見ているとき、にやにやどころがハアハアしてるものね」

「美幸ちゃん、まるモンのことほんとは好きなの?」
 と首を傾げて、安曇が橘に問うた。
「鋤で殺してやりたいと思った事ならあるわよ」
「好きで殺す? 他の人に盗られたくないってこと?」
「安曇さん、あなた何を言ってるの?」
 橘は呆れた顔をした。
 俺も同意見だ。
 好きな男にここまで酷いことするやつはいない。安曇はそんなこともわからないのか。
「花丸君を好きになる人が、この世界のどこにいるの?」
「お前、さらりと酷いこと言うなよ」

 心なしか、安曇が入部してから、橘の悪口が悪化している気がするのだが、一体どうすればいいのだろうか。

 もとよりいいとはいえなかった、放送部員の関係性が悪化しても、仕事をほっぽり出すわけにはいかない。

 翌日の昼の放送。
 相談内容:「東山動植物園のアヒルボートに乗ったカップルは、別れるというジンクスがありますが、僕らの仲がそんなものに負けないことを証明したい気もします。どうすればいいですか?」
「知っているかしら。『ずっと一緒』とかほざいている高校生カップルの九割九分は、卒後には別れているのよ。つまり乗ったから別れるのではなく、別れるはずのカップルがボートに乗っているの。なので、安心して乗ればいいわ。ボートに関係なく別れるのだから」
「橘、浮かれた二人に現実を突きつけるのは酷だぜ」

 相談内容:「花丸くんって明るくて友達も多い人なんだろうなと思っていたら、根暗ぼっちだと聞きました。私が友達になってあげましょうか?」
「悪いことは言わないわ。この男には近づかないほうがいいわよ」
「お前は、せっかく俺の友達になってくれそうなやつを何故遠ざける?」
「あなた、生きていく上で私以外に何が要ると言うの?」
「むしろ、俺の最低限度の生活を阻害しているのがお前なんだが」

 相談内容:「お二人の出会いが知りたいです」
「どうして私の名前がわからないの? 馬鹿なの? と入学式の日に言われました。はい。あと言っておくが、俺と橘はただの部活仲間だ」
「そのただの部活仲間をいやらしい目で見るのが、花丸元気という男よ」

 相談内容:「橘さん可愛いです。付き合ってください」
「花丸くん。校内放送を私用で使うのは良くないと思うのだけれど。あと告白するのなら、直に言ってもらえるかしら。録画して後で使うから」
「いや、俺じゃないから。あと録画を何に使うっていうんだよ」
「もちろんストーカー被害の証拠として、警察に提出するのよ」
「やめて」
「安心して。毎日、刑務所に面会に行ってあげるわよ。嘲りに」
「お前、人じゃねえ」
「あら、天使みたいに可愛いだなんて口説き文句じゃ、ときめかないわよ。大和撫子をあまりなめないでもらえるかしら。この似非イタリア人」
「……」

 相談内容:「気になっている女の子がいるのですが、七夕祭りに誘ってから、『ちょっと考えさせて』と言われて一ヶ月経ちました。明日お祭りです。まだ返事がないです。今日たまたま、他の男に誘われているのを見ました。『誰にも誘われてないから!」とその人に言っていました。彼女、記憶障害にでもなってしまったのではと心配です。神経内科の受診を勧めたほうがいいですか?」
「あなたの楽観的思考に、私は悲観せざるを得ないのだけれど。それとも現実から目を背けているのかしら。物事を都合のいいように解釈するなんて、いい年した人間がすることではないわ」
「橘、天に向かって唾を吐くなよ」
「何? 花丸くんにかけろとでも言うの?」

「……今日のお悩み相談室はここまでです。続いて連絡です。本日十三時より、体育館にて、応急救護の講習があります。各部活は代表者二名ずつ、参加してください。繰り返します。本日十三時より体育館にて応急救護の講習があります。各部活は代表者二名ずつ、参加してください。
 以上で昼の放送を終わります。またお会いしましょう」

 放送を終えて、冷静に振り返って考えた時、顔から火の出るようなことばかり言っているような気がしなくもない。顧問である井口先生からは、もはや諦められたのか知らないが、放送の内容について小言を喰らうこともなくなってしまった。
 全校が、放送部(ほとんど橘)の、際どい昼の放送に慣れてしまったのかもしれない。
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