魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-

ひろすけほー

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独立編

第十四話「最嘉と捨てても良い城」

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 第十四話「最嘉さいかと捨てても良い城」

 藤桐ふじきり 光友みつともが率いる天都原あまつはら”北伐軍”が臨海りんかい領の領都である九郎江くろうえに攻め込んで三日目。

 度重なる北伐軍の攻勢に臨海りんかい軍の居城、九郎江くろうえ城は陥落寸前であった。


 「敵、九郎江くろうえ城二の丸が陥落致しました!阿薙あなぎ将軍率いる主力は継続してそのまま本丸を攻略するとのことです!」

 九郎江くろうえ城から少し距離を置いた平原に本陣を置いた天都原あまつはら北伐軍総大将、藤桐ふじきり 光友みつともは、自軍主力隊からの朗報が耳に入っても不機嫌な顔で肘掛けに肘を投げ出して座っていた。

 「宮郷みやごうはどうした、忠隆ただたかの本丸攻略に合流しないのか?」

 彼は面白く無さそうに伝令を見下ろす。

 「は、はい……宮郷みやごう領主代理、宮郷みやざと 弥代やしろ殿は現在、三の丸東門で戦闘中!攻略には二時間ほど頂きたいと……」

 ドカッ!

 「ひっ!」

 言い終える前に蹴り飛ばされる伝令兵。

 「二時間だと?ふんっ!臨海りんかいいくさに入って丸二日と半日だぞ!こんな辺境の小城相手になんたる不甲斐なさだ!」

 藤桐ふじきり 光友みつともは圧倒的優勢でありながらも機嫌がすこぶる悪い。

 ――その理由はといえば……

 大国である天都原あまつはらの主力部隊であり、本国でも二番目の規模を誇る北伐軍が……

 総兵力ではないものの、辺境の小国群がひとつである臨海りんかい軍に少しばかりとはいえ手こずっているという現実だ。

 北伐軍兵力二万と協力する小国群、宮郷みやごう軍三千、合わせて天都原あまつはら軍総勢二万三千に対して臨海りんかい領、九郎江くろうえ城を守備する臨海りんかい軍は六千……

 自身の北伐軍を天都原あまつはら軍中最強と自負する藤桐ふじきり 光友みつともにとって、兵の質も装備も練度も遙かに格下と見下している相手の、しかも兵力差は四分の一程度の敵に二日以上持ちこたえられているという事実がどうしても我慢ならない。


 「り、臨海りんかいの壊滅は時間の問題です!既に本丸には”十剣じゅっけん”である阿薙あなぎ 忠隆ただたか殿が……うっ!?」

 転がった伝令兵の横で、側近である小太りで頭髪にチラホラと白髪の交じる中年家臣が主君を取りなそうとするが、ギロリ!とひと睨みされ言葉途中で黙り込んだ。

 「時間の問題……だと?そうだ、時間の問題だ!!明日は金曜だぞ!世界が切り替わる……こんな小国相手にこんな状態で……持ち越し?この俺にそんな生き恥を晒せと言うのかっ!!」

 「……」

 「……」

 暴君の圧力に一様に黙り込む家臣達。


 「ふんっ、揃いもそろって葬式のような辛気くさい顔をしおって……」

 光友みつともはそれを不機嫌そうに見渡した後、再びドッカリと椅子に腰掛ける。

 「まあいい、忠隆ただたかが最終段階に取りかかったのならもう数刻ともたまい」

 再び肘掛けに行儀悪く肘を乗せて、幾分か落ち着いた表情かおで空を仰ぐ。

 「鈴原すずはら……真琴まことといったか?臨海りんかいの指揮官は」

 「は、はっ!領主が行方不明の間、代理で指揮を執っている様です」

 直ぐさま応える中年家臣。

 「…………惜しいな。十六やそこらの小娘と聞いているが中々の逸材だ、なんとか俺のモノに出来ぬモノだろうか」

 「!?」

 それに対してというか、独り言のように呟いた主君の言葉に一同が目を白黒させる。

 ――先ほどまであれほどたぎっていた臨海りんかい軍に?

 ――その張本人たる敵軍の指揮官が欲しいと??


