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第1章

29.アカガネの報告〜第1章 了〜

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「おかえりなさいませ……おや?なにやらお疲れのようですが……大丈夫ですか?」


自邸の玄関ポーチでいつものように出迎えるアカガネが、一行の様子に些か呆気にとられ目を丸くする。


何しろキサギはグッタリ気味に対し、他の3人と1体はシュンッと萎びているのだ。


彼女達は先程のギルドでの騒動で、倒れた冒険者らへの対応やら、マティアスからお小言を頂戴するやら、他の冒険者仲間からは青ざめた顔で見られるやら、身から出た錆とはいえ踏んだり蹴ったりな目に遭った。


事情を聞いたアカガネが苦笑いを浮かべながら扉を開ける。


「ふふ。まぁ、私からしたらいつもの風景なので、微笑ましいですけどね。とりあえず、先に湯浴みをどうぞ。お食事の支度を整えておきます」


「いつもありがとう、アカガネ~。報告は食事の時にでもよろしく~」


ヒラヒラと片手を振りながら、キサギは遠い目のままヨロヨロと湯浴みへと向かう。


彼女の姿が完全に消え去った、その時。


「……さて?」


突然低くなったアカガネの声音に、シュリ、ビャクラン、ソウエイそしてコクヨウはビクゥッと肩から大きく体を跳ね上がらせ、動揺で目をあちこちに泳がせる。


正面には仁王立ちのアカガネがその顔に微笑みを浮かべながらも、コメカミに青筋を立て背後からは真っ黒な魔力を放ち、目が完全に据わっている。


「全く……御前をあのようなお姿にさせるとは、式神でありながら何という体たらく。これは一度、ゆっくり、“お話“をしようではありませんか」


笑顔で激怒するアカガネに、彼らは絶対に逆らえないのだった。





それから暫くして、湯浴みを終えサッパリしたキサギが濡れた髪をグシグシと拭きながら、食堂へと姿を現す。


既に皆席に着いているが、何やら全員遠い目をしており、様子がおかしい事に気付く。


(……あぁ~……これは……アカガネの雷が落ちたな……)


彼女もスンッと遠い目になる。


前世でキサギも何度かアカガネから雷を落とされた事があり、思わず思い出してしまいブルリと身を震わせてしまう。


そして気を取り直した彼女が席へと着くと、使用人達が手際よくテーブルへ食事を並べ、シュリは嬉しそうに早速がっつき始めた。


それを合図にするかの様に、キサギ達も目の前の食事に手をつけていく。


「そういえばアカガネ、この辺りの探索どうだった?」


「邸の周辺は特に何も気になる所はありませんでした。戦闘使用人数名に少し奥まで調べさせましたが、小動物や薬草を見つけた程度でしたね」


カップにお茶を優雅に注ぎ入れ、それをキサギの前へと置くと、彼も食卓の席へと着く。


アカガネはキサギの身の回りの世話をするが、彼も彼女にとっては仲間であり家族同様なので、食事をとる際はなるべく共に席に着くルールになっている。


「そっか……リアさんの話だと、やっぱりこの森には精霊や精霊獣が住むらしいのよね。まぁ、機会があれば会う事もあるでしょう」


「それでしたら、ここではなく森の中心部に多いようですよ?ここ北の辺境領の森はかなり広大で、今いる場所は西の果てに当たります。」


「へぇ、そうなの?中心部の魔力は相当強いのでしょうね」


「はい。精霊王がお住まいでした」


キサギがキョトンとした後、思わずコクヨウへと視線をやる。


『……御前。そんな目で見ても、儂は何も知らんぞ』


「あはは。いや、なんとなく記憶あるかなぁって」


ジト目のコクヨウに、キサギが苦笑いする。


「あちらは人型の精霊王でした。魔力が強いため魔獣や魔人もよく出没するようで、どうやらアイルズ辺境伯とは協力関係にあるようですね」


「へぇ~。契約を交わしてるの?」


「いえ、その気配はありませんでしたね。まぁ持ちつ持たれつ、といった感じでしょうか。ただ精霊王は、やはり極力人間とは関わらないようにしている雰囲気ですね」


「ふ~ん」


「次に、王都の隠密からの報告で色々わかった事があります。どうやらこの国の王と王妃、そして例の第3王子は、近々この地からほど近い離宮へ幽閉されるとの事です」


丁度会ったばかりの第3王子の話題に、彼女は思わずギョッとする。


だが、すぐに納得の表情を浮かべた。


「……あぁ~、まぁいつかはやるだろうと思ってたけど……やり手の王太子がいよいよ実権を掌握したのね」


レイスリーネは王太子ファミリーとは懇意にしており、幼い王子王女らも彼女によく懐き、ランバートやミネルヴァとの会話はウィットに富み得る物が多く、彼女の記憶の中で唯一幸福を感じていたものだ。


