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第五話「見合う報酬」前編(改訂版)
しおりを挟む第五話「見合う報酬」前編
流石に静まりかえる玉座の間。
そして俺に向けられる敵意……
いや殺気といってもよい竜戦士達の眼光。
――それもそうだろう
真贋定かで無い”勇者殺し”が、厚かましくも請求したのは……
文字通りこの竜の王国絶対支配者たる閻竜王の第一王女。
蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカの”純潔”なのだから。
「う……うぅ……」
――?
基本、可愛らしい声色ながらも、唸るように漏れる声。
俺の耳に入ってきたその声はの主は……
――うわっ!!
「この……この……」
そこには、色白の肌を真っ赤に染めて震える少女の姿があった。
――これは不味いよ……な、さすがに……
明らかに怒りを爆発させる寸前の表情。
「……あの、マリアベルさん?」
「こ……」
その時、華奢な肩を小刻みに震わせた蒼き竜の美姫の瞳は俺を捉えて、ギラリと憤怒に閃いた!
「このっ!痴れ者ぉぉーーっ!!」
美姫は勢いよく両手の肘を伸ばして上方に掲げる!
頭上で白い手の甲同士を鏡合わせた……まるでフィギュアスケート選手やバレリーナの決めポーズの様な格好。
「え……と?」
ピシリッ!
呆気にとられる俺を置いてきぼりに、彼女の指先の更にその二メートルほど上方の大気が渇いた音を立てたかと思うと、そこに亀裂が走った!
――な、なんだ?空間にヒビが……いや、大気に亀裂がっ!?
蒼い髪の少女の頭上では、ミシミシと軋んだ音が鳴り続け、やがて虚空に直径数メートルはあろうかという円盤状に屈折する半透明の歪みが出現する。
「お、おぉぉ……マジ……かよ?空間が凍結して……うそっ!?」
極寒の地で、大気中の水蒸気が凝華する事により出来る細氷……
だがこれは……そんなレベルじゃ無い。
如何に俺の知る科学的物理現象から逸脱した魔法とはいえ、この桁外れの魔力は……
――とか考えてる場合かっ!駄目だ!これはヤバイ!やばい気配ビンビンだぁっ!!
「はっ!」
俺は直ぐに彼女の横から飛び退いてっ――
――って、ええぇぇっーー!?
「あれ?あれ?あぁっーー!!」
俺の意思とは真逆に足元はピクリとも動かない!
いや、動けないっ!
何故なら俺の足元は……
足首から下は……
既に凍り付いていたから。
「くぅぅっ!”氷の足枷”かっ!?」
いや、違う……違うだろう。
これは動作阻害系魔法のひとつである”氷の足枷”では無い!
それならば俺も事前に察知できたはずだ。
多分これは……これから発動される強大な魔法のただの副産物。
「踊れ……踊れ……白き花の精霊達よ……」
蒼い竜の美姫は既にトランス状態、要は呪文詠唱の真っ只中で……
「マジでっ!?いやちょっと待ってって!アレは言葉の綾……じゃないか!誤り!そう綾じゃなくって誤りですっ!!ていうか、ちょ、ちょっと……マリアベルさん?アラベスカさん!?話し合いを!あ、誤りを謝りますからぁーーっ!!」
足元が氷漬けになった俺は、それはそれはみっともなくも言い逃れを試みるが……
全く以て少女には、蒼き竜の美少女が可愛らしい耳には届いていなかった。
「静寂の導き手となる氷雪の乙女よ、汝の盟約者として……」
「おい、ちょっとこれシャレになってなくないっ!?」
――この魔法……俺は識らない
オンラインゲーム”闇の魔王達”には無かった魔法だ。
少なくとも俺が最速攻略したVersion6までには無かった呪文だ。
そして、恐らく彼女が今、詠唱中の未知の魔法は……
信じ難い膨大な魔力量を鑑みて、魔法レベルにして軽く七十以上の……
――ゴクリ……
そ、それこそ魔王や魔神級の化物が扱う、超弩級の広範囲破壊魔法だろう。
「我が命に応えよ!……”凍てつく静寂なる世界”!!」
ピキィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
「くっ!おぉぅっ!!」
彼女の紡いだ詠唱により、瞬く間にその場の景色がホワイトアウトしてゆき……
「姫様っ!ベルさまっ!それはこの場ではっ!!」
瞬間、煌めく白銀鎧兜で身体全体を覆った槍戦士……
あの三人の竜将軍のうち一人が慌てた声で咄嗟に前に出ていた!
