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なんとなくわかってたけど
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「お友達?」
橘の母親は俺の方をチラと見て微笑んでから、橘に尋ねた。
橘はそれに答えて
「……高校で同じ部活の花丸くんです」
という。
橘の母親は笑顔のまま
「そうなの」と言ってそれから俺の方を向き直り「はじめまして。美幸の母です。いつも美幸がお世話になっております」
そう言ってから、お辞儀をしてきた。折り目正しく上品に。
「ご丁寧にどうも。花丸といいます」
と俺もお辞儀で返す。
「では私達はこれで」
橘はそう言って俺の浴衣の袖を掴んで、その場を足早に離れようとする。
橘の母親はそんな彼女に、
「待って頂戴。せっかくだし皆さんにご挨拶していったらどうかしら? そうしたらお父さんも喜ぶと思いますけど」
ピタリと足を止めた橘はどうするか迷っていたようだが、最終的には母親に従うつもりらしく、
「……花丸くん、少しだけいいかしら」
と申し訳なさそうな顔をして聞いてきた。
俺はそこで断るほどの度胸も理由も、持ち合わせていなかった。
「分かったよ」
何かあるとは思っていた。高校生にして一人暮らしをしている橘。節々の言動から彼女の家が相当に裕福なことは知れたが、同時に彼女が一人で暮らさなければならない複雑な事情があることも察せられた。
橘の、母親に対するよそよそしく慇懃な態度。どこか他人行儀な二人のやり取り。
決して口にして尋ねることはできないが、この母親と橘との間で何らかの確執があることは予想できる。
その母親に連れられて、橘と俺は盆踊りの様子がよく見渡せる場所に通された。仮設の観客席のようなところで、入り口には警備員が立っていた。
その場には祭り会場に似つかわしくない、お堅い装いの御仁が何人も見受けられた。中央にはパリッとしたスーツに身を包んでいる中年男性の姿が見える。
そっと橘に、
「あそこの偉そうなオッサンは誰だよ?」
と尋ねたら
「県知事よ。あなたニュースとか見ないの? 孤立しているのは学校の中だけかと思っていたけれど、実社会からも隔絶されていたのね」
という返答が返ってきた。母親に会って動揺しているようだが、俺をいじめるのだけは忘れないらしい。
高級そうなスーツに身を包んだおっさんの他には、着物を着ている女性が何人かいる。
推察するにここはアッパークラスの社交場らしい。
……俺はこんなところに来てよかったのだろうか?
橘は母親について各人に挨拶をするらしいので俺は隅っこの方でじっとしていた。
あからさまにではないがどんな人間がいるのか観察してみた。
ふとこちらに手を降っている女性がいることに気がついた。かなり若い女性だ。よく見ると我が校の執行委員長様、綿貫萌菜先輩である。
そういえばあの人の家は全国に系列を持つ総合病院だったな。愛知の名士と言ったら名士の家だから、ここにいるのも不思議はないか。
俺は軽く会釈を返しておいた。
橘は挨拶が済んだようだったが、俺のところに来て横に座った。すると萌菜先輩も近くに来た。
萌菜先輩の座る場所を確保しようと、橘の方に寄ったのだが
「あら、花丸くん。私の皮膚表面から十二海里内に入るということは、何でも私の言うことを聞くということでいいのかしら」
と平生通り俺をおちょくろうとする。あるいは冷静さを保つために努めてそうしているのかもしれないが。……そのためのルウティーンが同級生男子への憎まれ口というのはどうなのだろう。
「お前はいつから領海を身に纏わせてたんだ?」
「知らないの? 国連海洋法で決まっていることなのよ」
「それは国家間の取り決めであって、俺とお前との間で結ばれた条約ではない。よって無効だ」
というか十二海里も離れなければならんのなら、県外まで行かなければならない。どんだけ近寄られるのが嫌なんだよ。
「そうね。あなたは元から私に絶対服従だったものね」
「それも違う」
「違うの?」
仕方がないので間を空けようと今度は萌菜先輩の方に寄ったのだが
