魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-

ひろすけほー

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独立編

第十七話「真琴と勿体ない主人」前編

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 第十七話「真琴まことと勿体ない主人」前編

 「オラよっ!!」

 ドゴォォォォォンッ!!

 「ぐぅぅっ」

 「わぁぁぁぁぁ!!」

 ひゅぅぅぅぅぅ――――――ボトッ!ボトッ!ボトッ!

 空宙そらから人間ひとが降ってくる。


 「今度はこっちか?ドラァァッ!!」

 ズドォォォォォォンッ!!

 「ひゃぁぁぁ!」

 「ぐはぁぁっ!」

 ひゅるるるるる――――――バタッ!バタッ!バタッ!


 「今日の天気は”曇りのち兵士ひと”らしい……なぁ」

 臨海りんかい軍の将校が天を仰いで呟いていた。

 「あ?なにくだらん事を言ってやがる!そんな暇があったら早く見つけろよ」

 仰々しい重装鎧プレートメイルを装備した上背のある偉丈夫、熊の様な大男が睨む。

 「……うっ」

 破格なる大男が担ぐ大剣は……

 いや、そもそも”剣”と呼んで良いだろうか?

 ――その剣には”やいば”が無く

 百五、六十センチはあろうかという刀身もさることながら、厚みが通常の数倍はある。

 ――そう、それは”剣”と言うにはあまりにも雑すぎるのだ

 それは”ただ”の鉄の棒。

 剣の形を模した凶悪な金棒。


 そんな巨大な凶器を担いだ巨漢は、小国群がひとつ日限ひぎり領主の熊谷くまがや 住吉すみよしだった。

 「う、言われなくても分かってますよ、えっと……」

 凄みのある顔面で睨まれた将官は慌ててキョロキョロと辺りを見回していた。

 た鉄の塊を担いだ大男。

 群がる天都原あまつはら兵士をひとまとめに天にはじき飛ばす規格外の巨人。

 ――!?

 熊谷くまがや 住吉すみよしの様な化物に怒鳴られた将官は何かを見つける。

 「あ、あそこです!!間違いありません!あの場所で……」

 ブォッ!!

 「ひっ!?」

 兵士が言い終わるや否や、黒い塊が強烈な風になって走り去っていた!!

 ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!

 熊谷くまがや 住吉すみよしはその巨体からは想像も出来ない速度で走り出し、将官の指さした場所へと大地を削って疾駆する。

 「…………」

 仰々しい重装鎧プレートメイルを装備し、何十キロあるのか分からない鉄棒を担いだ男が兵士の視界からどんどん小さくなっていく様は……

 「に、人間……なの……か?」

 将官はポカンと呆気にとられていたが、

 「は!?……いや、ちょっと待って……」

 暫くして我に返り、慌てて自らもその後を追う。

 ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ……

 ――っ!

 やがて、風を分断して爆走する熊谷くまがや 住吉すみよしの鋭い眼が目的の”それ”を捉えていた!!

 ――彼が探していた人物……

 ――それは鈴原すずはら……

 「だっ!しゃぁぁぁぁっっ!!」

 怒濤の如く走り寄り!轟雷の如き雄叫びを上げ!

 ブゥゥオォォォォォンッ!!

 巨大な鉄塊を振り上げる熊男!!

 ――


 果たして、には二人の人間がいた。

 「ぬっ!?」

 ”ひとり”は血にまみれた剣を振り上げし細身の男。

 ”もうひとり”は肩口を負傷し全身を泥塗れにした……

 「……え」

 如何いかにもな死地で佇む少女。

 ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!

 彼方かなたから走り来る巨大な黒い影!

 それを察知したばかりの二人はだ正確な情報を得ていなかっただろう。

 ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ……

 「ふっ!」

 ザシッ!ザシッ!――――ズザァァッ!!

 巨大な鉄塊を振り上げたままで!

 大量の泥を巻き上げて跳び上がった黒い影は……

 その巨漢の岩石の如きこわもては……

 ――し、生きているなっ!

 二人の人物のうち、形勢不利な少女を視界に留めていた。

 「な??……あなたは……」

 抗えぬ死を目前にした娘。

 しかし!その者の目は敗北者のそれでは無い。

 その少女の瞳には、確かに死を越えた決意の光が見て取れたのだ!!

 「ふ……ふは」

 周辺の大気を巻き込んで豪快に舞い上がった空中で、

 ――さすがは鈴原すずはらの懐刀だ!

 似つかわしくない笑みを浮かべた巨漢は……

 ズッッ!!――――――――――ドォォォォォォォォォォォォォンッッ!!

 高所から一気に!雑な鉄棒を雑に振り下ろし!大地に叩き付けたっ!!

 「な、なに!?なんな……の」

 激しい轟音と同時に地面が破裂して砕け散る!!

 ブワァァァァァッ!!

 濛々と大量の砂埃が舞い上がり……


 「…………」

 ”私”が死を決意した瞬間、

 あの”阿薙 忠隆バケモノ”を道連れにと決めた瞬間……

 ガラガラガラァァ!!

 続いて舞い上がった瓦礫が大量に降り注いで――

 「…………」

 その爆発は起こっていた。

 「…………」

 あまりにも突然であまりにも壮絶な光景。

 頭が真っ白になった私にとってそれは……

 鼓膜を激しく叩く振動がなんだか遠くで聞こえたような、

 そんな不思議な感覚だった。

 ――

 「……うっ」

 もうもうと舞い上がった砂埃で視界が確保できなくなった私は、そのまま下手に動かずに身を潜める。

 これでは相手を”道連れ”に自爆する事もできないからだ。


 「……」

 ジッと……

 ジッと……

 緊張感を切らさないように、息を潜めて阿薙てきの出方を待った。

 ――

 「よう!お嬢ちゃん、生きてるか?」

 「っ!」

 劣悪な視界の中で、私は咄嗟に手にした特殊短剣を……

 「ちょ、ちょっと待て!!俺だっ!日限ひぎりの……」

 ――!?

 「熊谷くまがや……さま?」

 私の目前には仰々しい重装鎧プレートメイルを装備した上背のある偉丈夫、熊の様な大男の……

 最嘉さいかさまと同じ、小国群領主のひとりで日限ひぎり領主の熊谷くまがや 住吉すみよし様がいた。


 「おう、結構、危なかった様だがなんとか間に合ったみたいだな」

 かなり薄くなった砂埃の中で数歩、歩み寄って来た熊谷くまがや様の姿をハッキリと確認出来る。

 「ん?どうした、お嬢ちゃん。まさか俺の顔を忘れたか?」

 見上げるほどの巨躯に破格の大剣を担いだ人物は、そのこわもてには似つかわない笑みを浮かべて私を見下ろしていた。

 「…………いえ」

 状況から察するに――

 私は助かったのだろう。

 間一髪、首の薄皮一枚で……

 そうした事実を知った、私の第一声は安堵の言葉でも謝辞でも無く……

 「何故なぜっ!どうして臨海ここ熊谷くまがや様がいるんですかっ!?熊谷くまがや様は最嘉さいかさまの指示で覧津みつ城を攻めているはずではっ!!」

 ――日乃ひの領の攻略

 日乃ひの領に攻め入り、要となる領都”どのうえ”を手に入れた最嘉さいかさまは、領内の有力豪族である草加くさか下野しもつけという両氏が治める那知なち覧津みつを同時に押さえて日乃ひのを平定する予定だったはず……

 そのための日限ひぎりとの共同作戦というのも、最嘉さいかさまからお聞きしている。

 そう、日限ひぎりには覧津みつ城攻略を依頼する。私はそう聞いていた……

 ――なのに!

 「そう不機嫌な顔するなって、可愛い顔が台無しだ。俺もな、覧津みつ城攻めの用意万端だったんだが、予定変更だって鈴原すずはらの野郎がな」

 「……」

 「まぁ……泣いてすがるもんだから仕方なし、今回の九郎江くろうえ救援を引き受けてやったってわけだ」

 「……」

 ――あり得ない

 日乃ひの領内での最嘉さいかさまの麾下は、りんかい軍は十八人……

 とても軍とは言い難い。

 それは最嘉さいかさまが南阿なんあ戦に出陣したりんかい軍のほぼ全軍を臨海りんかいに撤退させた為だ。

 天都原あまつはらを一時的にたばかり、最嘉さいかさま自身の行動の自由を確保するために、敗北して撤退したかのように見せかける必要があった、だから……

 日乃ひの領内での戦いの頼みの綱は、敵軍であった南阿なんあ白閃隊びゃくせんたいだけ。

 数日前まで敵であった、面識の無い相手をろうらくして取り込む……

 勿論、一筋縄ではいかないけれど、それは窮地に陥るであろう相手の事情を利用する事を前提とし最嘉さいかさまの策。

 つまり最嘉さいかさまは、小国群連合軍を捨て石として策を巡らした天都原あまつはらの総参謀長……

 きょうごく 陽子はるこによって時間差で窮地におちいるであろう小国群連合軍と、敵国である南阿なんあの一部を取り込む形で本作戦の基本を組み立てられた。

 りんかいの兵士が手元に無いのは全てこの策を成功させるため。

 その後の日乃ひの領攻略と平定のために白閃隊びゃくせんたいおよそ五千と日限ひぎり軍二千の兵は少なすぎる事はあっても、他に回せるなんて余裕はどこにも無いはず!

 「日乃ひのは……最嘉さいかさまは?」

 私の質問に熊谷くまがや様は呆れたように苦笑いを浮かべた。

 「九郎江城ここ鈴原 真琴じぶんがその状態でも主君のことが優先かよ、まったく出来た家臣だな」

 「っ……」

 ――そんな事は聞いていない

 ――現在いま、私が知りたいのはっ!

 私は視線を強めて返答を催促していた。

 「ふぅ、大丈夫らしいぞ。鈴原ヤツが言うには南阿なんあの……なんちゃら隊?の兵を二手に分けて日乃ひのの各城を攻略するからとか言ってたしな」

 ――っ!?

 ――そんなわけないっ!!

 那知なち城兵力は三千、覧津みつ城も三千……それを攻略する白閃隊びゃくせんたいは五千だ。

 既に手に入れた堂上どのうえ城に守備兵を残す必要もあるのに……


 「とにかく、日乃あっちのことより今は臨海こっちだ。日限軍おれたちが来たって言っても圧倒的不利は変わらないからな」

 「……」

 熊谷くまがや様に私は返事を返さない。

 「…………ふぅ」

 バンッ!

 「っ!?」

 突如、響き渡った破裂音に思わず私はうつむいていた顔を上げていた。

 そして上げた私の視線の先には、自らの剣の腹を……

 雑な鉄板とも言える表面を、同様に大雑把でゴツゴツとしたグローブのような大きな手の平で叩いた偉丈夫が”ニカッ”と大口を歪ませて笑っていた。

 「そう……ですね」

 ――そうだ、現在いまは……

 ”自分の不甲斐なさそれ”を気に病んでもどうすることも出来ない。


 最嘉さいかさまの日乃ひの方面は気にかかるけど、現に日限ひぎり軍はりんかい救援に来てしまっているのだ。

 ――だから……

 ――だから、現在いまの私の使命は必ず生きて最嘉さいかさまの元に帰参すること!


 「ふっ……それでな、とりあえず嬢ちゃんは助けることが出来たから鈴原すずはらの野郎にも義理は立ったが、この後だ。本当にどうにかなるのか?」

 私の精神状態を確認して僅かに微笑んだ後で、熊谷くまがや様はそう口にする。

 「どうにか?」

 そしてその言葉をなぞって確認する私。

 「ああ、鈴原すずはらの野郎がなぁ、”場合によってはなんとかなるかもしれない”と、りんかいを守り切れるかもしれないと言っていてな……」

 「最嘉さいかさまが……」

 「おいおい、なんか急に顔色が良くなったが、くまで場合によってはだろう?俺にはこの状況でなんとかなるとも思えんが」

 ――いえ、いいえ!!

 「最嘉さいかさまがそうおっしゃったのなら間違いありません!」

 「い、いや、しかし、な……」

 「九郎江くろうえは大丈夫です」

 熊谷くまがや様はまだ何かを言っていたが、私にはもうそれ以降の言葉は頭に入らない。


 ――最嘉さいかさまがなんとかなるかもと、最嘉さいかさまが!

 「最嘉さいかさま……」

 瞬く間に私の胸の中に温かいものが広がって……

 胸の奥が”きゅうっ”と締め付けられる。


 「…………ふぅ、ほんとに出来た家臣だ。別嬪だし、あの野郎にはもったいないな」

 「訂正して下さい、熊谷くまがや様!私には最嘉さいかさまが勿体ないくらいの主君あるじですっ!」

 聞き捨てならない言葉に即座に反論する私。

 「いや……そういうトコだ、ち……あの野郎め」

 そんな私を、熊谷くまがや様はなんだか微妙な表情かおで見て溜息を吐くのだった。

 第十七話「真琴まことと勿体ない主人」前編 END
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