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上杉との酒宴

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 長期の遠征に備えて冬前に越後を発った上杉謙信であったが、織田討伐ののちは美濃に滞在していた。

 当初の取り決め通り、上杉家の兵糧は北条家に負担させているため武田家の懐は痛まないものの、やはり他国の軍に滞在されるというのは落ち着かないものであった。

 今は同盟相手とはいえ、かつては仇敵。

 武田家内部でも上杉に対してよい感情を持っている者は少なかった。

 そうした状況下だったこともあり、義信はたびたび謙信の元に酒を持っていき、両家の親睦を深めるべく酒宴を催していた。

「ふむ……。甲斐の山菜、美味であるな」

「お気に召したのならなによりだ」

 謙信が山菜に箸を伸ばす傍ら、義信が酒を煽る。

 敵対していた両家が共通して気持ちよく話せる話題といえば織田討伐の件であった。

 互いの激闘を語る両家であったが、上杉と浅井の戦いを語るうちに、自然と敵前で戦いを放棄した朝倉義景の処遇に話が移っていった。

「勝てたから良かったものの、危うく上杉殿が窮地に陥るところでしたぞ」

 酒で顔を赤くした長坂昌国が悪態をつく。

「……あれしきのことで我が負けると言いたいのか?」

「いえ、そのようなことは……」

 謙信に睨まれ、長坂昌国の顔が青くなっていく。

「先の戦、上杉殿だからなんとかなったが、此度の行為は公方様に対する背信行為である。遅かれ早かれ、朝倉とは矛を交えることになるであろうな……」

 義信がひとりごちると、謙信が顔を曇らせた。

「…………」

 上杉家と朝倉家の関係は深い。

 元より一向一揆との戦いで協力関係にあった両家であったが、謙信の元に朝倉義景の娘を養女に出すなど、両家は極めて良好な関係にあった。

 しかし、いざ戦場に出てみれば、朝倉義景は謙信の求めに応じず、あろうことか戦いを放棄してしまった。

 いくら良好な関係にあるとはいえ、敵を前にして戦わなくては、愛想が尽きるというものである。

 謙信が酒盃をぐびりと煽った。

「……先の論功行賞では、本領安堵と決まったはず。今さらその決定を覆すこともあるまい」

「朝倉義景が何もしなければな」

 謙信が「どういうことだ」と目で尋ねてくる。

「織田の次は浅井と戦になろう。……その時に、朝倉義景が浅井の味方をすると言ったら、どうする」

「……………………」

 最悪の想像をしたのか、謙信がじっと考え込む。

「……まあ、朝倉義景の出方次第ではあるのだがな」

 再び酒を煽る義信を尻目に、謙信はしばし沈黙するのだった。





 酒宴が終わり、謙信ら上杉家一行を見送る中、義信は一人ほくそ笑んでいた。

「うまくいったな」

「どういうことにございますか」

「幕府を再興するにあたって、朝倉は邪魔だったからな」

 朝倉家の領国である越前は畿内からほど近く、北陸特有の豪雪があるとはいえ、50万石もの石高を有する強国であり、その力は決して無視できるものではない。

 また、難癖をつけて潰そうにも、朝倉と上杉が良好な関係を築いているのも問題であった。

 武田と上杉が同盟を結んでいるとはいえ、朝倉がことを構えることになれば、当然上杉が介入してくることが目に見えていた。

 そのため、義信は上杉と朝倉の仲が険悪になる機会を、虎視眈々と狙っていた。

 その点、織田征伐は色々と都合がよかった。……なにせ、上杉と朝倉の仲を裂く材料が、最初から揃っていたのだから。

「いくら上杉と朝倉が良好な関係にあるとはいえ、いざ戦場で朝倉が戦わなかったらどうだ。上杉の朝倉への信頼は失墜するだろう」

 味方だと思っていた者が勝手に戦いを放棄しいたずらに軍を遊ばせていては、誰だって反感を持つものだ。

 いくら織田討伐の志を同じくするとはいえ、これでは味方とは呼べないではないか。

「朝倉殿の身勝手で上杉殿が苦戦を強いられたのだ。……朝倉を見限るには十分すぎるだろ」

 義信の説明を聞いて、長坂昌国が手を叩いた。

「見事な策にございます。……しかし、よく朝倉が浅井と戦わないと読みましたな……」

「いや、そうなるよう仕組んだのだ」

「は!?」

「朝倉、浅井、双方に調略を仕掛け、互いに戦わないよう仕向けさせたのだ」

 そうなれば、上杉だけが梯子を外された格好となり、単独で浅井軍を相手にしなくてはならなくなる。

「しかし、それでは……」

 長坂昌国が言葉に詰まる。

 勝てたから良かったものの、ともすれば上杉謙信が敗れていたかもしれない。

 そうなれば、美濃制圧に支障をきたす恐れがあった。

 表情を強張らせる長坂昌国に義信が続ける。

「忘れたのか。美濃には父上も攻め込んでいる。……浅井が上杉を降したとて、次は父上が相手となるんだ。……父上なら、まず遅れは取らないだろ」

「なるほど……」

 義信はそこまで読んでいたとは……

 改めて、義信の策に感心させられるのだった。
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