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奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第九話「陽炎の夢」中編
しおりを挟む第九話「陽炎の夢」中編
嘘笑顔のまま、腰に装備した刀にそっと利き腕の指先を添える……俺。
女の纏う闘気が、俺の動物的本能がそうさせたといえる。
「……………………そう」
俺の動きを見て取った女はポツリと呟いた直後!
――おっ!?
膝をぐにゃりと地面にへたり込むように潰すと、
そのまま――
ゆらり……
「っ!」
既に俺の刀の間合いを飛び越えて右側面に張り付くように出現した!
ガシッ!
そして”この俺”がっ!
なにも出来ずに抜刀前の右腕を捕らえられる!
――あの一瞬で跳んだっ……のかっ!?
当時の俺にして未経験の衝撃!
だがその速度そのものよりは……その動きだっ!!
「ちっ、関節か!」
膝のバネのみで人体を鳳仙花の種が如く予測不能に弾け跳ばせ、見たこともない足使いでまんまと死角に切り込む超変則的な動きは……
――人間に捉えられる動きなのかよっ!?
ススゥ……
間髪置くこと無く”ぬるり”と蛇のように俺の右腕に絡みつく女の華奢な両腕は……
俺の反応速度を以てしても回避出来ないっ!
――だったら!
捕られた右腕での抜刀を瞬時に諦めた俺は、即座に腕を引き抜くよう動……
「なっ!?」
俺の次手を察した女は、絡みついた腕ごと自身の芯を手放して地に沈んでいた!
「くっ!」
ミシミシと嫌な音を軋ませながら下に引っ張られる俺の右腕。
大蛇に泥沼へと引きずり込まれるような感覚だ!
――トンッ
そして、その対処に俺が動く前に、今度は沈んでいた自重を巧みに方向転換!
女はまた膝で跳ね上がり、その力を今度は水平に転換させる。
ギッ!ギリリリッ!
敵の思うままに伸びる関節!
「ぐっ……かぁ!」
肘を完全に極められたまま俺は!
腕に全身を使って絡みついた蛇女の重みでそのまま地面に倒れ込……
「んで、たまるかっ!!」
強引に”ぐるり”と一回転!
「!?」
その力に逆らうのは止め、重みの方向へと女ごと回転……
ドサッ!ゴロゴロ……
かなり無様ながらも”でんぐり返し”をしたのだった!
強引すぎる勢いのまま、腕を無理矢理振りほどいた俺。
「痛ぅ!」
少々利き腕の筋を痛めながらも、背中に土埃を塗りたくって体勢を持ち直し改めて腰の刀を抜刀する。
「……ちっ」
だがその時にはもう女は――
「……」
刀の射程距離から離れた位置で手刀を構えて万全だった。
――なんて奇妙な動き……それに反する制圧力だよ!
正直、俺は敵の逸脱した技量に舌を巻くしかなかった。
「……」
「……」
なんとか抜刀することは出来た。
利き腕をおシャカにされるのだけは避けられたわけだが……
関節は少々痛めつけられてしまった。
とはいえ――
ダッ!
刀身の射程という優位を確保した俺は、間髪置かず仕切り直しでそのまま一気に間合いを潰す!
ここまで予測不能で奇妙!尚且つ完全に理に適った動きを両立させた驚異の武技を向こうに回し、様子見など命取りだ!!
ヒュオッ――――バシッ!!
「なっ!?」
だが今度は鋭く振り下ろされた鋼の切っ先を女は開掌の縁……
つまり、柔い肉の手刀による掌外沿にて一息に打ち落とす!
ヒュ――ヒュン
近接距離戦を経て今度は中間距離戦の戦場へ――
ヒュ――ヒュン――ヒュヒュ――
身体の前面にて、風を切って幾度も円を描く女の両腕は……
バシッ!バシッ!バシ!
次から次へと繰り出す俺の斬撃を、両腕で描いた虚空の”弧”で打ち落とす手刀の絶技だった!
――あ、有り得るのかっ!?
素手に対する刀という利点はなにも射程と破壊力だけじゃ無い。
遠心力と慣性を用いた圧倒的速度の差こそが決定的な差のはずだ!
それに寸分も遅れること無く尽く打ち落とすなんて神業が……
柔い手で、骨肉を打ち砕く鋼の衝撃を完全に封殺していく恐るべき女。
「ちっ!」
――俺の斬撃はそんなに軽く遅いのかよっ!
無様に打ち落とされる度、俺は自尊心を著しく傷つけられていた。
ヒュ――ヒュン――ヒュヒュ――
バシッ!バシッ!バシ!
弧を……円を結んで廻る両腕の前空間は――
ヒュ――ヒュン――ヒュヒュ――
まるで実態無き鉄壁の盾が存在するよう。
バシッ!バシッ!バシ!
――これは……噂に聞く秘技……か?
その有り様は、あらゆる害意を霧散させるという神話の”鉄壁なる雌山羊の盾”
ダッ!