「ちぃっ!!グリンガム、抑えるぞっ!」
シャラン!
背に担いだ、自らの巨躯と比肩する程の黒い大剣を引き抜き、厳めしい隻眼のオッサンが、残った竜将軍に指示を出しながら間合いを計る!
「……ヴィ……デェ……オロゥ……ステン……ヴァ……」
ボロボロの黒マントと黄金の鎧を纏った竜骸骨の術士がそれに応じ、血を連想させる”おどろおどろしく”赤く鈍く光る水晶を先に装飾した二本の短杖を、自身の手前で掛け合わせるようにバッテンを作り、そのまま意味不明の高速詠唱を始めた。
――超高速詠唱と圧縮言語!?……マジかよ!?
「姫様、ご免!”向かい合う内なる凶刃”っ!」
ザシュッーー!
白銀鎧兜の槍戦士が放った光りの槍は、マリアベルの頭上で完成寸前であった円盤状の氷結空間に突き刺さる!
――ピキッ!ピキキッ!
槍が刺さった箇所から、水平に稲妻の如く無数の亀裂が発生する。
「……ディ……オゥル…………”虚無の檻”」
そしてその時には、黄金鎧の竜骸骨が行使していた詠唱がすっかり完成していた。
ドロッ……ドロロ……
亀裂が入った冷気の円盤より上空から、大量の泥の様な、ヘドロの様な……
正体不明の気味悪い黒い粘体がドロリドロリと大量発生して滴り落ちて来る。
ズズズゥゥ……
ビチャ、ズズズ……
――うぉ……キモい……
謎の黒い汚物は、亀裂の入った冷気の円盤を瞬く間に黒くドス黒く浸食してその効力を押さえ込み……
「おぉぉぉうっ!!解呪ぅっ!!」
そして――
最後とばかりに、怒号と共にその円盤に躍りかかる黒い巨躯!
ガキィィィーーン!!
巨大で分厚い大剣を勢いよく振り下ろし、その人物は黒い汚物ごと、冷気の円盤を木っ端微塵に粉砕していた。
「…………」
――なんていうか……圧巻だ
やはり今の三人が……閻竜王の幹部であるのは間違い無いだろう。
「……ふぅ、なんとか間に合ったか」
ガシャッ!
黒い鎧に身を包んだ隻眼のオッサンが、堂々とした動作で大剣を背中に戻して呟いていた。
「姫様、ここは冷静に……この場は……」
白銀鎧兜の槍戦士が手にした槍を背に回して隠し、その場で蒼き竜の美姫に跪く。
「…………そうね、少し感情的になりすぎたわ、ありがとうミラ」
蒼い髪と瞳が美しい美少女はすっかり落ち着いた様子で小さく頷いて、臣下の礼を取る騎士に向けて優しく微笑った。
「…………」
そして一呼吸の後、一転、視線を厳しく光らせて俺に向ける。
「う!……あの……あれだ……俺は」
凍結から解除されたばかりの自身の足を確認していた俺は、慌てて背筋を正す。
「…………」
「あの……つまり……えと……」
先ほど放たれかけた”冷気の壊滅呪文”以上に冷たい彼女の視線……
それに晒される俺は、自業自得ながらも心が凍りついて折れそうだった。
「ハッハッハァァーー!!なるほどなるほど……中々の肝の据わり様だな、”勇者殺し”よ!」
――っ!?
気まずい空気の中、響き渡るのは……
この国の主である閻竜王の豪快な笑い声だ。
――いや、突然で驚いたが、とにかく助かった……ふぅ
と俺が安堵したのも束の間……
「うむ、良いだろう”勇者殺し”よ!ハハハッ、希望通り我が娘を貴様の嫁にやろうではないかっ!」
――は?
閻竜王の言葉に、俺は我が耳を疑って固まっていた。
第五話「見合う報酬」前編 END
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