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第2章

30.ドヴァール山の怪異

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「カンタバロ……というと観光都市ですね。依頼は南部のギルドからですか?」


ここはランテル冒険者組合、ギルド長マティアスの執務室。


現在キサギ達神楽旅団は、彼から次の仕事について丁度話を聞き始めたところである。


彼女はスタッフが用意してくれた香りの良いコーヒーを一口味わうと、対面のシングルソファーにゆったり座るギルド長マティアスへと問い掛ける。


3人掛けのソファーにはキサギとビャクランが座り、キサギ側のアームレストにシュリが腰を下ろし、ソウエイは彼女の背後に佇み、足元にはコクヨウが寝そべっていた。


対面のマティアスは、キサギを囲んでなんともギュウギュウな彼らの様子に「暑苦しいな……」と思いつつも、まさかそれを口に出せる訳もない。


「あぁ、カンタバロのギルド長からの直々の依頼だ。まだ新人で実績がないにも関わらず、君達の話をしたら真っ先に飛びついて来たんだ」


このイギリー王国には5ヶ所の冒険者組合が存在する。


王都のロンダリア、東のランテル、西のベルフォード、南のカンタバロ、北のヴァネスである。


イギリー王国の南部は比較的温暖な地域で海側に面している事もあり、諸外国の船が行き交い多国籍な人々が出入りする為、多数の異文化が根付く地域だ。


また、遥か昔にかなり栄えた都市があったという歴史があり、そこかしこから美麗な古代の遺跡が発掘され、それを大切に保存、管理しながら人々はその中で共存しており、その景観を愛でに国内外から観光客が押し寄せている。


カンタバロはその南部でも内陸寄りにある観光都市である。


マティアスはキサギに一枚のクエスト用紙を渡し、テーブルにカンタバロの地図を広げた。


「ここにドヴァール山がある。北の辺境同様魔力が清純で潤沢な事から精霊や精霊獣も住む、所謂霊峰と呼ばれる山だ。そして亜人達の集落も存在し、特別自治区になっている。普段人間は立ち入る事を許されていない」


エルフや獣人などの亜人種の大半は、本来遥か遠方にある大森林と呼ばれる未開の地に住むと言われている。


だが現在では数は少ないとはいえ世界各地で存在が確認されており、冒険者・商人・学者など様々な職業に着いているが、それでも大半は人間を避けひっそりと山奥や森の奥で暮らしている。


イギリーでも何ヶ所か亜人集落が特別自治区として指定されており、ここドヴァールは代表的な1ヶ所だ。


「近年ここから遺跡が見つかり、最近になり漸く亜人らの説得に成功し、合意の元に発掘調査中だった。だが、突然大型魔獣がウロつき出して作業が中断してしまった。しかも更にある事件が起きてな……集落の亜人や発掘調査員の数名が忽然と姿を消したんだ。事態を重く見た発掘責任者の歴史学者と亜人達が連名でカンタバロのギルドにクエストを出したそうだ。これを君達に対処して貰いたい」


地図上の目的地を指し示しながら、マティアスは内容を簡潔に伝える。


地図をマジマジと眺めていたキサギは受け取ったクエスト用紙へと目を移し、内容を素早く一読してゆく。


「人を避ける亜人達が、人間と連名でクエスト依頼を出す程とは……それはカンタバロのギルドに所属するA級冒険者では対処が出来なかったのですか?」


目を通す限り高位ランカーのパーティ数組でとりかかれば対処出来なくはないと感じたキサギが、クエスト用紙から目を離す事なく質問を投げ掛ける。


「実際A級パーティ2組、B級パーティ1組の混成パーティを組んで出向いた……んだが……」


マティアスが話の途中で言葉を濁した。


手元の用紙に食いついていたキサギが訝しみそこから目を離すと、目の前のマティアスは眉間に皺を寄せ、何やら苦々しい表情を浮かべている。


「……まさか、全員亡くなったのですか?」


「いや、違う。そうじゃないんだが……突然連絡が途絶え、行方不明になった」


「行方不明?全員?」


「いや、正しくは1人無事だ……新たに編成したパーティが捜索に出向き、ドヴァール山の登山口からすぐの場所で1人だけ倒れているのを見つけたそうだ」


「……1人だけ……」


詳細を聞くに、どうやらその発見された1人はB級冒険者パーティの1人で、特に怪我もなく倒れていた。


だが酷く衰弱しており、捜索隊に参加していた治癒術師の懸命な治療で意識を取り戻したものの、何があったのか尋ねても酷く取り乱し、要領を得ない事ばかり口にしていたという。


