89 / 121
第一章
第88話 本を読むだけの簡単なお仕事
しおりを挟む
執筆室のドアを開けると、そこはいくつものパーテーションに分かれた、まるでオフィスのようなつくりになっていた。
そして、大勢の大人たちが一心不乱に書き物をしている。
なんだこれ?
この世界に来てから見た、どんな場所とも雰囲気が違うぞ。
執筆室というより、ただの近代オフィスじゃねぇかよ!
いや、執筆だけじゃなくて、絵を描いている奴もいるぞ?
ここは出版工房か!?
地球の文化に影響されすぎだ。
いったいなぜこんなことに?
イギリスの特別な列車でゆく不思議な学校あたりに迷い込んだような状況に、おれはすっかり面食らっていた。
もはや、こんなの異世界ファンタジーじゃ無い。
ただの現代ファンタジーの親戚だろ。
そもそも、こいつらったい何者?
おそらくアドルフが連れてきたのだろうが、奴にこれだけの人間を集める伝手が……というか、こいつらの濃密な魔力、どう考えても人間じゃないぞ!?
しかも、そのありえない状況の中から、知っている奴らに声をかけられた。
「あら、遅かったわね」
「お邪魔してますわ」
それぞれ違う種類の笑顔を浮かべながら、シェーナとフェリシア俺に手を振る。
……勘弁してくれ。
見えなかったことにして、スルーしてもよいだろうか? ダメですか。
「なんでお前らがここにいる?
俺は呼んでないぞ」
すると、シェーナは腰に手をあてながら、えらそうな態度で文句を垂れた。
「呼んでくれないからこそ、こういう場所がほしかったのよね」
「ここは、精霊たちが自由に訪れて執筆ができる場所ですわ。
資料となる本もたくさんあって、とても快適ですのよ?」
つまりなにか?
このエリアは俺が呼ばなくても勝手に精霊がやってきて、好き勝手できるということか?
ほとんど聖域じゃねぇかよ!
「アドルフ」
「なんだ?」
「やりすぎだ、馬鹿野郎」
俺はニコニコとドヤ顔で腕を組んでいるアドルフの鳩尾に容赦なく肘を入れた。
「うぼっ……トシキ……テメェ……」
精霊にとってもそこは急所だったらしく、ふいをつかれたアドルフは体をくの字に折って床に沈む。
股間を狙わなかっただけありがたく思え。
「お前ら、自重という言葉を覚えろ。
さすがにキレるぞ」
「あ、あらあらトシキさん。
可愛い顔が台無しですわ」
「フェリシア。
止めなかった時点でお前も同罪だからな」
ジロリと睨みつけると、フェリシアはそっと視線をそらした。
穏やかな空気でなし崩しにこの状況を受け入れると思ったら大間違いである。
「な、なによ! スフィンクスの分際であたしたちに意見しようっていうの!?」
「お前らのほうが偉いなんて、誰が決めた?」
俺が押し殺した低い声で問い返すと、シェーナもまた視線をそらした。
種族なんて関係ねぇし、偉いから何してもいいって話じゃねぇんだよ。
そろそろ限界だ。
腰にくくりつけた袋から、俺はメモ書きを一枚取り出す。
そこには旧約聖書のひとつ、創世記の第十一節が書きとめてあった。
俺の撒き散らす険悪な雰囲気に、周囲の精霊たちも動きを止めてこちらに視線を向ける。
正直、この馬鹿みたいな建造物はぶっ壊してしまったほうが世のためだとは思った。
……が、このすがるような視線に囲まれるとさすがに迷う。
「はぁ……。
まぁ、やっちまったものは仕方ないし、今回は大目に見るとしようか。
しかし、なんだよこのたくさんの精霊」
結局、俺はため息をつきながらメモ書きを袋にしまいなおした。
この智の要塞ともいうべき場所を壊しても、精霊たちを反省させることができなければ意味が無い。
ならば、この建物を人質にしていろいろと取引でもしたほうが利口だろう。
なにより、このメモの力を発動させれば俺も無事ではすまない。
まさに命がけの切り札なのだ。
「うふふ、ごめんなさいね。
だって、みんな本を書くのが楽しくてしかたがないのですもの」
「今、あたしたち精霊たちの間では、物語を書いてトシキのところの図書館に置くのがブームなのよ。
特に絵本ね」
なるほど、このおかしな状況は俺がこの世界に持ち込んだ文化が原因だったか。
やはり、本来あるべきではないものを持ち込むような事は慎重にすべきだった。
「でも、トシキさん、なかなか依頼だしてくださらないでしょ?
なので、アドルフさんに頼んで、好きな絵本をつくって好きなように納めるシステムを作っていただきましたのよ?」
そういって指し示された一角には、やたらと豪華な絵本らしきものが本棚にギッシリおさめられている。
精霊の描いた本って、たしか一つ一つが少なくとも国宝レベルなんだよな?
これだけあるとありがたみが薄れるというか、値崩れ起こすんじゃないだろうか。
「……そういう事は、先に一言いってくれ」
めまいと頭痛に頭を抱えながら、俺は本棚からごっそりと無作為に本を抜き取る。
そして近くの空いている椅子に腰をかけた。
「何するの、トシキ?」
「検閲。 人に見せちゃまずい内容の本があるとまずいだろ」
実際、前に絵本を描いてもらったときもそういうものがいくつかあったのだ。
それに……もはやこの状況は楽しむしかないだろ。
俺は現実から逃げるように、次々と書物を貪るのであった。
本当に、こんな本を読むだけの仕事ばかりだったらいいのに。
そして、大勢の大人たちが一心不乱に書き物をしている。
なんだこれ?