「花丸くん。少し離れたくらいでは私のテリトリーから逃げられないんだからじっとしてなさい。それとむやみに女の人に近づくのやめたほうがいいわよ。痴漢に間違えられるから」
その時萌菜先輩が沈黙を破って
「今日もお熱いね。ここだけ温暖化が進んでるのかな」
橘はその声にはっとし、
「……萌菜さん」
どうやら近くに来た人が執行委員長だと気づかなかったらしい。
「デート?」
先輩は俺たちに尋ねてきた。
すかさず橘が反論する。
「違います。手近な男と盆踊りを見に来ただけです」
萌菜先輩はボソボソと
「……普通それをデートと言うと思うけどな」
それに対し橘は
「何か言いました?」
「何でもないよ」
俺を挟んで喧嘩するのやめてほしい。
萌菜先輩は俺に尋ねてくる。
「花丸君って彼女いないんだよね」
「いたらこいつとこんなところ来ないと思いますが」
こんな状況になっているのは穂波のせいだが。
「そうだよね。……じゃあさ、私が彼女になってあげるって言ったらどうする?」
何をいうかと思ったら、……馬鹿馬鹿しい。
軽く咳払いして俺は答えた。
「小学校から中学校まで、俺に告白する罰ゲームが流行ってて、仮想的にリア充状態であった俺は、年上の先輩にちょっとからかわれたぐらいじゃ動じませんよ」
「私ほんとに花丸くん悪くないと思ってるのになあ」
と先輩は目を細めながら言う。
そこで橘が声を上げた。
「ちょっと、萌菜さん」
「何? 怒ってるの? 花丸君盗られそうになって」
萌菜先輩はいたずらっぽく笑う。
「そもそも私のものじゃありません」
「じゃあ別にいいでしょう。美幸ちゃん、花丸くんに意地悪ばかりしてるし」
全くおっしゃるとおりだな。
「……それは。……とにかく今日はこの男は私の用心棒なので、ちょっかいを掛けないでください。大体萌菜さんこそ花丸君の事ハエぐらいにしか思ってないのに、変なこと言わないでもらえます?」
萌菜先輩は「まあそうだけどさ」と返している。
……。
なんか俺無意味に傷つけられてないですか?
先輩は俺がハエであることを認めつつも、
「でもさ用心棒? 彼である必要性は? そんなに強そうに見えないけれど」
と追及した。
「先ほど言ったように手近にいただけですから」
「誰でも良かったんならこのあと花丸くん借りてもいい? 私、年下の男の子とデートしたことないんだ。代わりにうちの人連れてっていいから」
萌菜先輩がまたまた妙な提案をする。「ハエ」とデートしてどうすんの?
「……駄目です」
「どうして? 単に用心棒が欲しかったんなら別に花丸くんである必要はないでしょう」
「花丸くんが萌菜さんで嫌らしい妄想をするからです」
お前は何適当なこと言ってんだ?
「私は年下の男の子にエッチな目で見られても別に構わないけど」
ちょっと委員長?!
「花丸くんの心が浮かれて部の風紀が乱れるのが嫌なだけです」
「……あっそう」
橘に付き合いきれなくなったのか、先輩は前を向いてしまった。
それから今度こそ萌菜先輩は、隣にいる俺でさえも聞き取りにくいような小さな声で
「……石頭」
と呟いたらしかった。
萌菜先輩が何を意図していたかはわからないが、橘美幸に対抗しうる人間であることは分かった。今後困ったことがあれば萌菜先輩を召喚することにしよう。……その場合橘(と萌菜先輩)の言動で俺も傷つくことになるから諸刃の剣ではあるが。……意味ないな。
とりあえずは彼女たちのバトルも済んだようで、
「それにしても美幸ちゃんこういうところにはあまり出てこないのに、珍しいわね」
と萌菜先輩は前を向いたまま、つまらなさそうに言った。
「あの人に連れてこられたんですよ」
橘はそう言って自分の母親を示している。
「……そっか」
それからは二人とも黙ってしまった。
聞き耳を立てていたわけではないが、単に盆踊りを見るのに退屈していた俺の耳に、貴賓席の女性たちの会話が入ってくる。
「社長のお嬢さん随分綺麗でしたね。あれで高校一年生だなんて」
「そうねえ。それにしてもお嬢さんがいることは存じてましたけど、あんなに大きいとは思いませんでした」
「知りません? 彼女社長さんが、学生の時の子らしいですよ」