何とか聞き出した内容を精査し周辺を調べたところ、彼らは発掘現場近くで大型魔獣の残骸を発見する。


行方不明となった混成パーティは、どうやらその場所で大型魔獣に遭遇し無事討伐したものの、その後忽然と姿を消したようだ。


『突然霧が濃くなって、辺りに誰かわからない沢山の影が俺達を囲んだ……そしたら知らない奴らが目の前に現れて、血を流しながら濁った目で俺達をずっと見てくるんだ……頭の中で誰か知らない奴の囁き声が沢山重なって……あぁ!もう嫌だ!思い出したくない!頭の中でまだ誰かが囁いてる声がする!頭の中に誰かがいる!うるさい!うるさい!もう嫌だ!誰か俺を殺してくれ!!』


発見された冒険者は虚ろな目でブツブツ呟くようにその時の状況を話していたと思ったら、突然奇声をあげて暴れ出し、気を失ったらしい。


「……強い幻術、幻惑の魔法……ですね。なかなかタチの悪いものだわ」


内容を聞いたキサギが痛ましそうに眉を寄せながらそう呟くと、目の前のマティアスも頷きながら大きく溜息を一つ吐き出す。


「捜索隊にいた上級魔術師も同じ事を言っていた……急ぎカンタバロに戻って解呪の治療を受けたお陰でだいぶ落ち着いたそうだが、心の傷はそう簡単には癒せん……何よりも、他の冒険者達の行方もいまだ分からんままだ」


「なるほど。闇雲にまた捜索隊を出そうものなら、新たな行方不明者を出す危険性が高い。これは確かに、カンタバロのギルド長がこちらに飛びつく案件ですね……」


「あぁ……戻ったばかりで疲れている所申し訳ないが、どうだろう?彼らを見つけ出してはくれないだろうか……」


「勿論!彼らが生きている可能性はまだ十分あります。それに冒険者仲間の助けになれるのであれば、喜んでお受けします」


苦悶の表情のマティアスに、キサギは快諾の意思を伝える。


彼はこの短い期間でもその人となりが分かる程、非常に真っ直ぐな人間だ。


冒険者の存在価値に誰よりも誇りを持っており、その怜悧な見た目とは違い心の内は熱く義理が堅い為、仲間を大切にする意識が非常に強い。


常に冷静沈着で的確に対処する力量から、沢山の冒険者達からの信頼も厚く、国からも一目置かれている。


そんな彼からの願いならば断る理由もなく、キサギは喜んで受け入れる。


彼女は己の冒険者タグを首から外し、クエスト用紙と共に彼へと差し出した。


「頼む。あちらのギルドへは私から連絡をしておこう」


表情を緩め、少し笑みを浮かべながらタグを受け取ると、クエスト用紙にそれをかざす。


タグの魔宝石が小さく明滅し暫くすると光が消え、用紙の中央にぼんやりと“クエスト受了“という文字が浮かんだ。


ここに神楽旅団の新たなクエストが受諾された。


「必ず彼らを見つけ出し、この怪異を解決へと導くに相応しい仕事をするとお約束します」


マティアスから返されたタグを静かに首元へ戻したキサギは、彼に向き直りそう宣言して頷く。


彼も大きく頷いた。


「準備もあるだろう。いつ出発する?」


「まだ日も高いですし、このまま向かいます。騎乗魔獣で向かえば、日が暮れる前にはカンタバロのギルドに着くでしょう」


「……そうか。下まで送ろう」


ソファーから立ち上がり、執務室を出る。


と、そこに。


4人の冒険者が開いた扉の前に立っていた。


エルフ2人、獣人2人。


彼らは昨日、キサギに因縁を吹っかけ敢えなく退場させられた亜人パーティだ。


マティアスは嫌な予感が過り、眉を顰める。


「……何か用か?」


彼の不審の籠ったテノールの声が廊下に響く。


「……立ち聞きしてすまない……だが、そのクエストに我々も同行させて欲しい」


おもむろにエルフの男性が口を開いた。


「理由は?」


「……我々の種族が関わる問題だ……それだけで理由は十分だろう?」


「それは理由にはならん」


マティアスは彼の願いをバッサリと切り捨てた。


その言葉にエルフの彼が悔しげに顔を歪め、ギリッと奥歯を嚙み鳴らす。


「これはS級ランク冒険者へ、カンタバロから依頼されたクエストだ。君らは確かに腕の良いA級ランカーだが、このクエストでの同行ならばカンタバロから選出される。君らは現在このランテル所属の冒険者だ。長年冒険者をやっている君らなら、知らんわけがないだろう?」


