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下天の幻器(うつわ)編
第四十九話「因縁生起(フェイト)」中編
しおりを挟む第四十九話「因縁生起」中編
前髪を横に流した肩までのミディアムヘア、如何にも清潔で生真面目な印象を前面に出してはいる少女……七峰亡命組で参謀的役割を務める東外 真理奈だ。
「そのことですが……少々問題が」
真理奈は少しばかり慌てた様子で息を切っていた。
「別件の対応で遅れて申し訳ありません、それでその……」
――なるほど。ざっと見、肉体派ばかりに偏った六神道の面々で参謀である彼女がこの場に居なかったのはその別件とやらが理由か
俺は納得し、彼女の言葉の続きを待った。
「新政・天都原の……使者で在り、軍事顧問として来られていた九波 九久里殿からの要望で……その……」
――九波 九久里?
俺はその名と東外 真理奈の慌てようで大体、察しがついた。
”九波 九久里”という名前の構造から陽子の”王族特別親衛隊”であろう。
そしてこのタイミングで介入してきたとなると……
「戦国世界側での我ら臨海軍は速やかに出て行けと?」
最後まで聞かずとも解るという俺の言葉に、東外 真理奈は気まずそうに頷いた。
――確かに長州門の援軍にも、覇王姫ことペリカ・ルシアノ=ニトゥ救出にも失敗した臨海軍は既にこの地に留まる理由も無い
それどころか新政・天都原領土内からの撤退も早々に促されるだろう。
元を正せばこの一連の騒動の発端は、陽子にとって最大の敵とも言える天都原の藤桐 光友を牽制する為に俺達”臨海”を抑え役として利用しようとしたのが始まりだ。
”暁”西部で三大国が微妙な緊張で釣り合っているからこそ、俺の臨海や陽子の新政・天都原が未だ存在できていると、”七峰”と”長州門”どちらか一方でも滅ぶのは良くないと考えた上での策略。
――だがしかし……
結果、”七峰”は京極 陽子の新政・天都原傘下として残り、”長州門”は藤桐 光友の天都原により実質的に滅亡した。
半分は事は成り、半分は潰えた。
京極 陽子と藤桐 光友の思惑の半分ずつが成ったという事実。
――痛み分けというか、結局、俺の一人負けというか……
そんな状況の中で陽子としては自国領内に臨海軍を招き入れているメリットはもう微塵も無い訳で我が臨海が居座る正当性も無い。
我が臨海軍の旺帝攻めは一旦中止になり、陽子はその間にその旺帝攻めを慣行し領土を安堵、そして……
――略、旺帝を潰した!
「…………」
――陽子め……流石だよ
彼女の周到な策による結末に俺は唸るしかない。
俺の嫌がらせ的思考を逆手に取った愛しの暗黒の美姫の華麗なる返礼。
あの時、ほんの僅かに眉を顰めてから微笑した美姫を俺は思い返していた。
「……わかった」
「い、良いんですかっ!?」
アッサリ引き下がる俺に、寧ろ七峰陣営の方が慌てていた。
それもそうだろう、利用されるだけされて放り出されるわけだから。
――しかし
俺は表向き何食わぬ顔で続ける。
「それより、週明けにはまた戦国世界だ。それまでにお前達も万全の準備をしておけよ」
鈴原 最嘉が京極 陽子に利用されるのは今日に始まった話ではない!
いや、ちっとも自慢にもならないけど……
けどだっ!
それだけに俺は動じない!
今回はこれで済ますつもりもない!
――そう、答え合わせは未だ済んでいないのだ!!
「それは……わ、解りました。それで陛下はこれから?」
若干戸惑っている七峰陣営を代表して東外 真理奈が聞いてくる。
――これから?
――取りあえず……俺は近代国家世界でやることがある
「ああ、まだ残ってる雑務があってな」
そう、雑務だ。
「……ふっ」
俺には”キッチリ”と代価を支払わす相手が居るのだ!
