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第2章
幕間.プライドが邪魔をして
しおりを挟むマティアスは1人、ギルドの入口前で静かに佇む。
彼は先程神楽旅団を見送る際、苦笑いを浮かべながら騎乗魔獣に颯爽と跨がるキサギの事を思い出していた。
『マティアスさん。先程の彼らは少なからずこの件に関わりがあるのでしょう。ただプライドの高さが仇となり、事情を話せなかった……ふふふ。本当、面倒臭いですね。彼らの話を聞いてあげて下さい。それを聞いた上で、同行を許すか許さないかの判断は貴方にお任せします』
そう言って出発して行ったのだ。
マティアスとて彼らに事情がある事は気付いていた。
重い溜息を一つ吐き出すと、背後に感じる気配へ向かって言い放つ。
「……いい加減話す気になったか?」
マティアスがゆっくり振り返ると、そこには眉間に皺を寄せ俯くエルフの男性と、彼の仲間達が佇んでいた。
「……」
苦悶に顔を歪ませながらただ押し黙る彼に、マティアスはやれやれといった感じに肩をすくめる。
「ディゴン、もういい加減話そうぜ」
ディゴンと呼ばれるエルフの男性の隣に立つ獣人男性が、まるで愚図る子供を宥めるかのように声を掛けながら彼の肩を優しく叩く。
「ともかく埒があかない。お前達、執務室へ来い。そこで話を聞かせて貰おう」
そうして再度マティアスの執務室へと戻り、ディゴン達は深刻そうな面持ちでソファーへと腰を下ろしていった。
彼らは数年前からランテルに所属するA級冒険者達で、同郷の幼馴染同士でパーティを組んでいる。
先程から押し黙るエルフの男性はパーティのリーダーを務めるディゴンと言い、見た目は20歳くらいだが実際は200歳を越えている。
もう1人のエルフはディゴンより少し歳上のレオノアという女性で、美しい容姿ながらも常に無表情で寡黙なメンバー。
2人の対面のソファーには見た目は10代後半ながらも、実年齢はとうに100歳を越える獣人の男女、ニコとロミが座っている。
彼らは実力のあるパーティなのだが、若干問題を抱えていた。
それはパーティのリーダーであるディゴンが原因である。
彼の高慢な性格が仇となって冒険者との間で軋轢を生んでおり、その度にニコとロミが間に入ってはあちこちに頭を下げて回り、ギルド内で浮いた存在となっていたのだ。
その為過去所属していたギルドではスタッフや上層部から煙たがられ、一ヶ所に留まる事が出来ず各国のギルドを渡り歩く羽目になり、現在はランテルへとその身を置いている。
マティアスはそんな彼らの実力を買いながらも、動向を注視していた。
室内の重々しい空気の中、彼らを見渡すように自分のデスクに凭れたマティアスが彼らの様子を見つめる。
暫くして漸くディゴンが重い口を開いた。
「俺達は皆、ドヴァール山出身だ。遥か昔にティル・ナ・ノーグ大森林から人間の奴隷として連れ去られたエルフと獣人の末裔で、人間から逃亡したり解放された祖先がドヴァールに辿り着き、そこを安住の地として隠れ住んでいたんだ」
彼の口から過去の人間の愚行の歴史がゆっくり紡がれる。
亜人種の大半は、イギリー王国より遥か遠方にあるティル・ナ・ノーグ大森林という未開の地の奥深くに住むと言われている。
エルフは男女ともに特徴的な長い耳と美しい容姿を持ち、聡明で魔力が高い種族。
そして獣人は毛並みの良い三角耳と尻尾を持ち、男女ともに戦闘能力や持久力に富む種族と言われている。
遥か昔、その生命力の高さや独特の特性を持つ彼らに目を付けた人間によって奴隷狩りが行われたという歴史があるが、勿論現在は世界的に奴隷制度は廃されている。
だがかつての行いから、ティル・ナ・ノーグ大森林に住まう亜人達は人間を忌避し、森全体に特殊な結界を張り巡らせ完全に外界との交流を断絶している。
ただ現代において、亜人の存在は個体数は少ないものの珍しくはなくなった。
逃亡や解放によって野に降った者達や、外界に憧れて自ら森を出た者達、大森林の掟に背き追放された者達などが各地でコミュニティを作ったり、人間と友好的に交流しやがて人種の違いを越えて家族を持つなど、様式が変化したのだ。
