捨てる神あらば、拾う世界あります

卯堂 成隆

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転生枕 5

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「お前、なんで情報屋なんか知ってるんだよ。 しかも、慣れすぎだろ!
 なぁ、いったい何を話していたんだ!?」
 情報屋から出てくるなり、冒険者の男からそんな質問が飛んできた。

 ――こいつらハズレね。 好奇心で依頼人をあれこれ詮索するとか、ここの冒険者ギルドはどんな教育しているのかしら?

 なれなれしく肩に置かれた手を、イングリッドは汚いもののように平手で払いのける。
 幸いなことに先ほどまでのやり取りは小声で話していたので、内容までは聞き取れなかったらしい。

「お断りするわ。
 なぜ貴方たちにそんな事まで教えなきゃならないの?
 これは私がお金を払って手に入れた情報よ。 それをタダで教えろとか……冒険者って人たちはずいぶんとあつかましいのね」
 そんな冒険者たちに、イングリッドは冷たい視線と言葉を浴びせる。
 冒険者たちは、六歳の少女とはとても思えない言葉と態度に、思わずウッと言葉を詰まらせた。

「貴方たちに依頼したのはただの護衛よ。
 余計な詮索をするようじゃプロの仕事として認められないわね」
 悪意すら感じる声でそう言い放つと、イングリッドはポケットから依頼報告書の書面を取り出して冒険者への評価に苦情を書き加える。
 さすがにこのような対応を取られては、彼らも押し黙るしかない。

「さて、護衛はここまででいいわ。 はい、依頼達成の証明書。
 冒険者ギルドに帰って報酬を受け取ってちょうだい」
 これ以上彼らを連れまわすのはデメリットしかないと判断したイングリッドは、依頼報告書に依頼終了のサインを記し、それを冒険者たちの代表に突きつける。

「まてよ! ここまで関わらせておいて、それは無いだろ!?
 このまま帰ったんじゃ、色々と気になって眠れやしない」
「私には関係のないことだわ。 これ以上付きまとわないで。
 あと、業務上で知りえた情報を漏らせば重大な契約違反になるからそのつもりで」
 なおも縋ろうとする冒険者たちを、イングリッドは脅しすら交えて切り捨てた。

 その取り付く島の無い態度に、冒険者たちはブツブツと文句を口にしながら人ごみの中に消えて行く。
 彼らが振り返ってこちらの様子を伺うことが無いことを確認すると、イングリッドはようやくホッとした表情で歩き出した。

 そしてしばらくしてからチラリと後ろを振り返る。
「……言っておくけど、これ以上付いてくると確実に死ぬわよ? 助ける気はサラサラないし」
 そこには、相変わらずクラウディオが泣きそうな顔でとぼとぼとイングリッドの後ろを付いてきている。
 契約書を盾に追い払えないぶん、こちらは冒険者たちよりも性質が悪かった。

「な、なんでそんな意地悪言うのさ!」
 ――意地悪か。
 この子からするとそういう解釈になるのかもしれない。
 だけど、それは許されない無知という罪を犯しているからよ。
 あくまでも自分の我侭を通すというのならばそれ相応の覚悟が必要なのに、貴方にはそれが理解できないから。

「そう、残念ね。 そこそこ長い付き合いだったけど、こんなことでお別れするだなんて残念だわ」
「ね、ねぇ、イングリッド……なんでそんな怖いこと言うの? 今度は何をするつもりなの?」
 イングリッドは冷たい目をクラウディオを見据えると、にっこりと微笑んで言い放った。

「領主の館に忍び込むのよ。 このままついてきたらクラウディオはすぐに見つかって縛り首ね」
「だっ、ダメだよ! それは悪い人のすることじゃないか!! 悪い事はやめて、はやく村に帰ろうよ! みんな怒ってるよ!?」
 いいわね、善悪が単純な世界で生きているお子様は。
 心の中でそんな言葉を呟きながらイングリッドはクラウディオの腕を掴む。

