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第二十二話「疑惑」前編(改訂版)
しおりを挟む第二十二話「疑惑」前編
――ニヴルヘイルダム竜王国領、西部の外れ
「ふぁーー!やっぱ我が家が一番だなぁ……」
定番の台詞を漏らしつつ、俺は肩に担いだ荷物を床に下ろして取りあえずソファーに腰掛けた。
「温泉旅行にでも行ってきたような台詞ね」
俺の前に立つのは、目の覚めるような輝く蒼い髪の美少女。
彼女は俺が発した緊張感が皆無な言葉に対し、相変わらず冷たい瞳で見下ろしてくる。
「そうかぁ?けど、それなりに楽しくもあったからなぁ」
――呪術導士ヒューダイン=デルモッド討伐、あれから数日の後
俺たちは竜王国の要衝、カラドボルグ城塞都市の外れにあるトナミ村付近の我が居城に帰還していた。
「俺的には収穫もあったしなぁ?」
と、態とらしく呟いて、チラリと目前の美少女がご尊顔を確認する。
「…………ま、まぁ……それは、わたしも……その……無くは無いけど……」
美しく輝く蒼石青藍の双瞳をそっと俺から外し、白雪の如き無垢な柔肌を心なしか朱に染めた美少女は”ごにょごにょ”と言葉尻を濁した。
マリアベルが見せたこの反応は、当初の目的である、“斎木 創の刀剣破壊武器を探索する”を果たせたというのとは違う。
目前の美少女……
蒼石青藍の二つの宝石が如き双瞳を所持する閻竜王が娘、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢と少し距離を縮められたという事実。
お互いが協力して困難を乗り越えた事による親密度の向上。
それが俺にとっても、”マリアベル”にとっても一番の収穫と言えたのだろう。
「な、なに?」
あまりにジッと彼女を凝視してしまっていただろう俺に、蒼き竜の美姫は落ち着かない様子で視線を泳がせながら聞いてくる。
「そうだな……マリアベル、お前も休んだらどうだ、疲れたろ?」
俺はそう言って自身が腰掛けた長ソファーの真横をポンポンと軽く叩いて誘い、彼女との更なる親睦を図ろうと目論んだ。
「え……うん」
かなり信頼度がアップした俺に、少女の白い顎が易く縦に動く。
――しめしめ……じゃなくて、よしよし……
ここは一気に信頼度……いや、親密度アップを!!
先ずは色々語らって……
「……」
ふわりと……
輝く蒼き光糸が揺れて、甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。
「……」
語らっ……うよりも、スキンシップを!!
俺の横に腰掛けようと身体を屈めたマリアベルの胸元が……
胸元が……
「……」
――よし、揉もう!
斎木 創は血迷っていた。
――いや、血迷ったってイイじゃん!
――だって婚約者だし!特に問題無いだろ!
誰にいうでも無く、俺は独り心中にて逆ギレ気味に自己弁護するが……
――同意を得てない時点で大問題である!!
――”性犯罪”に婚約者もへったくれも無いのである!!
「……はじめくん?」
俺の心中が葛藤に気づいたのか?蒼き竜のお嬢さんは腰掛けるのを躊躇して俺を見ていた。
「いや……はぁはぁ、オッパ……なんでも……はぁはぁはぁ……にゃい」
――いや、誤魔化すの無理でしょ!なにこの鼻息!?
――てか、”オッパイ”ってほぼ言っちゃってるし!!
葛藤を見抜いた云云じゃなく、ただ目を血走らせた男の存在が少女に身の危険を感じさせただけだった。
「…………」
そして、無言の蒼き竜の美姫、氷雪の乙女が双瞳は正しく氷点下だった。
「えーと、マリアベルちゃん?」
「はじめくん……あなた、馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど……ほんとに頭の中には”色事”しかないの……」
ダダダッダダダッ!
――バタンッ!!
「よっ!四代目ぇぇっ!!大変っ!大変な事がっ!!」
「…………」
――いや、ノックくらいしろよ、犬ちゃん、一応、城主様の部屋だぞ
と、主人たる俺の立場なら、本来、雷の一つも落とす所だが……
今回は”おおいに!”助かったので見過ごそう。
「お、おう……どうした?」
ドア付近に躍り込んできたばかりの無作法な部下に視線を向けて問う。
「よ、四代目様っ!!カラドボルグが!レーヴァテイン伯に捕まってっ!!フレストラント公国が勇者と立て籠もったであります?……お、おぉぉ!!小生は……小生はっ!!」
「…………」
「…………」
――落ち着け犬ちゃん……
俺とマリアベルがくつろぐ部屋へ転がり込んできたのは、兵士の鎧を纏った、全身が体毛に覆われた獣人系の種族。
首から上が犬のような風体の……
三角のつぶらな瞳とつやつやした黒い鼻。
ケン○ッキーの軟骨を”はむはむ”できそうな、せり出した口元に並んで生えた牙と頭上の三角耳が特徴の、柴犬のようなチャーミングな犬の顔を持つ犬頭人族。
この城の常備軍隊長で、且つ”トナミ村常駐守備隊隊長”、筆頭兵士長のトトル=ライヒテントリットであった。
「あーええと、なんだ?つまり……」
俺は報告?を受けて要約する。
「”城塞都市カラドボルグ”が勇者の襲撃を受けて、城主のツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ伯が捕まった。そして、そのまま城を占拠した勇者はどうやらフレストラント公国の依頼で動いているらしいと……そんな感じか?」
俺の説明に目前の犬頭人族、トトル=ライヒテントリットがコクコクと何度も頷く。
「って!!なんでアレでそこまで理解るのよっ!!」
「…………」
「…………」
激しくツッコんでくる蒼き美少女に、俺とトトルは顔を見合わせた後、
――フッ!
