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独立編
第十六話「雪白と瀕死の??」
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日乃領、那知城の一室にて――
「それで覧津城の方は?」
「定時連絡はもうすぐ入る予定ですが……」
無事に那知城攻略を終えた俺達は”もう一つ”の戦場からの戦況報告を待っていた。
鈴原 最嘉も、宗三 壱も――
その他の、城に詰めている兵士達も、
着込んだ鎧類もそのままに軽食を摂っていた。
「何分にも、未だ二日程しか経っておりませんので……」
「”覧津城”は開戦しているかさえ分からないってか?」
俺は壱の答えに納得する。
那知城は城攻略が作戦通りスムーズに運んだ事もあるし、抑も城攻めを行うにはかなり少ない兵力をさらに二つの戦場に分散させたのだから彼方は未だ未だだろう。
――なんせ那知城は奇策を用いた”最速攻略”だからな
「援軍に向かう必要があるだろうが、事前にある程度詳細な情報は欲しいな」
――我が臨海の諜報部隊である”蜻蛉”が使えればもっと楽に……
心中でそう零すも、この作戦自体が急遽組み立てたゲリラ戦法みたいなものだ。
多くを望んでも仕方が無い。
俺は握り飯を口元から離し、周りを再確認する。
――兵士達といっても室内の面子はごく少数
俺と壱を含めた臨海軍の幹部四人と白閃隊の幹部二人、
それと、那知城主である草加 勘重郎の部下二人……
あとは食事の賄いに忙しく働いて貰っている、この城に仕える給仕の女性達だ。
「最嘉様」
「ああ」
俺は壱に頷いてから、室内に集った面々に向けて言葉を放つ。
「皆にはあまり休ませてやれずに悪いが、腹ごしらえを済ませたら那知城には守備兵のみを残して俺達は覧津に向かう」
”塩鮭おにぎり”を囓りながらの俺の言葉に、同じように食事を摂りながら皆が頷く。
――うむ、勤労とは美しいものだな……はぁ
苦笑いを浮かべ溜息交じりに俺は頷くと――
「鈴原様、覧津城方面の連絡兵が戻りました!!」
ちょうどその時、ドアの外から兵の声が届く。
「はは、ちょうど良いな……入れ」
タイミングの絶妙さに少々呆れながらも俺はそう応えた。
――ガチャッ
許可を得て直ぐに、一人の兵士が敬礼してから部屋に入って来る。
「報告致します!その……覧津城の……その、戦況ですが……」
「ああ。で、どんなだ?」
なんだか歯切れが悪そうな部下の態度を多少不思議に思いながらも俺は聞く。
「はっ!覧津城は既に陥落、攻略に当たった久鷹様と手勢の白閃隊は……」
――は?
「か、陥落だと!覧津城が?」
「もう戦は終わったというのか??」
そこに居た者達が驚きに目を剥いて口々に言葉を発していた。
「確かなのか?」
「はっ!確かに確認致しました」
――おいおい、冗談も休み休みに言えよ?
ハッキリと答える兵士に俺は驚いていた。
まだ出陣してから三日、到着してから二日と経っていない。
「な、なにかの間違いでは?」
室内にいた者達は偵察兵の報告に口々に疑問を挟む。
「いいえ、確かな情報です。覧津城は半日で陥落致しました」
――っ!?
続いて伝えられる真実にさらにザワつく室内。
「……」
恐らく小細工無しの真正面からで、
小細工をこねくり回して”最速”と自負する俺と同等以上の攻略をだと!?
――く……なんか……面白くない
と、吉報を受けながらも、我ながら大人げない感情を抱きつつ、
――覧津城の城主は確か”下野 永保”だったな……
勇猛果敢で知られ、慎重な草加 勘重郎とは正反対の猛将タイプだったはずだ。
猪突猛進な一面はあると聞くが中々の良将らしいとも聞く。
――多分、そんなに簡単な相手ではないはず
つまり……
自軍より兵力に勝るうえに、良将が率いて城に籠もった軍を僅か半日で攻略した!
