1 / 6
第一話 朝日は輝いていた
しおりを挟む
月明りさえ届かない森の中を、少年--マリスは必死に駆けていた。より正確に言えば、狩人に追われる子鹿のように、怯え逃げ惑っていた。
(はぁ……はぁ……逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!)
肌着姿で木々の間を掻き分けて走り続けて来た為、何度も枝に引っ掻かれ全身ミミズ腫れになってしまっていたが、そんなことを気にしてはいられなかった。
(殺される……捕まったら、殺されちゃうよ!)
振り返るまでもなく、背後からは複数の怒声がずっと聞こえている。
肺の痛みが限界を告げていた。それでも、逃げなければいけないと自分に言い聞かせ、足を前に出す。
しかし同時に、冷静な自分が囁きもするのだった。
(どうせ僕の体力じゃ、すぐに追いつかれるよ)
(うるさい、黙れ!)
(だいたいどこに逃げるのさ、こんな山の中で?)
(街道に出れば、きっと誰かが……)
脳内の言い合いが不注意を招いたのか、木の根に足が引っかかってしまう。
「うわっ!」
無防備に転倒し、その先が土手になっていたらしくそのまま転がり落ちた。
そこは、街道だった。
「……」
うつ伏せに倒れたまま前方を見つめるが、こんな辺鄙な場所のこんな夜更けに、人の気配などあるはずもない。後方も同様だろう。
見るまでもない--というより、見れなかった。振り向けない。体が、まったく動かなかった。
起き上がるどころか、指一本さえ動くことを拒否して、ただ重く横たわっている。
(もう……だめだ……)
殺気立った声が近づいて、木の葉を踏み散らす足音さえ聞こえてきていたが、もう彼の心は折れてしまっていた。
(なんで……こんなことになっちゃったんだろう……?)
こんなはずじゃなかった。それは破滅を迎える者が、誰しも思い浮かべる言葉であったかもしれないが、それでも思わずにはいられなかった。
彼は、つい半日前まで希望に満ち溢れていたのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝日を浴びて王国有数の商都ザルーギンは、きらきらと輝いていた。それを見つめるマリスの瞳も、同じように--いや、それ以上に煌めいている。
金髪碧眼の小柄な少年。ぶかぶかのローブに、とんがり帽子、手には木の杖を持っている。古典的な魔術師のスタイルだが、全て故郷の師が与えてくれた物で、彼の宝物だった。
「よしっ、今日から僕も冒険者になるんだ!」
拳を握りしめ、そう宣言してみる。それほどに、気持ちが高揚していた。
「まずは、ギルドに登録しなくちゃね」
師に勧められた冒険者ギルドへ向かう。
「あ、あの……」
受付の女性に声をかけると、無言でギロリと睨まれた。思わずたじろいでしまう。険の強い女性だ。
(うぅ、なんかこの人怖い……)
元来、人見知りである為、挫けそうになるが、
(だ、ダメだ! 僕は冒険者になるんだから!)
マリスは、己を奮い立たせた。
「あの、登録をしたいんですが……」
無理に笑顔を作って、尋ねる。受付は無言のままで、マリスを上から下まで値踏みするように眺めた。いや完全に品定めされている。
(えっ、僕、なんか変かな? 格好はお師匠様に頂いた物だし。もしかし、田舎者だってバレちゃってるのかな?)
居た堪れない気持ちでいると、受付がぼそりとつぶやいた。
「経験は?」
「へ……いえ、未経験ですけど……」
予想外のことを聞かれ、おずおずと答える。
「うちは、実績のないのやつはお断りだよ」
「えぇ……」
冷淡な物言いに言葉を失ってしまう。急速に、心が冷えいくのを感じた。
(そんな……お師匠様は、なにも言ってなかったのに……)
「さっさと帰って、ママのおっぱいでも啜ってなよ。それとも、あたしのを咥えさせてあげようか、僕ちゃん?」
居合わせていた背後の冒険者達からどっと、笑いが起こった。
鼻の奥が痛み、目が潤んだ。泣き出してしまいたい。
(やっぱり、僕なんかダメなんだ……)
絶望に打ちひしがれそうになった、刹那、
「ちょっと、いいかな?」
マリスの肩に、そっと手が置かれた。
振り向くと、人の良さそうな若い冒険者風の男が、微笑んでいた。少し後ろに、巨漢の戦士と、僧侶然とした男もいる。
「良かったから、僕達と一緒に来ないかい?」
「えっ?」
差し出された男の手を、マリスは少し躊躇った後に、控えめに握り返した。
(はぁ……はぁ……逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!)