二人揃って少女にグッと親指を立ててみせた。
「って、だからっ!!答えになってないっ!!」
なぜか更に顔を真っ赤にするマリアベルを余所に俺は続ける。
「じゃあ、あの”おチビ巨乳ちゃん”は現在どうなっているんだ?」
――それは、面倒くさ……
――じゃ無くて、
俺が全然納得いかない表情のマリアベルを華麗にスルーして話を続けたのは、これが急を要するであろう重要案件と判断したからだ。
「”おチビ巨乳ちゃん”っ……主様、ツェツィーリエ様でガスよ!ツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ伯爵様!とんでもなくエライ方なんで……ぐふぁっ!」
――居たのか”化け狸”……だがっ!
俺は無言にて、今まで存在感が空気であった従僕狸をフミフミしていた。
「ふばっ!がふぅっ!出るぅぅ……」
――ガシッ!ガシッ!ガシッ!……
「がふぅっ!ぐひゃぁっ!あ、あんこが出るでガスゥゥっっ!!」
ソファーに腰掛けたまま、繁忙期のワイン工房よろしく足を忙しく働かせる俺は、目前のワンちゃん部下に先を促す。
「それで?」
「はっ!立て籠もったカラドボルグは……お?……ええ……ツェツィーリエ様の勇者が……あ?……おぉぉ!!小生は……小生はっ!!」
「なるほど、今のところ危害は加えられていない様子だが、本国の閻竜王と王弟にしてツェツィーリエの父たる竜王国三騎士筆頭ブレズベル・カッツェ=アラベスカ公爵に対する取引材料として使うかもしれないなど、色々企んでいる懸念もあると……」
「だからなんでソレで意味が解るのよっ!!」
「……」
「……」
「ぐぎゃ!うひゃ!うぷぷ……」
またもや激しくツッコんでくる蒼き美少女に、俺とトトルと、這い蹲って足跡だらけ、埃だらけの化狸が――
――フッ!
と、三人揃って美少女にグッと親指を立てて見せたのだった。
「もぉぉぉっ!なんなのよぉぉっ!!」
マリアベル嬢は随分と感情を昂らせていらっしゃる様子だ。
――なんでだろうな?
「だからその親指やめなさいっ!!あと意味不明の”どや顔”もっ!」
「まったく、注文の多いお嬢様だ」
ヤレヤレと俺は首を横に振る。
「主様、女の我が儘はアクセサリーみたいなモノだって猿顔のひとが言ってたでガスよ」
踏まれ終わって漸く立ち上がった化狸が俺に応える。
「なるほど、女性とは可愛いものであるでありますなぁ……というか”火狢”殿、その言葉は”我が儘”でなくて”嘘”だったのでは?」
談笑を交わす男達?三人を暫く睨んでいた蒼き竜の美少女は、
「……う……うぅ」
好い加減、諦めたのか……そっと項垂れた。
「うう……なんかイラッとする」
そして、そのままの姿勢で、上目遣いに美しい蒼石青藍の瞳を此方に向けてくるが……
「…………」
俺はソファーに座ったまま、しれっと報告の話題を続けることにした。
「城塞都市カラドボルグを勇者が占拠ね……フレストラント公国軍もそれに?」
「い、いいえ!城に攻め込んだのはあくまで勇者一行で、フレストラント公国軍は未だ国境辺りに布陣したままであります!」
筆頭兵士長のトトル=ライヒテントリットが答える。
「……」
――長きにわたり、公国や小国群が攻めあぐねてきた難攻不落の要塞を数人でか?
俺は相変わらず”反則級”過ぎる”勇者”という存在に呆れながらも、確かにあの規格外ならあり得る話だとも考えていた。
「はじめくん……」
一転して心配そうな瞳で、ソファーに腰掛けた俺を見つめてくる蒼き竜の美姫。
俺はその視線に無言で頷いてから立ち上がった。
「わかってる、なんとか手を打たないとな……」
そして、そう応えてみるが……
実際のところ”勇者”なんていう反則で強力無比な相手と喧嘩するには此方は未だ準備不足感が否めない。
「…………」
俺を含めた四人の沈黙。
静寂が支配する室内は、四人が四人とも固唾を呑んで、お互いの言葉を待っている様であった。
第二十二話「疑惑」前編 END
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