――それが事実なら
どうやら”最速”の称号は、あの”お嬢様”に譲らなければならないだろう。
「で、城主の下野 永保は捕虜にしたのか?」
未だ驚いて言葉を失った面々に代わり俺は偵察兵に尋ねた。
「いえ、覧津軍はほぼ全滅、城主である下野 永保殿、その麾下の兵の大半は討ち死にを……」
――っ!
再びざわめく室内。
「ぜん……めつ……」
「や、やりすぎだ」
「いや、抑もそんな短時間で……あの兵力で……そんな事ができるのか!?」
ショッキングな報告内容に殆どの者たちが落ち着きを失う。
――だが!
「ま、待たれよ!それよりも、それが真実ならば日乃領内には相当な反発が……」
――そうだ
”それこそ”が現在、最も俺達が危惧する問題だ。
ざわざわ!ざわっ!
事の深刻さを認識し、さらに混乱する場。
――余所者の俺達が得るべき戦争結果としては……
敗北を除けば”最悪”といえる。
「……詳しい内容を聞きたい」
皆が浮き足立つ中で、俺は出来るだけ冷静な口調で兵士に尋ねた。
「そ、それは……ご本人からの方が」
「本人だと?」
意外な返答に俺は眉を顰めていた。
「く、久鷹殿がっ!?」
「那知に来られているのかっ!?」
偵察兵の言葉に三度、室内はざわめいていた。
――本人……ね
俺は正直、”敵を全滅させた”のくだりも相まって頭が痛い……
「……ふぅ」
静かに溜息を吐くと俺は視線を”ある”方向へと向けた。
「それで?”張本人”である久鷹 雪白は”ここ”で何をしている?」
――
「いっ、何時の間に!?」
「久鷹殿っ?」
室内は四度ざわつ……って、それはもういいか。
「?」
俺に名指しされ、キョトンとした表情で白金の瞳をパチクリとさせる美少女。
いつの間にか室内に侵入し、俺の斜め後ろのテーブルの上にある”おにぎり”の山を物欲しそうに眺めるひとりの白金い美少女。
「……」
改めて……皆が一時の混乱を忘れてまで見惚れてしまう。
こんな間抜けな状況でも白金少女の群を抜いた美しさは顕在である。
――
白磁のような肌理細かい白い肌。
その白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。
そして特筆するべきその双眸は、
輝く銀河を再現したような白金の瞳。
それは幾万の星の大河の双瞳。
整った輪郭には、それに応じる以上の美しい目鼻が配置され、
腰まである輝くプラチナブロンドをひとつの三つ編みにまとめて肩から垂らした――
彼女同様、白金色の軽装鎧を身に纏った少女は紛れもなく絶世の美少女だった。
――
「うっ!ごほん!それで張本人である久鷹 雪白は”ここ”で何をしている?」
兵士達の惚けた空気を変えるために咳払いをひとつ、
俺はもう一度、その美少女に尋ねたのだった。
「なに?わたしは”さいか”を見ているだけ」
間の抜けた返事をする白金い美少女の視線は――
”明らか”に別の場所に焦点が合っている。
――お前が見ているのは”おにぎり”の山だろうが
「お前なぁ、勝手に持ち場を離れるなよ。あと覧津城のこと……っ!?」
そこまで言いかけて俺はハッとなり、周りを見た。
――そうだ、全滅?
「み、覧津の将兵が……」
「なにもそこまでしなくても……」
「やはり南阿は敵国だ、天都原勢力下、その地域の人間のことなど微塵も……」
白金い美少女を睨む視線の大多数はそう言った不審の、いや!怒りの眼だった!
ただでさえ整合性のない、正義と言えない呉越同舟で急場の共同戦線だ。
そこに疑心暗鬼が広がれば……
急ごしらえで継ぎ接ぎだらけの連合軍はアッサリと瓦解する。
「――ふぅ」
他の者には気づかれないように小さく息を吸い込んでから吐く俺。
――駄目だ、南阿の……雪白の白閃隊もいる
”その事”は此所で咎めるべきでは無い。
俺は心を落ち着け、改めて雪白に向き直ってこう伝える。
「久鷹殿、覧津城攻略へのご助力ありがとうございます。首尾の方を”詳しく”確認したいので別室で話を聞きたいのですが?」
「……」
俺の余所行きの言葉に変な表情をしながらも、雪白はコクリと素直に頷いたが……
「?」
その割に一向に動こうとしない。
――なんだ?
変わらず美しい双眸の焦点は……
――ああ、そうか
合点がいった俺はそっと室内のある人物に丁寧に声をかけた。
「すまない、えっと那知城の……たしか七山さん?わるいけど”おにぎり”三つ、四つほど包んで貰えますか?」
「は、はい、畏まりました」
俺の言葉に一瞬だけ驚いた若い女性の給仕さん。
というより――
古風なシルエットのロングスカートワンピースにエプロン姿、頭にはレースのヘッドドレスという伝統的な給仕?
「お願いします」
下ろせば長そうな髪をアップに纏めた如何にも温和そうな落ち着いた大人の、どこか緊張感のある美しい立ち姿の女性に俺は改めて頼む。
「……」
彼女はペコリと頭を下げた後で直ぐに準備を始めてくれた。
「で、良いか?久鷹殿」
「……うん」
そして待望の”おにぎり”を受け取った、見目麗しき見た目で少しばかりお行儀の悪いお嬢様は、ニッコリと満足そうな表情で先行して退室する俺の後に続いて部屋を出た。
――
「……」
「……」
――移動すること暫し……
取りあえず誰も使っていない部屋に入り、場所を移した俺は入るなり雪白を睨む。
「何故、那知に来た?覧津城の方はいったいどうしたんだ?」
打って変わった俺の剣幕に、久鷹 雪白はテーブル上に置いた”おにぎり”に伸ばしていた手を止める。
「覧津城はカタがついたから?那知の方が面白そうだし」
「……っ!」
俺は寸前で言葉を飲み込んだ!
そうだ、感情的になっても仕方が無い……
取りあえず状況を把握するのが第一だ。
「覧津城は誰に任せてきた?」
「武知よ、あれはそういうの得意だから」
――武知……半兵だったか?
久鷹 雪白がこんな感じであるから、白閃隊では実質的に隊を管理する役目を担う、現実主義者で荒事より戦後処理などを得手としている人物と聞いてるが……
彼女の一連の軽率な行動に呆れながら、俺は懸念する事を問い糾してみる。
「もし荒事になってたらどうする?反乱とか?その男はお前と同等に二千もの兵を統率できる器なのか?」
「問題ない。覧津の兵なんてもう”ほとんど”いないもの」
「…………」
――やはりか
やはり、何も考えていない。
――”覧津の兵なんてもうほとんどいない”
そしてアッサリと”結構なこと”を言う。
俺が所々で感じる彼女への違和感は……
南阿の”純白の連なる刃”が所持する感覚は少し……
「むぅ……さいか、質問ばかりしてこないで!わたしはちゃんと約束した事は熟してる、他の時間をどう使おうとそれはわたしの……」
不機嫌に再びテーブル上のおにぎりに手を伸してから”それ”を手に取る美少女。
「”おにぎり”を食ったら覧津城に帰れ。日乃領全土を纏めるには堂上、それとこの那知と覧津を押さえるのが重要だと説明しただろう?直ぐに戻って守備を固めて……」
「必要ないって言った!敵なんて殆ど刈り取ったんだからっ!」
彼女にとっては”くどい”と感じたのか、俺の指摘に雪白が声を荒げる。
「くっ!このっ……仮にそうでもな!混乱に乗じて盗賊や山賊が跋扈するかも知れないだろ!奪った領地の治安を維持するのも勝者の義務だろうが!」
そして俺も、彼女の”刈り取った”という言葉を受けて頭に血が上る。
「義務?わたしは元から南阿の将で日乃の事なんて…………っ!?」
そこまで言いかけて雪白はハッとなった様だった。
「…………」
――そうだ……
その先は言ってはならない。
支配する側として、それは……駄目だ。
「…………」
おにぎりを握ったまま俯いてしまう彼女。
「ゆきしろ」
――解っている
この少女は……少し不可解な、ズレた所はあるけれど……
”一番大切な事”は、ちゃんと解っているんだ。
「…………」
俺は数秒、頭に上りかけていた血が下がるのを静かに待ってから話しかける。
「悪かったな、白閃隊には協力して貰っているのに。言い方がキツかった、赦してくれ」
そうして俺は素直に頭を下げる。
「…………」
この場合、状況判断的に俺は間違っていない。
しかし、俺に非が無いかといえばそれは違うだろう。
”間違っていないイコール悪くない”ワケでは無いのだ。
だから――
理屈は曲げないが、”やり方”が間違っていた事を謝る。
「…………」
抑も、俺は少々冷静さに欠けていた。
天都原の動きが分からない現在、臨海の、九郎江城を任せている真琴の事が気に掛かって……
焦って、それには関係の無い雪白に余裕の無いキツい言い方をした。
「うう……さい……か?」
俺がアッサリ謝った為だろうか?
