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下天の幻器(うつわ)編
第十四話「徒花不実(あだばなふじつ)」前編(改訂版)
しおりを挟む第十四話「徒花不実」前編
ダダッ!!
久井瀬 雪白の駆る白馬は彼女諸共に白き閃光と化す!
「い、イケる!!久井瀬さんなら、あの”最強の武神”木場 武春にも勝てるっ!!」
第一砦から見上げる形で戦況を覗っていた内谷 高史は確信する。
まさかの旺帝軍守備側による逆落としの奇襲を受けて窮地に陥っていた臨海軍だが、それを率いる将、木場 武春を華々しく一騎打ちにて討ち取れれば流れは一気に変わるだろう。
それほどまでに、あの木場 武春という男は敵味方に拘わらず影響を与えるほどの”大英傑”なのだ!
「うおぉぉっ!!」
対して――
閃光となって迫り来る白金の騎士姫を迎え撃つ英傑は、馬上から手にした槍を……
ブゥォォォン!
地面スレスレ、下段から一気に振り上げて迎撃の態勢をとった!
ガッ!ガリガリガリ!!
――否!
地面スレスレどころか槍先は地面に激突し、地表を削りながら土塊諸共強引に振り上げられ――
バフゥッ!!!
破裂したかの如くに砂と砂利が一気に巻き上がって、それは騎士姫の視界を遮り飛び散った!
「……」
しかし騎士姫、雪白は些かも怯むことなど無かった。
愛馬である白馬”細雪”の手綱を僅かに動かし、土塊の煙幕を最小限の動きで躱して、そして必殺の抜刀を準備する。
ガゴォォォォッ!!
「っ!?」
突如!回避したはずの砂埃から現れる巨大な”黒塊”!!
巻き上がる砂塵の中から、人の頭部ほどの岩塊が泥を纏って雪白の視界を黒く塗り潰す!!
――う、うそだろっ!?
その瞬間を見た内谷 高史は驚愕した。
あの木場 武春という男は態と地面に接するように槍を振り回した。
それは雪白の超速剣を防ぐための煙幕……では無く!
地中の岩を削り出して、それを”凶器”として利用するためだったのだ!!
「に、人間業じゃないっ!!」
砂や小石程度ならともかく……
地面に埋没したあの大きさの岩を!槍の一振りで苦もせず削り出し”礫”と化すなんて!?
そして、それだけでも脅威的な膂力と驚愕するのに……
シュパァァ!
雪白の顔面を襲った凶器は真っ二つになって墜ちる!
「こ、こっちもこっちで”バケモノ”だっ!!」
完全に不意を突かれて飛来したはずの岩塊を易く斬り落とす剣の極み!
――っ!!
唖然とするばかりの内谷 高史ほか敵味方の兵士達だが……
「お!おおぉぉぉぉっ!!」
”化け物”二人の本当の戦場はここからっ!!
そうだ――
地面に埋没した岩を槍の一振りで苦もせず削り出し”礫”と化した木場 武春は、それだけでも脅威的な膂力と驚愕するのに……
この男の振るった槍先はそれでも全く速度を落とすこと無く、雪白の絶技に斬り落とされた岩塊に殆ど遅れること無く彼女を襲っていたのだ!
自然の岩塊を凶器の”礫”に変え、続く本命の凶刃に対する露払いとして利用する。
謂わば居合い斬りとは早抜きの銃手の如きものだ。
間合いで抜かれたら最後、防ぐのは困難極まりない。
つまり先行した石礫の一撃は、雪白の出端の”一刀”を消費させ無防備に……
薬莢を消費し、空になった回転式銃の薬屋が回転し再び弾が装填される隙を狙った、居合い使いの虚を突く木場 武春の豪槍だ!!
「く!久井瀬さんっっっっ!!」
絶対必中!
回避不可能な一撃を前に内谷 高史は叫んでいた!
「……」
しかし白金の美少女は――
カッ!
自らの細首を刈りに迫る死の穂先を……
振り切ってしまったはずの抜き身の刀身、その柄尻を巧みに操り軽く接触させて見事に豪槍の穂先を上方へと弾き逸らしたのだった。
「お!?……おおおおおおっ!?」
そして今度は!槍を振るった木場 武春自身が思わず感嘆の声を上げる。
飛来する岩塊を斬り落とすため振り下ろした刀身では対処に間に合わない、避けられる間合いもとうに過ぎている……
――これぞ絶対必中!!
誰もがそう確信した瞬間に、彼女は握った柄尻を以て首の皮数センチに迫った敵の穂先を弾いて去なし、軌道を逸らせたのだ!!
「……」
それは角度とタイミングが数ミリ、数十分の一秒……
その”どれ”を損ねても為し得ない”神業”だった。
ザザッ!!
ズザザァァッ!!
そのまま、お互いが馬を交差させ、入れ違って……
二人は再び対峙する。
「人の子か?……”終の天使”」
志那野の”咲き誇る武神”が問いかけに、
「……」
臨海の”終の天使”は無言だった。
「まあ良い。いや良いな……見えぬ刃、超高速の剣技……実に手強いぞ」
しかし討ち漏らした結果とは裏腹に、必殺の一撃を回避された”武神”の大きめの口は真に屈託無く、好奇心に心躍らせる童子の如き純粋なる笑みを浮かべていた。
――
――な、なんだよ、これ?こ、こんな異次元の一騎打ちって……
「とても……勝敗予測のしようが無いじゃないか」
第一砦より傍観していた臨海軍参謀、内谷 高史は頭を抱え立ち尽くす。
――撤退か?進軍か?
自身の器量を遙かに越える戦場に、彼は決断を出来ずにいたのだ。
「……」
ダダッ!!
だがそんな事はお構い無し、再び駆け出す白い閃光!!
「応よっ!そうでなければなぁぁっ!!」
そして迎え撃つ”武神”!
「ちょっ!ちょっと!久井瀬さんっ??」
内谷 高史の苦悩を余所に、異次元の一騎打ちは再び幕を開ける!
「背筋が凍るほどの殺気!これぞ戦場の醍醐味だっ!!」
馬上で木場 武春の豪槍が豪快に掲げられ、其処へ舞い込む小柄な”白金の騎士姫”を一気に押し潰そうと待ち構える。
「……」
そして久井瀬 雪白の閃く白刃が白馬と共に瞬時に間を詰め、”最強の武神”が首筋に……
――キンッ!
「なにっ!?」
「っ!?」
しかしそれを遮ったのは……第三の剣!!
「……貴様?」
瞬時に動きを止めた両雄……
「……っ!?」
いや、特に雪白の端正な顔の眉間に僅かに影が落ちていた。
同時に――
白馬の上で僅かに右肩を下げた様に見える彼女の右手の甲には、鮮やかな血が一筋流れ伝って滴る。
「く、久井瀬さんっ!?」
驚きに声を上げる内谷 高史だが、この距離ではどうすることも出来ない。
「…………」
「誰だ?貴様」
美少女と偉丈夫、馬上の英傑二人は同じ方向を向いていた。
――二人の戦士が対峙する中央辺りの僅かに奥……
「神速応変の出口は一瞬の間に在り……」
――ふらりと人影が在った
「打抜きの生命は電瞬に在り。変幻自在の妙、剣禅一味の無応剣を至極とす」
いつの間に……というにはあまりにも当然の如く。
「”武”に塗れて尚、執着無し」
そこには旺帝一般兵士の格好をした初老の男が独り……
「何処にも心を留めぬ”無の領域”……」
その人物の素性は――
「せ、せんせい……」
白金の騎士姫が口から発せられていた。
「我が求道を体現せし唯一の剣……久鷹 雪白。なれど」
――ザシッ
旺帝兵士の鎧を身につけてはいるが正体は別物!
――ザシッ
寡黙に先を見据えて歩を進める男の両の眼には感情の類いがまるで薄弱で、
――ザシッ
如何にも独特の剣気を纏う、この初老の男を現す言葉が在るなら……
「貴公……武芸者か?」
そう、この雰囲気、常に生死を纏う緊張感……
それは”個の武に拘り、孤の武に取り付かれた者”の総称。
いま、木場 武春が察した通り……
その男は”武芸者”であった。
――ザ……
そして物騒な面魂の武芸者の足が其所で止まる。
「…………久鷹 雪白……剣禅一味、無応の剣に其のような駄剣では成らぬ」
感情の薄弱な眼をした初老の武芸者は、白馬の上にて抜き身の白刃を下げた白金の騎士姫の前にて、手にした”一振り”の刀を差し出して言った。
――納刀したままの刀
後に解るだろう、この”居合い刀”が所持する性能は……
切先から峰側の棟区まで2尺3寸5分、
それは身長百六十センチ中頃の雪白に最も適した長さといえる。
そして、その刀の最たる特徴である六百グラムを切る驚異的な軽さ……
鞘内のやや青みがかった刀身はどのような金属でどのような加工を付加されているのだろうか?
軽量化の代償である脆さと引き換えに”有り得ない”ほどの切れ味であるという。
「…………」
刀を差し出された馬上の騎士姫は、雪白は無言のまま馬上にて男を見下ろしていた。
「手に取れ、久鷹 雪白。貴様が持つべき剣ぞ」
「…………」
更に責付く男を見据える白金の双瞳は、対面の最初こそ動揺の色を見せていたが……
現在は目前の武芸者以上に感情の無い光りを宿していた。
「銘は”川蝉”。貴様用に誂えさせた剣だ。剣禅一味の無応剣、神速応変の至極を良しとするならば、この”刀”しかあるま……」
「久井瀬!」
「?」
「久井瀬 雪白っ!!この名とこの”白鷺”は!さいかに貰ったわたしの一番大切なものだからっ!!」
刀を差し出す武芸者の言葉を遮って、白金の軽装鎧を身に纏った少女は普段の彼女からは想像できない感情むき出しでキッパリと拒否する!
陶器の如き白き肌の頬を感情の朱に染め、彼女は曾ての師に断言する!
「せんせい、わたしはもう南阿の”純白の連なる刃”じゃない!臨海の……鈴原 最嘉の……」
髪といい瞳といい肌の色から鎧の色まで白金……
蕩ける様なプラチナブロンドと輝く銀河を再現したような白金の瞳が美しい美少女、久井瀬 雪白。
その希有な容姿と感情薄いことから、嘗ては人形だと揶揄された”輝く純白の騎士姫”が生まれて初めて自分で選択したのは……”それ”なのだ!
あの時……
謎の包帯男、幾万 目貫なる怪人に面白半分に揶揄され提案された名。
それでも……
――”他人の作ったルールで勝手に不自由気取って死んでんじゃねぇ!”
白金の騎士姫、彼女が最も大切にする男性の言葉。
鈴原 最嘉と出会わなければ彼女は人形のままだった。
――さいか……
――あの男性と過ごせなければ、わたしは人形のまま
――生きる”まねごと”をして人形のまま壊れていくだけだった……
だからこそ!
――だから、わたしは……
――ただの雪白は、それを忘れないために名前はこれで良い!
それは雪白の人生で彼女自身が初めて選んだ大切な大切な”自分”
”久井瀬 雪白”……
それは彼女にとって一番大切な男性、鈴原 最嘉と並んで生きるための新しい生命そのものだった。
「貴様の呼称などどうでも良い。詮無き事柄だ。それよりも貴様は、この林崎 左膳が見い出し“至高の剣”なれば、其れを成す“刀”を備えるだけ、只々そう言う道理ぞ。その無我に汚色を垂らすなど以ての外、愚の骨頂」
「っ!」
――汚色!!
武芸者、林崎 左膳による、彼女の生命を汚す言葉で雪白の双瞳に殺気が宿る!
だが――
「其所っ!」
バシ!
「っ!」
咄嗟に手にした刀を振るおうとした雪白の右手を、左膳が手にした刀……
納刀したままであった”川蝉”なる刀の鞘尻で抑えられる!
「くっ……」
雪白の美しい眉が顰み、剣を持つ右手は元在った位置からピクリとも動かない。
「先に我が太刀如きに後れをとったのがその証拠!非を認めるのだ」
――先に我が太刀如きに後れを……
つまりは先ほど割り込みによる一撃の負傷……
林崎 左膳が抑えた雪白の手の甲にまで先ほどの傷から赤い血が伝い、白い肌を滴っていた。
「…………」
険しい表情のままそのまま、嘗ての師を睨む雪白だが――
現に木場 武春との一騎打ちに割り込んだ林崎 左膳の一刀は彼女の二の腕を掠り、利き腕は負傷していた。
「童の如く聞き分けが無い様なら、力尽くで連れ帰るが……」
カチャリ……
鬼気迫る刀気を纏って林崎 左膳は、彼女の利き腕を押さえた刀の鞘から川蝉を抜き放……
「待て待てまてぇぇーーいっ!」
睨み合っている師弟……
しかし敢えて、その氷の殺気が渦中に躍り込む人馬があった。
「我が一騎打ちを邪魔するとはどういう了見だ?謎の武芸者よっ!」
言わずもがな……
それは、槍を手に馬に跨がった偉丈夫、木場 武春だ!
「貴公が何処の誰かは知らんが、ここは引いてもら……っ!?」
師弟の間に勢いよく割って入る馬上の武春に向け、地上から武芸者の感情の無い眼光が向けられていたが――
「…………匹夫が」
キン!
武春の言葉途中にも鍔鳴る甲高い金属音っ!
それは”剣聖”と呼ばれし程の武芸者、林崎 左膳が居合いの一刀だった!
「おっ!?」
棒立ちに見えた武芸者の、体幹に一切のブレ無く放たれる超速の薙ぎ払い。
それは嘗て――
”南阿三傑”と称えられた”武”の織浦 一刀斎に次ぐ実力の剣士、
南阿でも指折りの剣術使い吉良 貞泰にして……
――”刀身は疎か抜刀の気配さえ捉えられなかった”
と言わしめた必殺の剣技だ。
――――が!?
ガシィィン!!
地上から馬上に在る自分の首を刈りに来た、視認出来ぬ程の高速な刃を、
木場 武春は右手の豪槍にて撃ち落とし、そしてそのまま槍の穂先を逆に物騒な面魂の武芸者が首元へ突きつけていた!
「…………」
「…………」
そのまま高低差のある位置で鋭い眼光を交わす二人の武人。
「……………………見えぬ……はずだが?」
暫し睨み合った後に、
ダラリと右下に抜刀した刃を下げた”武芸者”林崎 左膳が感情薄い表情のまま問うた。
「だな、殆ど見えぬぞ?……だが、戦場では予想外の力が宿ることもあるっ!」
受ける馬上の”武将”木場 武春は、大きな口をニッカと開き自信たっぷりに答える。
「予想外の力だと?」
林崎 左膳は今回、初めて僅かに表情を見せ、
「………?」
そして同じく、その光景を間近で観察していた白金の騎士姫も不思議そうな瞳になる。
――修練を極めて得し剣技に応戦するだけの事象……
其処に多少なりともの興味が生まれたのだ。
「応さっ!!」
ヒュバッ、ヒュバッ――
ニカッと太陽の笑顔で手にした豪槍を一振り!二振り!
――ブゥォォォン!
派手にグルグルと振り回してからピタリと脇に挟んで停止、颯爽と構える英傑!
「そ・れ・は・なぁ!それは……”勘”だぁぁっ!!」
「…………」
「…………」
神速の絶技を修める事のみ、死生を代償にしてまで血の修練で研磨してきた二人の剣士を前にして――
旺帝最強の武将、
志那野の”咲き誇る武神”……
木場 武春は大いに自信たっぷりに戯れ言にしか思えない理由を言い放ったのだった。
第十四話「徒花不実」前編 END
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