「あら? 向こうも悪い人だから大丈夫よ。
 とはいえ、これ以上一緒に付いてきて騒がれるとこっちとしても面倒なのよね」
「ちょっと、イングリッド……なにするつもりなの!?」
「邪魔者は始末しないとね」
 あくまでも微笑みを絶やさぬまま、イングリッドは精霊を呼び出す呪文を口ずさんだ。

「……まったく、手のかかるお子様だこと」
 呼び出された眠りの精霊の力によってクラウディオが意識をなくして倒れると、イングリッドは彼の体を潅木の茂みの中にそっと隠す。
 そして、これでようやく自由に歩けると、彼女はホッと胸をなでおろした。
 いくら頭の中身がエルフなイングリッドとはいえ、クラウディオが死ぬのを黙って見過ごすのは気分が悪い。

「それにしても、本気で私どうしちゃったのかしら?
 こんな一銭にもならないことのために、命を張るなんてね」
 かつての彼女であれば、とっくに違約金を支払ってでもこの国から離れていたことだろう。
 だが、いまさら引く気はさらさら無い。

「……さてと。 あれが悪党の根城か」
 やがて目的地にたどり着くと、イングリッドは領主の館の全体像を見渡す。
 石造りのその建物は、周囲をぐるりと石壁に覆われており、まるで砦のような印象であった。
 隣国に接する国境の領地であることを考えれば、このようなつくりであることも仕方の無いことではあるが、エルフとしての価値観をもつイングリッドからすると、よくこんな窮屈な場所に住んでいられるものだと呆れるばかりである。

「人間相手には有効な作りだけど、私たちにとってはハリボテとかわらないわね」
 彼女は見張りの目をかいくぐるために茂みの影に隠れると、精霊を呼ぶための呪文を唱え始めた。

「汝、知恵深き盗人よ。 測りがたき幸運と災いの運び手よ。 風のごとく忍び寄る汝の、目を惑わす不可視の毛皮にて我が姿を包みたまえ。 気まぐれなる老いたる野干ウエウエコヨトルよ」
 すると、たちまち呼び出された精霊の魔力がイングリッドの体を覆い、彼女の姿が誰の目からも見えなくなる。
 そして出来るだけ足音を立てないように靴を脱いで裸足になると、彼女は領主の館に侵入を開始した。

 ――さてと、厄介者はいるのかしら?
 門番の守る入り口をそっと忍び足で通り過ぎると、イングリッドはキョロキョロと当たりを見回して犬の存在を確かめる。
 この魔術を使ってどこかに侵入する際に、一番注意が必要なのが番犬の存在だからだ。
 いくら姿を見えなくしても、音や匂いまでは隠せないからである。

 だが、どうやらこの館では犬を飼っていないらしい。
 なんとも無用心なことだとほくそ笑むと、イングリッドはそのまま使用人が勝手口を開ける瞬間を待ち、あっさりと領主の館の建物の中へと侵入を果たした。

 ――さぁ、どこを調べようか?
 狙うのは領主の執務室か寝室。
 館内のメイドの言葉から領主が出かけていることを確認すると、彼女はメイドが掃除に入った隙に執務室らしき部屋へと入り込む。

 ……どうやら、当たりのようね。
 どうやらこの館の主は自分の持ち物をあれこれ他人に触られるのを嫌うらしく、執務机の上はかなりゴチャゴチャとしていた。
 その有様にメイドは深く溜息をつくと、手を入れることを許可されている場所のみサッと掃除を済ませ、その豊満な尻を振りながら別の部屋へと去ってゆく。

「さてと、この中から必要な証拠を探すのか。 嫌になっちゃうわ」
 乱雑を絵に描いたような領主の机を見下ろし、イングリッドもまたメイドと同じように溜息を吐いた。
 だが、これならば書類がいくつか無くなったとしても盗まれたことに気づくのはかなり先になるだろう。
 そう考えると悪くない。