雪白は”ばつ”が悪そうに上目遣いに俺を見る。
「さ、さいか……は、悪くないよ……でも……」
俺に向けて僅かに上向いた白い顎、光に透けるような白金の前髪がサラサラと流れた。
――そうだ、でも謝罪する
事実、彼女を傷つけたのは俺だから。
「そうだな、けど配慮は足りなかった。ごめん、雪白」
「う……ん」
俺を見つめる彼女の白い頬がすこし朱を帯びた……ような気がした。
「さいかでも……そんな感情的になることあるんだ……ね」
そう言って桜色の唇を少し緩めた彼女は白い銀河で俺を見ている。
「そうだな」
「それは、やっぱり……大切なモノの……ため?」
「……あ、ああ」
――これは……臨海の状況を雪白も理解しての言葉だろう
俺は素直に頷いていた。
「そう」
その時、俺の答えを聞いた久鷹 雪白は……
彼女には珍しく、少し寂しげな……
愁いを帯びた瞳だった気がした。
「……」
俺はそれが少しだけ気にかかったが、今さっき無神経なことをしたばかりだ。
年頃の少女のプライベートにあまり踏み込むのもアレだったので、その理由には敢えて触れなかった。
――
「それで……本題に戻りたいんだけど?そうだな、まず覧津城攻略戦の内容を詳しく聞かせてくれ」
「わかった。さいかはその後で臨海に行くの?」
「多分な、取りあえずこっちを一段落出来たら確認に向かいたいとは考えている……いや、心配ない、兵はそれほど連れては行かないから此所の守りは……?」
「…………」
聞かれたことに正直に答える俺。
それをジッと見ていた少女の白金の瞳が……
やはり寂しげに沈んでゆく。
「ど、どうかしたのか?雪白?」
「…………さ……いか」
尋常で無い表情だ。
愁いを帯びた瞳、やはり……やはり”なにか”彼女には重要な事があるのだろうか!?
「ど、どうした!ゆき……」
前言撤回!俺はその切ない瞳に、プライベートに、踏み込まずにはいられない!
「……ぎりが」
「ぎり?……斬り?……斬られたのか??誰がっ!?」
「”おにぎり”がぁぁ!瀕死にぃぃっ!!」
「…………」
彼女の白い手の平には――
先ほどの口論で興奮したためか?見るも無惨に押しつぶされて変わり果てた”おにぎり”があった。
「さいかぁぁぁぁっ!!」
涙目で訴える、南阿の秘密兵器”純白の連なる刃”を見ながら俺は呆れ果てる。
「落ち着け。食ったらみな同じだ」
そういえば”こういう娘”だったよな?……と。
「ほ、ほんとう?」
「本当だ」
――しかし……
なんだかうまく誤魔化された気が……しないでも無いが。
いや、雪白に限ってそれはないか。
俺はそう応えながら――
新たな”おにぎり”を手にとって彼女に渡し、代わりに瀕死のそれを受け取って囓る。
「おい……しい?」
白金の美しい前髪を揺らせ可愛らしく小首を傾げる、”おにぎり殺し”の美少女を前に俺は慎重に頷いていた。
「問題ない」
第十六話「雪白と瀕死の??」END
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