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エレーナ・トゥルーズ
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ゴブリン達は廃村を住処にしていた。
「随分と統率されているようだな」
離れた小高い丘の上から遠隔視で村の様子を眺め、サーガムは結論した。見張りを立てているだけでなく、周囲に偵察まで送り出している。
「厄介だが、これで捕まった騎士が生きている可能性は高くなった」
ここまで知恵が回るのなら、人質の有用性を理解しているはずだ。だとすれば無駄に殺しはしないだろう。
「どうしてこの依頼を選んだんですか?」
サーガムの脇で目を細めていた――常人の目では家々がぼんやりと映るだけだろうが――マコトが訊いてくる。理由は単純だった。
「他に受ける者がいないようだったのでな」
冒険者にとっては報酬は高額だが失敗するリスクが大きく、警備隊もまた騎士の命を危険に晒すことを恐れて手をあぐねいている。
「これからどうされますか?」
「夜を待つ」
エルタの問に、サーガムは短く答えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ここから出しなさい! 私を誰だと思っているの!? 私はグレランド伯バーナード・トゥルーズの娘よ!」
外に突っ立っているはずの見張りが、反応を見せることはないともう充分わかっていたが、それでもエレーナ・トゥルーズは叫ばずにはいられなかった――いやそれは正確ではない、と渋々ながら認める。今の彼女には、叫ぶことしかできなかった。
腕は後ろ手に縄できつく縛られているし、足も足首で纏められている。これでは、口を動かすより他にない。
「今に王都から正規軍が来て、あなた達を残らず殺わよ! いいの? 今すぐ私を解放するなら、特別にあなた達を殺さないよう、お父様に頼んであげてもいいのよ? 今だけよ? 後から後悔しても遅いんだからね!」
喚き立てながら、それにしてもとエレーナは思った。
(遅すぎるじゃない。なにやってるのよ)
この汚い納屋に閉じ込められてから、もう一週間になる。王都から援軍が来るにはまだ少し時間がかかるかもしれないが、ゴブリン程度エレーナが率いてきた騎士達だけでも簡単に駆逐できるはずだ。
「あの役立たずども!」
彼女は口に出して、吐き捨てた。
(そもそもあいつらが余計なことを言わなければ、私はこんな目に合わずに済んだのよ!)
『よいですか。エレーナ様は絶対に前に出ないでください』
『後ろでお茶でも飲んでいて頂ければ、その間にコブリンどもなど始末できますので』
『鎧と剣があまりに綺麗では不審がられるかも知れませんので、ゴブリンの血を塗ったほうがよろしいかと』
忠告とも、嫌味とも取れる取り巻き達の言葉。
(あんなことを言われたら、前に出て戦うしかないじゃない)
ゴブリン達と遭遇し、エレーナは勇んで駆け出して、慣れない鎧と剣の重さにバランスを崩して転んだ。あっという間に、手足にゴブリン達が纏わりついて――
『来レバ殺ス』
ゴブリンのリーダーがそう言った。そう、驚いたことに人間の言葉を喋ったのだ。それで役立たず達は動けなくなり、彼女はここに転がされている。
(あいつら、全員クビにしてやるわ。いいえ、それじゃつまらない。騎士見習いに降格させて、こき使ってやる)
いい年をした男達が小間使いのように使役されている様を想像して、彼女はいくらか胸をすかせた。
(それにココハンザの警備隊もよ。なんの手も打たないなんて。私を殺す気なの?)
警備隊の責任者は、なんといっただっただろうか。
(挨拶をした時、お父上によろしくお伝え下さいだなんて、なんどもしつこく言ってた。あの髭面――)
父に伝えるつもりなどなかったエレーナは、結局名前を覚えなかった。とにかくそいつにも、責任者らしく責任を取らせてやる。辺鄙な寒村に飛ばして門番でもさせてやろうか。それとも、下足番がいいだろうか。
不意に、納屋の戸が開かれた。
ゴブリン達が入ってくるのを見て、エレーナは昼時になったことを知る。
「ちょ、ちょっと待って!」
ゴブリン達は彼女の制止に耳を貸さず――人語を解するのはリーダーだけらしい――彼女の半身を起こすと鼻を摘んだ。
「飲む! もぉしょんにゃことしにゃくてもにょむからぁ」
最初は正体不明のものを飲みたくなくて必死に口を閉じていたが、今は抵抗は無意味なことを知っているので素直に口を開ける。木の椀からどろりした汁が流し込まれた。
「うぐ、うぐうぐ、うえっ」
なるべく味を感じないようにしながら、飲み下す。具のないスープのような液体だ。
椀の中身を全てエレーナの口に注ぎ終えると、ゴブリン達はそそくさと出て行った。
「うぅぅ、本当になんで私がこんな目に……。私は伯爵の娘よ」
騎士としての権威付けのための、呆れるほど簡単な任務。王都に戻れば、民を脅かす凶悪な魔物を退治したとして勲章が授与されるはずだった。
(王からお褒めの言葉を頂き、みんなから尊敬を集めるはずだったのに……)
それが今はゴブリンごときに囚われ、剥き出しの地面に芋虫のように横たわっている。なんとも惨めだった。
「殺してやる! あなた達全員、必ず皆殺しにしてやるわ!」
