ツンデレからデレを引いたような女のせいで、高校生活が憂鬱なんだが

逸真芙蘭

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甘霧日記

それを天秤にかけるか

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 若干の不安をはらんだままではあるが、学校祭の準備は着々と進められ、グラウンドには各群団のマスコットの原型が居並び、どの教室を覗いても授業の邪魔をしない程度には、学校祭色に染められていた。
 多くの人間が学校祭の開かれるのを楽しみにしている中で、精神のすこぶる平静な人物若干二名が集まる部屋が、この神宮高校にあった。
 言わずもがな、放送室である。

「お前クラスの方手伝わなくていいの?」
 学校祭のの字も見えない落ち着いた表情を見せ、静かに文庫本のページを繰っている橘に声をかけた。
 
 橘はそれに対し顔もあげずに
「その質問そっくりそのままあなたに返すわ」
 と返した。

「正直この俺を動員するほどのことでもないからな」
 学校祭ごときの雑務で、俺という最終兵器を使うほど愚かしいこともないだろう。俺の力は強大すぎて学校祭を滅茶苦茶にする可能性すらある。それだけ使用には注意を払う必要があったので、中学の頃俺が所属していたクラスの連中は学校祭のときの俺の扱いに困り、三年連続でクラス旗を持って立つ役目を与えてくれた。皆の後ろで。……仕事があるって素晴らしい。

「そうね。あなたが助けを求められるのは、藁の次ぐらいだものね」
 ……。
「せめて猫の手の次にしとけよ」
 もしそんな不埒なやつがいたら、逆に沈めてしまうかもしれない。いや確実にそうする。
「知らないの? 藁って案外役に立つものよ。ストローになるし、靴とか籠も作れるし、家畜の餌や床材になるしあと他には――」
「あ、分かった。分かりました。僕は藁には敵いません」
 
 ようやく顔を上げた橘が言うには、
「でも逆に考えたら、みんなに相手にされない分、私のために労力を割けるということじゃない。それはある意味福音だわ」
 そして満足げに笑う。
「不協和音の間違いだろ」
「みんなにいい顔したところで、ちっとも感謝なんかされないのよ。ただの都合のいいやつに成り下がるだけだわ」
「なるほど。つまり奢るときは相手を選んで、二人だけのときにするのがいいということだな」
「モノで人心を買おうとするそのゲスな精神。さすが花丸くんだわ」
 ほっとけ。

「かと言ってお前のために何かしたところで、お前は俺に感謝なんてせんだろうが」
「あなたの人間性が担保されるのだからそれで十分じゃない」
「なぜ俺はお前のそばにいないと人間扱いされないことになってるんだよ?」
「だって、あなたの周りってなんだか空間が歪んでいるように見えるから。みんなから見えにくくなってるのよ」
「俺は世界のひずみになった覚えはないんだが」
 橘美幸の耳はかなり高性能にできているらしくて、己の話に不都合なことをシャットアウトする機能があるようだ。俺のツッコミは当然彼女の耳には届かない。

「そこで私が横に立っていれば、皆見てくれるでしょう。まず私を、はっと息を呑んだように。つぎに花丸くんを、殺気を孕んだ視線で。『あんな可愛い子をなんであんな奴が。は! さては弱みを握って?! それか借金のかたにするつもりか?! それともシャブ漬けに?! 人間のクズめ!! 地獄に落ちろ!』みたいな」
「結局人間扱いされてないじゃないか。俺はいつそんなヤクザを絵に書いたようなやつになったんだよ。俺はどちらかと言うとお前に骨の髄までしゃぶり尽くされてる側だろ」
「私にしゃぶられるなんて、エッチなこと言う花丸くん嫌いだわ」
「……お前何言ってんの?」
 一人で暴走して変態発言をしたことに気づいた橘は顔を赤くして
「……私でいやらしい妄想するのやめてもらえるかしら」
 と言った。
「俺は何も言ってないが。……橘、もしかしてフラストレーションなのか?」
 高一女子は法的に婚姻可能な年齢になる。そんな彼女たちに性欲があるのは当然で、おそらくはシングルであろう橘が、欲求不満の状態にあっても何ら不思議はない。

