異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

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第一章

第87話 図書の森を編集

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 軽く礼拝堂を視察した俺は、いよいよ本命の図書施設を見ることにした。
 まずは本を納めてあるエリアからだ。
 幾つもある書庫の仲から、俺は適当に一番近い場所を選んだ。

 カチャカチャと爪を鳴らしつつ石の床を歩く。
 やがてたどり着いた書庫の扉には、スフィンクスの彫刻が施されていた。

「なんか、俺とはえらく違うな」

 彫像のガッチリした筋肉質な体を羨望の目で見ながら、俺は書庫の扉を開く。
 そして開かれた扉の向こうを見て、俺はおもわず言葉に詰まった。

「うぉっ、これは……」

 そのイメージを一言で表すならば、枯れた森。
 ただし、それは春を待つ新芽を宿した森であった。

「なんというか、とんでもない数の書架だな」

 俺の目の前には、黒檀か何かでできた重厚な雰囲気の書架が延々と続いている。
 ただし、その中身は全部空っぽ。

 言葉が葉なら、本は枝。
 書架は枝を茂らせる木と呼ぶべきだろう。
 この場所にも、いつかは美しい言葉の森が生まれるのだろうな……と、俺は妙に感傷めいた言葉を心の中で唱えていた。

「建物を作るところまではよかったんだがなぁ。
 これだけの書架を用意するのには苦労したぜ。
 なにせ、俺の支配領域じゃないから魔術でササッと作るわけにもゆかなくてなぁ」

 おそらく知り合いの家具専門の精霊に交換条件で依頼をかけたのだろう。
 そして、その交換物として森にあった木々を使ったに違いない。
 どうりで一本残らずなくなるわけだ。

「ところで、床にある模様はなんだ?
 魔法陣みたいに見えるけど」

「あぁ、それか。 火災対策だよ」

 足元に広がる複雑な文様に目を落とし、アドルフはその役目を教えてくれた。
 なるほど、本を置く場所だからな。
 確かにそれは必要だ。

「火を感知すると、水でも撒き散らすのか?」

 すると、アドルフはどこか馬鹿にしたような笑みをうっすらと貼り付ける。

「おいおい、それじゃ本が傷むだろ。
 だから、火を消すんじゃなくて、火を制御して近づけないタイプのものにしてある。
 もちろん、このエリアでは一切火は使用できないし、液体も持ち込めない」

「へぇ、面白そうだな。
 ちなみにどの部分が火を制御しているんだ?」

 俺がたいして考えもなしに質問をすると、アドルフの眼がキラリと光った。
 ……まずい。 これは、オタクに自分の専門の話を聞いてしまったときと同じ反応だ。

「それはこのあたりの記述だな。
 ここと連動させているんだが、そこの仕組みを理解するには、このあたりからの一連の動きを理解する必要があるなぁ」

 俺の理解を確かめることなく、次々に解説を始めるアドルフ。
 まてまてまて、そんな一度に話をされても困るし、俺に専門的な精霊語を理解できるはずが……。

「あ、読めるぞ、これ。
 アドルフの描いたものだからか。
 なるほど、こういう記述か。
 火の形を自在に操ったりもできそうだな」

 ぜんぜん知らない分野の理論なのだが、それが精霊との契約の効果なのか、アドルフの言っていることがなんとなく理解してしまう。
 しかし、面白い技術だな、これ。

 ふむ、化学ではできないことも、異世界ならば可能なのか。
 この火を制御する技術、ほかにもいろいろと使い道がありそうだ。
 たとえば、焼き物を窯なしで作ることもできるのではないだろうか?

 できればもうすしこの技術の応用について考えたくはあったのだが、今はこの図書館の施設を把握するほうが先だ。

「ちなみに閲覧室はどうなっているんだ?
 そっちも同じ仕様で、火や水は使えないのか?」

「そりゃそうだ。
 ここは図書のためにある場所だからな。
 飲み物も全て持ち込み禁止だぞ。
 飲食に関しては専用のエリアを設けてあるが、こっちは本の持込禁止だ」

 ちょっと厳しいルールだが、図書館ならば当然の代物である。
 魔術で強制できるなら、それにこしたことはない。

「確かに本来そうあるべきだよな……。
 けど、利用者のことも考えると本を読みながら飲食できるスペースも考えていいんじゃないか?」

「そういうヤツのために、こんなものも用意してある」

 そんな台詞と共に出してきたのは、水晶のような透明な板に文字を写す魔導式のタブレットであった。
 なんでも、俺の記憶からコピーした情報を元に、最近になって開発したらしい。
 たしかにこれを使うならば、飲み物をこぼして本を汚すことも無いだろう。
 ……まぁ、俺はこの手のタブレットより紙の本をめくるほうが好きではあるのだが。

「飲食可能なエリアでのみ、こいつを貸し出しする。
 本には全て番号が振ってあって、その番号を入力すれば好きな本の内容をこの板に表示することができるぞ。
 このタブレットに図書館の中の地図も出るようにしてあるから、見てみるといい」

 アドルフから簡単な使い方を教わりながら、俺は館内の取り図を改めて確認する。

「便利だな。
 このタブレット、この船の中にいる間はどこでも使えるようにできないか?」

「……確かにそれはアリだな」

 俺の意見にアドルフが頷く。
 どうせタブレットで閲覧するなら、好きな場所で好きなように楽しみたい。
 ただ、さすがに船の外まで使用可能にするといろいろと悪用されるのが心配なので、効果範囲は限定すべきだろう。

 そんなことを考えていると、俺はその見取り図の中に奇妙な場所を発見した。

「なぁ、この執筆室ってのはなんだ?」

 本にかかわるといえば間違いないが、図書館の中にあるのはちょっとおかしな言葉である。
 すると、アドルフはなぜかニヤッと笑った。

「あぁ、それか。
 それは実際に見るほうが早いな」

 そして奴は、俺を連れてこの図書館の七階にある執筆室と名づけられた場所に連れて行ったのである。
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