「まあ」
「それがね……」
声のボリュームを極端に落としたので聞こえなくなった。
話を聞いた片方の女性は口に手を当てて
「まあ!」
彼女らはそれから俺達の方を見て、ふっと笑い
「母親に似たのかしらね」
「お止しなさいよ」
オホホと笑っている。
彼女らが俺と橘、より正確に言うなら橘を嘲笑していることはなんとなく分かった。部外者である俺が気付くくらいだから、橘も気づいているだろうし、一層気分が悪い思いをしているはずだ。
隣にいる萌菜先輩も訳知りなようで、硬い表情をしている。
よく見知った光景だ。ヒソヒソと陰口をたたいて特定の人物をつるし上げて、自分たちの価値を担保しようとする。俺が学校生活で経験してきた人間の醜さが、そこには表れていた。
今までと違うのは、その攻撃の対象が俺ではなく、俺の知り合いであるという点だ。
すごく仲がいいというわけではない。むしろ口論ばかりしている。それでも、俺のよく知っている人間が誰かに嘲笑されているのを見るのは、酷く居心地が悪い。
知らぬ間に揺れていた膝をぐっと抑えてから、唇をかんだ。
プライドの高い橘の事だ。誰かに馬鹿にされたからと言って尻尾を巻いて逃げるようなことは決してしないだろう。どれだけ傷つき、どれだけ悲しんだとしても。
「……なあ橘」
仮設の外灯だけでは、彼女の顔色がどんなものかよくわからないが、恥辱のため顔を赤くしていてもおかしくはない。
それでも彼女はすました声で応える。
「なにかしら」
「トイレ行きたいんだが場所がわからん」
「……しょうがないわね。萌菜さん、ちょっと抜けるので、何か言われたら訳を伝えといてください」
「了解」
そう言ってひらひらと手を振った。
「花丸君、行くわよ」
「すまんな」
俺と橘は立ち上がって、席を後にした。
橘の母親は俺の方をチラと見て微笑んでから、橘に尋ねた。
橘はそれに答えて
「……高校で同じ部活の花丸くんです」
という。
橘の母親は笑顔のまま
「そうなの」と言ってそれから俺の方を向き直り「はじめまして。美幸の母です。いつも美幸がお世話になっております」
そう言ってから、お辞儀をしてきた。折り目正しく上品に。
「ご丁寧にどうも。花丸といいます」
と俺もお辞儀で返す。
「では私達はこれで」
橘はそう言って俺の浴衣の袖を掴んで、その場を足早に離れようとする。
橘の母親はそんな彼女に、
「待って頂戴。せっかくだし皆さんにご挨拶していったらどうかしら? そうしたらお父さんも喜ぶと思いますけど」
ピタリと足を止めた橘はどうするか迷っていたようだが、最終的には母親に従うつもりらしく、
「……花丸くん、少しだけいいかしら」
と申し訳なさそうな顔をして聞いてきた。
俺はそこで断るほどの度胸も理由も、持ち合わせていなかった。
「分かったよ」
何かあるとは思っていた。高校生にして一人暮らしをしている橘。節々の言動から彼女の家が相当に裕福なことは知れたが、同時に彼女が一人で暮らさなければならない複雑な事情があることも察せられた。
橘の、母親に対するよそよそしく慇懃な態度。どこか他人行儀な二人のやり取り。
決して口にして尋ねることはできないが、この母親と橘との間で何らかの確執があることは予想できる。
その母親に連れられて、橘と俺は盆踊りの様子がよく見渡せる場所に通された。仮設の観客席のようなところで、入り口には警備員が立っていた。
その場には祭り会場に似つかわしくない、お堅い装いの御仁が何人も見受けられた。中央にはパリッとしたスーツに身を包んでいる中年男性の姿が見える。
そっと橘に、
「あそこの偉そうなオッサンは誰だよ?」
と尋ねたら
「県知事よ。あなたニュースとか見ないの? 孤立しているのは学校の中だけかと思っていたけれど、実社会からも隔絶されていたのね」
という返答が返ってきた。母親に会って動揺しているようだが、俺をいじめるのだけは忘れないらしい。
高級そうなスーツに身を包んだおっさんの他には、着物を着ている女性が何人かいる。
推察するにここはアッパークラスの社交場らしい。
……俺はこんなところに来てよかったのだろうか?