 だが、藤桐ふじきり 光友みつともの本質をよく知る人間ならば如何いかにも彼らしいと苦笑いしただろう。

 ――例えば、阿薙あなぎ 忠隆ただたか

 この時は戦場で交戦中であり此所ここには居ない、天都原あまつはら軍最高の将軍である”十剣じゅっけん”の一振りにして、この尊大な王太子の側近である彼ならば……

 普段から常備する冷徹な口元に苦笑いを浮かべつつも、自身が仕える英傑の度量を内心で称えただろう。


 「伝令!!殿下っ、早急にお伝えしたい事が!!」

 困惑気味の表情を並べる家臣達の中、思案顔で椅子にふんぞり返っていた王太子は新たに転がり込んだ伝令に視線を移す。

 「殿下っ!殿下!早急に……」

 尋常でない兵士の様子にも光友みつともは面倒くさそうに口を開いた。

 「なんだ?戦場では”殿下”でなく”閣下”と呼べと……」

 不機嫌をしっかりと取り戻した彼は、しかし伝令の持ってきた話の内容に……

 「なんだと?」

 この後、さらに機嫌が悪化するのであった。

 ――
 ―


 「木崎きさき、ここはもういいわ。残った者達を集めて本城に一旦戻り体勢の立て直しを!」

 「は、はい!真琴まこと様」

 私は直属の部下である木崎きさきに直ぐさま残兵を纏めるよう指示を出して、自らもこの戦場から撤退することを考えていた。

 再三にわたる天都原あまつはら軍の大攻勢を辛くもしのいだ私達は、この九郎江くろうえ城攻防戦が終わりに近いことを感じていたのだ。

 ――よく頑張った……

 ――ほんとに、これだけの敵によくここまで……

 敵味方問わず、死者や負傷者で溢れる戦場を見渡して本当にそう思う。


 「……」

 私はあの日、臨海りんかい高校の屋上で誓った。

 ――”必ず臨海りんかい領は死守して見せます”

 と……

 その誓いは残念ながら果たせそうにない。

 全ては私の力不足だ。

 ――でも……だからこそ、

 私は残った臨海りんかい兵を日乃ひのられる最嘉さいかさまの元へ届けなければならない。

 そして……あの時、最嘉さいかさまはおっしゃった。

 ――絶対死ぬな

 ――今回は負けてもいい、本当に危なくなる前に九郎江くろうえを放棄しろ

 だけど……

 私は必死に食い下がった。

 ――でも、それでは戦略が……

 ――最嘉さいかさまの成そうとされている大業への戦略が根本から崩れてしまいます!

 ――最嘉さいかさまも、それではお困りになるでしょう!?

 そうすることが私の勤め、存在価値、それを失わないように必死になっていた私にあの方は笑ってこう言ってくれたのだ。

 ――それはそうだな。臨海りんかいを失うのは痛い、滅茶苦茶困る!

 ――でもなぁ、真琴まこと。それも含めて今後策を練るのが俺の仕事だ

 ――で、俺にはそれくらいしか能が無い

 ――まぁな、もしもの場合は俺の見せ場だと思って、その時は俺の元へ帰って来い


 涙が……溢れた。

 最嘉さいかさまの前では決してそういう事態にならない様に心がけてきたのに……

 ――”帰って来い”
 
 ――”俺の元へ帰って来い”

 優しさなんて求めない……

 愛情も……私からは決して……

 私が自身で、自らの意思で、最嘉さいかさまにお仕えすると決めたときから……

 ――臣下、鈴原すずはら 真琴まことが主君に求めるものは信頼のみ!

 だけど……

 だけど、やっぱりわたしは……

 ――女として最嘉さいかさまに……愛された……

 ――っ!

 思わず弱気になる自分を奮い立たせ、私は胸の前でギュッと拳を握る。

 「死ねない……」

 ――そう、私はまだこんな場所ところでは死ねないっ!

 ”あの瞬間”

 最嘉さいかさまに、まだまだもっと!ずっとずっと尽くしてゆくと再び心に決めたのだから!!


 こうして、予想を超える敵の大攻勢の只中で決意を新たにした私は自軍撤退完了までの行程を思い描いていた。

 「あとはどれだけ撤退までの時間を得られるか……っ!?」

 ザシュッ!

 「ぎゃっ!」

 「きっ貴様!天都原あまつはらの!まだ兵がいたの……」

 ズバァァァ!

 「ぐはぁぁ!」

 突如として、従えていた私の麾下の兵が何者かに切り倒されていた。

 二人、三人……

 ろくな抵抗も出来ずに……

 「ふん」

 抜き身の剣を携え、たった独りで此方こちらに迫り来る長身で細身の男。

 ――なっ、なに?てき……敵軍?


 「ほほぅ……なかなかの大物に当たったようだな」

 血にまみれた刃をだらりと下げた長身で細身の……その男は私を見て笑った。

 ――っ!

 ――か、感覚が……息が……つまる……


 ザッ!ザツ!

 男は剣を下げたままで無遠慮に此方こちらとの距離を縮めて来る。


 「なるほど、貴様が鈴原すずはら 真琴まことだな。我は……」

 ――ゴクリッ

 両手に愛用の”特殊短剣”を握りしめ、頭を低くして臨戦態勢をとる……

 いえ、とらされる私!


 「あ、阿薙あなぎ将軍!待って下さい!まだ部隊が追いついてきません、勝手に単独で先行されては……」

 ――阿薙あなぎ!?

 あたふたと追いついてくる天都原あまつはら兵士が数人。

 恐らく目前の男の部下達であろう、その者達の言葉に……

 私の困難になっていた呼吸は一瞬、完全に止まった。

 「ふん、無粋な。名乗りをあげる機会を失ってしまったか」

 残念そうに呟いた男は既に私の目前だ。

 「不本意だが、どうやら既にお互い名乗りは必要あるまい、”鈴原すずはら 真琴まこと”よ」

 ――ってる……

 「二つに一つだ。るか……敗北者の象徴みしるしとして骸を辱められるか」

 ――私はこの男をっている……

 ――”阿薙あなぎ 忠隆ただたか”……

 ――天都原あまつはらの”十剣じゅっけん

 ――世に名を馳せる戦場の羅刹!鬼阿薙あなぎ 忠隆ただたか!!

 直接面識はなくとも、この名を知らぬ戦士はいない。


 「鈴原すずはら 真琴まことよ、選べ!」

 その時、愛用の特殊短剣を握った私の左右の手は小刻みに震えていたのだった。

 ――
 ―

 ザシュゥゥ!

 ブシュッ!

 それはもう”闘い”と呼べる代物では無かった。

 ブォン!

 「!」

 ズバッ!

 息も触れるような超至近距離からの袈裟斬り!跳ね斬り!一閃払い!果ては打突!

 たらったらで滅茶苦茶な残撃の数々……

 そしてそれを放つのは、全身をあかく染めた……


 「よ、嘉深よしみ!もうめろ……これ以上は」

 ブォォン!

 「くっ!」

 ザシュッ!

 長嘉ながよし最嘉もりよしの……そして嘉深じしんあかで染められた衣装をまとい、やぶれかぶれにしか見えない攻撃がかわされる度に、都度、最嘉もりよしが返すカウンターの刃を受けて壊れゆく華奢な少女。


 「これ以上は無意味だ!嘉深よしみ、降参しろ!」

 ブォォン!

 「くっ!」

 最嘉もりよしの忠告を無視し、壊れかけの人形が振るう大振りは、またもや最嘉かれの反撃を受ける。

 ザシュッ!

 飛び散る少女の鮮血!

 「……ふ……ふふ」

 しかし嘉深よしみは怯まない。

 いや、崩壊してゆく身体からだとは裏腹にむしろ口元は緩み、次第に悦に入っていく様でさえある。

 「死んで……最嘉もりよし兄様、私の為に!」

 そのまま彼女は最嘉もりよしの構えの眼前にその身を無防備に投げ出した!

 「うっ、うわっ!」

 堪らず!?握った短剣の構えを解く最嘉もりよし

 ――ドンッ!

 「も、最嘉もりよしぃぃっ!!」

 私は叫んでいた。

 直ぐに重なる二人のシルエット。

 最嘉もりよしに抱きついた形の嘉深よしみは、そのまま手に持った小太刀を最嘉かれの背中に宛て……

 ――ずぶぅぅ!

 突き立てた。


 ――致命傷だ……これはもう……助からない

 私は遠巻きにその光景を見ていた。


 「……よ……しみ?」

 最嘉もりよしが震える声で胸の中の少女を見る。

 「か……かはっ!」

 そして最嘉もりよしの胸の中で吐血する少女。

 刃が突き立てられていたのは嘉深よしみの方だった。

 たぶん、咄嗟に、条件反射で、無意識に……最嘉もりよしはそうしてしまった。


 「よ、嘉深よしみ?……嘉深よしみ……よしみぃぃぃっ!!」

 ガシィィ

 彼女に致命傷を与えた短剣を投げ捨て、まるで電池が切れた玩具おもちゃの様にゆっくりと崩れゆく少女の肩を掴んだ最嘉もりよしは……

 「死ぬなっ!し、死ぬんじゃないっ!!」

 彼女の肩を大きく何度も揺すっていた。

 「……ひ、非道い……ひとですね……兄様は……」

 「よし……み……」

 「ひ、ひと思いに……殺せ……る相手を、こ……んなに切り刻んで……残酷な……にいさ……ま……」

 「ち……ちがうっ!?僕は……僕は……」

 「……かはっ」

 再び真っ赤な鮮血を吐血する少女。

 「嘉深よしみ!」

 「……ふふ、じょう……だ……ん……です」

 急激に色と熱を失っていく少女は、青白い顔でそれでも僅かに唇を綻ばせていた。


「わかってます……兄様……嘉深よしみは解っています……最嘉もりよし兄様は……やさし……優しすぎる……から……才能は……凄いのに……やさし……かはっ……」

 「だめだ!もう喋るな!嘉深よしみ!」

 必死で芯の無くなった少女の身体からだを支える最嘉もりよしの言葉に、彼女は力なく首を横に振っていた。

 「じょーだ……ん、ですけ……ど……嘘は……ね、言って……ないの……」

 「嘉深よしみ……」

 「にぃ……さまは……強くて、優しくて……そしてやっぱり非道い……」

 「……よ……み……」

 最嘉もりよしにはもう……どうすることも出来ない。

 「でも、これで……きっと大丈夫だよ……さ、才能が凄くて……誰よりも……ど、努力家で……わた……し……の自慢の……最嘉もりよしお兄ちゃん……これで……もう……だ、誰にも……ぅ…………」

 最嘉かれの胸に力なく添えられていた白い腕がだらりと重力に下がり……

 彼女のやけに小さくなった身体からだからなにかが……

 最嘉もりよしの腕の中から無情にもこぼれ落ちてゆく。


 「よしみっ!だめだっ!よし……」

 「……ふふ……だ、だれにも……負けない……ょ…………」

 「よし……」

 「”きっかけ”は……わ……たし……それで……じゅ……」

 「よしみ!!」

 「………………ぶん」

 そして……

 最嘉もりよしの胸の中で崩れゆく華奢な身体からだは……

 それでも最嘉かれが必死に抱き留めていた嘉深かのじょ身体からだは……

 少しずつ……ずれ落ちて……

 「…………」

 ――とすっ

 冷たい地面に祈るように両膝を着いてから動かなくなった。

 「あ……ああ……ああああ……あぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 ――これが結末

 ――これが私が知る、”鈴原すずはらの呪い”の顛末


 ――
 ―


 「やはり、降る事は無いか?」

 天都原あまつはらが誇る”十剣じゅっけん”が一振り、戦場の羅刹!鬼阿薙あなぎと恐れられる男の鋭い眼光が光る!

 「…………」

 ――最嘉もりよし……最嘉さいかさま……

 唯一の主君との過去を胸に秘めながら、私は再び目前の現実いまに目を向ける。

 ”前鬼ぜんき後鬼ごき

 近接戦闘に特化した愛用の短剣を両手に携え、私は目前の化け物に相対している。


 ――化け物?

 そうだ、この男は”化け物”

 私がる限りでは、かつての最嘉さいかさまに匹敵するレベルの剣の鬼。

 「…………」

 低く低く頭を下げ、重心を目いっぱい後ろに移動させる。

 「来るか?ならば狩るだけだ、鈴原すずはら 真琴まことよ」

 ――

 イメージするのは極限まで緊張した強弓の弦。

 私は……鈴原すずはら 真琴まことは自身の放つ一撃に賭けた。

 「……」

 ――最嘉さいかさま……必ず約束は守ります

 ダッ!

 そして一呼吸の後、私の身体からだは一筋の矢となって放たれたのだった。

 第十四話「最嘉さいかと捨てても良い城」END
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