「そ、そうですか……」
俺の意味在りげな笑みが気味悪かったのか、真理奈は若干引き気味に会話を終了させる。
――やれやれ、表面に負の感情が漏れる辺り、俺もまだまだだなぁ
「じゃあ、俺とアルトォーヌはこれにて……」
そして、自身の未熟さを自嘲しながらも俺はこの場を後にしようとするが、
――!?
直後に右足に激痛が走った!!
「くっ!」
俺はたまらず片膝を床に着く。
「臨海王っ!」
「へ、陛下!?」
異変に驚く七峰の面々。
「さ、最嘉様っ!」
古傷を抱えて跪いた俺に、慌てて寄り添うアルトォーヌ。
……Zu……ZuZo……ZoZoooooo……
――な、なんだ!?この感覚!!
だが俺は首筋に感じる悪寒とも言うべき感覚に自分どころで無くて、その強烈な悪寒の元凶だろう気配を意識的に追っていた!
尋常ならざる殺気が二つ……
一つは入り口付近を塞ぐように。
一つは……
――しまっ!
その殺気が目的を察し、俺は止めようと足に力を入れるが激痛に折れた俺の右足は直ぐには従わないっ!
ブワッ!!
――視界を過る紅い影!
それは”宗主の間”最奥へと座する少女へと襲いかかる!!
――くそっ!間に合わないっ!!
俺の右足……陽子と顔無し怪人に遭遇した時に負った呪い。
それが急激に疼き!そしてその元凶らしき敵の狙いは序列五位の巫女姫。
ならば予測出来る敵は……
――くっ!油断だ!!
近代国家世界で顔無し怪人、”幾万 目貫”が活動していないと何故言えるっ!!
思い込み故に俺は取り返しの付かない失態を……
――――ガシィィィィィィィィィィッ!
「!?」
だがその俺の失態を!
誰もが虚を突かれた状況の強烈無比な敵の一撃を!
「ちっ!重いな」
いつの間にか強引に間へ割り込んだ”無愛想男”が、顔面の前に交差させた腕の肘部分でしっかりと受け止めていた!
――お、折山 朔太郎!?
「それに大概、痛ぇなぁ……普通死ぬぞ?これ」
ズッ!
――バシュ!
そしてその強烈な拳の一撃を素手で受け止めた男は、その威力を両肘で下方へと受け流し、そして無防備になった敵へと蹴りを放つ!
「……」
ヒュッ
――――トン
鋭い蹴り!
折山 朔太郎が放った蹴りはとんでもなく速かったが、それを難なく躱した相手はそのまま後方、数メートルの地に軽やかに降りた。
――やはり俺の直感通り、この折山 朔太郎はヤバいくらいに出来る男だ
俺はその一部始終を見て改めて確信したが……
現在はそれよりもこの……
最中も続く激痛に無様に跪いたままに、着地した敵と入り口付近で動かず此方を牽制する敵に視線をやっていた。
飛び退いた方、一つの影の正体は……
「ぺ、ペリカ!?」
俺に寄り添おうとしていた白き才女が驚きのあまり固まっていた。
情熱的な紅い衣装と黒鉄の肩当に連結された巨大な籠手。
深紅の髪を燃えさかる炎の如きに靡かせ、鮮烈な”赤”と荘厳なる”黒”を纏いし抜きん出た美貌の紅蓮き焔の闘姫神……
「……」
竹馬の友たるアルトォーヌにも反応せず無言で拳を構える美女は、
この圧倒的な威圧感は……
長州門が覇王姫、紅蓮の焔姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥに間違いない!
――そして、もうひとつの影は……
入り口付近にて微動だにせず此方を縛る白金の瞳は……
「ゆき……しろ」
白磁のようなきめ細かい白い肌、それを少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。
腰までありそうな輝くプラチナブロンドをひとつの三つ編みにまとめて肩から垂らし、白金の軽装鎧を身に纏いし美しき騎士姫。
彼女の輝く銀河を再現したような白金の瞳は……
露聊かも移ろう事無き”幾万の星の双瞳”だった。
第四十九話「因縁生起」中編 END
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