橘は母親について各人に挨拶をするらしいので俺は隅っこの方でじっとしていた。
あからさまにではないがどんな人間がいるのか観察してみた。
ふとこちらに手を降っている女性がいることに気がついた。かなり若い女性だ。よく見ると我が校の執行委員長様、綿貫萌菜先輩である。
そういえばあの人の家は全国に系列を持つ総合病院だったな。愛知の名士と言ったら名士の家だから、ここにいるのも不思議はないか。
俺は軽く会釈を返しておいた。
橘は挨拶が済んだようだったが、俺のところに来て横に座った。すると萌菜先輩も近くに来た。
萌菜先輩の座る場所を確保しようと、橘の方に寄ったのだが
「あら、花丸くん。私の皮膚表面から十二海里内に入るということは、何でも私の言うことを聞くということでいいのかしら」
と平生通り俺をおちょくろうとする。あるいは冷静さを保つために努めてそうしているのかもしれないが。……そのためのルウティーンが同級生男子への憎まれ口というのはどうなのだろう。
「お前はいつから領海を身に纏わせてたんだ?」
「知らないの? 国連海洋法で決まっていることなのよ」
「それは国家間の取り決めであって、俺とお前との間で結ばれた条約ではない。よって無効だ」
というか十二海里も離れなければならんのなら、県外まで行かなければならない。どんだけ近寄られるのが嫌なんだよ。
「そうね。あなたは元から私に絶対服従だったものね」
「それも違う」
「違うの?」
仕方がないので間を空けようと今度は萌菜先輩の方に寄ったのだが
「花丸くん。少し離れたくらいでは私のテリトリーから逃げられないんだからじっとしてなさい。それとむやみに女の人に近づくのやめたほうがいいわよ。痴漢に間違えられるから」
その時萌菜先輩が沈黙を破って
「今日もお熱いね。ここだけ温暖化が進んでるのかな」
橘はその声にはっとし、
「……萌菜さん」
どうやら近くに来た人が執行委員長だと気づかなかったらしい。
「デート?」
先輩は俺たちに尋ねてきた。
すかさず橘が反論する。
「違います。手近な男と盆踊りを見に来ただけです」
萌菜先輩はボソボソと
「……普通それをデートと言うと思うけどな」
それに対し橘は
「何か言いました?」
「何でもないよ」
俺を挟んで喧嘩するのやめてほしい。
萌菜先輩は俺に尋ねてくる。
「花丸君って彼女いないんだよね」
「いたらこいつとこんなところ来ないと思いますが」
こんな状況になっているのは穂波のせいだが。
「そうだよね。……じゃあさ、私が彼女になってあげるって言ったらどうする?」
何をいうかと思ったら、……馬鹿馬鹿しい。
軽く咳払いして俺は答えた。
「小学校から中学校まで、俺に告白する罰ゲームが流行ってて、仮想的にリア充状態であった俺は、年上の先輩にちょっとからかわれたぐらいじゃ動じませんよ」
「私ほんとに花丸くん悪くないと思ってるのになあ」
と先輩は目を細めながら言う。
そこで橘が声を上げた。
「ちょっと、萌菜さん」
「何? 怒ってるの? 花丸君盗られそうになって」
萌菜先輩はいたずらっぽく笑う。
「そもそも私のものじゃありません」
「じゃあ別にいいでしょう。美幸ちゃん、花丸くんに意地悪ばかりしてるし」
全くおっしゃるとおりだな。
「……それは。……とにかく今日はこの男は私の用心棒なので、ちょっかいを掛けないでください。大体萌菜さんこそ花丸君の事ハエぐらいにしか思ってないのに、変なこと言わないでもらえます?」
萌菜先輩は「まあそうだけどさ」と返している。
……。
なんか俺無意味に傷つけられてないですか?