この世界に来てから見た、どんな場所とも雰囲気が違うぞ。
執筆室というより、ただの近代オフィスじゃねぇかよ!
いや、執筆だけじゃなくて、絵を描いている奴もいるぞ?
ここは出版工房か!?
地球の文化に影響されすぎだ。
いったいなぜこんなことに?
イギリスの特別な列車でゆく不思議な学校あたりに迷い込んだような状況に、おれはすっかり面食らっていた。
もはや、こんなの異世界ファンタジーじゃ無い。
ただの現代ファンタジーの親戚だろ。
そもそも、こいつらったい何者?
おそらくアドルフが連れてきたのだろうが、奴にこれだけの人間を集める伝手が……というか、こいつらの濃密な魔力、どう考えても人間じゃないぞ!?
しかも、そのありえない状況の中から、知っている奴らに声をかけられた。
「あら、遅かったわね」
「お邪魔してますわ」
それぞれ違う種類の笑顔を浮かべながら、シェーナとフェリシア俺に手を振る。
……勘弁してくれ。
見えなかったことにして、スルーしてもよいだろうか? ダメですか。
「なんでお前らがここにいる?
俺は呼んでないぞ」
すると、シェーナは腰に手をあてながら、えらそうな態度で文句を垂れた。
「呼んでくれないからこそ、こういう場所がほしかったのよね」
「ここは、精霊たちが自由に訪れて執筆ができる場所ですわ。
資料となる本もたくさんあって、とても快適ですのよ?」
つまりなにか?
このエリアは俺が呼ばなくても勝手に精霊がやってきて、好き勝手できるということか?
ほとんど聖域じゃねぇかよ!
「アドルフ」
「なんだ?」
「やりすぎだ、馬鹿野郎」
俺はニコニコとドヤ顔で腕を組んでいるアドルフの鳩尾に容赦なく肘を入れた。
「うぼっ……トシキ……テメェ……」
精霊にとってもそこは急所だったらしく、ふいをつかれたアドルフは体をくの字に折って床に沈む。
股間を狙わなかっただけありがたく思え。
「お前ら、自重という言葉を覚えろ。
さすがにキレるぞ」
「あ、あらあらトシキさん。
可愛い顔が台無しですわ」
「フェリシア。
止めなかった時点でお前も同罪だからな」
ジロリと睨みつけると、フェリシアはそっと視線をそらした。
穏やかな空気でなし崩しにこの状況を受け入れると思ったら大間違いである。
「な、なによ! スフィンクスの分際であたしたちに意見しようっていうの!?」
「お前らのほうが偉いなんて、誰が決めた?」
俺が押し殺した低い声で問い返すと、シェーナもまた視線をそらした。
種族なんて関係ねぇし、偉いから何してもいいって話じゃねぇんだよ。
そろそろ限界だ。
腰にくくりつけた袋から、俺はメモ書きを一枚取り出す。
そこには旧約聖書のひとつ、創世記の第十一節が書きとめてあった。
俺の撒き散らす険悪な雰囲気に、周囲の精霊たちも動きを止めてこちらに視線を向ける。
正直、この馬鹿みたいな建造物はぶっ壊してしまったほうが世のためだとは思った。
……が、このすがるような視線に囲まれるとさすがに迷う。
「はぁ……。
まぁ、やっちまったものは仕方ないし、今回は大目に見るとしようか。
しかし、なんだよこのたくさんの精霊」
結局、俺はため息をつきながらメモ書きを袋にしまいなおした。
この智の要塞ともいうべき場所を壊しても、精霊たちを反省させることができなければ意味が無い。
ならば、この建物を人質にしていろいろと取引でもしたほうが利口だろう。
なにより、このメモの力を発動させれば俺も無事ではすまない。
まさに命がけの切り札なのだ。
「うふふ、ごめんなさいね。
だって、みんな本を書くのが楽しくてしかたがないのですもの」
「今、あたしたち精霊たちの間では、物語を書いてトシキのところの図書館に置くのがブームなのよ。
特に絵本ね」
なるほど、このおかしな状況は俺がこの世界に持ち込んだ文化が原因だったか。
やはり、本来あるべきではないものを持ち込むような事は慎重にすべきだった。
「でも、トシキさん、なかなか依頼だしてくださらないでしょ?
なので、アドルフさんに頼んで、好きな絵本をつくって好きなように納めるシステムを作っていただきましたのよ?」
そういって指し示された一角には、やたらと豪華な絵本らしきものが本棚にギッシリおさめられている。
精霊の描いた本って、たしか一つ一つが少なくとも国宝レベルなんだよな?
これだけあるとありがたみが薄れるというか、値崩れ起こすんじゃないだろうか。
「……そういう事は、先に一言いってくれ」
めまいと頭痛に頭を抱えながら、俺は本棚からごっそりと無作為に本を抜き取る。
そして近くの空いている椅子に腰をかけた。
「何するの、トシキ?」
「検閲。 人に見せちゃまずい内容の本があるとまずいだろ」
実際、前に絵本を描いてもらったときもそういうものがいくつかあったのだ。
それに……もはやこの状況は楽しむしかないだろ。
俺は現実から逃げるように、次々と書物を貪るのであった。
本当に、こんな本を読むだけの仕事ばかりだったらいいのに。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
「俺が勇者一行に?嫌です」
東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。
物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。
は?無理
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる