7 / 34
独立編
第五話「最嘉と希なる捨て石」
しおりを挟む第五話「最嘉と希なる捨て石」
――蟹甲楼、陥落せしめし!
その報が大国、天都原を駆け巡ったのは、鈴原 最嘉達、小国群連合軍と南阿の主力部隊が天都原領、日乃でぶつかった三日後であった。
そして”蟹甲楼”とは、本州中央南部の大国、天都原から天南海峡を挟んだ向こう側の島、西の統一国家、南阿が誇る不落の要塞のことである。
島国”暁”は四つの大島からなる列島だ。
ひとつは中央に存在する最も面積の大きい島”本州”
次に大きいのが、その本州から北に浮かぶ島”北来”
そして南に浮かぶ島”日向”
最後に西に浮かぶ島”支篤”
西の島、つまり支篤の国家群を統一した大国である南阿は、本州中央南部を押さえる大国、天都原に対してほぼ三分の一程度の領土規模を誇る。
果たして――
支篤の統一を果たした”南阿”は本州侵攻への野望のもと、天南海峡を挟んで接した隣国、天都原へと侵攻した。
そして十余年……
長らく続く天都原国と南阿国の国境での戦場は大きく分けて二通りあった。
ひとつは二国間の間を分断する天南海峡を挟んだ天都原側の領地、”日乃領”。
そしてもうひとつが”小幅轟”という、天南海峡に浮かぶ南阿領の小島だ。
天都原としては南阿の本拠地である支篤へ侵攻するにはどうしても天南海峡に浮かぶ南阿領の小島、小幅轟島、そしてそこに存在する要塞の攻略が必須であった。
しかし小幅轟島に存在る要塞は――
グルリと三百六十度の絶壁に囲まれた天然の要害で、聳え立つ城は黒き鋼鉄の壁。
さらに駐留する海軍は”暁”最強の海軍とも呼ばれる海洋国家”南阿”の誇る無敵艦隊である。
堅き黒甲羅を纏う大蟹、”蟹甲楼”。
それは天都原軍にとって、まさしく難攻不落の要塞だった!
――
「なんと目出度いことか!」
「おぅ!南阿の野蛮人共と争って十年余、とうとうあの堅物を攻略したのだ!」
「くぉぉ!今までどれだけの将兵達がその眼前に散っていったことか……」
「数多の部下を失ったのは貴殿だけでは無い。だが、これからは……」
天都原国内は歓喜で満たされ、その偉大な功績を残した人物を称える声が至る所で響き渡っていた。
「人民は将軍から庶民に至るまで宮を称えております!」
荘厳な造りの広間でそれを聞いていた、玉座の前に佇む少女は……
――
透き通る様な色白の手をそっと上げてそれを制する。
大国、天都原の王都である”斑鳩領”
そこ君臨する王宮”紫廉宮”で――
本州屈指の大国、その政治・軍事の中枢たる場所で、
「……」
数多の臣下達の歓喜を聞いていた少女の表情に別段の変化は無い。
腰まで届く降ろされた緑の黒髪は緩やかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的な艶やかな紅い唇が人々の賛辞にも興味なさげに結ばれている。
――”紫梗宮”・京極 陽子
王弟、京極 隆章の第三子であり、若干、十七歳にして天都原国軍総司令部参謀長を勤める才女で、大国、天都原にあって王位継承第六位の王族でもある超の付く要人。
「……岩倉」
闇黒色の膝丈ゴシック調ドレスに薄手のレースのケープを纏った美少女は、臣下の方へ僅かに視線だけ動かして報告を促す。
「はっ!」
主である少女の仕草を敏感に感じ取り、若干緊張気味にピシリッ!と姿勢を正す老騎士も少しだけ対応に遅れる。
長年仕える老家臣にとっても、この少女の双瞳には心を奪われるのだろう。
――そう……まことに希なる美貌の少女の極めつけは漆黒の双瞳だった
対峙する者を尽く虜にするのでは無いかと思わせる美しい眼差しでありながら、それは一言で言うなら”純粋なる闇”
恐ろしいまでに他人を惹きつける……”奈落”の双瞳であった。
「南阿の領島、小幅轟にある蟹甲楼攻略と同時に進めていた我が領内、日乃領での防衛戦は敗北したとの報を受けております」
岩倉と呼ばれた彼女の側近の老人騎士はそう報告する。
「確か……日限領主の熊谷 住吉と宮郷領主の娘、宮郷 弥代が這々の体で逃げ帰って来ていたな」
「少しは名の知れたとは言え、しょせんは属領如き匹夫の勇、実際はそんなものだろう」
宮廷内では天都原国重臣や将軍達によって当事者の二人を軽んじる声が此見よがしに飛び交っていた。
「まぁまぁ、諸将よ、先ずは申し開きを聞こうでは無いか。近日中に参内する予定なのだろう?」
「そうだな、その後に相応の処分を下しても遅くはあるまい」
言いたい放題の面々ではあるが、その実、天都原国の重臣という彼らの立場上は今回の戦の意味を十分承知しているのも事実であった。
今回の戦における第一目標は――
自領である”日乃”に相手の本軍を誘い込み、手薄になったもう一つの航路、相手領内で自軍を阻む”小幅轟島”の要塞”蟹甲楼”を攻略する事。
つまり――
天都原に属する小国群連合軍はその役割を十分に説明されぬまま、いいや、寧ろ騙されたとも言える状況で敵軍の猛攻を防ぐ壁役に利用されたのだ。
結果――
本来の敵軍の規模や意図を伏せられて戦わされた小国群連合軍は多大な被害を被った。
それを知っていて尚!彼らは鈴原 最嘉達小国群連合軍をこうして安全な後方地にて軽んじていた。
いや!本来なら最も過酷な場所を受け持った功労者ともいえる彼らに敗戦の責を負わせて処罰を与えようとさえしている。
「それで?小国群連合軍の指揮を執っていた鈴原 最嘉は……どうなったのかしら?」
――っ!!
黒い装いの美姫が放つ言葉に、小国群連合軍の敗戦を肴に賑わっていた天都原国重鎮達は静まりかえる。
否が応でも注目を集める暗黒の美姫。
それは大国、天都原に集う……
これだけの重臣と諸将にさえ一目置かせるだけの実績と存在感を、この十代そこそこの美少女が既に備えている証拠だった。
「報告では行方不明との事です」
「……」
老騎士の答えを聞いても美しい容姿を寸分も変えない少女。
「実は敵に降伏したとも、討ち取られたとも……噂はありますが現在のところ明確な子細は不明。如何せん、かなりの混戦であったため情報が錯綜しておりまして……」
「臨海は?」
美姫はそのまま質問を続ける。
「はい、臨海領に撤退した鈴原の軍は鈴原 最嘉の側近である宗三 壱なる人物が代わりに率いたようで、領土の留守を守っていた同様に側近の鈴原 真琴が現在は暫定的に領内を治めているようです」
「……」
「何にせよ、その鈴原 真琴という者も近日中に出頭させ、速やかに経緯を説明させた上で領地を召し上げるなり何なりの処置を……」
「臨海は同盟国であって属領ではないでしょう?領地の召し上げは出来ないわ」
黒い装いの美姫は静かに、理不尽とも言える天都原側の一方的な裁定を口にする老騎士、岩倉の言葉を指摘する。
「ほほ、確かに形式上はですなぁ。しかし同じようなものでしょう。領地を切り取るにしても、その鈴原 真琴なる人物を体の良い傀儡として後釜に据えるにしても……盟主国である我らの胸三寸であることには変わり在りますまい」
――
「そうだ!小国家などこの機会に潰すに限る!」
「うむ、役にも立たぬ辺境者たちをこれ以上狩ってやる義理もあるまい」
「我が天都原の国生み神と異なる古神を信仰する野蛮な奴らだからな」
当然の様にそう答える老騎士の言に、集った天都原の重臣達も彼方此方で相づちを打ったり頷いたりしていた。
――そして……
「……」
その流れを見届けてから、美姫は老騎士が密かに主君たる少女に見せた”呆れた様な笑み”を確認する。
――そう……それは”ガス抜き”だった
なにかにつけて小国家群を見下す天都原重臣達と、その小国家群、特に臨海を有効活用する自身の主君である美姫の間に必要以上に軋轢が生じないようにとの老家臣、岩倉の配慮であった。
「…………そうね」
細やかな気遣いを欠かさない家臣の行動を察する彼女の闇黒の瞳は然も無関心にそれを受け流し、結果的には何も処断せぬ”あやふや”なまま、この話題をこれにて畳もうと……
――
「しかし、流石はこの天都原が誇る叡智、”無垢なる深淵”と称えられる京極 陽子様ですな。宿願である南阿の要塞を攻略せしめたばかりか、小国群なる目障りで無能な奴らをここまで廃物利用なされるとは……いやはや、将官も感心してしまい言葉もありません」
少し空いた時間を好機とばかりに、ある将軍の彼女への”おべっか”が無粋に割り込む!