 イングリッドはニヤリと唇を吊り上げると、さっそく書類をあさり始めた。
 机の汚い人間が"自分だけはわかるように置いてある"と言い訳するように、この手の環境を作り出す人間は似たようなジャンルの書類や近い日付の書類をある程度まとめておくことが多い。
 もっとも、まとめたものを不規則に置くから結局は本人もわからなくなるのだが、そこは言っても聞かないので諦めたほうがよい部分である。

「あとはその書面に記されている署名の格でおおよその重要度は把握すれば、目的のモノを見つけ出すのはそこまで難しい話ではないのよね。
 おっと、このあたり怪しそうね」
 そしてわずか三分後に、彼女は気になる内容の手紙を見つけ出した。
 本職の盗賊でも、なかなかここまで手際よくゆかないだろう。

 そしてその文面に目を通すなり、イングリッドは思わず眉を顰めた。
「なにこれ。 軍事兵器の開発じゃない」
 差出人はこの国の元老院。
 しかも、王都で研究するにははばかりのある魔術の開発を、この領地で行いたいという内容だ。

 しかし、いったいどこで?
 書面のやりとりからすると、どうやらこの館で魔術師が何かを研究しているようだが、先ほどこの屋敷の中を探った限り建物の中にそれらしい場所は無い。
 だが、イングリッドは窓辺に近寄ると、警備をしている人間の配置に視線を送る。
 よく見ると、館そのものよりも庭にある離れのほうが警備の数が多い。
 これでは『そこに何かありますよ』と言っているようなものだ。

「ふぅん、けっこうあからさまだと罠にすら思えてくるわね」
 だが、ほかに手がかりらしいものが無い以上、調べないという手は無い。
 イングリッドは再び姿消しの魔術を唱えると、屋敷を出て離れの建物へと近づいた。
 だがその建物には窓が無く、中野様子を見る事はできない。
 仕方なしに壁に耳を押し当てて音を探る。

 ――衣擦れの音からすると、なかにいるのはおそらく一人。
 おそらくそれが魔術師だろう。
 さて、どうやって中を探ったものか。

 イングリッドは離れの建物の屋根から突き出した煙突に目をつけた。
 大人が入るには無理があるが、この小さな体ならば余裕で通ることが出来るだろう。

 ……これしかなさそうね。
 彼女は壁の窪みに指をかけ、まるで小猿のようにスルスルと屋根の上に這い上がる。
 ここまでくれば、あとは簡単だ。
 煙突の中で手足をつっぱらせ、できるだけ音を立てないようにゆっくりと降りるだけである。

 ――よし、気づかれてないわね。
 暖炉の中に音も無く舞い降りると、彼女は部屋の中の様子を確かめる。
 予想通り、中で研究を行っている魔術師は一人だけだ。

 これなら思ったより楽に終わりそうね。
 彼女は囁くような声で精霊を呼ぶと、机のにむかって研究結果を記録している魔術師の背後から眠りの呪文を唱える。

 すると、ほどなくして静かな離れの部屋の中に、ドサリと何かが倒れる音が響いた。
 そして薄暗い部屋の中に低い鼾が響きはじめる。

「……ふぅ、ここまでは順調ね」
 眠った魔術師の手足をその辺にあったタオルで縛り上げると、イングリッドはようやく身隠しの術を解いて一息ついた。

 ――急ごう。
 誰かがこの部屋に入ってきて面倒なことになってしまう前に、そろそろ連中の悪行の証拠を掴んで引き上げなければ。
 さすがに何度も魔術を使ったせいか、体の奥に眠気にも似た疲労感が蓄積している。
 脱出する途中で魔力が尽きたりしたら洒落にならない。

「まぁ、定番としてはここかな」
 イングリッドは魔術師の使っていた机の引き出しを開け、出て来た書類に目を通す。
 そして程なくして彼女はその顔を曇らせた。
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