ディゴン達の先祖はどうやら逃亡や解放から野に降った者達が集い、ドヴァール山を安住の地として住まうコミュニティを作ったのだろう。
現在ドヴァール山は、過去の過ちから亜人達を刺激しない為の措置が取られ国から特別自治区に指定されており、人間の立ち入りは固く禁じられている。
「奴隷制度の始まりは人間からだったが、撤廃させたのも人間。俺達の先祖はドヴァールに自治を認められたとはいえ、人間との関わりを持つ事を拒絶し静かに暮らしていた」
だが、その静かな暮らしに変化が起こった。
イギリーの南部地域に古代の遺跡が眠っている事が研究で明らかになり、歴史学者や考古学者達が長い年月をかけて発掘を行い保全に尽力をつくしたのだ。
結果、南部地域は美麗な古代遺跡が目玉の一大観光都市へと変貌した。
そんな中、近年とある歴史学者によってドヴァール山の中腹に、古代の神殿が眠っている事が判明する。
早速調査依頼の為にドヴァールへと赴くものの、当然亜人集落の組合代表者達の反発に遭った。
それでもめげずに説得と話し合いが進められ、最近になりドヴァールを観光地にしない、亜人とは関わらない、調査のみが許可され、漸く念願の発掘調査へと実を結んだのだ。
だが、そこで事件が起こった。
突然大型魔獣が彼の地に出没したのだ。
ドヴァール山は北の辺境領と同様、清涼な魔力が潤沢で精霊や精霊獣が山頂に生息しており、亜人集落の周辺には数は少ないものの魔獣も出没するが、あくまで中型までだった。
今まではやり過ごすか、集落の猛者達が集い討伐を行ってきた。
だが大型魔獣の出現は過去に一度もなく、また突然の出没となると、亜人達は当然人間を山に入れた事が原因だと槍玉に挙げ騒いだ。
しかし、ここで更なる異変が起こる。
突然亜人に加え、発掘調査員までもが行方不明になる事件が起こったのだ。
日に日に両者に行方不明者が増え、当然発掘調査の作業は頓挫した。
事態の深刻さから、大型魔獣の脅威と行方不明の怪異の解決の為、歴史学者と亜人組合からカンタバロのギルドへクエストが出された。
そして調査と討伐に訪れた混成冒険者パーティが大型魔獣の討伐に成功するも、彼らもまた忽然と姿を消したのだった。
「……故郷の危機を知った俺達は、すぐにカンタバロのギルドへと急行した。だが到着して早々、突然クエストが取り下げられたんだ。調べてみたらクエストランクがS級に変わっていた……」
勿論彼らならば故郷へ戻るだけなので、勝手にドヴァールへ向かう事が出来る。
だが、ディゴン達は冒険者だ。
冒険者としてやっていい事と悪い事くらい十分に理解している。
とある目的があって冒険者となった経緯がある為、規範を無視して勝手な行動をとれば今後の活動にも支障をきたす。
彼らは途方に暮れた。
そんな時、S級冒険者パーティの天狼が別のクエストでランテルへ来ていると知る。
彼らは急ぎランテルに引き返すと、そこで到着早々ギルドスタッフからマティアスへ、キサギ達神楽旅団によってリンデルでの上位魔獣討伐完了の報告がされている場面に遭遇したのだった。
ディゴンが両膝の上に固く結ばれた拳に力を込める。
「聞けば俺達がカンタバロへ行っている間に登録に来た新人が、異例でS級冒険者へと昇格したらしいじゃないか……俺達だって長年冒険者をしているし、A級ランカーとしての自負もある。当然悔しかった……でもそんな事より、その神楽旅団ならクエストランクに相当するし、故郷の異変も解決出来るかもしれない……そう思って接触を試みようとしたら、人間が古の精霊王を従えているではないか!!」
怒りに震えたディゴンがダンッと両拳を己の両膝に勢いよく叩きつけた。
「……やめろよ、ディゴン。彼女達が特別な強さを持つ事はお前だってわかった筈だろ?……ギルド長、俺達にとって精霊王は信仰する神そのもの。それを人間が従えていたとなると冷静ではいられないんだ……わかってくれ」
ディゴンを宥めながらニコが悔しげに表情を歪め、マティアスへと理解を求める。
「……まず言っておくが、キサギにとってかの精霊王はかけがえのない仲間であり、家族であるとリンデルのオリガから聞いている。何よりも精霊王自身が彼女を深く信頼し、両者の絆は相当固いように私には見えた……まずはその認識を改めろ」