肌着姿で木々の間を掻き分けて走り続けて来た為、何度も枝に引っ掻かれ全身ミミズ腫れになってしまっていたが、そんなことを気にしてはいられなかった。
(殺される……捕まったら、殺されちゃうよ!)
振り返るまでもなく、背後からは複数の怒声がずっと聞こえている。
肺の痛みが限界を告げていた。それでも、逃げなければいけないと自分に言い聞かせ、足を前に出す。
しかし同時に、冷静な自分が囁きもするのだった。
(どうせ僕の体力じゃ、すぐに追いつかれるよ)
(うるさい、黙れ!)
(だいたいどこに逃げるのさ、こんな山の中で?)
(街道に出れば、きっと誰かが……)
脳内の言い合いが不注意を招いたのか、木の根に足が引っかかってしまう。
「うわっ!」
無防備に転倒し、その先が土手になっていたらしくそのまま転がり落ちた。
そこは、街道だった。
「……」
うつ伏せに倒れたまま前方を見つめるが、こんな辺鄙な場所のこんな夜更けに、人の気配などあるはずもない。後方も同様だろう。
見るまでもない--というより、見れなかった。振り向けない。体が、まったく動かなかった。
起き上がるどころか、指一本さえ動くことを拒否して、ただ重く横たわっている。
(もう……だめだ……)
殺気立った声が近づいて、木の葉を踏み散らす足音さえ聞こえてきていたが、もう彼の心は折れてしまっていた。
(なんで……こんなことになっちゃったんだろう……?)
こんなはずじゃなかった。それは破滅を迎える者が、誰しも思い浮かべる言葉であったかもしれないが、それでも思わずにはいられなかった。
彼は、つい半日前まで希望に満ち溢れていたのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝日を浴びて王国有数の商都ザルーギンは、きらきらと輝いていた。それを見つめるマリスの瞳も、同じように--いや、それ以上に煌めいている。
金髪碧眼の小柄な少年。ぶかぶかのローブに、とんがり帽子、手には木の杖を持っている。古典的な魔術師のスタイルだが、全て故郷の師が与えてくれた物で、彼の宝物だった。
「よしっ、今日から僕も冒険者になるんだ!」
拳を握りしめ、そう宣言してみる。それほどに、気持ちが高揚していた。
「まずは、ギルドに登録しなくちゃね」
師に勧められた冒険者ギルドへ向かう。
「あ、あの……」
受付の女性に声をかけると、無言でギロリと睨まれた。思わずたじろいでしまう。険の強い女性だ。
(うぅ、なんかこの人怖い……)
元来、人見知りである為、挫けそうになるが、
(だ、ダメだ! 僕は冒険者になるんだから!)
マリスは、己を奮い立たせた。
「あの、登録をしたいんですが……」
無理に笑顔を作って、尋ねる。受付は無言のままで、マリスを上から下まで値踏みするように眺めた。いや完全に品定めされている。
(えっ、僕、なんか変かな? 格好はお師匠様に頂いた物だし。もしかし、田舎者だってバレちゃってるのかな?)
居た堪れない気持ちでいると、受付がぼそりとつぶやいた。
「経験は?」
「へ……いえ、未経験ですけど……」
予想外のことを聞かれ、おずおずと答える。
「うちは、実績のないのやつはお断りだよ」
「えぇ……」
冷淡な物言いに言葉を失ってしまう。急速に、心が冷えいくのを感じた。
(そんな……お師匠様は、なにも言ってなかったのに……)
「さっさと帰って、ママのおっぱいでも啜ってなよ。それとも、あたしのを咥えさせてあげようか、僕ちゃん?」
居合わせていた背後の冒険者達からどっと、笑いが起こった。
鼻の奥が痛み、目が潤んだ。泣き出してしまいたい。
(やっぱり、僕なんかダメなんだ……)
絶望に打ちひしがれそうになった、刹那、
「ちょっと、いいかな?」
マリスの肩に、そっと手が置かれた。
振り向くと、人の良さそうな若い冒険者風の男が、微笑んでいた。少し後ろに、巨漢の戦士と、僧侶然とした男もいる。
「良かったから、僕達と一緒に来ないかい?」
「えっ?」
差し出された男の手を、マリスは少し躊躇った後に、控えめに握り返した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる