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下天の幻器(うつわ)編
第三十七話「覇者の特権?」
しおりを挟む第三十七話「覇者の特権?」
ここ、岐羽嶌領北部、三埜の”香華山城”改め臨海の”烏峰城”。
百花の魁、香る梅が遠ざかり、魅せる桜が色付く頃……
新たなる拠点たる我が烏峰城の様子は――
「浦橋 琴璃じゃ。久しいのぅ、鈴原 最嘉殿」
後列に数名の従者、その更に後列に金銀財宝の山……
改装最中の我が居城の主座に腰掛けた俺と対面しているのは年端もいかない少女で、彼女は従者共々、床に直接正座をして俺を不敵な笑みで見上げていた。
「あーえー……そうだな」
正座し、床に額をピタリと貼り付けて震える従者達とは違い、独り胸を張る如何にも生意気そうな少女は……
少々気性に難が有りそうであるが、大きなリボンで結ばれたゆったりとした長い黒髪と自信に輝くどんぐり眼という、中々将来有望そうな容姿をしていた。
「最嘉さま、琴璃姫です、”十ヶ郷”の……」
供回りの者達とは真逆の態度で俺に馴れ馴れしく話しかけてくる少女の正体をいまいち思い出せずにいた俺に対し、側に控えた鈴原 真琴がそっと助け船を出してくる。
――十ヶ郷!ああ、我が臨海のご近所、小国群のひとつ”十ヶ郷”か!
俺はそれでようやっと合点がいき、大きく頷いてから応えた。
「おお、琴ちゃんか!?久しぶりだなぁ、今日はどうした?お年玉にはちょっと遅いぞ」
俺の軽々しい冗談に、真琴は呆れた目で俺を見て、生意気そうな少女の白い顔は一気に朱に染まる!
「お、お年玉とはなにごとかっ!妾はもう十二じゃっ!!立派な淑女であるぞっ!!」
――おお……しまった、つい昔のクセで……
そう、俺は近隣領主の娘で、六つ年下のこの少女を昔はこうしてよくからかったのだ。
”十ヶ郷”を治める浦橋家の息女。
同じ小国群領主の血を引く立場を共有する者であり、そして鈴原の遠縁である彼女、浦橋 琴璃。
ちびっこいくせに何かと絡んでくるこの生意気少女がこうしてプンスカ怒るのが妙に滑稽で、それでいて愛らしく、殺伐とした戦国の世で生きる俺にとって一時期は一服の清涼剤であった記憶がある。
「う……まぁ良い、本日、妾がこうして伺候致したのは、我が父、浦橋 森繁の命により、鈴原 最嘉殿の臨海に我が”十ヶ郷”が降る従属の証として、これらの財と共にこの……こ、この身を……けん……献上……」
そこまで台詞を並べて、急に赤い顔でしどろもどろになる少女。
――ああ、やっぱそう言う事か……
面会直後は自信満々で、その後は怒って、今は耳まで赤らめた、少々おしゃまな乙女に俺は予想通りだと溜息を吐いた。
「ええと、力説中にすまないがなぁ」
「じゃから、この身を……身を……え?」
「だから、”そういうの”間に合ってますのでお引き取り下さい」
「…………え?ええっ!!」
勇気を振り絞った感の台詞を途中で遮られ、口をパクパクさせる少女に俺は更に続けた。
「琴璃……”今日は"お前で四人目なんだよ」
「…………は?」
そして未だ意味を解さぬ異国の少女から俺は隣に直立で控えるショートカットの美少女に目配せした。
「はい、本日来訪された新たな従属国の要人は御三方……”南郷領”の三守 平兵衛様が息女、鴫姫様。”羽谷田領”の森宮 行永様が息女、安久姫様。後は”井絽川領”の……」
「な!なっ!?」
琴璃が間抜けな顔で絶句するのも良く理解できる。
少し前まで同等であったはずの小国、我が臨海の快進撃の前に今の今まで様子見だった“暁”中央の近隣独立小国群。
それは或いは”天都原”への遠慮から、或いは”旺帝”への警戒から……
だがここに来ての我が国の”赤目”征服、旺帝領”那古葉軍”撃破と、その態度を保留にするにはあまりにも目まぐるしく変わる勢力図の中で、日限の”圧殺王”こと熊谷 住吉の臨海への臣従とその意を受けての各地の制圧は、我先にと俺へのご機嫌取りに走るには十分すぎる理由であった。
――たく、ここぞとばかりに力攻め一辺倒でガンガン暴れ回る熊男のせいでこっちは……
要らぬしがらみを押しつけられる煩わしさと、
次々と舞い込む妾志望の姫達による、側近たる真琴の俺への無言の圧力と……
――バカ熊男め!今度会ったら、あの雑な顔面を更に雑にヘコましてやるからなぁっ!