先輩は俺がハエであることを認めつつも、
「でもさ用心棒? 彼である必要性は? そんなに強そうに見えないけれど」
と追及した。
「先ほど言ったように手近にいただけですから」
「誰でも良かったんならこのあと花丸くん借りてもいい? 私、年下の男の子とデートしたことないんだ。代わりにうちの人連れてっていいから」
萌菜先輩がまたまた妙な提案をする。「ハエ」とデートしてどうすんの?
「……駄目です」
「どうして? 単に用心棒が欲しかったんなら別に花丸くんである必要はないでしょう」
「花丸くんが萌菜さんで嫌らしい妄想をするからです」
お前は何適当なこと言ってんだ?
「私は年下の男の子にエッチな目で見られても別に構わないけど」
ちょっと委員長?!
「花丸くんの心が浮かれて部の風紀が乱れるのが嫌なだけです」
「……あっそう」
橘に付き合いきれなくなったのか、先輩は前を向いてしまった。
それから今度こそ萌菜先輩は、隣にいる俺でさえも聞き取りにくいような小さな声で
「……石頭」
と呟いたらしかった。
萌菜先輩が何を意図していたかはわからないが、橘美幸に対抗しうる人間であることは分かった。今後困ったことがあれば萌菜先輩を召喚することにしよう。……その場合橘(と萌菜先輩)の言動で俺も傷つくことになるから諸刃の剣ではあるが。……意味ないな。
とりあえずは彼女たちのバトルも済んだようで、
「それにしても美幸ちゃんこういうところにはあまり出てこないのに、珍しいわね」
と萌菜先輩は前を向いたまま、つまらなさそうに言った。
「あの人に連れてこられたんですよ」
橘はそう言って自分の母親を示している。
「……そっか」
それからは二人とも黙ってしまった。
聞き耳を立てていたわけではないが、単に盆踊りを見るのに退屈していた俺の耳に、貴賓席の女性たちの会話が入ってくる。
「社長のお嬢さん随分綺麗でしたね。あれで高校一年生だなんて」
「そうねえ。それにしてもお嬢さんがいることは存じてましたけど、あんなに大きいとは思いませんでした」
「知りません? 彼女社長さんが、学生の時の子らしいですよ」
「まあ」
「それがね……」
声のボリュームを極端に落としたので聞こえなくなった。
話を聞いた片方の女性は口に手を当てて
「まあ!」
彼女らはそれから俺達の方を見て、ふっと笑い
「母親に似たのかしらね」
「お止しなさいよ」
オホホと笑っている。
彼女らが俺と橘、より正確に言うなら橘を嘲笑していることはなんとなく分かった。部外者である俺が気付くくらいだから、橘も気づいているだろうし、一層気分が悪い思いをしているはずだ。
隣にいる萌菜先輩も訳知りなようで、硬い表情をしている。
よく見知った光景だ。ヒソヒソと陰口をたたいて特定の人物をつるし上げて、自分たちの価値を担保しようとする。俺が学校生活で経験してきた人間の醜さが、そこには表れていた。
今までと違うのは、その攻撃の対象が俺ではなく、俺の知り合いであるという点だ。
すごく仲がいいというわけではない。むしろ口論ばかりしている。それでも、俺のよく知っている人間が誰かに嘲笑されているのを見るのは、酷く居心地が悪い。
知らぬ間に揺れていた膝をぐっと抑えてから、唇をかんだ。
プライドの高い橘の事だ。誰かに馬鹿にされたからと言って尻尾を巻いて逃げるようなことは決してしないだろう。どれだけ傷つき、どれだけ悲しんだとしても。
「……なあ橘」
仮設の外灯だけでは、彼女の顔色がどんなものかよくわからないが、恥辱のため顔を赤くしていてもおかしくはない。
それでも彼女はすました声で応える。
「なにかしら」
「トイレ行きたいんだが場所がわからん」
「……しょうがないわね。萌菜さん、ちょっと抜けるので、何か言われたら訳を伝えといてください」
「了解」
そう言ってひらひらと手を振った。
「花丸君、行くわよ」
「すまんな」
俺と橘は立ち上がって、席を後にした。
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