そんな彼女から見えるランバートという人物は、王の孤独も栄誉もよく理解し、清濁全て丸っと呑み込み絶妙なバランスで采配する力を備えた、有能な傑物だった。


そんな彼が動いたのならば、イギリー王国は一先ず安泰だろうと、モグモグと咀嚼しながらキサギは思う。


「まぁ、辺境領の目と鼻の先じゃ、監視させる意味合いも強いんでしょうね。余計な貴族達が近寄って来ようものなら、それも一掃するチャンスでしょうし……それにしても自領の管理に、魔獣・魔人討伐、精霊王との折衝、加えて王族の監視、諸々……アイルズ辺境伯ってよっぽど有能なのねぇ。レイスリーネは会った事ないみたいだから、私、顔知らないけど」


「猛将、といった感じでしたよ?歳はまだ30歳くらいでしょうか。意外と若かったですね」


「へぇ~。まぁ北でクエストでもない限り、会う事もないでしょう」


食事を平らげデザートへと手をつけながら、キサギは「あっ」とふと思い立ちアカガネに顔を向ける。


「王都の隠密はそのまま継続して。どうにも第2王子にロックオンされてるっぽいから、なーんか嫌な予感がするのよねぇ……」


「第2王子……ですか?あぁ、リンデルで会った方ですね」


苦い顔をしながらデザートを突つくキサギに、ビャクランが問いかける。


「そ。あの人の目、完全に私をレイスリーネの面影と重ねて見てたわ。あぁいう手合いは、後々も正義感を全面に押し出して絶対にまた絡んでくるわ……あーやだやだ」


「始末しますか?」


「……ソウエ~イ、やめなさぁ~い」


「仰せのままに」


面倒な王族にも、物騒なソウエイにも、キサギは思わず遠い目になってしまう。


「そして、レイスリーネ嬢ですが、第3王子との婚約白紙が確定し、報奨金という名の多額の慰謝料も用意されたとの事です」


「まぁ、そうなるわね」


続くアカガネの報告に、彼女は興味なさげにデザートを一口放り込みモグモグと口を動かしている。


そもそも目覚めた際にそう誘導するようにソウエイに指示を出したのはキサギ自身だ。


「その王太子ですが、余程ハロルド一族を遠ざけたいのでしょう。伯爵は魔力研究所から付属の資料保管所へと転属が決まったとの事。一応、所長補佐という形で地位としては今より上がったものの、花形の研究所からの体の良い左遷、といったところですね」


その言葉に思わずギョッとする。


「容赦ないわねぇ。何かやらかしたの?あそこの家族、レイスリーネとの関わりがほぼないから良くは知らないんだけど」


「やらかした……というより、伯爵の気質の問題かと」


「気質?」


「伯爵自身、学生時代は成績優秀で見目も良く、多くの女生徒達に持て囃された事もあり、上昇志向がかなり強かったようです。夫人が現在の魔力研究所所長の息女で、学生時代に伯爵の容姿に一目惚れして、半ば強引に婚約に持ち込み婚姻に至ったみたいですね。その経緯から魔術師として花形の魔力研究所に入所となったようです。ですが、他の魔術師らは伯爵よりも非常に優秀。彼らと比較しても実力や人格、人望はかなり凡庸。夫人の父君である侯爵は伯爵との婚姻には相当反対だったものの、愛娘の押しに負けたと調査で判明しております」


レイスリーネの両親の婚姻に至るまでの過去を知らないキサギが、思わず目を丸くした。


「え?そんな事があったの?」


「はい。当時凡庸な伯爵家だったハロルド家としては、夫人の実家は侯爵家。箔が付く上、出世も間違いないので婚姻自体は乗り気だった事でしょう。ですが当の伯爵は見目は良いだけの中身は凡庸。パッとした実績も今の所ありません。その癖、侯爵家との縁故をひけらかすように笠に着て、野心だけはご立派に強いとなると、相当周りからは煙たがられていたのでしょうね。だからこそ実権を掌握した王太子は、これを機にハロルド家を遠ざけたのでしょう」


「ハロルド家が嫌われていた割には、レイスリーネは王太子や王太子妃に可愛がられていたようだけど?」


「レイスリーネ嬢は才女として知られ、美貌も有名でした。そこに王妃が目をつけ、第3王子の婚約者に抜擢したそうです。王太子も彼女の実力を買っていたので、ハロルド家の事は目を瞑ったのでしょう。ですが、そのレイスリーネ嬢が重篤となり、今回婚約が白紙撤回。目の上の瘤だった第3王子も幽閉が決定。ハロルド家の世間の同情を鑑みて地位は上がるが、実際は日陰の職場への転属、といった様相ですね」