「私がフラストレーションに陥るとしたら、元凶は間違いなくあなただわ。あなたみたいな人のそばにいれば、ストレスぐらい貯まるもの」

 なるほど、明治維新以降、性をタブー視してきたこの国では、自分に性的関心があることを、特に女子は恥ずかしく思う傾向があり、橘もその例に漏れないのだ。己が欲求不満にある原因を、自らの抑圧された性的衝動に求めるのではなく、俺という外部のせいにしたいらしい。

 抑圧を美とする感性が正しいとは思えない。
 人間は素直にいられない状況ではストレスを感じる。そのストレスの原因を取り除いてやるのが優しさだろう。

「一応言っておくがさっき言ったフラストレーションというのは性的な欲求不満のことで……」
 橘は俺の言葉を遮るようにため息をついた。
「そんなの私が感じるはずないじゃない」
 どこまでも認めるつもりはないらしい。

「いやいや。人間である以上、欲情的な考えくらい抱くだろ。別に恥ずかしいことじゃないぜ。むしろそれが普通だ。女子高生にもなれば少しくらいエロいことも……」
「ぶつわよ」
 本気で怖い顔をしてきたのでそれ以上は口をつぐんだ。

「やっほー」
 橘とは対象的に、俺を人扱いしてくれる女の子の声だ。

「こんにちは安曇さん。……そちらは?」
 橘は部室の入り口に立った安曇の向こう側を見ている。俺も目をやってみたら、見知らぬ男子生徒がそこには立っていた。上靴の色を見るに、俺達と同じく一年らしい。

「うちのクラスの人なんだけど、相談したいことがあるんだって。私はちょっと無理かなあって思ったんだけど、一応二人にも聞いといてもらおうと思って」
 と安曇は突然の来訪者のことについて説明した。


「えっと、ところで二人で何の話してたの? ……その、エロいとかなんとか聞こえてきたんだけど」
「橘が俺のリコーダーをしゃぶる話をしていた」
「ねえ安曇さん。裁縫道具あるかしら? 口を開けばでまかせばかりの男がいると聞きつけたので、その男の口を塞ごうと思うの」
 唾液の交換をして免疫力を高めるとかいう、謎理論を俺に教授してきたやつは、記憶違いでなければ俺を怖いくらい睨みつけているこの女だったはずなんだがな。

「部員同士仲が良くて羨ましいです」
 とため息をつくようにその男子は言った。相談内容というのは部活内の不仲の解決といったところだろうか。
「とんでもないわ。この人のことなんか大嫌いよ。どれくらい嫌いかというと、人類の死と、花丸くんの死どちらかを選べと言われたら、ためらいなく前者を選んで、花丸くんに一生恨み辛みを言い続けて、罪の意識を植え付けるほど嫌いよ」

 橘の凄みに気圧されたのか、怯んだその男子生徒はコソコソとあづみに耳打ちするように、
「もしかして噂より険悪な感じ?」
「ううん、ちゃんと仲いいと思うよ。ちっちゃい子がお気に入りのお人形を連れ回して、ボロボロにする感じなのかなあ」
 ちょっと安曇さん。君が俺をモノ扱いし始めたら、放送室における俺の人間性がかなり不確かなものになるんですけど。

「つまり花丸くんはボロ雑巾ということね。汚いから近づかないでくれるかしら」
 橘にかかれば他人の発言も俺を攻撃するための武器になりうる。
「ボロ人形とボロ雑巾はイーブンじゃないだろ。ボロしか合ってないぞ」

「そんなことはどうでも良くて、それで相談というのは?」
 こいつ言いたいことだけ言って話終わらせやがった。

 男子生徒は橘の問いに答えた。
「ちょっと、部活のことで相談したいことがあるんです。聞いてもらえますか?」

 橘は
「放送部のお悩み相談室はオープンよ。話を聞くのを拒む理由がどこにあるのかしら?」
 と言ってニッコリと微笑んだ。

 ……どうして外部の人間にはこうも優しくできるのに、俺にはきつく当たるのだろう? 俺の言動が問題と言われれば思い当たる節がないでもないが、橘の俺に対する態度は初めて会ったときからそれだった。
 
 ……全く不思議だ。
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