精一杯呪詛を込めて叫んでから、彼女は現状で持ち得るふたつの選択肢のもう一方を選んで、目を閉じた。眠っている内に、助けが来ることを祈りながら。
「随分と統率されているようだな」
離れた小高い丘の上から遠隔視で村の様子を眺め、サーガムは結論した。見張りを立てているだけでなく、周囲に偵察まで送り出している。
「厄介だが、これで捕まった騎士が生きている可能性は高くなった」
ここまで知恵が回るのなら、人質の有用性を理解しているはずだ。だとすれば無駄に殺しはしないだろう。
「どうしてこの依頼を選んだんですか?」
サーガムの脇で目を細めていた――常人の目では家々がぼんやりと映るだけだろうが――マコトが訊いてくる。理由は単純だった。
「他に受ける者がいないようだったのでな」
冒険者にとっては報酬は高額だが失敗するリスクが大きく、警備隊もまた騎士の命を危険に晒すことを恐れて手をあぐねいている。
「これからどうされますか?」
「夜を待つ」
エルタの問に、サーガムは短く答えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ここから出しなさい! 私を誰だと思っているの!? 私はグレランド伯バーナード・トゥルーズの娘よ!」
外に突っ立っているはずの見張りが、反応を見せることはないともう充分わかっていたが、それでもエレーナ・トゥルーズは叫ばずにはいられなかった――いやそれは正確ではない、と渋々ながら認める。今の彼女には、叫ぶことしかできなかった。
腕は後ろ手に縄できつく縛られているし、足も足首で纏められている。これでは、口を動かすより他にない。
「今に王都から正規軍が来て、あなた達を残らず殺わよ! いいの? 今すぐ私を解放するなら、特別にあなた達を殺さないよう、お父様に頼んであげてもいいのよ? 今だけよ? 後から後悔しても遅いんだからね!」
喚き立てながら、それにしてもとエレーナは思った。
(遅すぎるじゃない。なにやってるのよ)
この汚い納屋に閉じ込められてから、もう一週間になる。王都から援軍が来るにはまだ少し時間がかかるかもしれないが、ゴブリン程度エレーナが率いてきた騎士達だけでも簡単に駆逐できるはずだ。
「あの役立たずども!」
彼女は口に出して、吐き捨てた。
(そもそもあいつらが余計なことを言わなければ、私はこんな目に合わずに済んだのよ!)
『よいですか。エレーナ様は絶対に前に出ないでください』
『後ろでお茶でも飲んでいて頂ければ、その間にコブリンどもなど始末できますので』
『鎧と剣があまりに綺麗では不審がられるかも知れませんので、ゴブリンの血を塗ったほうがよろしいかと』
忠告とも、嫌味とも取れる取り巻き達の言葉。
(あんなことを言われたら、前に出て戦うしかないじゃない)
ゴブリン達と遭遇し、エレーナは勇んで駆け出して、慣れない鎧と剣の重さにバランスを崩して転んだ。あっという間に、手足にゴブリン達が纏わりついて――
『来レバ殺ス』
ゴブリンのリーダーがそう言った。そう、驚いたことに人間の言葉を喋ったのだ。それで役立たず達は動けなくなり、彼女はここに転がされている。
(あいつら、全員クビにしてやるわ。いいえ、それじゃつまらない。騎士見習いに降格させて、こき使ってやる)
いい年をした男達が小間使いのように使役されている様を想像して、彼女はいくらか胸をすかせた。
(それにココハンザの警備隊もよ。なんの手も打たないなんて。私を殺す気なの?)
警備隊の責任者は、なんといっただっただろうか。
(挨拶をした時、お父上によろしくお伝え下さいだなんて、なんどもしつこく言ってた。あの髭面――)
父に伝えるつもりなどなかったエレーナは、結局名前を覚えなかった。とにかくそいつにも、責任者らしく責任を取らせてやる。辺鄙な寒村に飛ばして門番でもさせてやろうか。それとも、下足番がいいだろうか。
不意に、納屋の戸が開かれた。
ゴブリン達が入ってくるのを見て、エレーナは昼時になったことを知る。
「ちょ、ちょっと待って!」
ゴブリン達は彼女の制止に耳を貸さず――人語を解するのはリーダーだけらしい――彼女の半身を起こすと鼻を摘んだ。
「飲む! もぉしょんにゃことしにゃくてもにょむからぁ」
最初は正体不明のものを飲みたくなくて必死に口を閉じていたが、今は抵抗は無意味なことを知っているので素直に口を開ける。木の椀からどろりした汁が流し込まれた。
「うぐ、うぐうぐ、うえっ」
なるべく味を感じないようにしながら、飲み下す。具のないスープのような液体だ。
椀の中身を全てエレーナの口に注ぎ終えると、ゴブリン達はそそくさと出て行った。
「うぅぅ、本当になんで私がこんな目に……。私は伯爵の娘よ」
騎士としての権威付けのための、呆れるほど簡単な任務。王都に戻れば、民を脅かす凶悪な魔物を退治したとして勲章が授与されるはずだった。
(王からお褒めの言葉を頂き、みんなから尊敬を集めるはずだったのに……)
それが今はゴブリンごときに囚われ、剥き出しの地面に芋虫のように横たわっている。なんとも惨めだった。
「殺してやる! あなた達全員、必ず皆殺しにしてやるわ!」
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