俺は一旦、刃を引いて後方へと一歩ほど退いていた。
「はぁ……はぁ」
「……」
攻撃し続けた俺が息も切れ切れなのに対し、受け続けた女は呼吸さえ忘れた様な澄まし顔だ。
――ちょいとバケモノぶりが過ぎるだろ……お姉さん
「はぁ……はぁ」
――にしても、これは……
――やはりこの女の素性は……
「はぁはぁ……攻撃が一切通じない……はぁ……なんて……ね」
俺は予測を遙かに越える手練れとの遭遇に……
この窮地に――
「……?」
その時、終始冷静な表情だった女の顔には少しだけ戸惑いが浮かんでいた。
――それは……
「はぁはぁ……けど……見つけた」
俺が完全なるその窮地に於いて――
「よく、俺の前に……はぁはぁ……立ちはだかってくれた」
汗に塗れながらも、口端を上げて笑っていたから。
――そう
――俺は見つけた……こんな所で……
――こんな窮地になるほどの相手を……神業を……
「俺は……なんて……ラッキーなんだ」
「……」
流石にその気味悪さに、鉄面皮だった女も訝しげな表情を隠せない。
「はぁはぁ……まったく……はぁ……常識外れだが……これこそ人術の極み……はぁはぁ、ひとつの武の終着点か……はぁ……独学だけでは辿り着けない、俺が欲していた最後の一欠片……だ」
俺は次第に息を整えつつ、そして――
ザシッ!
手にしていた刀を地面に勢いよく突き立てたのだった。
「……………………なにを?」
――そうだろうな
帯刀していても勝ち目が薄そうだった相手が、それさえ手放す愚行だ。
「俺にとっては得物を手にして戦っても意味が無い。同条件で仕合ってこそ意味がある」
古今東西の戦術、武術と、人一倍”文武”に励んできた俺だが……
十二歳にしてある種の壁に直面していた。
今までも何度もぶつかり越えてきた技術、才能の壁。
しかし今回ばかりは独学で越えるのが難しそうだと……
「この間の”熊ゴリラ”との闘いも結構危ない内容だったし……ねぇ?」
「……」
俺は自身しか解らないだろう呟きを零しながら、反応に困っているだろう相手に対して無手にて構え直す。
「………………負けた時の……言い訳?」
そう解釈されても仕方がない。
表情を変えぬまま問われた言葉に、俺は苦笑いしながら応えた。
「負けたら多分……死体だろ?いまさら言い訳もクソも無いと思うけど?」
あのゾッとする関節技で首あたりをポッキリか、鋭い手刀で心臓を一撃か……
どちらにしても、この女から発せられる殺気を鑑みれば……
――俺の生死云々は賭けの対象にはならないだろう
「子供を殺すのは好きで無い……けれど、貴方の様な化物は集落の皆にとって害悪だ」
――好きじゃない……
――でも殺れるのは殺れるってか?良い性格してるよ
蛇に睨まれた蛙とはこんな心境なのかと?
生まれて初めて緑色の両生類に共感を覚えながらも俺は、対峙してからずっと途切れぬ悪寒を背負ったまま、拳を前方へと突き出して言い放っていた。
「ちょっと悪いけど、俺が長年探求する”武極”の検証に付き合ってもらうよ、お姉さん」
――
―
俺がこんな無茶を選択したのは、どうしても見たい”モノ”があったからだ。
もう一度、じっくりと……
それこそが壁を乗り越えるヒント。
ヒュ――ヒュン――ヒュヒュ――
大気を巻き込みしなやかに踊る両腕が、女の前方で旋回するのを眺めながら、
ヒュ―ヒュン――ヒュ――
俺は一気に間合いを詰め!拳、貫き手、蹴り、或いは、その腕を取っての関節……
と、怒濤の如く修めた技の限りを繰り出すが――
バシッ!バシッ!バシ!
弧を……円を描いて廻る両腕の、女の前方空間は、先ほどと同様に実態無き鉄壁の盾が存在するが如くにその全てを撃墜する!
――確か、神話の”鉄壁なる雌山羊の盾”!!
高名な古武術の奥義だったか……
改めて途轍も無い代物だ!
感嘆しつつも俺は続けて打撃を放つ、放つ、放つ!
放つ、放つ、放つ!
より正確に、より緻密に、
放つ、放つ、放つ!
時に、緻密に変化を加え、時に、雑にズラして、
角度を変え、手法を変え、空間を掻き回し続ける鉄壁の!僅かな綻びを見極めようと……極微少な隙に楔を打ち込むのを狙って!
ヒュ――ヒュン――ヒュヒュ――
バシッ!バシッ!バシ!
――なん……だ??
ヒュ――ヒュン――ヒュヒュ――
バシッ!バシッ!バシ!
女の旋回する腕は、俺の全身全霊を注いだ猛攻に押されるどころか、いやそれどころか……
――打点が……奇妙!?これは?