その言葉がずしりと胸にのしかかった彼は、歪めた顔を少し俯かせる。


「……それに、ハッキリとした理由も聞かせず彼女らへの態度を改めるわけでもない君らを、このまま同行させるとでも思っているのか?我々人間を馬鹿にするのもいい加減にしろ」


その声にギルド長としての責任と苛立ちが込められ、それは鋭く彼らへと突き刺さる。


エルフの男性だけではなく、他の3人も悔しげに俯いていた。


エルフは個体数が少なく、非常に美麗な容姿を持ち魔力に優れた不老長寿の亜人一族と認知されており、気高く賢い彼らの性格は多種族に対して傲慢さが目立つ。


対して獣人は性格は明るく豪快、平均寿命は800年と長く人間より優れた身体能力を持ち、多種族にも適応能力は高いほうだ。


だが、彼ら亜人の大半が人間を忌避している背景には、遥か昔に人間に奴隷とされていた悲しい歴史があった。
 

彼らは冒険者を生業としている事から、概ね人間に友好的な方ではあるものの、根底に潜む忌避はなかなか消せないのだろう。


マティアスから痛いところを突かれ、ぐうの音も出ないといった様子だ。


「ドヴァールへの立ち入りは、今はどうなっているのですか?」


唐突にキサギがマティアスへと問い掛けた。


眉間に皺を寄せながら彼は一つ溜息を吐く。


「元々あそこは人間の立ち入りが許されていない特別自治区だ。冒険者の立ち入りも、現在はカンタバロのギルドが厳しく管理している。あちらが許可を出さん限りは入山は無理だ」


「それならば諦めるしかないですね」


聞かされた彼女にもどうにもする事が出来ず、首を横に振る。


「無理を承知で言っている!行かせてくれ!」


尚も食い下がる癖に矢鱈と上からな物言いの彼は、キサギを睨みつけるように声を張り上げる。


「行きたいのであれば、勝手に行けば良いのでは?」


「それが出来んから言っているのだろうが!!」


「いや、そんな駄々をこねられても……」


「駄々だと!?俺を愚弄するか!人間風情が!」


「ほら、そういうところですよ。人間を下に見てるのに、その目の前の人間が貴方よりも力を持つ事に納得がいかなくて、ただ駄々を捏ねてるだけの、歳だけ無駄に重ねた子供じゃないですか」


「こ、子供だと?!……貴様……!!」


「貴方、本当にA級のランカーなんですか?今の状況をわかって言っているのなら、貴方は一生S級になどなれないし、そもそも冒険者に向いていない……さっきの話を聞いていたのでしょう?今まさに行方不明者達がいる。犠牲者が出ているのですよ」


「!!」


「我々は彼らを見つけ出し、怪異を解決させる為にクエストを受諾した。でも、貴方がたは違う。貴方がたが求めるのは、ドヴァール山へ行きたいという己の願望だけです。そもそもの心持ちが……思考の次元が違うのですよ」


「……」


「己の我を通したいだけなら、自分達だけで勝手にして下さい。勝手に危険に飛び込んで、勝手に朽ち果てて下さい。我々の力を利用したいだけの甘ったれた貴方たちの同行など、死んでもお断りです」


エルフの彼は俯いたまま顔を上げない。


恐らく何かしらの理由があり同行を求めたのであろうが、その理由を先んじて述べる訳でもなく、ただキサギを下に見る事を優先し激昂するばかり。


その姿勢に、彼女は大いに落胆したのだ。


同行の理由を話し、冒険者としての矜持を示してくれていれば話を聞かないわけではなかったのだが、その機会を彼自身が棒に振った。


キサギはこれ以上は時間の無駄だと言わんばかりに彼らの横を通り過ぎ、そのままマティアスと共にその場を立ち去った。















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