静かにマティアスがディゴンとニコを否定する。
それを聞いた2人は大きく息を呑み、悔しげに俯いてしまった。
「……ドヴァールには精霊王が眠っているの」
ずっと無表情で言葉を発する事もなかったレオノアが突然口を開く。
その言葉にマティアスが驚愕に目を剥き、俯いていたディゴンが弾くように顔を上げると、焦燥に滲む面持ちでレオノアへと向き直った。
「レオノア!?お前、何を……!!」
「もうつまらない意地を張るのはやめましょう、ディゴン。ちゃんと彼らに話して私達が心を開かないと、彼らの信用は得られないわ」
「だが!!この件は決して口外してはならないものだ!!これが漏れればどれだけ危険な事か、お前だってわかっているだろう?!」
「ギルド長も神楽旅団のリーダーも、決して口外なんてしないわ。危うさもわかっている筈だし、彼らの人望と実力を見ればわかる事よ。それに、今も尚、故郷の皆が危険に晒されているのよ?……この案件は私達では力不足だって貴方もわかってるはずよ」
「だが!!」
レオノアが冷静に窘めるも、ディゴンは裏切りともとれる彼女の言動に激昂する。
ドヴァールに精霊王が存在したなど知る由もなかったマティアスは驚愕で目を剥きながらも、彼らから話がもたらされるのをただ静かに待った。
するとモフモフの三角耳をペタンと垂れ下げた少し幼さの残るロミが、俯きながらおずおずと口を開いた。
「あのね、50年前にドヴァールに上位魔人が現れたの……」
「上位魔人だと?!」
怯えたような面持ちのロミが上目遣いでマティアスへと更なる驚きの事実を伝える。
「おい!!ロミまで……!!」
「ディゴンは黙ってて!」
普段は大人しいロミが声を張り上げるなどない為、ディゴンは思わずたじろぎ口を噤む。
「その頃は私達もまだ山で暮らしてたんだ……でも突然ソイツがやって来て、集落の皆に変な霧の魔法を掛けてきたの……そしたら急に皆がおかしくなっちゃって、妙な事を口走ったり、暴れ出したり、しまいには仲間同士で殺し合いが始まったの……」
当時の事を思い出しながら話すロミの言葉が、徐々に震え出し、最後は掠れ小さくなり小刻みに震えながら俯くと、隣に座るニコが労るように彼女の背を優しく撫でる。
「集落は混沌としたわ……誰もどうにも出来ないし、挙句上位魔人がけたたましい嗤い声をあげながら、殺戮を始めたの……誰もが絶望したその時、精霊王様が現れて私達の為にお力を奮って下さった……魔人を倒すまでにはいかなかったけど、なんとか退けることが出来て私達は救われた……でも、奴の負の魔力を受けた精霊王様は力を使い過ぎてしまって、回復がままならなくなってしまった……だから眠りにつかれたの……」
俯くロミに変わってレオノアが真相の続きを話した。
「俺達の先祖は行き場を無くしてドヴァールに辿り着いた所を、精霊王様に助けられて迎え入れて貰った大恩がある。俺達は仇敵であるそいつを追う為に、外界とは関わらないという一族の掟に背いて山を降りて冒険者になったんだ。……でも奴には出会えなかった……。そいつとは違う上位魔人を他の冒険者達と協力してなんとか倒した事もあったけど、情報は得られなかった……」
ロミを宥めながらニコが悔しげにマティアスへと説明する。
マティアスが事態の深刻さに思わず片手で頭を抱え、重い溜息を漏らす。
「それでお前達は、故郷であるドヴァールで50年前と酷似した事件が再び起こった事に危惧し、頑なに同行を求めた訳か……だが、行方不明事件は50年前にはなかった筈だ」
「ええ。私達も何故同胞や発掘調査員、そしてクエストを受けた冒険者達が姿を消したのか、わからないの……」
重い口を開き絞り出すような声で話すマティアスに、レオノアが無表情から苦悶に歪めた表情へと変え呟く。
ディゴンを始めニコやロミもまた同様に表情を歪め俯いていた。
「……ドヴァールで一体何が起きているんだ……」
重い空気に包まれた執務室に、マティアスの困惑に揺れるテノールの声がいやに響き渡った。
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