と、殴ったら此方の拳がヘコみそうな強面を思い出しながらも、熊谷 住吉の予想以上の活躍に俺は意外な心理的苦戦を強いられていた。
「……てな訳でな、浦橋 琴璃殿、”十ヶ郷”領主、浦橋 森繁殿の誠意は確かに受け取った。頂いた”財”は今後の天下太平の為にありがたく使わせて頂くが、最早我が傘下として同じ理想を掲げる貴国の女性を人質紛いに扱うわけにはいかないので、早々にお帰り頂いて結構だ」
「うっ!?……うぅ」
浦橋 琴璃は俺の返答に涙目で睨んでいた。
「宮郷のっ!」
「……」
「そう、宮郷領主の姫!あの弓姫!宮郷 弥代殿は快く迎え入れたと聞くぞっ!!」
――で、やはりそうきたか……
結局、この俺へのご機嫌取り合戦に各国首脳の、”女”を使うのが一番という間違った噂からの手法は……
――あの”常時気怠げ女”が元凶なのだっ!!
「アレはな、快くと言うか、なんというか……」
「なんというか!?なんじゃ!?」
――くっ……当事者の琴璃ばかりか、側で控える真琴の視線も痛い!
「”宮郷”の行く末のため、苦肉のというか……」
「領国の行く末を案じるは、妾も同じぞっ!!」
――ぐぅ!抑も俺が独身なのも原因ではあるんだよなぁっ!
何年か前に俺の求婚をとっても素敵な笑顔で躱した暗黒姫のご尊顔が腹立たしくも脳裏に蘇る。
「いや、だいたい……琴璃は子供……」
「っ!!」
葛藤から”つい”苦し紛れに出た言葉に、何故か人質を猛烈志願する異国の姫が”どんぐり眼”にチリリッ!と怒りの炎が灯った。
――ま、まずいっ!!
どうやら俺は要らぬ地雷を踏んだようだ。
「ああっ!!あれだ!!あれ!あれ!!子供と言えば、客将として迎えた南阿の英雄が一粒種っ!!そうそう!!奴はどうしてる?なぁ、真琴?どうだったっけ?」
俺は強引に……
強引すぎるハンドル捌きで方向転換を図った!
「え、ええと、伊馬狩 猪親殿は……今の時間は確か、最嘉さまが呼び寄せたばかりの宗三 壱に師事し稽古中だと思いますが……」
――そうそう、陽子のせいで見直しを余儀なくされた今後の方針を……
それを決めるために赤目から一時的に呼びつけた壱に、空いた時間で猪親の面倒を見させていたのは他でもない俺の命令だった!
「おうっ!それだ!!猪親!伊馬狩 猪親くんっ!!」
――どれだよ……
俺は自分で言っていて、思わず心中でツッコんでしまう。
「す、鈴原 最嘉殿?その猪親なる御仁よりも妾の話は……」
「最嘉さま?」
強引すぎる俺の態度にポカンとする異国の姫と側近を尻目に、俺はドサクサで立ち上がる。
「てなわけで、俺は将来有望な若者、猪親くんの成長を見守る重大な責任が有る故にこの場は失礼する!」
”じゃぁね!”と手を上げる俺。
「なっ!?ちょっ!!鈴原 さい……お兄いちゃ!?じゃなくて!!ちょっと待つのじゃ!!」
「ばっははーーい!」
そして俺は有象無象には目もくれず、古の別離の言葉を発してその場を後にする。
「あ!!さ、最嘉さま!?」
こうして慌てて俺の後を追う真琴を引き連れ、俺は見事に?その場を脱出したのだった。
第三十七話「覇者の特権?」END
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