淡々と報告を口にするアカガネが、一息つくようにお茶を口にする。


「なるほど。そういえば、今回第3王子と一緒にやらかした息子のグリードは?」


「此方も父親そっくりですね。成績だけは優秀で中身は凡庸な上、世間知らずの傲慢。どうも婚約が結ばれていた資産家の子爵家を怒らせて、婚約が破棄されています」


まさかの報告にキサギが顔を歪め、思わずデザートを口に運ぶ手を止めた。


「げっ。こっちはこっちで何やらかしたの……」


「婚約者の子爵令嬢との逢瀬は、婚約が結ばれてから一度もありません。しかも手紙のやりとりもサボっていたようですね。挙句資産家である子爵家に、返済義務無しの金の無心をしたそうで、子爵家が激怒した上、婚約破棄を叩きつけられたという結果になりました」


まさかの結果にあんぐりと口を開けてしまう。


「……え?馬鹿なの?グリードって馬鹿なの?」


「……御前。馬鹿だからリンデルであのような乱痴気騒ぎを起こすのですよ。まぁハロルド家から子爵家へ、多額の慰謝料が払われたのは言うまでもないでしょう。そして、今回の第3王子と一緒にやらかした事で、王家に睨まれる始末。どうやら、息子のほうもなかなかのペナルティを食らったようです」


容赦ない彼女の言葉に、アカガネは苦笑いしながら肩をすくめて言い放つ。


「ペナルティ?」


キサギはキョトンとして首を傾げた。


「はい。先程も申し上げた通り、ハロルド家は世間の同情があります。その為、王家は体裁として魔法師団の第1師団長である侯爵の次女との婚約を用意しました。ですが、その次女が問題なのです」


「あ、レイスリーネの記憶で知ってる。その人めちゃくちゃ美人でかなり有名だもの。しかも、この国とかなり縁が深い他国の大公の愛人よ。上位貴族の世界では有名で、王家も大公との縁が深められるから黙認してたはず。確か子供いたはずよね?」


「その通り。歳は20歳。あちらの侯爵家としても世間体を気にして、体裁としてアンダーカバーが欲したかったのでしょう。その白羽の矢が立ったのがハロルド伯爵子息だった。伯爵家としては侯爵家との縁が出来る事で、世間には一応のアピールになると王家は目論んだのでしょう。だが、伯爵家側からすればこれはただの偽装結婚。実際の婚姻関係など結べる筈もないのですから、どこかから養子でも取らざるを得ない。まさに衰退の一途、といったところですね」


「……王太子、容赦ない……」


思わずキサギが遠い目をしてしまう。


「唯一の救いとするならば、王妃主催の茶会が予定されていたのを代行として王太子妃が執り仕切り、そこで夫人にレイスリーネ嬢に北の辺境領にある療養所を紹介したようです」


「あぁ……多分、それ、ハロルド家からレイスリーネをなるべく遠ざけてあげたかったのね……あそこは清涼な魔力が豊富だからゆっくり静養出来るように、といった配慮でしょ?」


「そのようです。王太子妃は彼女を相当気に入っていたようですね……かなり惜しんでいたそうですから」


「そう……そういえばハロルド邸のレイスリーネのほうへ、王家の影が張り付いてるみたいね。まぁ、見当違いのままでいてくれれば、それで良いわ」


皿のデザートの最後の一欠片を口へ運び、アカガネが淹れてくれた紅茶へと手を伸ばす。


「まぁそもそもレイスリーネの婚約白紙にむけて種を蒔いたのは私で、それを綺麗に咲かせてくれたのはソウエイなんだけど、ハロルド家の衰退は自業自得。領地だって結局代官が治めているのだし、衰退したところでリムゼイにはランテルの冒険者組合があるのだし、そうそう落ち目にはならないでしょ。さて、概ね共有すべき事はそんなところね。さぁて、明日は昼からの予定だし、ゆっくり休みましょ」


手に持った紅茶をグビッと一気に飲み干すと、彼女は席を立ち自室へと戻って行った為、その場はお開きとなった。


因みにこの情報、キサギの用意した形代の隠密は非常に優秀な為正確な情報を得ていたが、世間は違った。


内容が少しだけ歪んで、市井へ情報が流出していたのだ。


伯爵は“魔力研究所内で昇進“、子息は“格上との婚約が成立“した、と。


流出元は体裁を取り繕うのに躍起の“ハロルド伯爵家“だ。


夫人の実家の侯爵家の力を借りて、恥ずかしい真実を隠したのだ。


とはいえ間違ってはいない。


資料保管所とはいえ、魔力研究所の附属の職場。


偽装とはいえ、格上の侯爵家との縁結び。


世間とは単純で、内容の精査などする訳もなく、その情報を鵜呑みにし、果てには自分達の想像を膨らませて尾ヒレを付けて一部間違った情報へと変化したりもした、という。


これを後にアカガネから知らされたキサギが「これだから貴族ってもんは……」と辟易とした表情を浮かべたのは言うまでもない。









*皆様、いつもお読み頂き本当にありがとうございます!

次回から新しい話の展開になる為、ここまでを第1章として区切ろうと思います。

時間を見て章分けする予定です。
よろしくお願いします。

それでは次回の更新まで暫しお待ち下さいませ!
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