「…………」
京極 陽子は誰もが気づかない僅かな一瞬、美しい眉の間に影を落としたが……
「……宮」
「そうね……直ぐに南阿の攻略にかかるわ」
老家臣により気持ちを切り替え、今後の方針を挙げて簡潔に断を下す。
「はっ?」
「え!?」
「い、いま……直ぐにですかっ?」
浮ついた雰囲気から一転して諸将は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった後、俄に浮き足立った。
「その為の蟹甲楼攻略だったはずでしょう?」
しかし暗黒色の美姫は当然の如く促す。
「いや、しかし……兵にも休息が……」
「そ、そうです!蟹甲楼を落とした以上は今後はこちらが圧倒的に有利、ならばここは焦らずとも……」
ふわりっ――
泡を食う諸将には目もくれず、薄手のケープを翻してその場を去ろうとする美少女。
「……あ、あの!?」
「……ひ、姫」
それを呆然と見送るしか出来ない男達の間抜けな視線の先で……
――
彼女は思い出した様にそっと立ち止まった。
「………………”ふたつ”訂正」
そして振り返りもせず、静かな口調で言葉を発する。
「ひとつめ。優勢だからこそ”兵は拙速を尊ぶ”……天の時を見逃すのは愚か者のすること」
「お、愚かっ!?」
諸将の前で公然と愚かと言われ、流石に険しくなる将軍達の表情!
「ふたつめ。”壁役”は誰にでも務まるわけでは無かったわ。”鈴原 最嘉”……あれ以外で、あの戦況で、見事に壁を全うできる”希な捨て石”がこの中にいるのかしら?」
しかし、美姫は構わずに続ける。
「なっ!?」
「……くっ!」
堂々たる大国、天都原の重臣諸将達は自分達が”たかが”と見下す小国の王である鈴原 最嘉如きと比べられたばかりか、十代の少女に暗に無能と誹られて面白いわけが無い!
それでも相手は王族であり、王位継承権を所持する京極 陽子だ。
王宮、紫廉宮に集った重臣達の双眸が奥底に明らかな不満と敵意の炎が燻っているのは一目瞭然であったが、彼らは不承不承ながらも口を噤み、代わりに刃の仕込まれた厳しい視線を投げつけるだけだった。
「……」
一転、無数の敵意に晒されて独り佇む暗黒の美姫。
老家臣の心遣いを無に帰す愚行とは理解りつつも、その少女は“鈴原 最嘉”に対する”侮蔑”をどうしても見過ごせなかったのだろう。
――
なんとも言えぬ嫌な緊張感が支配する無音空間で……
「……」
くるりと……
美しく輝くウェーブのかかった緑の黒髪を僅かに揺らせ、暗黒の希なる美少女は振り返った。
「うっ!」
「……っ!」
そこには――
「…………ふふっ」
思わずゾクリと背筋が凍るような……
比肩し得る存在が想像すら出来ない氷の如き美貌が……
絶世にして暗黒の美姫、京極 陽子の白氷の肌に一際映える朱い唇が……
――薄く淡く……綻んでいたのだった
第五話「最嘉と希なる捨て石」END
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