そう、なんだか……
途中から粘土を打っている様な感触。
ヒュ――ヒュン――ヒュヒュ――
尚も異様な気配を纏い……纏い……ぐるぐると……
あくまでも俺の予測だが、それは変質している!?
――そう、これは……あの腕は……
次第に、俺のあらゆる打突を受け流す存在では無くなって……
――まだ……
――この奥義には、潜在する能力が……まだ奥行きが在るのかっ!?
――――――――ゾクリ!!
「!」
驚異に引き攣った口元のまま、俺は本能だけで即座に後方へと跳び退いていた。
――――――――――
――――――ズドォォーーーーン!!
跳び退く隙を得る前に!信じられなく強烈で苛烈な一撃が!!
「がっ、がはっ!」
俺の両腕を……
ガードした腕ごと体を、木っ葉の如く吹き飛ばしていた!
フワッ――――
――――ドサリ!
否!!
落雷の如き破裂音の割には”ふわり”と身長の半分ほど浮いた俺の体は、後方では無く直下に落ちる。
「ぐっ!……ま……マジか……よ」
”なに”が信じられないというのか?
それはこの一撃が常識ではあり得ない重さであったこと。
女の両腕は最初と違い、途中から俺の攻撃を受け流すのではなく、明らかに衝撃を吸収してそれを増幅させていた。
――増幅!?そんな事が出来るのか?
と、問われてもそれが現実だ!
力の奔流を取り込み、大気ごと練り上げる様に旋回する前空間で増幅させながら力場を生成していた。
前方に幾重にも弧を描き、外圧を取り込み続け、それをさらに捏ね繰り回して、より増幅させるという……
妖術と見紛う奇妙奇天烈、破天荒な技術!!
そして機を見計らって超弩級、破壊の一撃だ。
「う……くぅぅ」
即座に立ち上がれず、俺は蹲っている。
言うまでも無く、敵前でこれは自殺行為だ。
「……」
だが女は、それを見逃して俺を見ていた。
武器の在る無しでなく、全ての防御に用いられる基本の一つである”捌き”は……
柳の如き柔らかさにて衝撃を吸収し、風のように力を流す……
”柳風”という一端の武人ならば修めているだろう技から始まって、
形無き水の如しに衝撃を吸収し、流れる清流の如きに力を逸らす……
極限の鍛錬を経た達人の”流水”へと進化する!
それは防御に於いて才能の辿り着く終着地だと、武を志す者の間で目されていた。
実際は……
その終着地よりも、まだ遙か先の到達点ともいえる業は存在するのだが……
まぁ、今回はそれは良しとして――
当時の鈴原 最嘉はこの”流水”を完璧に習得したと自負していた。
「ぐぅ……」
――それを駆使しても……この無様な有様
俺の両腕は折れて……は、無いかもだが両肩は完全に脱臼ただろう。
強力な衝撃を受けても吹っ飛ばずに真下に落ちたのは……
女の放った”掌底”の衝撃が、極限られた小さい面積で放出された証である。
「驚いた……死んでない」
生殺与奪の権利を見送っていた女は呟く。
――おい……
「腕も生えている……」
――お姉さん?なんて無茶な技を人体相手に……
「くっ……そんな物騒な”ぐるぐる大砲”を人様に向けたら駄目だろう?……痛てて……ちゃんと注意書き読まずに花火しちゃう口だな、お姉さん……よっと!」
俺はなんとかかんとか、軽口を吐きながらも両手をだらりと下げたまま足だけで立ち上がる。
「ぐるぐる大砲?”野分”のこと?」
――野分?
――ああ、なるほど
俺は納得した。
野分とは確か台風の別称である。
ぐるぐると渦を巻き、時間と共に発達して強力に成り上がる災害……言い得て妙だな。
「その”野分”ってのも、東外の技なのか?」
――実は……
俺は女の体術の出所は疾うの昔に識っていた。
「東外の……そう……東外のものではあるかもしれない」
俺にしてみれば、やられっぱなしはちょい悔しいので少し牽制したつもりの暴露だったが、面白くない事に女は特にそれには反応しなかった。
と、いうか……
――は?かもしれない?
俺が流派を指摘したこと自体は無視なのに、その後の受け答えがヘンテコすぎる。
「お姉さん、東外の門下生じゃないのか?なワケ無いよな?どのくらいの段位なんだ?」
そんなはずは無いはずだと、確かに俺の事前調査では……
と、改めて東外ではどのくらいの腕前かとしつこく追求してみる。
まぁ実際お手合わせしてみて嫌と言うほど感じたが、正直このレベルだと師範級でさえもないだろう、もっと上の……
「段位は……もう私には意味は無い。けれど”野分”は確か印可の技にはなって……いた?」
――おいおい、よりにもよって”印可”とはまた大層な……
「てか、さっきから何故に最後は疑問形なんだよ?」
第九話「陽炎の夢」中編 END
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